第73話 旅立ちの時、次なる目的地はダンジョン都市カッセル (2)
部屋の中の道具類を木箱に仕舞い、要る物と要らない物とに分ける。新たに設置した竈は持ち主からそのままでも良いと言われているので掃除だけを行い、置き忘れがないか収納棚の中を確認する。
「なんか随分と長く暮らしていた様な気がするけど、それだけ城塞都市での毎日が充実していたって事なんだろうな。
いつかまた来てみたい、そんな街だったな」
シャベルは全ての荷物をマジックバッグに仕舞い込み、何もなくなったがらんとした部屋を眺め一人呟く。
自身はまだそれほど多くの街を知っている訳ではない、冒険者としては駆け出しも良い所だ。でもこの街は、城塞都市ゲルバスは、自身に多くの知識と経験、出会いを与えてくれた。
シャベルは寂しくなった部屋に向かい自然頭を下げる。
「お世話になりました、ありがとうございました」
口を突いた言葉は感謝の思い、この街で貰った様々な思い出を胸に仕舞い、部屋の扉を閉める。
「みんなお待たせ、それじゃあ行こうか」
一階の家族たちが過ごしたフロアも、癒し草を栽培したこじんまりとした裏庭も、今は綺麗に片付けられ何もない。
家の前では幌馬車に繋がれた引き馬の日向が、ブルルルと嘶きを鳴らす。
出会いと別れ、そして旅立ち。それは冒険者であれば誰しもが経験する当たり前の事。彼らは何処へ向かい、何を探し求めるのか。
冒険者とは夢を追い求める人生の旅人の事なのかもしれない。
そこは街の北側に位置する職人街や倉庫などが立ち並ぶ区画であった。冒険者たちが持ち込んだ素材は冒険者ギルドの解体所や素材買取カウンターで整理され、その素材ごとに街の職人や商人たちの下に送られる。
それらの品は彼らの手により保存運搬が可能な状態に姿を変え、領都セルロイドを経て広くミゲール王国各地に運ばれて行く。
北側地区は素材を商品に変える場所、城塞都市の土台とも言うべき場所である。
そんな生産拠点とも言うべき北地区に居を構え長年商売を行う一軒の食肉加工商会、クラック精肉店店主ヤコブ・クラックは訪れた若者に笑顔を向ける。
「シャベルさん、お陰様でウチの食品廃棄物問題も大分改善しました。若い者に任せているビッグワームとスライムたちは、みんないい仕事をしてくれています。
以前はどうしても解体所や加工所には血の臭いが染みついてしまっていた。冬場はまだしも夏場になるとその臭いが周囲に広がって問題になっていたんですよ。
でも仕事あがりにスライムたちを放つ様になってからそれが一切なくなった。私もトイレスライムの事は知っていましたが、スライムを解体所の臭い対策に使うと言う発想はなかったですよ。
最初は不気味がっていた従業員たちも、今じゃすっかり慣れたものです。誰だって快適な環境で仕事したいですからね。
それにビッグワーム、ウチの者は“肉丸”、“骨丸”と呼んでいますが、こいつらが魔物の内臓やら骨やらと言った食品廃棄物を食べてくれるお陰でこっちは大助かりです。
それこそ始めの頃は大した量を食べる事が出来ませんでしたが、大きくなるにしたがって食事量も増え、今じゃホーンラビットの角すらバリバリ食べれる様になりましたからね。
まぁあの体格のビッグワームがウロウロするのも精肉店としては問題なんで、これ以上頭数を増やせないのが残念ではありますが、その分スライム達が頑張ってくれていますんで。
シャベルさんの仰っていた通り、魔物たちも成長するんですね。
食事量も結構増えて来てくれました。食品廃棄物処理魔物としては十分通用すると思います。
街の廃棄物処理場も実験処理場がかなり好調でしてね、今後数を増やす予定と伺っています。
それに街外の癒し草畑の肥料の問題もありますから、街としてはそちらの確保が心配なんでしょう。
いずれにしろケルバスがより良い方向に進もうとしている、これは全てシャベルさんのお陰です。本当にありがとうございます」
そう言い深々と頭を下げるヤコブに顔を上げるように促すシャベル。
「ヤコブさん、頭をお上げください。これは前にも言いましたが、俺に出来る事は提案する事だけ、それを形にし発展させていくのは全てこの城塞都市の皆さんのお力なんです。
本当に大切なのは俺の提案を街の状況に合わせ工夫変更し、より良い形、継続可能な物に変えて行く事。
この事業はまだまだ始まったばかりなんです、ヤコブさん達がより良く発展させてくれることを祈っていますよ」
そう言いニコリと微笑むシャベルに、“この人は本当に変わらない。立場や状況がどうであれ根っからの善人という事なんだろう”と感心するヤコブ。
「ヤコブさん、これまで本当にお世話になりました。ヤコブさんがおられなかったら城塞都市での生活はこれ程充実したものにはならなかった。
このマジックバッグを手に入れる事が出来たのも、癒し草畑を作る事が出来たのも、延いては金級冒険者になれたのも全てはヤコブさんのお陰です。
こちらこそ本当にありがとうございました」
それはシャベルの本心からの言葉。シャベルは己を過信しない、偉ぶらない。だからこそ物事の本質、自分を支えてくれた人に対する感謝の思いを忘れない。
「これは些細なものとなりますが、是非受け取って下さい。
王都で流行りの蒸留酒だそうです。それとこちらは私が作った蜂蜜スライムゼリーになります。
今度薬師ギルドから売り出される商品でもありますので、安心してご賞味ください」
シャベルは腰のマジックポーチから取り出した酒瓶と大型ポーション瓶を手渡し、その由来を話す。
ヤコブは恐縮しながらも、その心遣いに顔をほころばせる。
「シャベルさんはこの後どちらに行かれるおつもりなんですか?」
「そうですね、先ずはダンジョン都市へ向かおうかと。ダンジョン都市は城塞都市と並んでテイマーに対する偏見が少ない場所と言われていますから、こことはまた違ったテイマーの在り方について学べるかもしれませんので」
ダンジョン都市、そこは謎と神秘に満ち溢れた冒険者の楽園、だが同時に欲望と悪意渦巻く罪過の壷。
「シャベルさん、人と言うものには二つの顔がある。
人を愛し慈しみ、人を思いやり手を差し伸べる善の顔。
己の欲望の赴くまま、人を害し踏みつけ汚し貶める悪の顔。
城塞都市の脅威は魔物です。城塞都市の者は皆魔物と戦い己の力で立ち上がる戦士、他者を貶め他者の足を引っ張る事を良しとしないそんな者たちです。
だがダンジョン都市は違う、人が己の内面を曝け出すそんな場所。善であり悪である。笑顔で右手を差し出し左手にナイフを隠し持つ事が当たり前と言った場所です。
強いものが生き残れるとは限らない、全てを曝け出す事は愚者の行いであると言う事を教えてくれる様な所です。
特にシャベルさんは金級冒険者だ、その注目度は高い。隙を見せれば狙われると思った方がいい。
シャベルさんが人の善なる部分を見てくれる様な方だと言う事は知っています。ですがくれぐれも油断だけはしないでください」
それはヤコブがシャベルに出来る精一杯の忠告。
冒険者は自由である、冒険者の旅立ちを邪魔する事は出来ない。
ヤコブはシャベルの道行きがより良い物である事を願い、祈る事しか出来ないのであった。
「肉丸、骨丸、スライムたち、ウチの家族と仲良くしてくれてありがとう。
これはこれまでのほんのお礼、みんなで仲よく食べてね」
クラック精肉店の裏手に回ったシャベルは、買取カウンターの男性職員に挨拶をし、食品廃棄物処理を頑張る底辺魔物たちに声を掛ける。
“クネクネクネクネ”
“ポヨンポヨンポヨン”
“プルプルプル”
シャベルの家族たちも、そんな彼らに別れの言葉を向ける。
「いよいよ旅立たれるんですね。寂しくなりますがこればかりは仕方がありません。良い旅を」
「どうもありがとうございます。皆さんには本当に良くして貰って。これ、俺が作った蜂蜜スライムゼリーです。良かったら皆さんで召し上がって下さい」
シャベルはカウンターの上に大型ポーション瓶を幾つか取り出し並べて行く。そこには蜂蜜色をした美しいゼリーが詰まっているのであった。
“クネクネクネクネ”
“ポヨンポヨンポヨンポヨン”
そんな別れの挨拶をしていると、不意に家族から送られてきた一つの思い。
「えっ、それってどういう?・・・あの、肉丸と骨丸、後スライムたちが職員さんと従魔登録がしたいって言ってる様なんですけど、どうしますか?」
「・・・は?」
それは思いもよらない提案。魔物が自分から従魔登録を願い出る、そんな事があるのだろうか。
「えっと、先ず肉丸の頭に手を当ててみてください」
男性職員は訳も分からないままシャベルの言う通りにビッグワームの頭に手を添える。するとその手とビッグワームの頭の触れている部分が淡い光に包まれ、その光は次第に消えて行く。
“クネクネクネクネ”
「えっと、今ので互いに繋がりが出来たんだそうです。肉丸に何か指示を出してみてもらっていいですか?」
「えっとそれじゃ、右を向いて。“クネッ”左を向いて。“クネッ”
地面に伏せて。“ペトッ”・・・イヤイヤイヤ、はぁ?意味が解んないんですけど?」
「あ~、うん、なんて言いますか。要は<テイム>と同じで意思の疎通が取れやすくなってるんだと思います。
これが切っ掛けでテイムスキルに目覚めるのかどうかは分かりませんが、職員さんにも何となく魔物の意思の様なものが伝わる様になってると思いますよ?
他の魔物とも同じようにやってみて貰えますか?」
そして次々と<テイム>の様な事を繰り返す男性職員。
““クネクネクネクネ””
“““プルプルプルプル”””
「・・・出来ちゃいましたね」
「・・・出来ちゃったねって、どうしたらいいんですかこれ!?」
「まぁちょっとだけ便利になったと言った事くらいしか変わりありませんから、これからも魔物たちを大切にしてあげてください」
「はぁ、分かりました・・・でいいのかな?」
この男性店員の下に起きたちょっとした変化。
<テイム>スキルが無くとも魔物との関係性を築く事で<テイム>を行う事が出来ると言う事実は、その後多くの議論を呼びながら城塞都市中に広がる事となる。
そしてそれは城塞都市のごみ処理問題の解決に大いに役立つ事となるのだが、その事をシャベルは知る由も無いのであった。
“ガラガラガラガラ”
幌馬車は進む、城塞都市の大通りをガタガタ音を立てて。
城塞都市西街門、そこは多くの商隊が屈強な冒険者に守られながら領都セルロイドへと旅立つ玄関口。
やって来る者、旅立つ者、その誰もが真剣な表情で己が使命を果たさんとする。城塞都市で最も危険とされる事柄の一つがこの都市間の移動であり、中途半端な覚悟や実力の者を篩に掛ける第一の関門であった。
「部隊長、水臭いじゃないですか。城塞都市を出られるのなら一言言ってくださいよ。
皆して奢って貰ったのに」
声を掛けて来た者、それは嘗てスタンピードの際に共に戦い北側部隊として交流を深めた後衛職の冒険者。
「そうですよ。って言うか蜂蜜スライムゼリーをください、俺、あれが無いと生きていけないんです。
うちの子達もすっかりあの味に嵌ってしまって、毎日催促して来るんですよ」
それは二体のウルフ種の従魔を連れたテイマー、他にも多くのテイマーや後衛職の冒険者たちが集まっていた。
「お前らな~。作り方は教えたんだから自分で作れ、自分で。
それか今度薬師ギルドから売り出されるからそっちで買え。
たぶんあれだろう、魔力水の魔力の込め方が足りなくて味がいまいちなんだろう。それに関しては只管練習だ、魔力を強く意識しながら生活魔法のウォーターを使いまくる。俺は他に方法を知らんからそれしか助言出来ん。
でもまぁみんなありがとうな、そんなに数が無いから一人一つずつだぞ、従魔と一緒に並べ」
「「「流石部隊長、ゴチになります」」」
嬉しそうに列を作る冒険者たちと従魔達。シャベルの作る蜂蜜スライムゼリーの味は、これまでの自身を変え、新たな一歩を踏み出させてくれた勇気の味なのだ。
「なぁシャベル、少しいいか?」
「ん?クラックにメアリー、それにジェンガ。どうしたんだ、改まって」
それはグラスウルフを三体使役するクラック、バトルホークを二体使役するメアリー、マッドモンキーを一体グラスウルフを一体使役するジェンガであった。
「シャベルはダンジョン都市に行くんだろう?それでだ、良かったら俺たちと一緒に行かないかって話だ。
要はパーティーを組まないかって事なんだが、どうだろうか?」
それは思わぬ誘いであった。以前野営を共にした冒険者パーティーから同行を申し込まれたことがあった、それはシャベルが共に旅をするに相応しいと認められた証拠、得難い喜びの記憶として今でも鮮明に憶えている。
だがパーティーとなると話は違う、それは背中を預け合う、命を懸け共に戦う仲間と言う事。
「それはお前たちも城塞都市を離れると言う事か?」
「えぇ、元々自分がどこまでやれるかって言う挑戦の意味が強かったのよ。でも今まで納得の行く結果が残せなかった。
それがこないだのスタンピード、あの経験は自分の中に新しい可能性を示してくれたわ。
それにあなたが教えてくれたパーティーでの戦い方によって欲しかったマジックバッグも手に入れる事が出来たしね。
そろそろ次に移ろうと思っていたのよ」
“そうか、彼らも俺と同じなのか”
冒険者は一所に留まれない、それは彼らが自由の民であり、夢を追う旅人だから。
どこかに腰を落ち着ける時、それは旅の終わりであり冒険者を辞める時。
「分かった。ともにダンジョン都市に挑む仲間として、よろしく頼む」
交わされた握手、それは繋がり。
シャベルは新たな仲間と共に城塞都市を旅立つ、その決断がシャベルにどんな景色を見せるのか、それはシャベル自身にも分からないのであった。