第76話 ダンジョン都市カッセル、夢見る者の集う場所
意識を集中し己の身体の中の魔力を強く意識する。
スッと手を伸ばし、木桶に向かい詠唱を行う。
「“大いなる神よ、我に木桶一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」
“ザバッ”
その手から現れる清浄な水は目の前の木桶を満たし、ユラユラと水面を揺らす。
用意した木桶は三つ、それぞれに十分な水を作り出したところでその様子をじっと眺めていたグラスウルフたちに声を掛ける。
「アル、ブル、カル、待たせたな。飲んでヨシ」
主人の合図に喜び勇んで木桶に顔を突っ込む三体のグラスウルフ。そんな魔物たちの様子を笑顔で見守る男性。
「よう、クラック。調子はどうだ?その様子だと魔力水生成にも大分慣れて来たってところか?」
背後から掛けられた声に振り返る男性。クラックと呼ばれた者は相手の姿を認めると、「あぁ、シャベルか」と言葉を返す。
「まぁな、あれから随分練習したお陰で従魔たちにも喜んでもらえる様になったよ。最初はただの水といった反応だったのが、今じゃ大好きなごちそうを待つ子供みたいに、ちょこんと座って待つ様になったもんな。
別にこちらが指示を出さずとも勝手に行動する。更に言えば上目遣いでおねだりって、どこから覚えて来たんだか。
でもあれだな、シャベルの言った通り従魔との交流が深まればその分動きが良くなるって言うのは本当だったな。三体の連携が今まで以上に良くなってるってのは俺でも分かるし、こちらの指示も的確に熟す様になってきた。
これはギルドの武術教官が言っていた“スキルの熟練度”って奴が上がったって事なんだろうな」
そう言い自らの従魔である三体のグラスウルフをやさしい眼差しで見つめるクラック。
「まぁそういう事なんだろうな。
“剣術スキルや棒術スキルと言ったものはただ振り回すだけじゃ上達しない。スキルの声を聴き真摯に向き合う事が大切だ”
これは以前俺に剣術と棒術の指導を行ってくれたギルドの武術教官の言葉だが、スキルと言ったものはその本質に近付こうと努力すればするほどその真価を発揮するものだ。
テイマーとは魔物を操り武器とする、確かにそれは事実ではあるが、例えば剣を武器とする剣士がその武器である愛剣を乱暴に扱うか?日々手入れしなければキレ味が落ちるし、乱暴に扱えばすぐに折れる。
腕を磨き、いざという時の為に丁寧に扱い、スキルの導きに従って剣を振り技を身体に馴染ませる。
テイマーもそれと同じなんじゃないのか?
テイム魔物が武器だと言うのならその扱いを乱暴にしていい物ではないだろうし、互いの連携が取れるように訓練も必要だ。
剣を振る事は魔物との交流を取る事と同意義。要するにこれまでのテイマーのやり方は何の訓練もしないで魔物を狩りに行く冒険者たちと同じだったって訳さ。
才能のあるやつはいいさ、名のある冒険者の中には実戦こそ訓練とかいう連中もいるからな。だが俺たち凡才が天才の真似をしてどうするよ、俺たちはコツコツ力を付けて実戦を生き残る、楽して成功出来る程の運や実力があったんならこんなに苦労はしてないっての」
そう言い肩を竦めるシャベルに「違いねえ」と苦笑いを浮かべるクラック。
外れ職のテイマーとして忌避されそれでも尚しがみ付いて来た冒険者稼業、楽な事は一度としてなかった。だったら少しくらい遠回りしてこれまでと違った事をしても、苦労は然して変わらない。
これまで自分は楽がしたい、成功したいという思いが前面に出ていた。でも一歩引くことでこれ程までに物事が回り始めるとは。
横を見ればパーティーメンバーのメアリーとジェンガが同じように魔力水を出して従魔に与えている。その従魔たちの嬉しそうな様子は、テイマーとしてどこか嬉しくも感じる。
「魔物と人、種族は違えど交流を取る事さえ出来れば協力し合う事も出来る。お貴族様じゃないがテイムスキルが無くともウルフ系の魔物をテイムする事が出来るって話があるだろう?
これは城塞都市を出発する前の事なんだが、クラック精肉店の買取カウンターの店員が店の食品廃棄物処理を担当していてな、俺の勧めでビッグワームとスライムの飼育を行っていたんだがそいつらとテイムを結ぶことに成功したんだよ。
あれは驚いたよな~。まさかテイムスキルが無くとも魔物と従魔契約が出来るとは思わなかったからな。
何か互いの意思交流が取り易くなったって言って喜んでいたよ。
スキルが無くても互いに交流を取る事で従魔契約が出来るんだ、スキルがあるテイマーがより以上の関係が結べない訳がないんだよ。
その結果俺の家族みたいに訳の分からない状態になるかもしれないけどな」
「「「確かにリーダーの従魔は訳分からない」」」
「「「「アハハハハハ」」」」
テイマーは魔物と交流を取る事でより関係性を深める。パーティーメンバーは共通の課題に取り組むことでパーティーとしての絆を育む。
金級冒険者パーティー“魔物の友”はダンジョン都市に向かう旅の中で、一つの仲間としての纏まりを築いて行ったのであった。
「少し聞きたいんだがいいだろうか?」
シャベルの改まった言葉に話を止め顔を向ける面々。
「今更な事なんだがダンジョン都市の事に付いてな。ゲルバスの酒場なんかである程度情報は集めて来てはいるんだが、俺は実際に行った事が無いんでな。皆が知ってる事があれば教えて欲しいと思ったんだ」
そう言うシャベルに訝しむ三人。
「えっと普通は領都セルロイド方面からダンジョン都市を経由して城塞都市に向かうもんなんだが、リーダーはどうやってゲルバスに向かったんだ?」
ジェンガの疑問、通常城塞都市に向かうには大きな商隊の護衛に入り込むなどして安全性を確保して向かうものである。
城塞都市に向かうまでの魔の森は慣れた者でも気を抜くとただでは済まない難所、商隊を組むにもベテランを中心とした護衛を付ける事が定石とされている。
一攫千金を狙った商会が護衛をケチりその辺の冒険者を雇って向かった為に全滅などといった話は、日常の様に起きている場所なのだ。
「ん?俺か?ベイレンの街からだな。途中の村を経由しながら街道に合流する形で城塞都市に向かった感じだな。春先だったからか結構襲われたがいい稼ぎになったぞ?
村ではポーションもよく売れたしな」
「「「それ不人気街道じゃないですか。なに城塞都市の難所に入る前に体力を消耗してるんですか!?」」」
シャベルの選んだ移動ルートは魔の森を嘗める様に進むことから魔物との接敵回数が多く、現在では大分廃れた街道であるとのことであった。
「やっぱりリーダーはどこかおかしいんだわ」
「普段目茶苦茶慎重なのにどこか抜けてるんだよ、きっと」
「金級になったからって普段浅部を主体にしてる人間が行き成り深部に向かうか?話ではミノタウロスを無傷で倒して来たらしいし、オークジェネラルやオーガも納品していたらしい。
“剛拳”といい“蛇使い”といい、テイマーで金級になるような奴はどこかおかしいんだって」
「おい、お前ら、聞こえてるからな。そこまで言うんなら今日の夕飯は自分たちで作って貰うって事で・・・」
「「「すみませんでした、俺たち一生リーダーに付いて行きます!!」」」
「だから一生付いて来なくてもいいから。それと少しは料理を覚えろ、冒険者にとって飯は最も重要だろうに」
彼らは思う、“街の食堂より旨い飯を野営で食べてる冒険者なんていないですから。普通この人数だったら移動中は保存食ですから”と。
テイマーの移動は野営が基本となる。街で従魔を伴っての宿泊は困難であり、テイム魔物がいる以上野営以外の選択肢はない。
野営地で煮炊きをする事、それは周囲に匂いを振りまき周辺の魔物をおびき寄せる行為。大きな商隊や人の多い野営地ならともかく、そうでない場合を考慮するとその食事は冷めた保存食のみとなる。
だが冒険者パーティー“魔物の友”の場合そうした条件は当てはまらない。グラスウルフ五体、バトルホーク二体、マッドモンキー一体による警戒は強固であり、魔物の警戒や掃討において無類の力を発揮する。
何より、“ドガッ、ドゴッ”今も尚幌馬車の周囲を囲み警戒を行っているフォレストビッグワーム十体の警戒網を抜け出る事は不可能に近い。
「まぁ俺は魔物とスキルに恵まれていたって事だ。こればかりは代わってやることは出来ないしな、諦めてくれと言うしかないな」
“俺、外れスキル<魔物の友>を恵まれたスキルって言う人初めて見た”
“私も。やっぱり成功する人ってリーダーくらい突き抜けてないと駄目なのね”
“俺も頑張る、少なくとも銀級上位と呼ばれるくらいにはなってみせる”
互いに目を合わせ決意を新たにする三人の様子に、“分かってくれた様でよかった”と胸を撫で下ろすシャベルなのであった。
「それでダンジョン都市の事だったな。カッセルのダンジョンは洞窟型と呼ばれるものだ。入り口は馬車二台が余裕ですれ違えるほど広くてな、多くの冒険者で賑わっている。
構造は多層構造、複雑に入り組んだ迷路状の洞窟であったりフロアと呼ばれる広い空間が広がっていたり。その階層によって様々な顔を見せる特徴がある。
洞窟の探索に不向きと思われるメアリーのバトルホークが役に立つ様なフロアが幾つも存在する。
俺が知っている範囲では五十七階層まで攻略されているって話だったな。ただこれはあくまでギルドに報告されている範囲での話で、実際何層まで攻略されているのかはハッキリしていない。
大体五十階層なんて言ったら行って帰って来るだけで一月以上掛かるって言われてるんだ、その上戦闘や食糧確保の事を考えたら深すぎる階層は現実的じゃない。
ただダンジョンには人を引き付けるだけのお宝が眠っているのも事実、ドロップアイテムに宝箱、定期的に現れる隠し部屋とかな。
ダンジョン産の素材は質も良く商人に高く売れるってのもある。
深い階層の魔物を倒せば質のいい魔石も手に入る、これがまた商人に高く売れる。魔石は魔道具を動かす燃料として貴重だからな」
クラックはそこで言葉を切ると“これくらいは分かってるよな?”と言った感じで目を向ける。
シャベルはそれに頷きで返し、話の続きを促す。
「ダンジョン探索で重要なのは水に食料。水は生活魔法があると思うかもしれないが、いざという時の為に魔力を節約するのはダンジョン探索の基本だな。予め水筒なんかに用意して行けばその分節約になるし、上位冒険者パーティーなんかは敢えて樽で持ち込むとか聞いた事がある。そういった連中は俺たちじゃお目に掛かる事も出来ない大型マジックバッグに、何か月分もの食糧を詰め込んで探索に当たるらしい。
それくらいしないと深層部の探索は無理って話なんだろうな。
戦闘に関して言えば、ダンジョンの魔物は倒すと消える。消えた後にはドロップアイテムとしてポーションや毛皮といった各種アイテムやら食糧やらが残されることがある。
それと魔石だな。例えばゴブリンやスライムも魔石を落とす。ただあまりに小さくて洞窟のどのあたりに落ちているのかが分からず拾う事が難しいモノらしい。
売り物になるのはグラスウルフ以降の魔物の魔石になるな。
それとここから先が肝心なんだが、ダンジョンの敵は魔物に限らない。盗賊行為を行う冒険者連中もいるって事だ。
特に目立つパーティーってのは狙われやすい。テイマーしかいない俺たちみたいなのは連中にとってはいい獲物って訳だ、油断すれば直ぐにでも食われちまう、それがダンジョン都市ってところだ」
ダンジョン、そこは多くのお宝が眠る夢の場所、人々はそのお宝を求め己の欲望を曝け出す。
奪い合い、殺し合い、それもまた人の一面。
ダンジョン、そこはより狡猾な者だけが生き残る蟲毒の壺。
全ての情を捨てた者だけが生き残る無法地帯、それがダンジョンという場所の本質なのであった。