第77話 底辺テイマー、ダンジョン都市に到着する
“ガタガタガタガタ”
街道を進む多くの馬車、そして人の流れ。
ある者は希望に目を輝かせ、またある者はそんな者をまるで獲物でも見るかのようないやらしい目で見詰める。
彼らは皆一つの場所を目指し進んで行く、そこは草原の先に佇む巨大な街壁。背の高い城があるでもない場所を取り囲む様に作られたそれは、周辺の魔物から人々を守るというよりかは中のモノを外に出さない様にするかのような、ある種異様な雰囲気を放っている。
「漸く着いたな。あれが俺たちの目的地ダンジョン都市カッセル。多くの冒険者が夢と希望を胸に一攫千金を狙ってやって来る欲望都市、油断をするとシャベル、お前でも直ぐにやられちまうから気を付けろよ」
そう言い首筋に親指を当てキッと横に引くクラック。
「あぁ、任せろ。人の顔色を窺って地味に生き残る事には慣れている」
シャベルはそう言葉を返し、ニヒルに笑う。
幌馬車は進む、ガタガタ音を立てて。ダンジョン都市の街門・・・には向かわず手前の道を左に逸れて真っ直ぐに。
「ん?クラック、街門に向かわないのか?
道を逸れてどこに行くんだ?」
シャベルは突然進行方向を変えたクラックに驚き、目的を問う。
「あぁ、別にあのまま街の中に向かってもいいんだけどな、どうせダンジョン都市の中には従魔と一緒に宿泊できる施設なんてないからな。
城塞都市にもあっただろう、従魔屋だよ。あそこは街壁の中に置かれてたがここでは街壁の外、南街壁付近に建てられている。
まぁダンジョン都市周辺の魔物はホーンラビットやグラスウルフと言ったものが精々だからな、多くの従魔が集まる従魔屋に近付こうとする奴なんていないよ。ただそうした事情もあって従魔屋周辺はちょっとしたスラム街になってるんだけどな。
でもまぁ従魔屋周辺に住むスラム住民は従魔を恐れたりはしないな、互いに助け合う、共存し合うって感じだ。
逆に街壁北側にあるスラムの連中には気を付けろよ、あそこは完全な無法地帯だからな?
力こそ全て、犯罪者の巣窟。街壁内に住む力ある犯罪者の下部組織があるのが北側のスラムだ。
話では領兵が巡回する事もあるらしいんだが、それも賄賂目的みたいでな、死にたくなかったら近付くなってのがこの街の暗黙の了解だよ。
お、見えて来たな」
クラックはそう言うと御者台から指を指す。それは南街門に張り付くように建てられた簡素な小屋の数々と、大きな厩舎を持つ建物。
「まぁそれでもここはダンジョン都市だ、中にはケガがもとで引退したテイマーなんかが周辺に住み暮らすって場合もあるんだがな。城壁の外は基本街の管轄外、宿屋に泊る金が無くなった居住資格のない冒険者は、自然外に追い出されちまうって奴さ」
そう言い肩を竦めるクラックにどこかやるせない気持ちになるシャベル。
家族と共に穏やかに暮らす、そんな些細な幸せを求める事のなんと難しい事か。
「“生きているだけで儲けもの、生きてることがお陰様”か」
思わず洩れる呟き。
知らぬ事、知らなければならない事。
“俺は本当に人との出会いに恵まれている”
スラム街の危険などまったく考慮に入れていなかったシャベルはクラックの与えてくれた忠告に深く感謝し、クラック、メアリー、ジェンガという仲間と引き合わせて下さった女神様に感謝の祈りを捧げるのであった。
「はいよ、いらっしゃい。あんたらは見ない顔だね、新しくダンジョンに挑戦しに来た冒険者って所かい?」
従魔預かり所、通称“従魔屋”で出迎えてくれたのはやや恰幅のいい女性従業員であった。
「あぁ、俺はシャベル、金級冒険者をしている。これがギルドカードだ。それとこっちはクラック、メアリー、ジェンガ。
俺たちはテイマーだけのパーティーでな。今日到着したばかりだが、従魔たちを頼みたい。
それと幾つか聞きたい事があるんだがいいか?」
「へ~、テイマーだけのパーティーってのは珍しいね~。
たまにテイマーがリーダーのパーティーってのもいるけど、そうした場合でも多くて二人くらいだし、他に剣士やら魔法使いやらが入ってるしね。
それで聞きたい事ってのはなんだい?」
女性従業員は訝しむでもなく言葉を返す。
「あぁ、この街のごみ処理事情がどうなってるのかと思ってな。
言い忘れたが俺の従魔はフォレストビッグワームとスライム、所謂最下層魔物でな、街のごみ処理はこいつらにとってちょっとしたご馳走でもあるんだよ。
大概の街ではそうした仕事は敬遠されがちだろう?
俺はいつもそういった汚れ仕事を熟して信頼を得て来たんだ。
まぁ俺なりの挨拶代わりかな。
ただこの街にはスラム街があるって聞いてな、そうした人間から仕事を奪うのも憚られる。やたらな恨みは買わないに限るからな」
シャベルの言葉に「へ~」と感心の声を上げる女性従業員。
「アンタ変わってるね~。よくお人好しって言われないかい?
大概の奴は自分に特技があったらそれをこれ見よがしに押し付けて恩返しを要求するもんなんだけどね~。
この街の先々の事も考えながら自分の行動を決めようとする冒険者なんて初めて見たよ。
それで街のごみ処理だったね、大概はこの辺に住んでるスラム住民がやってるよ。アンタが知ってるかどうかは知らないけどこの街には幾つかスラムがあってね。
街壁の中に二つ、街壁の外に二つ。
街壁の中のスラム住民は所謂貧乏人だね。街のこまごまとした仕事をして日銭を稼ぐ連中さ。街壁の中は領兵の目が光ってるからね犯罪者や無法者はほとんどいない。逆にそんな連中はスラムなんかには住まないよ、金はあるんだ、ちゃんとした家に暮らすさ。
でもそんな所からも当然あぶれる連中がいる、そいつらが住むのが街の外。脛に傷を持つ者や汚れ仕事を嫌うものは北のスラムへ、溝浚いやごみ処理なんかでもこつこつ熟すような連中が南のスラムに住み着いている。
冒険者なら知ってるかも知れないけど、ゴミ処理や溝浚いの仕事は身体に臭いが付くだろう?
だからそういう仕事を行う者は何処にも泊まるところが無くてね、必然的に街の外で寝泊まりする様になる。
でもいくらカッセルの周りにいる魔獣がグラスウルフやホーンラビットだからって、やたらな所で夜を明かすのは危険過ぎる。
すこしでも安全な場所を求めてこの従魔預かり所の側に集まって来る。
そうして出来上がったのがここのスラムって訳さ。ごみ捨ての指定区域がここから南に真っ直ぐ行った窪地ってのも原因の一つなんだけどね」
そう言い明け透けに笑う女性従業員の話に、昔の自分を思い出し苦笑いを浮かべるシャベル。
「それとこれは単純な疑問なんだが、城壁の周りに家なんかを建てても大丈夫なものなのか?
普通に取り締まりの対象になりそうなものなんだが」
シャベルの疑問、自身はその為に魔の森に住み暮らしていた彼にとって、幾ら街壁の外とはいえ街の周りに勝手に住み暮らす者が放置されているという状況が信じられなかったのである。
「まぁその辺はお目こぼしと言う奴だろうね。
人って奴は面白いもので自分より劣っている者、貧しい者を見ると顔をしかめつつ優越感が湧いて来る。
自身はあの者より優れている、幸せであるってね。それに自分がやりたくない雑用を低い賃金でやらせる事の出来る相手って奴は貴重だ、それは悪党も同じ事。
要するにスラムの連中はこの街の人間が快適に暮らす為に飼われているって訳さ。
その辺は街の監督官も承知していてね、スラムを無くして街の治安が乱れるくらいなら、多少のお目こぼしをしても街の利益を優先するって事だろうね。この従魔預かり所が出来てからは一度だってそうした事は行われていないって言うしね、これも棲み分けの一種なんじゃないかい?」
女性従業員の言葉に納得と言った顔になるシャベル。
「預かり代金はグラスウルフが餌代込みで一体銀貨一枚、マッドモンキー、バトルホークも同じだね。
問題はアンタのそのデカブツさ、フォレストビッグワームって言ったかい?初めて見る魔物だからね、どうしたものだか」
「あぁ、こいつらは別に大丈夫だ。さっきも言ったがこいつらは元々ビッグワームが進化したものでな、適当な地面があればそこで生活出来るんだよ。
草原の一角でも適当に耕してそこに放っておくさ。それこそさっき聞いたゴミ捨て場に行けばこいつらの餌も豊富にありそうだしな。
それよりもこっちの馬を預かって貰えないか?従魔預かり所の仕事じゃないと言われるかもしれないが」
「それは構わないよ、馬は飼葉代込みで銅貨五十枚さ。
ここの従魔預かり所は元々魔馬なんかを預かる施設でね、魔物に対して怯えないって言うんで従魔も預かる様になって行ったんだよ。
今でも多くの魔馬を預かっていてね、その子も魔馬だろう?
普通にお預かりしているよ」
女性従業員の言葉にほっと胸を撫で下ろしたシャベルは、腰のマジックポーチから金貨を取り出すと「十日分頼む」と声を掛けるのだった。
「しかしマジックバッグに幌馬車を仕舞い込むとは思わなかったよ、てっきりあのまま従魔屋に預けるんだと思ってた」
南街壁からゴミ捨て場に向かう小道を進む冒険者パーティー“魔物の友”、目的はゴミ捨て場の確認とフォレストビッグワームたちの放流地の選定。
「なんかすまないな、付き合って貰う形になってしまって。
場所と状態の確認が済んだら放流地を決めて街に向かう、それまで辛抱してくれ」
後ろを振り返りそう言葉を掛けるシャベル。その前には十体の大蛇が、楽し気に身をくねらせながら先を急ぐ。
「別に構わないわよ、私達もゴミ捨て場なんて行った事もないし。どんな状態なのかって気にもなるしね」
その変化は顕著だった。プンと鼻を突くすえた臭い、周囲に漂う悪臭に思わず皆して口許に手を当てる。
「これはちょっときついわね、何か怪しい虫でも発生してない?
ゴミ捨て場ってこんなに臭かったの?」
「いや、普通はゴミ捨て場にスライムやビッグワームが集まって来るから、こんな事になるはずはないんだがな。精々軽く臭うくらいだ。
それに見た限りスライムの姿が無いのもおかしい」
最下層魔物であるスライム、それは何処にでも生息し不要物を吸収する謎生物である。そのスライムがこれ程のゴミ山を前に発生していない事はおかし過ぎる。
見渡す限りこれと言った不審な点の見られないゴミ捨て場、では何故?
その時前方を進んでいたフォレストビッグワームたちが動きを止め、ある一点をじっと注視し始めた。
“魔物の友”の面々も得物の棍棒を構え、油断なく周囲を見回す。
“ビユンッ”
ゴミ山から飛び出した何か、それは最前列にいた焚火目掛けて伸びた一本の鞭。その鞭は焚火の身体に巻き付くと、その上体を一気に引き寄せる。だが・・・
“ギュインッ”
焚火は一度上体が持っていかれたかのように前に倒れたかと思うと、反発するように身体を引き戻す。するとゴミ山の中から何かが“ゴボッ”と飛び出して来た。
まるで一本釣りでもされたかのように姿を現したそれは、薄汚れた蓋付きの木箱。
「「「えっ、ミミック!?」」」
シャベル以外の三人が揃って驚きの声を上げる。シャベルはそれが何なのかは分からずとも、おそらくはこの箱の事だろうと見当を付ける。
近付く者に反応して鞭を飛ばし絡め取る箱型の罠、流石はダンジョン、変わった魔道具があるものだ。おそらくは何らかの不具合があり捨てられたものなのだろう。
シャベルは地面に落ちる箱を拾い上げると、天多にお願いして箱の表面の汚れを取り去って貰う。
「うん、綺麗になったな。こうやって見ると箱としては壊れている訳でもないし、やはり罠として何か問題があったのか。
ポーション保存用の箱として使ってみるか?
取り敢えずマジックバッグに・・・」
「「「イヤイヤイヤ、リーダー、それ魔物だから、マジックバッグに仕舞えないから」」」
背後から掛けられた声に“こいつらは一体何を言ってるんだ?”という顔をするシャベル。
「シャベル、それってミミックって言う宝箱に擬態した魔物だから。俗にいうトラップ系魔物の筆頭、ダンジョン特有の魔物で宝箱を発見したと思って近付く冒険者を襲う結構厄介な魔物だからな。
それが何でゴミ捨て場に捨てられていたのかは分からないけど、この辺にスライムやビッグワームがいないのは恐らくそいつが食べちゃったからじゃないのか?
一説ではダンジョンの魔物はダンジョンから魔力を供給されて生きているって言われているんだ、それが外に連れ出されたら魔力の供給源が無くなったも同然、スライムやビッグワームを食べて魔力を補給してたとすれば説明が付く。
これは想像だがそいつは人が来た時は大人しくしていて弱い魔物が来た時だけ襲い掛かっていたんじゃないのか?じゃないとゴミ捨て場がここまで臭くなるまでに何の噂にもなってないってのがおかし過ぎるからな」
クラックの言葉にウンウンと頷くメアリーとジェンガ。
“へ~、ダンジョン産の魔物って外に持ち出せるのか~。でもそれが死んだらどうなるんだろう、魔石になるのか亡骸が残るのか、凄い気になる。
でも今は魔力不足みたいだし、まずは魔力水でも与えてみようかな?”
ムクムクと起き上がったシャベルの好奇心、シャベルは心の赴くまま半開きになったミミックの蓋を開け放つと、力の限りの魔力を込めて「<ウォーター>」と唱えるのであった。




