第74話 冒険者パーティー“魔物の友”結成
多くのテイマーや後衛職冒険者たちに見送られ、城塞都市ゲルバスを旅立ったシャベル達一行。
これまでこう言った扱いを受けた事の無いシャベルは見送ってくれた仲間たちにどう応えていいのかが分からず、軽く手を振るくらいの事しか出来ない自分をふがいないと思っていたのだが、それは他のテイマーたちも同様であった様で。
「なぁ、メアリー。お前今までこうやって誰かに見送って貰いながら旅立った事ってあったか?
俺、実家から追い出されるように冒険者になった経験しかないんだが」
「ある訳ないじゃない。流石に故郷の両親は私の事を心配してくれていたけど、村じゃ魔物を飼う変わり者って白い目で見られてたんだから。
テイマーなんだから魔物を育てるのは当たり前じゃないって何度思った事か、近くにゴブリンが現れたからって私のせいじゃないって言うのよ」
魔物蔓延るこの世界において、魔物とは脅威であり恐怖の象徴。
その恐怖の対象を使役し己の武器とするテイマーは、力ない一般人からすれば頼れる仲間ではなく忌避の対象。
怖いものは近付けたくない、いくら役に立つとはいえ側には置きたくないと言う人間心理が、テイマーを不遇職へと貶める大きな要因であった。
その為テイマー職を授かった者に対し良い顔をする者は少ない。
子供がスライムを捕まえてテイマーの真似事をする分には微笑ましい、だがこれがグラスウルフやホーンラビットであったのなら?
人がその身に染みついた恐怖を拭い去る事は、困難極まりない事なのであった。
「城塞都市も変わったよな。以前はテイマーって言うとお荷物って言う扱いを受けがちだったけどよ、今じゃ何処の酒場に行ってもそんな目で見る奴なんていなくなったもんな。
特に後衛職の連中を見る目が激変したって言うか、前は前衛の連中が主体で連れて行ってやってるみたいな感じだっただろう?
今じゃ完全に分業って言うか、それぞれの役割を果たす一つのチームっていう雰囲気になったって言ってたもんな。
連中、後衛職だけでもやっていけるって言う事を示した事が大きかったんじゃないのかって言ってたよ。以前の“俺たち前衛がいなけりゃお前らは何も出来ないんだろう?”って言う前提が完全に崩れたんだから当然なんだろうけど、これって快挙だよな。
北側部隊の連中、みんないい顔になったもんな」
クラックは思う、俺たちを変えてくれたのはシャベルだと。シャベルがいなければ自分たちは未だ何か燻った思いを抱えながら、城塞都市で冒険者を続けていたかもしれないと。
テイマー職は不遇である。生活の為には女神様が授けて下さったお力を捨て、スキルとは全く関係のない仕事に就くしかないと言われる外れ職業である。
そんな自分たちに僅かでも光を見せてくれたシャベル、彼に付いて行けば何かが変わるかもしれない。
クラック、メアリー、ジェンガの三人は、御者席で手綱を握るシャベルを見上げながら、未来の希望を胸に城塞都市を後にするのであった。
「さてと、この辺でいいかな?」
城塞都市ゲルバスを離れて暫し、魔の森の街道を進む幌馬車の足を止め御者席を降りて来たシャベル。一体何が起きたと言うのか、シャベルの不意な行動にテイマーたちに緊張が走る。
「あぁ、別に魔物の群れが来るとかじゃないから落ち着いてくれ。ここから先は割と頻繁に襲われるんでな、一々御者席から降りるより並走した方が迎撃し易いってだけだ。フォレストビッグワームたちを警戒に回らす都合もあったしな」
シャベルの言葉を合図に幌馬車の荷台から次々に降りて来るフォレストビッグワーム、その数十体。
「さて、ここから先の配置だが、クラックとジェンガのグラスウルフたちは引き馬の日向を警護してくれ。
日向は魔馬なんでな、魔物が側にいても怖がることはない。
この一行の中では幌馬車を引く日向が一番重要となる、最優先で守って欲しい。
メアリーのバトルホークは上空の警戒、ただずっと飛び続けるのはいくら魔物でも消耗が激しい。一体ずつの交代制で残りの一体は御者席ででも休ませておいてくれ。
ジェンガのマッドモンキーも基本御者席待機、引き馬に魔物が取り付こうとした場合の戦力として温存しておく。
そうはさせない様に陣形を組むが、もしもの事を考えなければいざといった時に直ぐ詰んでしまうからな。余剰戦力は必要だ。
俺たちは交代制で休憩しつつ移動、二人が警戒に当たり一人が御者、残りが休憩に入る、野営と同じやり方だな。
前方の警戒は従魔達が行っている、俺たちは後方の警戒でいいだろう。
以上だが何か意見はあるか?」
「いや、特に問題はない。城塞都市からの移動が難所の一つって事は城塞都市の冒険者の常識だからな。
問題は御者だ、俺は御者なんてした事ないんだが」
クラックの言葉にジェンガとメアリーも頷く。彼らは銀級冒険者として護衛任務に就きながら城塞都市に来た口であった。
そんな彼らが馬車の御者をする機会などまず無く、馬車持ちの冒険者パーティーくらいしか操作の経験を積む事が出来ないと言う事を、シャベルは失念していたのであった。
「すまん、そうだな、冒険者の誰しもが御者を出来るものでもなかった。これは俺の認識不足だった、申し訳ない。
それじゃダンジョン都市までの移動中は、交代で馬車の操作を練習するか。これは覚えておいて無駄って事もないだろうしな。
さっきの警戒のやり方は皆が馬車操作を覚えてからとしよう。それまでは荷台に乗って、他の者が馬を操作する所を見ながら覚えてくれ」
ガタゴト進む魔の森の街道、初めて手綱を握るテイマーたちはおっかなびっくりと言った様子ながらもシャベルの指示に従い引き馬を操る。
周辺の警戒はフォレストビッグワームの闇が中心となって行い、弱い魔物の接近など許しはしない。
こうして彼らは移動の難所と呼ばれる街道を、過剰戦力に守られながら、御者の練習をしつつ移動して行くのであった。
「お疲れ、無事に村に到着する事が出来た。魔の森さえ抜ければそこまで魔物に襲われる事もなくなる、御者の練習も捗るだろう。周辺の警戒はフォレストビッグワームたちが行う、今夜はゆっくり休んでくれ」
城塞都市から街道を進んで最初の村、そこは魔の森を抜けて直ぐの場所にあり、城塞都市との移動を行う商隊が必ず立ち寄る宿泊地点となっていた。
その為商隊が馬車を止め野営を行う広場や宿泊の為の宿屋が完備されており、村としては比較的発展した場所となっていた。
そんな村ではあるものの、従魔を伴っての宿泊が出来る様な宿があるべくも無く、テイマーたちは当然のように広場の外れで野営を行う事となっていた。
他の商隊から距離を置く理由は自分たちの従魔が商隊の引き馬たちを驚かさない様にと言う配慮であるが、城塞都市に向かおうという様な馬車を引く引き馬が普通の引き馬の筈も無く、これはあくまで周囲の者に対しそういった配慮が出来る冒険者であると言うアピールに過ぎないのではあるが。
「シャベル、少しいいか?今後の事に付いて相談したい事がある」
クラックから挙げられた問題、それは今までシャベルが経験した事の無いものであり、完全に失念していた事。
「俺たちはパーティーを組む事になったんだがパーティー名がまだない。先ずはそれを決めたいんだが、何かないか?」
シャベルは焦った、覚えやすいと言う理由だけでフォレストビッグワームたちの名前を季節と曜日から付けた様な男である、自身に名付けのセンスが欠片も無い事は自覚していた。
「クラックは何かないのか?このパーティーの言い出しっぺはお前なんだろう?
それにメアリーやジェンガも付き合いの長いお前が付けてくれた方が喜ぶんじゃないのか?」
咄嗟にその役目をクラックに振るシャベル。これまでの経験により、シャベルは狡賢さを身に付けつつあった。
「いえ、パーティー名はシャベルに付けて欲しいのよ。
私達に変わる切っ掛けをくれたのはあなただもの、それにこのパーティーのリーダーはシャベル隊長しか考えられないし?」
「はぁ?俺?それこそ何を言ってるんだ、リーダーはどう考えたってクラックかメアリーだろう。
お前たちの方が経験が長いんだし」
「イヤイヤイヤ、何を言ってるんだ?シャベルは金級冒険者だろうが、一番ランクが高いモノがリーダーをやる、そんなの常識だぞ?」
ジェンガの発言に言葉の詰まるシャベル。スタンピードの様な緊急事態が起きた時、率先してその対処に当たる事は金級冒険者の役割であり義務。その為金級冒険者はランクの低い冒険者を指揮し、事態の収拾に当たらせる事の出来る権限を有している。
このことは慣習として冒険者の中に広がっており、ランクの高い者がパーティーを率いる事は常識となっていた。
つまりシャベルのパーティーは、金級冒険者シャベルの率いる金級冒険者パーティーと言う事になるのである。
「わ、分かった。パーティーリーダーの件は引き受けよう。それでパーティー名だが・・・」
「やっぱりそれはねぇ」
「リーダーが決めないと」
「いよ、リーダー、格好いいぞ?」
「グッ、お前ら遊びやがって。言っておくが俺に名付けの才能は無いからな。
パーティー名は“魔物の友”、どうせ俺がリーダーって事になれば後から色々言われるんだ、だったら初めから堂々と名乗った方がいいからな。
お前らも自分たちの従魔との仲を深め“共に戦う友”となれ、これをパーティーの方針とする」
シャベルの宣言、それはテイマーのみで結成された異色の金級冒険者パーティー“魔物の友”の産声であった。
「ブフッ、“魔物の友”ね、了解した。俺は“魔物の友”のクラックだ、・・・迫力の欠片もね~」
「アハハハ、いいじゃないの、“魔物の友”。私はらしくていいと思うわよ。
どうせ普通の冒険者パーティーみたいなダンジョン探索は出来ないんだし?ウチにはテイマーしかいないし?」
「でも正直なところどうするよ。斥候はメアリーのバトルホークが行って、前衛はクラックと俺のグラスウルフ、遊撃に俺のマッドモンキー。盾役にリーダーのフォレストビッグワームか?
そうなると回復役がな~」
「それなら大丈夫だぞ、俺は調薬師だからな。城塞都市を出る前にローポーションとポーションを山ほど作って置いたからな、当面は困らないと思うぞ?」
「「「流石リーダー、一生ついて行きます!!」」」
「イヤイヤイヤ、一生は付いて来なくていいからな、それぞれ頑張ってくれ」
「「「リーダーのいけず、そこに痺れる憧れる」」」
「「「「アハハハハハ」」」」
バカな話に盛り上がる彼ら。これまで経験した事の無いくだらない時間。シャベルはそんな何気ない一時を送れるようになった自分に驚きつつ、この素晴らしい出会いに感謝し、自身を見守って下さる女神様に祈りを捧げるのであった。