第75話 閑話 伝わる知らせ、残された者たち
金級冒険者、それは数いる冒険者の上澄みであり、その認定者の情報はその国のギルド本部に送られ、ギルド本部から各ギルド支部へと知らされる。金級冒険者に昇格する者は年間を通しても十名いればいい方で、それは通常スタンピードなどの厄災級の事件において功績を上げた者などに認められるものと言われている。
“コンコンコン”
「失礼します。ギルド長、お呼びとの事ですが何かありましたか?」
「あぁ、キンベルとドット、忙しいところ済まん。先程王都のギルド本部から連絡が入ってな。新たに金級に昇格した者の情報なんだが、お前たちは城塞都市ゲルバスを知っているか?」
スコッピー男爵領マルセリオ、その街に居を構える冒険者ギルドマルセリオ支部。その建物のギルド長執務室に呼び出された総合受付責任者キンベルと武術教官ドットは、ギルド長ゼノン・ベイルの問い掛けに首を傾げる。
「はい、隣のライド伯爵領にある町ですよね?ここマルセリオからじゃヘイゼル男爵領経由でないと向かえないので少々大回りになってしまいますが、それが何か?この辺の冒険者じゃ知らない奴の方が少ないと思いますが」
「ふん、そこで先頃スタンピードが発生してな、オークキング、オーガキングが発生した大規模なものだったらしい。
それでそのスタンピード制圧に貢献した銀級冒険者が数名金級冒険者に昇格した、これがその名簿だ」
“パサッ”
執務机に差し出された書類、キンベルとドットはその書類に目を通す。
「“草原の風”斥候トリトン、“天空の城”と“雷雲の一撃”、“疾風迅雷”と“ワインの雫”はパーティーごと昇格ですか。結構な人数が金級に昇格したんですね。
それとこの“蛇使い”シャベルってのはテイマーですか。テイマーで金級とは凄い、同じシャベルでも堅実実直が売りのシャベル君とは大違いですね。
彼も今頃はサンタール伯爵領に到着してのんびり暮らしてるんでしょうかね。あそこは農業が中心の領地ですから、土いじりが得意なビッグワームたちとは相性がいいと思うんですよね」
どこか懐かしそうにそう語るキンベル。その言葉に隣のドットも頷き、「“冒険者は冒険しない”を体現したような男だったからな」と言って目を細める。
「ブフッ、あっ、すまない。いやなに、その“蛇使い”シャベルだが、マルセリオの“溝浚い”シャベル本人だからな?」
「「はぁ~~!?シャベルが金級冒険者になったんですか!?」」
驚きに目を見開く二人に、悪戯が成功した子供の様な悪い顔になるゼノンギルド長。
「俺も始め同名の別人だと思っていたんだがな、どこか気になったんでゲルバスのギルド長に問い合わせしてみたんだよ。
バラニムの奴とは古い付き合いでな、昔はよく飲みに行ったもんだよ。
そうしたらスコッピー男爵領出身のテイマーで間違いないって教えてくれたよ。ウチ出身のテイマー冒険者でシャベルって言ったら“溝浚い”しかいないだろう?
アイツがマルセリオを旅立ってもうすぐ一年か?たったそれだけの期間で金級冒険者って凄くないか?この街では底辺として扱われていた男がだぞ?
俺は思わず大笑いしちまったよ、やってくれたよと思ったもんだよ。
ククククッ、アッハッハッハッ、スゲー男がいたもんだよな、おい」
愉快そうに笑い二人の背中をバンバン叩くゼノンギルド長、対して未だ事態が呑み込めていないキンベルとドット。
「えっと、これって本当なんでしょうか?確かにシャベルの従魔達は強力な個体でしたけど、シャベル自身はそこまでの能力はありませんでした。一般的な冒険者、あれから腕を上げていたとしても銀級中級が精々と言った所の筈だと思うんですが」
それは武術教官ドットの言葉、ドットの武術教官としての目は確かであり、その事はゼノンギルド長も疑問に思っていた事であった。
「確かにな、シャベルはマルセリオ支部にいた頃も自身の武力を発揮する様な依頼を受ける事はなかったし、それ程の才能も見せてはいなかった。
その事は俺も気になったんで聞いてみたんだが、シャベルの本領は個人の武力ではなく全体をまとめる力、指揮能力にあったらしい。
スタンピードの際は戦力としては使い勝手の悪いテイマーや後衛冒険者たちを纏め上げ、見事な役割を果たしたんだとよ。
それに何よりシャベルの従魔達だ、ありゃ化け物らしいぞ?オーガ二十体をほぼ傷なく倒したらしい。
金級に昇格してからは城塞都市の魔の森の深部にも通っていたらしいんだが、ミノタウロスをほぼ傷なしで仕留めて来るのは“剛拳のヘイド”か“蛇使い”くらいしかいないって教えてくれたよ」
「「ブフォッ、ミノタウロスですか!?シャベルが!?」」
それは驚き、あの冒険者には向かない性格のシャベルが冒険者でもごく一部の者しか倒す事の出来ないミノタウロスを狩っているという事実は、旅立つ以前のシャベルを知る者にとっては驚愕以外の何物でもなかったのである。
「な、笑っちゃうだろう?そんな凄い男を俺たちやこの街の連中は馬鹿にしていたんだと思うとな、もう乾いた笑いしかでん。
シャベルが置き土産のように残していった“生活魔法を使った溝浚いのやり方”、ドルイド老師が言っていたがこれは相当な魔力制御の訓練になるモノらしい。
生活魔法の“ウォーター”が無詠唱で行えるくらいになると、他の魔法の威力もグンと良くなるんだとか。しかも安全な街中で行える訓練とあって、教え子には積極的に参加させると言ってくれたよ。
それもあってか冒険者の中にも“溝浚い”の依頼を受けるものが増えて来たしな。街の連中も以前の様に“溝浚い”の依頼を受ける者を見下す様な事もなくなって来た、少しずつではあるが変わりつつあるんだよ、この街も」
ゼノンギルド長の言葉、それは後悔か、自嘲か。その場にいる男達は皆して嫌われ仕事を積極的に熟してくれたシャベルの事を思い出す。
「そうそう、ゲルバスのギルド長バラニムが面白い事を教えてくれたよ。シャベルの奴は妙に丁寧と言うか、きちんとした言葉遣いをしていただろう?」
「はい、その点は私も気になって以前注意した事があったんです。本人は頑張って言葉を崩そうとしていましたが、中々苦戦していましたよ、本当に懐かしい」
「どうもシャベルは自分の力で言葉を直すのは困難だと判断したらしくてな、人の真似をする事にしたらしい。
それで冒険者の時はドット、お前の真似をしてるらしいぞ?」
「ブフォ、何ですかそれは!?凄い恥ずかしいんですが!」
「“あぁ、このしゃべり方か?これはマルセリオの武術教官を真似してのものだな。俺にとっては人生の恩人だよ。(フッ)”とかやってるらしいぞ?」
““ブッハハハハハハハ””
堪らず笑い出すゼノンギルド長とキンベル。
ドットは嬉しさ一割恥ずかしさ九割と言った状態で、頭を抱え身悶えるのであった。
「ソルトさん、聞きましたか?“蛇使い”がダンジョン都市に向かったそうです。なんでも従魔のお荷物になるからって事らしいですよ?
従魔におんぶに抱っこのテイマーらしいですね」
喧騒溢れる城塞都市ゲルバス、その酒場では今日も多くの冒険者が繰り出し酒を酌み交わし互いの情報を交換し合う。
「“蛇使い”って言うとあれか?こないだのスタンピードの時、東街門前に迫ったオーガ二十体を倒したって言う凄腕テイマーの。
でもそうか、そんなテイマーでもやはり深部はきついか。
まぁミノタウロスとか出るしな、賢明な判断かも知れないな」
「え~、それでいいんですか?アイツ金級冒険者になったんですよ?だったら深部で頑張らないと。
深部に行きました、怖いから街を変えますじゃ他の冒険者に示しが付かないじゃないですか」
酒が入れば気も大きくなるというのは何処の世界も変わらない。
冒険者ギルド“草原の風”の斥候役トリトンは、自身も金級冒険者になったと言う事もあり、同じ金級冒険者になっておきながら街を変える“蛇使い”に侮蔑の言葉を向ける。
「おいおいトリトン、もう酔っぱらってるのか?斥候のお前がそんな事言ってどうするんだ、正確な状況の判断、引くべきか進むべきか。常にパーティー全体の事を考え、安全性を考慮しつつ依頼を熟す。
トリトンの判断一つでパーティー全体が全滅なんて事もあるんだぞ?
それに“蛇使い”は何もせずに尻尾を巻いた訳じゃないからな?
聞いた話じゃオークソルジャーやオークジェネラル、オーガと言った深部の魔物を相当数狩った上で、自身の力不足と判断したって話じゃないか。
これって誰にでも出来るって話じゃないからな?確りと自分の力量を判断したって話だろう?」
「でもソルトさん、それってあいつの従魔が強いってだけの話じゃないですか、あいつ自身が強いって訳じゃない」
酔っぱらって後に引けなくなったのか自身の意見を曲げようとしないトリトンに、大きなため息を吐くソルト。
「あのな、テイマーにとっての武器とはなんだ、従魔じゃないのか?従魔が強い、それは従魔を確り使いこなしていると言う事、すなわちテイマーの力量って話だろうが。
魔物って奴はただ強いってだけじゃ使い物にはならない、どんな魔物でも使い様なんだよ。
それとトリトン、お前は蛇使いの従魔がなんて魔物か知ってるのか?」
「えっ?スネーク系の魔物だからフォレストスネークかなんかなんじゃないんですか?」
「馬鹿野郎、フォレストスネークは目茶苦茶デカいじゃねえか。オークを一呑みにするバケモンだぞ?そんなのを連れて歩いたら大騒ぎどころの話じゃないっての、領兵が出動するわ。
ロックタートルを連れまわすだけでも目立つのに、そんな大物を引き連れて冒険者なんか出来ないっつうの。
ビッグワームだよ、確かその進化個体でフォレストビッグワームとか言ったかな?要は森のデッカイミミズだ、後スライムだったかな」
「はぁ~~!?そんなの最下層魔物じゃないですか、そんな魔物をテイムしてるテイマーが何で俺と同じ金級なんですか、おかしいでしょう」
思わす椅子から立ち上がり声を荒げるトリトン。そんな彼の様子に“コイツ若いな~、でもそれが普通の反応だよな。世の中はそんなに甘くないんだけどな”とどこか懐かしいものを見る様な目で見上げるソルト。
「何男二人で盛り上がってるのよソルト。トリトンも大きな声を出しちゃって、アンタも元気ね~」
そんな二人の間に割り込んで来たのはニヤニヤした顔の女性、“草原の風”のパーティーメンバーベティーであった。
「聞いて下さいよベティーさん。テイマーの“蛇使い”っているじゃないですか、ソルトさんがアイツの従魔はビッグワームとスライムだって言うんですよ?
俺と同じ金級冒険者、その従魔がビッグワームとスライムって、おかしいですって。絶対間違ってる、って言うかそんな奴が金級冒険者って、馬鹿にしてるのかってはなしです!」
酔いが回っているのだろうか、既に自身でもよく分からない状態になっているトリトンに“そうよね~、普通はそう思っちゃうわよね~”と優しい眼差しを向けるベティー。
「ねぇソルト、久し振りに行ってみる?ウチのメンバーも一度常識を破壊した方がいいと思うのよね~」
「マジかよベティー、前にメリッサを連れて行ったら暫く呻ってなかったか?蛇使いの従魔の事もめっちゃビビってただろう」
「でもほら、常識に囚われていると思考が硬くなってそこから先に進めないって言うじゃない?何事も経験だと思うわよ?」
ベティーの言葉に暫し考え込むソルト、これから先のパーティーの事を考えれば殻を破る必要もあるのかと。
「よし、長旅になるからな、ギルドには俺が報告しておこう。
冒険者パーティー“草原の風”は暫く隣国オーランド王国に向かうってな」
パーティーの方針は決まった。また一つ、金級冒険者パーティー“草原の風”が城塞都市から旅立って行く。
「よかったわねトリトン、あなたの大好きな勇者物語の冒険譚を体験できるわよ? いったい何首ヒドラまで倒せるのかしらね~」
何やら不穏な事を言うベティーに、“この人、またろくでもない事を考えてる”と警戒の色を強めるトリトン。
「それとこれだけは覚えておきなさい、あなたの言う最下層魔物のビッグワームとスライム、目茶苦茶強いわよ?
果たしてあなたは勝てるのかしらね?」(ニッチャ~)
その一言を残し席を離れるベティーに、言い知れぬ不安を覚えるトリトン。
そしてその言葉の意味が分かった時、自らの言動を心底後悔し、シャベルに対し喧嘩を売らずに済んだことを女神様に感謝するのであった。