第89話 宝箱、それは男のロマン
ダンジョン、そこは不思議な場所である。
洞窟の中に現れる倒せば消えてしまう魔物、その魔物が消滅したときに落とす魔石や各種ドロップアイテム。
地下とは思えない様な日の光に照らされた広い空間、空や山、風が吹き雲が流れる。
そんなこの世の神秘が詰まった様なダンジョンと言う場所で、男達の夢と欲望を刺激してやまない物がある。それが・・・。
「宝箱っていいよな、コイツの魅力を知っちまったらもう他の物なんてどうでもよくなっちまう。そうは思わないか?若いの」
宝箱である。
ダンジョン都市カッセル、その場所には様々な人々が集いダンジョン都市特有の商売を行っている。街壁外の従魔屋然り、ポーターと呼ばれる荷物運びを生業とする者然り、鑑定屋と呼ばれる各種アイテムの鑑定を専門に行う者然り。
中でも他所の都市ではまず見る事の出来ない商売、それが解錠屋である。
解錠屋とはカギを開ける事を主な仕事とする者で、ダンジョン探索や遺跡探索の際斥候職と呼ばれる者が行う<罠探知>や<罠解除>のスキルや技術がもとになっていると言われている。
他の都市でも商人や貴族などの間ではカギを掛けると言った習慣があり、鍵師と呼ばれる者はいるにはいるが、その大半は鍵を作る側、そうした設備を設置する側の者である。
鍵を作る、鍵を開けるという事は信頼と実績を必要とするものであり、やたらな者がそうした技術を学ぶことは、犯罪者予備軍とみなされる大変危険な行為とされているのだ。
ではダンジョン都市における解錠屋とは何か。彼らが対象としている物、それはズバリダンジョンで発見される各種宝箱である。
ダンジョンで発見される宝箱には様々な形式の物がある。
その辺にある様なただの木箱から、装飾の美しいこれぞ宝箱といった雰囲気の物まで。それらの宝箱には大概鍵や罠が仕掛けられており、その解錠に失敗すれば致死性の罠が作動し夢と命が儚くなる事などざらである。
冒険者の中にはそうした宝箱を開ける事の出来る技術を持った者もいる。だが大抵の冒険者は戦う事に特化した戦闘狂であり、そうした繊細な技術を持ち合わせている者は極めて少ない。
ではそうした技術のない冒険者が宝箱を発見した場合どうするのか。そんな冒険者たちを相手にする仕事、それが解錠屋と呼ばれる者たちなのである。
「お前さんの事は随分と噂になっていたからな。大きな蛇を引き連れたテイマー、無慈悲なスライム使い、そして小脇に木箱を抱えた変わり者。
冒険者は手元が塞がる事を嫌う、それは自らの戦闘手段を失う事に等しいからな。その為大概の冒険者は腰のポーチやリュックを使う。
冒険者が持つマジックポーチやマジックバッグが腰巻やカバンの形状をしているのはそれが理由だな。
そんな中常に小脇に木箱を持ち歩くお前さんは、変わり者を通り越して頭がおかしいとすら思われてるからな?
正直意味が分からん、だがそれがいい。
折角の宝箱、マジックバッグに仕舞ってどうするって話だ。
それは第十階層から第二十階層の間で見つかる宝箱の形状だな。
手に入るものはポーションやハイポーション、良くてエキストラポーションと言ったところか。
罠も単純なものが多く、油断さえしなければ死ぬような事もない。俺も解錠屋の修行をしていた頃はよくお世話になったもんさ、“木箱を笑うものは木箱に泣く”ってのが解錠屋の常識だからな。
で、その木箱にはどんな罠が仕掛けてあったんだ?そこまで大切にするって事は余程思い入れのある罠だったんだろう?」
そう言い目をキラキラさせながら迫る老人に一歩後ずさりするシャベル。内心では解錠屋に来たことを若干後悔しつつ、この老人であればいろいろな宝箱の事を知っているのではとの期待も膨らむ。
「すまん、期待しているところ悪いが、こいつは宝箱じゃないんだ。と言うか普通の箱ですらない。
コイツは俺の従魔、ミミックと呼ばれる魔物だ」
「・・・はっ?」
シャベルの予想外の返しに動きの固まる老人。自分の中で色々と咀嚼しようとするも、自身の培ってきた経験と常識がそれを許さない。
「・・・単純な事を聞いていいか?そもそもの話、ダンジョンの魔物ってテイム出来るのか?」
「ん?あぁ、テイム出来るぞ。今のところスライムとこのミミックだけだがな。
だが一般的なテイマーが行うような方法でテイム出来るかと聞かれれば難しいとしか言えないな。
何度か方法を変えて実験をしてみたが、グラスウルフやボア、ゴブリンと言った魔物のテイムは上手く行かなかった。
これは俺だけじゃなくパーティーメンバー全員で試した結果だから間違いない。スライムなら問題なくテイムする事が出来たが、他はさっぱりだったな。
それじゃなぜミミックのボクシーがテイム出来たのかって話になるんだが、正直分からん。他のミミックを見た事が無いってのもあるが、俺のスキルは<魔物の友>だからな。
ボクシーが底辺魔物かと聞かれれば首を傾げざるを得ないし、本当にダンジョンってところは謎だらけだな」
シャベルの言葉にそんな事もあるのかと頷く老人。現に目の前にミミックがいる以上納得せざるを得ない。
ダンジョンでは何が起きるのか分からない、常識に縛られていては命がいくつあっても足りないと言う事を、この街が長い老人は身を以て理解していた。
「まぁ、そう言う事ならお前さんが木箱を持ち歩くのも納得だ。生きた魔物はマジックバッグに入れる事が出来ないからな、自ら動き回る事の出来ないミミックじゃ持ち歩く以外手段が無かったって訳だ。
で、今日はどうしたって言うんだい。
正直お前さんの用事がさっぱり思い浮かばないんだが?」
老人は同好の士が訪ねて来たのかと気分を高揚させていた自分を諫め、解錠屋として用件を伺う。
「いくつか宝箱を見せて欲しくてな、出来れば譲って貰えればと思ったのだが」
「ん?やはりお前さんも宝箱が・・・」
「あ、いや、そうじゃないんだ。こればかりは実際に実験してみないと何とも言えないんだが、このボクシーには<箱擬態>というスキルがあってな、素材を取り込むことでより丈夫な箱に擬態する事が出来る様でな。
これは“大地の怒り亭”の主人に聞いたんだが、ダンジョンの宝箱は下層に行けば行くほど丈夫なものになるとか。
解錠屋に行けばそうした宝箱があるかもしれないと聞いてな、それで訪ねて来たって訳だ」
シャベルの言葉に口をぽかんと開けたまま固まる老人。
ミミックが宝箱を取り込む?そんな話これまで聞いた事もない。
だがこれまでミミックをテイムしたテイマーの話など聞いた事もない以上、それが嘘とも言いづらい。
「う~ん、それじゃちょっと待ってろ、下層では割とよく見つかる宝箱を持って来てやる」
老人はそう言うや、店の奥からそれなりに重厚そうな宝箱を持ち出して来るのだった。
「さっきも言ったがこれは下層ではよく見られるタイプの宝箱だ。強度もそこそこあり、重装騎士の一撃でも完全に破壊するのは難しいんじゃないのか?
とは言っても所詮は宝箱だ、土産物以上の価値はないからな。
これならその実験とやらに使ってもいいぞ?俺も興味があるからな」
老人はそう言うとシャベルにニヤリと笑みを向ける。
「ボクシー、どうだ、行けそうか?」
シャベルの問い掛けに、蓋をカタカタ鳴らして答えるボクシー。
「よし、取り込め」
シャベルの言葉に上蓋を勢い良く開き、シュルシュルッと舌を伸ばすボクシー。その舌で宝箱を絡め捕るや、一気に箱の中に引き摺り込んでいく。
“ガタガタガタ、パタン”自らの大きさよりも一回りは大きいだろう宝箱を器用に飲み込んだボクシーは、ガタガタと揺れた後上蓋を閉じる。
変化は突然だった。ボクシーの身体全体が淡く発光したかと思うと、その姿は先程取り込んだ宝箱そのものになっていたのである。
「「おぉ~」」
驚きに声を上げる二人。
「ボクシー、凄いぞ、本当に取り込んだ宝箱に擬態出来るんだな。
でもどうするか、流石にこの大きさのボクシーを持ち歩くのは無理があるな。“大地の怒り亭”の主人に理由を説明してボクシーを置かせてもらうしか・・・」
シャベルが今後のボクシーの扱いについて思案していると、再び淡く光り始めるボクシー。そして発光が治まったそこには、元の木箱姿のボクシーが鎮座しているのであった。
「えっと、もしかして取り込んだ箱の姿って自由に変えられるのか?」
“カタカタカタ”
“そうだよ~”と言わんばかりに上蓋をカタカタ鳴らすボクシー。
そんなボクシーの返事に、暫し考え込むシャベル。
「ご主人、宝箱の中に小さいものなんてあったりするのか?
出来れば譲って欲しいんだが。
上手く行くかどうかは分からんが、一つ実験してみたい事を思い付いてしまってな?」
悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべるシャベルに、何か面白そうだと笑みを返す老人。
「ちょっと待ってな、取って置きを持って来てやる」
老人はそう言い店の奥に引っ込むと、しばらくした後懐に仕舞えそうなほどの大きさの長細い箱を持って現れるのだった。
「これは今話題の金級冒険者パーティー“セイレーンの泉”が第五十八階層で倒した魔物がドロップした宝箱だ。
これがなかなか骨の折れる宝箱でな、適正者にしか開ける事が出来ない上にお宝の使用者登録までされちまう。
それじゃパーティーとしては困るってんでうちに持ち込まれたのさ。
苦労はしたが何とか解錠に成功、中には見事な装飾が施された短杖が入っていたよ。今じゃ“セイレーンの泉”の代表的な装備と呼ばれている代物さ。
で、箱は要らないって言うんで貰ったんだが、これが中々いい味出してるだろう?お気に入りの逸品って奴さ」
そう言い箱を翳してニヤニヤ笑う老人。
「いや、そんな貴重なものはまずいだろう、それこそご主人の宝物なんじゃないのか?」
シャベルの言葉に、老人は首を横に振る。
「なに、そうは言っても宝箱は所詮宝箱、装飾が見事な物ならまだしも中身の無い箱に価値を見いだせる者などごく少数。
その点そのミミックは宝箱その物に価値を見出している、これほどうれしい事はないじゃないか。
お前さんの実験が上手く行くかどうかは分からんが、これは男として見逃せないだろう?」
そう言いその小さな宝箱をスッと差し出す老人。シャベルは老人から宝箱を受け取ると、礼をしボクシーの上蓋を開ける。
「ボクシー、実験だ。この宝箱を取り込んだら<箱擬態>で姿を変えてみてくれ」
“パタンッ”
閉じられた上蓋。ボクシーは暫くカタカタと震えていたかと思うと、再び淡い発光を始める。そして・・・。
「ボクシー、調子はどうだ?」
“パカパカパカ”
黒塗りの細長の箱が何度も上蓋を開け閉めする。
蓋の上に付けられた朱色の宝石のような飾りが、嬉し気にピカピカと明滅する。
「ご主人、箱代を払わせてくれ。いや、払わせて欲しい。
ボクシーがこれほど喜んでいるって事は、この箱は相当にいい物って事だ、その対価を払わないようじゃ俺は冒険者失格だ」
そう言い真剣な瞳で老人を見詰めるシャベル。
「フッ、別に貰い物だ、譲る分には悔いはない、いい物も見れたしな。だがお前さんの心意気、確かに受け取った。
どうして“お気楽冒険者”、いい冒険者じゃねえか。
金貨十五枚だ、びた一文負けねえぞ?」
「当たり前だ、むしろ安過ぎるくらいだ」
腰のマジックポーチから革袋を取り出し、金貨十五枚を並べるシャベル。
「俺の名はナックルだ、何時でも来い。解錠の依頼でもミミックの相談でも何でも構わん。
待ってるぞ、“スライム使い”」
「あぁ、今度は宝箱を持って来てやる。ただその宝箱はボクシーのおやつにさせてもらうがな」
“ガシッ”
交わされた握手、シャベルはダンジョン都市でまた一人信頼出来る人物に出会えたと、笑みを深くするのであった。




