第85話 ダンジョンの中にある空、新たな試み (2)
“ゾロゾロゾロゾロ”
ダンジョン都市の朝は早い。ダンジョンは外の時間とは関係なく、ただ薄暗い洞窟である。冒険者たちは依頼ボードを見て我先に依頼を受けるのではなく、ドロップアイテムの納品によって生計を立てている。
その為冒険者ギルドでの依頼争奪戦といった意味で朝が早いという事はないが、ダンジョン探索でまともに飯を食おうと思えば最低でも第七階層以降に潜らなければ話にならない。理由は簡単で、第七階層以降になると魔石の質がグッと上がるからである。大きさも銀貨程のサイズであり、淡く発光するようになる為暗がりだからといって見失う事もない。
魔物の強さもグンと強くなるのも第七階層から、ここから先に進めるか否かがダンジョン都市でやって行けるかどうかの境界線と言われている。
ここカッセルのダンジョンには十階層ごとにセーフティーゾーンと呼ばれる場所が存在する。そこは魔物が湧く事も無く、建物が吸収される事もない安全地帯。そうしたセイフティーゾーンには宿屋が設けられ、冒険者たちは安全に身体を休める事が出来る。
だがそこはダンジョン、その様な場所の宿屋が地上の宿屋と同一料金な訳も無く、低階層で探索を行う者達は長い道程を再び地上へと戻らざるを得なくなる。辿り着くまでも戻るのにも時間が掛かる低階層のダンジョン探索では、多くの活動時間を生み出す為に必然的に朝が早くなるのである。
そんな多くの冒険者たちで混雑する朝のダンジョン入り口前に、一際注目を浴びるパーティーがいる。
金級冒険者パーティー“魔物の友”、彼らが注目されるのはその強さ故といった一般的な理由ではない。彼らはとにかく変わっているのである。
先ずその構成メンバー、パーティーメンバー全員が全てテイマーと言う話は、これ迄カッセルのダンジョンでは聞いた事がない。これが前衛担当になりそうな強力な魔物がいるというのならまだしも、彼らの引き連れている魔物はフォレストウルフにバトルホークにマッドモンキー、それによく分からない大蛇が三体。あの大蛇が前衛なのかと聞かれれば、疑問符しか浮かばない。
そしてその探索活動、彼らは何故か第一階層をウロウロした後でないと下層階に進まない。それはまるで何かの儀式であるかのように毎回第一階層全体を見回った後、次の階層へと進んで行く。
進んだ先の階層でも一階層ずつ、まるでギルドの調査員でもあるかのように、事細かに探索を行ってから次の階層に進んでいるらしい。
現在の到達階層は第六階層と言う話であったか、全くの素人冒険者ならいざ知らず、金級冒険者パーティーとしては“ロックタートルの歩み”と揶揄されても仕方がない進行速度であろう。
更に言えば彼らの情報収集。一般的な冒険者たちは酒場や冒険者ギルドに屯し、互いの情報を交換し合っている。その内容はダンジョンの攻略情報に始まり、高騰している素材や街の鍛冶屋の評判についてなど多岐に渡る。
だがそんな中で珍しい生活魔法の情報やら探索上の小技、生活全般の便利技術についての情報を求めるのは彼らくらいのものであろう。
そんな彼ら“魔物の友”に付けられた二つ名は“お気楽冒険者”、命を懸け、夢や欲望の為にダンジョンに挑むカッセルの冒険者たちからすれば、ふざけてるとしか思えない集団として認識されているのであった。
「うん、一号の畑は消滅しなかった様だが、二号三号の畑は駄目だったみたいだ。ダンジョンにとってはダンジョン内の癒し草もダンジョン外の癒し草も同じって扱いなのかもしれない」
金級冒険者パーティー“魔物の友”は、今日も第六階層で畑の検証実験を行っていた。シャベルの目の前にはレンガに囲まれた畑が一つ、周囲には草原の草がゆらゆらと揺れている。
畑の中では蛇の様な太さのビッグワームたちがウネウネと動き、シャベルが刈り取って来た周囲の草をムシャムシャと食べているのだった。
「やはり外界の動物、魔力を発生させる生命体が必要って事なんだろう。
それと魔物の発生だが、畑に残った足跡等から考えれば、ダンジョン内に存在する動物から半径五メート以内には発生しないという事は確定と言っていいだろうな。この性質を上手く利用すれば第六階層に拠点を築いたり畑を作る事も可能だろう。
だが拠点は他の冒険者に占拠されるのが落ちだろうし、これは一時的にテントを張る際になんかに利用するって事でいいんじゃないのか?
畑なんだが、ポーション作製の為に城塞都市で育ててた奴くらいに元気な癒し草が欲しくてな、少し栽培させてもらってもいいだろうか?」
そう言い意見を求めて来るパーティーリーダーシャベルに対し、口を開けたままポカンとする“魔物の友”のメンバーたち。
“なぁクラック、これって物凄い発見じゃないのか?実質的にどこの階層であろうがセーフティーゾーンを構築出来るって事だろう?”
“あぁ、これはちょっと他所じゃ言えないな。下手に犯罪組織にでも知れたらダンジョン内に拠点を作られまくっちまう、そんな危ないダンジョンなんか潜りたくないぞ”
“そうね、リーダーには癒し草栽培で満足して貰いましょう。幸いウチらは変わり者集団って認識されてるし、第六階層で畑作りをしてても誰も不審に思わないんじゃないかしら、またあいつらがバカやってるって笑われるだけで”
ダンジョン都市において突出した者達は狙われる。その実力で跳ね返すにしても、それには組織だった力が必要だ。
そんなものの無い自分達は、少しばかり馬鹿にされるくらいで丁度いい。
“命大事に”を行動指針とする“魔物の友”は名声よりも安全を求め、シャベルが齎した新たな発見を、そっと胸の奥へと仕舞い込むのであった。
「次の方どうぞ」
薬師ギルドカッセル支部買取カウンターには多くの調薬師が訪れ、自身の調薬したポーションを納品している。ダンジョン都市はその名の通りダンジョンに挑む冒険者の街である。必然的にポーションの使用頻度も高く、調薬師の需要は高い。
同様にポーションを必要とする城塞都市に比べ都市周辺の魔物は弱く、頻繁に冒険者が潜る大型ダンジョンはスタンピードの危険性も少ない。
安全かつ安定的に仕事のあるダンジョン都市は、調薬師にとってよい稼ぎ場所であると言えよう。
そんなダンジョン都市の薬師ギルド買取カウンターでは、通常のギルド買取カウンターではあまり取引されない高価な薬品の買取りなども行われている。それはハイポーションであったり、エキストラポーションであったり。
時にはダンジョン産の霊薬といったものが持ち込まれる事もある。
その為そうした高価な品物の取引を行う個室が用意されており、そうした品を頻繁に持ち込む顧客用のカードなども発行されている。
「はい、今日もこちらでお願いします」
買取受付カウンターでスッと差し出されたのは緑色をしたカード。受付職員は「ではこちらへ」とカウンター奥の個室へと顧客を案内する。
個室での取引に関しては守秘義務が生じ、中でどのような取引が行われているか、その一切について知る事が出来ない。これはたとえ同じ薬師ギルド受付職員同士であろうとも守られる絶対的ルールであった。
「ねぇターニャ、何時かの“職外調薬師”がまた個室を利用してるみたいなんだけど、あなた何か知らない?」
総合受付カウンターに座る女性受付職員が隣の席の受付職員に声を掛ける。ターニャと呼ばれたその女性受付職員は、ややむすっとした顔をしてその言葉に応える。
「まぁ、彼ってちょっとした有名人だし、あなたも多分知ってると思うわよ。金級冒険者パーティー“魔物の友”、最近噂の変わり者集団。
彼ってそこのパーティーリーダーだったらしいわ」
「はぁ~!?“魔物の友”っていったらメンバー全員がテイマーっていうあの?ずっと低層でウロウロしてるっていうよく分からない人たちでしょう?」
驚く同僚になおも言葉を続けるターニャ。
「そう、その“魔物の友”。パーティーリーダーは城塞都市で活躍した“蛇使い”の二つ名持ちなんですって。何でもほとんど傷の無いミノタウロスを納品する程の実力者らしいわよ。
城塞都市から護衛で来ていた冒険者が噂していたから確かね」
「でもなんでそんな人が薬師ギルドに?そりゃ職外調薬師だからテイマーでもなろうと思えばなれなくもないとは思うけど・・・」
「さぁ?でも一つ言える事はダンジョンで何らかの品を手に入れているって事。職外調薬師である以上ポーション以上のものを調薬する事は不可能だし、ポーションの納品で個室を使う事なんてあり得ない。
だったら薬品素材かドロップアイテムって事になる。
でも低層しかうろついていないって事になると、薬品素材って事も考え難い。
だったら答えは一つ、何らかの方法でポーション以上の薬を手に入れてるって事なんじゃないの?ここが薬師ギルドである以上薬品関係以外の持ち込みは考えられないしね。
まぁこれ以上詮索しても無駄でしょうけど、それよりも仕事よ仕事」
そういい話を切り上げるターニャ。
「ねぇターニャ、逃がした獲物が大きかったって後悔してる?上手い事専属になっておけば納品した金額に応じてお給料に結構な上乗せが・・・」
「うるさい、気にしてるんだからそれ以上言わない!
あ~、私の馬鹿、なんであの時“何でも相談係”に回しちゃったかな~。
パリッシュの奴、今頃ウハウハよ、悔し~!!」
「どうどうどう、そんなに怒ると眉間に皺が出来るわよ?ほら、お客さんが来たわよ、仕事仕事」
受付嬢は噂好きである。ターニャの口にしたシャベルの情報は、瞬く間に受付嬢たちの間に広がる事となる。
そしてそれが調薬師や冒険者たちへと伝わる事を止める事など不可能。
「“お気楽冒険者”が楽して金を稼いでいる」
そんな噂がダンジョン都市中に広がるのに、然して時間は掛からないのであった。




