第90話 ダンジョン、そこは夢と欲望の実験場
「お前たち大丈夫か?」
シャベルが解錠屋で新たな出会いを果たした翌日、金級冒険者パーティー<魔物の友>はいつもの様にダンジョン探索に向かう為、従魔屋への道を進んでいた。
「いや、シャベルには本当に迷惑を掛けた、申し訳ない。
久々に思いっきり飲んだからか限度を忘れてな」
そう言い未だこめかみを揉むクラック。
「親父さんが秘蔵の酒だって言って火酒を出すのが悪い、あれって目茶苦茶酒精強くない?次の日全く起きれなかったんですけど?」
メアリーは責任を酒に転嫁しながら、眉間を揉み始める。
「でもあれは旨かった、これまで飲んだことのある酒の中でも一〜二を争うくらいには旨かった。この二日酔いもその代償と考えれば悔いはない」
ジェンガが何か男らしい事を言っているが、二日酔いを未だ引き摺っている事を隠しもしない。
シャベルはそんな三人の様子に大きくため息を吐きながら、腰のマジックポーチからある物を取り出す。
「ほら、前に作って置いた酔い止め薬だ。これを飲んでしゃっきりしとけ。雫、コップに水を頼めるか?」
シャベルは三人に酔い止め薬を渡すと、コップを出して雫に水を出してもらう。
雫は久々のシャベルからのお願いに、“任せて~♪”とばかりにプルプル震えながら水を注いで行く。
「「「美味しい、何この水!?」」」
薬を飲み終わった三人はコップと雫を交互に見まわしながら、先程飲んだ水のおいしさに驚きの表情を浮かべる。
「あぁ、それは雫の力だな。普通生活魔法<ウォーター>で作り出す水という物は、その場周辺の水分を集めて水として発現させるものだ。
だからある程度以上の水を作り出すことは出来ないし、川や湖と言った水の豊富な場所であればいくらでも作り出す事が出来る。
だが雫の作り出す水はそうした集められた水分とは根本から違う。
雫には水を生み出す、何もない所から水を作り出す能力があるんだよ。そしてどんな水を作り出すのかは雫次第。
いまみんなが飲んだ水は、俺が初めて雫と出会った魔の森の泉の水と同じものだろうな。
あそこの水は本当においしかったからな、大地の恵みという言葉がぴったりな、身体中に染み渡るといった水だった。
今の二日酔いの身体には更に旨く感じられたんじゃないのか?」
そう言いニヤリと笑うシャベル。
“““それって地味に凄くね?”””
生活魔法<ウォーター>により手軽に水が作り出せる中、その有用性には気が付く事が出来ないものの、その力が普通ではないと感じる面々。
砂漠地帯や第六十二階層の様な火山地帯では、その有用性は計り知れないのだが、彼らがその事に気が付く事はないだろう。
「そう言えばリーダー、昨日は一人で出掛けていたって聞いたんだけど大丈夫だった?絡まれたりとかは」
「あぁ、幸いな。俺は良くも悪くも“スライム使いシャベル”だからな、遠目からの視線は多かったが、好き好んで絡んで来るような奴はいなかったな。両肩にスライムを乗せて木箱を持ってるような奴なんて他にはいないからな、“あぁ、あれが”みたいな声はちらほら聞こえて来たよ」
メアリーの言葉に肩を竦めて答えるシャベル、彼の特異なスタイルは、今やカッセルの名物になるくらい広く知れ渡っているのであった。
「それで解錠屋になんて一体何の用があったんだ?第一階層の宝箱には鍵も罠も掛かってないし、特に必要ないだろう」
首を傾げ言葉を掛けるジェンガ。
シャベルは「まぁ、これは実際見て貰った方が早いか」と足を止める。
「この前<魔物鑑定>でボクシーのスキルについて確認したんだが、面白いスキルがあってな。<箱擬態>というスキルなんだが、材料を取り込んで自身を強化出来るというものだったんだ。
最初は材木屋に行って丈夫な材木でも買おうと思ったんだが、“大地の怒り亭”の主人曰く、ダンジョン下層の宝箱は相当に丈夫との話だったんでな。試しに解錠屋に行って宝箱を見せて貰う事にしたんだ」
そう言い小脇のボクシーを小道脇の叢に置くシャベル。
「ボクシー変化だ」
シャベルの言葉にカタカタと身を揺らすや淡い発光を始めるボクシー、そして。
「「「おぉ~」」」
光が収まったその場所に現れたのは、下層域でよく発見されるタイプの所謂宝箱といった外観の箱なのであった。
「これは下層域では割とよく見つかるタイプの宝箱らしい。解錠屋の主人曰く、重装騎士の一撃でも完全に破壊するのは難しいとのことだった。
でだ、ただ外観が変わるだけならボクシーが丈夫になってよかったってだけの事なんだがな。ボクシー射出」
シャベルの言葉に再びカタカタ揺れるボクシー、そして。
“ガバッ、バシュッ”
突然蓋を開けるや中から弓矢の様な物を撃ち出すボクシーに唖然とする一同。
「どうやらこの宝箱は“毒弓の罠”が施された物だったらしくてな、ボクシーはその罠ごと取り込んだって事になる。矢を撃つのもボクシー次第、かなり自在に扱えるうえに一度蓋を閉めれば再び打ち出す事が出来るらしい。
毒の付与も自由でただの矢を撃つ事も出来る。これは結構な戦力強化に繋がると思う。
これからも度々解錠屋には行くつもりだ、ボクシーにはいろんな宝箱を取り込ませてやりたいからな」
シャベルはそう言うとボクシーに「戻っていいぞ」と声を掛け、再び小脇に木箱を抱える。
「「「イヤイヤイヤ、これってとんでもない事だから、バレたらヤバいから」」」
あらゆる宝箱を取り込み己がモノに出来るボクシーの可能性、それはどんな罠が仕込んである宝箱も、関係なしに安全に解錠出来るというもの。
そんな事が他所に知られれば、ダンジョン都市中がボクシーを巡って血の海になっても不思議じゃない。
目の前にはそんな事に気付いているのかいないのか、木箱を撫でながら「ボクシーは凄いよね~♪」と語り掛けているお気楽なリーダーの姿。
“““俺たちが確りしないと”””
こうして金級冒険者パーティー“魔物の友”の結束力は、日々向上していくのであった。
――――――――――
「それじゃ今日も第一階層の“巡回”の後第六階層の“収穫”、その後第八第九階層での戦闘を行う」
「「「応!!」」」
ダンジョン都市の中心、ダンジョン入り口前でいつもの如く本日の作業確認を行ってからダンジョンアタックを仕掛ける金級冒険者パーティー“魔物の友”。周囲からは未だ金蔓の情報を手に入れようという視線が注がれるものの、以前のように直接的な接触を図る様な者はほとんどいなくなっていた。
「“魔物の友”に関わるな、欲を掻くとスライムまみれにされるぞ」
たかがスライムと馬鹿にする冒険者達も、話の真相を聞くや顔を青ざめさせる。
カッセルの酒場で語られるシャベル達の噂、それは彼らに絡んで行き強引に迫った結果、スライムに沈められて溺れ死ぬといったところまでがセットなのであった。
「なぁシャベル、ちょっといいか?」
その声はいつものように通路のスライム達を全てテイムし、現れたビッグスライムを討伐した時にクラックから掛けられた。
「その宝箱なんだが、蓋を開けないままボクシーに取り込ませたらどうなるのかやってみてくれないか?」
「ん?別に構わんが。ボクシー、やってくれるか?」
シャベルの言葉に嬉しそうに上蓋を鳴らし、カパッと蓋を開けるやシュルシュルっと舌を伸ばして宝箱を飲み込むボクシー。
「ん、おいしいのか?良かったなボクシー。で、これが一体何だって言うんだ?」
一体何がしたかったんだといった顔を向けるシャベルに、クラックが口を開く。
「それじゃ今度は取り込んだ宝箱の中から中身の“エキストラポーション”を取り出して貰えるか?」
「ん?あぁ、構わんぞ。ボクシー、問題ないか?」
シャベルの問い掛けに“大丈夫だよ~”とばかりに蓋を鳴らすボクシー。
「ほら、エキストラポーションだ、これで問題ないか?」
「あぁ、問題ない。そうしたら今日は後三回、同じようにボクシーに取り込んでもらって、それから“エキストラポーション”を取り出して貰ってもいいか?」
クラックの言葉に何を言ってるんだ?と言った気持ちになりながらも、了承の意を示すシャベル。
そうしてその日の探索でシャベル達は“四本のエクストラポーション”を手に入れる事になったのであった。
「なぁクラック、結局第一階層での実験は何だったんだ?」
その後クラックは何故か真剣な顔をしたまま黙ってしまい、一体何が起きたのかシャベルには分からず仕舞いであった。
「あぁ、さっきの実験か。そうだな、この周辺には人もいないし、へたに宿で話すよりもいいかもな。
さっきの実験だが、二つの事を確める意味合いがあったんだ。
一つ、ボクシーは宝箱の中身だけを取り出す事が出来るのか。
これはボクシーが宝箱を取り込み罠を自在に使える様になっていた事から可能性は高いと思っていた。ただ中身の入った状態で取り込む事で、お宝ごと吸収されてしまう可能性もあったんだがな。
これは上手く行って良かったよ。
ボクシーは宝箱ごと取り込んだ、つまり解錠していない状態の宝箱からも中身だけを取り出す事が出来るって事だろう?
これは今後中層や下層に向かった際の強みになる、なんせ宝箱の罠を気にしなくてもいいんだからな。
ただ問題はもう一つの実験の方なんだ」
クラックは声を細めると皆の顔を見回してから告げた。
「これは昔から言われている事なんだが、宝箱の中身は何時どうやって決められるのかって話だ。
既に設置されている宝箱であれば予め中身は確定している可能性が高い、何故なら宝箱の中身の変更を行う事が出来ないから。
だが討伐報酬で出現する宝箱なら?これは宝箱を触った何者か、もしくは蓋を開けた何者かによって決定されるんじゃないのかと言った話があるんだ。
何でこんな話が出たのかと言えば、スキルに<幸運>とか<豪運>と呼ばれるものがあるのを知ってるか?
これはダンジョン探索を行う冒険者の間では割と知られたスキルなんだが、文字通り幸運を齎すスキル、宝箱を開ければ素晴らしいアイテムが手に入るし、アイテムドロップ率も他の人間よりも極端に高いってのが特徴なんだよ。
つまりその人物のスキルにより宝箱の中身が変えられてるって話になる。
だったら宝箱自体に入っている宝を変更する力があるんじゃないのかって話になる。
さっきの実験がそれだ。俺は予め“エキストラポーション”を指定した。
そうしたら案の定全てのドロップアイテムが“エキストラポーション”になった。
これがどの段階でエキストラポーションと決定されたのかは分からないが、少なくとも一度ボクシーが取り込む事で“ハイポーション”ではなく確定的に“エキストラポーション”が手に入るって事が証明されたって訳だ。
これもあと何回か検証が必要だろうが、可能性は高いと思うぞ?」
クラックの言葉に息を飲む一同。それは即ち欲しいアイテムがある程度自由に選べるという話。
「この話、他所では言わないようにな。それとシャベル、今度解錠屋に行ったらどの階層のどの宝箱からどんなドロップアイテムが出るのか聞いておいてくれ。
おそらくだが宝箱からどんなアイテムが出るのかは、階層ごとである程度決まっていると思うんだ。だがその中から好きなアイテムを選ぶ事が出来るとなれば、これは大きな強みになる。
今のところおそらくはと言った話ではあるが、夢はあるよな」
そう言い肩を竦めるクラックに、“““クラックスゲー、こいつ天才か?”””と口を半開きにする一同なのであった。