第87話 冒険者は自己責任、それが冒険者の在り方
「おい、聞いたか?今度は“鮮血の荊”の連中がやられたってよ」
「はぁ?アイツら馬鹿だろう。“ダークウルフ”の連中が瞬殺された話を聞かなかったのかよ」
「いや、それが周囲の人間には“ダークウルフは所詮口だけ、たかがスライム使いのテイマーごときに後れを取るなんざ、ダンジョン都市冒険者の恥”とか言ってたらしい。
アイツらも人から奪い取るしか能がねえ連中だからな、何が危険かって事が分かってなかったらしい」
ダンジョン都市の酒場は今日も多くの冒険者が飲み騒ぐ。そして口に上る話題と言えば今最も注目を浴びている冒険者、金級冒険者パーティー“魔物の友”のリーダー“スライム使い”シャベルの事。
「なんでも“スライム使い”は城塞都市では“蛇使い”とか呼ばれていたらしい。いつも一緒に居るデッカイ蛇、あれの事らしい」
「確かにあの蛇はデカいからな、それが三体もいれば二つ名にもなるか」
「いやいや、それがそうじゃねえのよ。あの蛇、本当は十体いるらしいぞ。これは城塞都市から来た冒険者に直接聞いた話だから確かだ。
“スライム使い”の奴、城塞都市ではかなりの有名人だったらしい。テイマーで金級になるような人間は多くねえからな、目立つのは当たり前なんだが」
「はぁ!?あのデカいのが他に七体もいるのかよ、なんでだよ!?
テイマーが使役出来る魔物は多くても三体迄じゃなかったのかよ?」
驚きに声を上げる男性冒険者に、「まぁまぁ、落ち着いて話を聞け」と宥めるもう一人の男性冒険者。
「あいつらのパーティー名を思い返してみろよ。“魔物の友”、どこかで聞いた事があるだろうが」
「あん?“魔物の友”って言ったらテイマーの外れスキル、まさか」
「その<魔物の友>だよ。その名の通り、リーダーである“スライム使い”の所持スキルが<魔物の友>なんだと。どうせこの事が知れたら絡んで来る人間がいるからって、だったら最初から名乗って仕舞おうとパーティー名にしたらしい。
とんでもねえ連中だろう?
そんで例の第一階層での“巡回”、あれの目的はスライム集めなんだと。
なんか特殊なスライムを使役していて、テイムしたスライム同士だったら一体になれるとかなんとか。だから“スライム使い”は常に複数体のスライムを引き連れているのと変わらないんだと。
で、問題はここから、スライム使いの奴、ダンジョン都市に来てからダンジョンに潜った際は必ず第一階層の巡回を行ってるそうだ。
その間ずっとスライムをテイムし続けている。今アイツのスライムって何体いると思う?
本人は考えた事も無いから分からんと言ってたぞ」
「お前直接聞きに行ったのかよ、スゲーな。って言うかテイマー本人も分からない程のスライムって、不意打ちの暗殺でもない限り無敵じゃね?」
「“鮮血の荊”も馬鹿だよな。火属性魔法も詠唱出来なきゃどうしようもねえだろうに。“スライム使い”に喧嘩を売るって事は水の中で戦う事と変わらないっての。
お前も気を付けろよ?いくらアイツらが金蔓を持ってるからって、死んじまったらお仕舞だからな?」
冒険者たちは噂する、それは自分たちの身を守る為に。
ダンジョン都市は欲望都市、その光に魅せられ多くの冒険者が訪れては鎬を削る、そんな場所。
その冒険者の中には決して手を出してはいけない危険な者も多くいる。
シャベル達金級冒険者パーティー“魔物の友”は、そうした危険物の一つとして認識されつつあるのであった。
「“魔物の友”の皆さん、お待たせしました」
ダンジョン都市において冒険者ギルド受付ホールは然程混雑する事がない。何故ならこの街の冒険者はダンジョン探索を主とする冒険者であり、その収入の殆どがダンジョンでのドロップアイテムによるものだからである。
ダンジョン都市のドロップアイテムの扱いは城塞都市の魔物の納品に似ており、ドロップアイテム買取カウンターが別棟に作られ、ほとんどの冒険者はその買取カウンターに直行する。その為受付ホールのカウンターは比較的スムーズに対応してくれるのである。
「こちらの冒険者ギルドカードが銀級冒険者パーティー“鮮血の荊”のものであるとの確認と、持ち込まれました彼らの装備品の査定が終了いたしました。
装備品はマジックバッグを含め全て売却との事でしたので、中身を含めた全てを買い取りとさせていただきました。詳細はこちらの用紙に記載してありますので、お確かめ下さい。
それとそれぞれのギルド口座預入金の詳細がこちらとなります。
総額は金貨六十二枚、銀貨八十五枚となりますがよろしいでしょうか?」
受付職員の言葉に「あぁ、それで構わない。うちのパーティーメンバー全員に均等割りし、口座に入れておいてくれ」と言い、それぞれのギルドカードを預けるシャベル。
「畏まりました、ではその様に処理させて頂きます。
それと今回の件ですが、“鮮血の荊”がダンジョン内で盗賊行為を行った事は既に多くの目撃情報が集まっており、“魔物の友”に対する罰則はありません。
また大変申し訳ありませんが、ダンジョン内での冒険者同士の争いには実質的に当ギルドは介入出来ません。
冒険者が今回の様にギルドカードを提出して預け入れ口座の引き出しを求めた場合のみ、ギルドとして調査を行う事が出来ますが、ダンジョン内の犯罪行為に対して冒険者ギルドは無力であると認識ください。
当ギルド所属の冒険者がご迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした」
受付職員はそう言い深々と頭を下げる。
それは自分たちの無力を認め、それをどうする事も出来ない事に対する心からの謝罪。過去において幾度となく繰り返された大規模な取り締まりも、冒険者ギルドからの勧告も、その場限りの効力しか発揮せず犯罪の抑止力とはなり得ていないのが現状であった。
「いや、謝罪はいらない。冒険者ギルドがあればこそカッセルの治安がこの程度で済んでいるという事は、ダンジョン都市に着いてまだ浅い俺でも分かることだ。
ダンジョンとは人の欲望を刺激してやまない場所、ダンジョンの深層に挑む事に命を掛ける者達はそうでもないだろうが、中途半端な実力を持った欲に取りつかれた者たちが犯罪に走る事を止める事の出来る者などいないだろう。
だがそんな彼らでも最低限社会に紛れようとするのは、その方が快適に生活出来るからだ。
この街から監督官がいなくなり、各ギルドが手を引けば、ここは間違いなく地獄となるだろう。俺たち冒険者はこの街の秩序を支えてくれている各ギルド職員に感謝しているんだよ。
だからそんなに自分たちを卑下しなくていい。少なくとも俺たち“魔物の友”は冒険者ギルドに感謝しているんだからな」
“生きてるだけでも儲けもの、生きてる事がお陰様”
“命大事に”を第一目標に掲げる“魔物の友”の面々は、ギルド職員たちに一礼をすると、受付ホールを下がって行くのであった。
「買取をお願いしたい」
“スッ”
差し出された緑色のカード、それを目にした受付職員は、「どうぞ」と彼らを奥の小部屋へと案内する。
薬師ギルド買取受付カウンターに現れたシャベル達“魔物の友”は、周囲から好奇の視線を向けられながら、買取商談用の個室へと向かっていく。
「この度は当ギルドの受付職員たちがシャベル様に対し多大なご迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした」
商談の席に訪れたのは普段の買取担当職員ではなく、四番受付カウンター通称“何でも相談係”の男性受付職員パリッシュであった。
「えっとパリッシュさん、お顔をお上げください。パリッシュさんが一体何について謝罪の言葉を述べられているのかがよく分からないのですが、何かありましたでしょうか?」
シャベルは突然謝罪を始めたパリッシュに驚きの表情を向け、一体どういう事かと質問を投げ掛ける。
「はい、その、少々言い難いのですが、現在カッセルの街で騒がれているシャベルさんをはじめとした金級冒険者パーティー“魔物の友”に関する噂の出所が、私共薬師ギルドの受付職員の様でして。その、シャベルさん達の冒険者活動ばかりか私生活に迄多大なご迷惑をお掛けしてしまっているとか。一薬師ギルド職員として本当に申し訳なく、謝罪させていただいた次第でありまして・・・」
そう言い再び頭を下げるパリッシュ。
それに対し、「あぁ、その事ですか」と漸く合点がいったと言った風になるシャベル。
「その事でしたらお気になさらなくとも結構です。これが例えば私が納品しているドロップアイテムの情報が漏れたといった事でしたら話は別ですが、今回の件に関してはこの場に居合わせたものであれば誰しもが類推出来る事。
“お気楽冒険者が楽して金を稼いでいる”でしたか?私が冒険者ギルドではなく薬師ギルドにドロップアイテムを納品していたのは騒がれたくなかったからですが、これが何も考えず冒険者ギルドに納品していたとしたら今頃もっと酷い騒ぎになっていた事は明白。
私は薬師ギルドには感謝しかないのですよ。
それに今回の件は情報が漏れたというよりは、私が高額買取を行う者しか利用しない個室を利用しているところを頻繁に目撃されていたというだけの話。
例えそれが受付職員たちの噂として話に出なかったとしても、私が色物パーティー“魔物の友”のリーダーである事は広く知られていましたから、いずれは同様の噂が広まっていたと思います。
これは遅かれ早かれと言った問題であって、薬師ギルドのミスではありません。従って謝罪は不要、私共もこの事態は始めから予測しておりました。パリッシュさんもお気になさらないでください」
そう言いニコリと微笑むシャベルに、余計申し訳ないという気持ちが募るパリッシュ。自分がシャベルに対しグリーンカードの発行をしなければ今のような状況にはならなかったのではといった思いが、パリッシュの心を締め付ける。
「あの、パリッシュさん、本当に気にしてませんので大丈夫ですよ?
それに私達は何かと注目を浴びてしまうパーティーですので、こうしてゆっくりと買取をさせていただけることは非常に助かるんです。
これからもよろしくお願いします」
そう言いシャベルは腰のマジックポーチから幾つかのポーション瓶を取り出すのであった。
「シャベルさん、これは?」
それはこれまでパリッシュが見た事もない様な、深緑色をしたポーションであった。
「はい、以前紹介していただいた鑑定士のエイジンさんによれば、“ポーションEX”というものらしいです。これがエイジンさんの鑑定書になります」
そう言いシャベルが差し出した鑑定書に目を向けるパリッシュ。
<鑑定書>
名前:ポーションEX
詳細:ポーションの上位版、重篤の怪我、切断直後の四肢の接着、古傷の治療等に効果あり。効能はハイポーションに匹敵する。
製作者:不明
「ほう、これはこれは。何とも微妙なポーションがドロップしましたね。
ポーションではあるものの、効果はハイポーション。
何でハイポーションじゃないんでしょう?
まぁダンジョン産のドロップアイテムにとやかく言っても仕方がありませんが、こちらの買取価格に関しては直ぐにお答え出来ないかと。
一度鑑定会議に掛けさせていただいて、それからのお返事と言う事になりますがよろしいでしょうか?」
「はい、構いません。私も初めて見る薬だったのでどうしたらいいものかと思い鑑定して貰ったんですが、今のパリッシュさんの様に微妙といった気持ちになりましたから。
それではこちらのポーションEXはお預けしますので、薬師ギルドとしての判断の方、よろしくお願いいたします。
それとエキストラポーションの買取をお願いします」
シャベルは内心してやったりといった気持ちになりながらも、その事はおくびにも出さず淡々と買取を進める。
その様子を背後で眺めていた“魔物の友”のパーティーメンバーたちは、‟この人一体誰?普段と違い過ぎるんですけど!?”と叫び出したい気持ちをグッと堪え、口元を引き攣らせつつ激しい腹筋の痛みと戦い続けるのであった。