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底辺魔物と底辺テイマー  作者: @aozora
第一章 生まれ育った場所、それは故郷 ―スコッピー男爵領編―
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第36話 いなくなった者、いなくなった街

「なんでいつまでも依頼が行われないんだ!!」


冒険者ギルドマルセリオ支部、その受付ホールにおいて受付嬢に苛立ちをぶつける男性。彼は数か月前から出している溝浚いの依頼がいつまでも行われないことに対し、その不満を直接冒険者ギルドに持ち込んだ依頼人であった。


「も、申し訳ありません。そちらの依頼に関しては現在受注を行う者がおらず依頼取り下げの手続きを進めているところでありまして」

「はぁ~!?依頼取り下げってふざけるなよ!こっちは何か月も待たされていると言っているだろうが!その上取り下げって、冒険者ギルドは街の依頼を嘗めてるのか?」

激高し、更に感情を剥き出しにする男性に、受付嬢は言葉を詰まらせながらも返答を行う。


「も、申し訳ありません。ですが依頼掲示期間を過ぎたものに関してはその依頼の取り消しを行い前金をお返しするという事はあらかじめ説明させていただいておりますし、受注がない以上冒険者ギルドといたしましては規定通りの手続きを行う事しか出来ない訳でありまして・・・」

「だからその冒険者を連れて来いって言ってるんだよ!溝浚いの依頼を受ける奴なんて一人しかいないだろうが、なんで奴が来ないんだよ!

依頼人のもとに冒険者を寄こすのが冒険者ギルドの仕事だろうが!」

誰でも分かる簡単な事をさも難しそうに語る受付嬢に苛立ちの止まらない依頼人、そんな相手になんと説明してよいものかと困り顔を浮かべる受付嬢。


「お客様、どうなさいましたか?お話は総合受付責任者キンベルが承ります。

あ、お疲れ様、君はもういいから三番受付の助手に付いてくれるかい?

こちらの窓口は私が預かるので、休憩後は六番受付に入ってくれ。

お待たせして申し訳ありませんでした。それで依頼受注が遅れている件とお伺いしておりますが、具体的なお話をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

キンベルはにこやかな笑顔を湛えつつ、クレーム処理に困っていた受付嬢にさりげなく助け船を出すのであった。


「あん?受付責任者ってことは受付のお偉いさんか?だったら俺の出した溝浚いの依頼をどうにかしてくれ、こっちは数か月前から待っているんだからよ。この暑さで臭くて堪らねえんだよ、きれいさっぱり掃除してほしいって依頼なんだからよ」

キンベルは男性の指し示す依頼票に目をやり、難し気に顔を歪める。


「これは冒険者ギルドの敗北と取っていただいても結構でございます。現在お客様のご要望を叶える事の出来る冒険者はこの冒険者ギルドマルセリオ支部には在籍しておりません」

「はっ?イヤイヤイヤ、いるだろうが、例の溝浚い専門冒険者が。何もったいぶってるんだよ、討伐依頼もろくに出来ない底辺冒険者なんだろう?こちとら街の依頼を恵んでやってるんだ、ありがたくさっさと受けろって尻でも叩いてやらせろよ」


男性の言葉は酷く冒険者を馬鹿にしたものだった。冒険者ギルド内でそのような事を言えば普通は周りの反感を買いただでは済まないところであるのだが、その話題の中心となる冒険者が“溝浚い”の異名を持つシャベルの事であるために、冒険者たちの関心はすぐにそこから離れてしまうのであった。


「え~、それは指名依頼という事でよろしいでしょうか?それと依頼完遂の条件が排水溝の臭いが気にならなくなるほどの状態となりますとそれなりのお値段が掛かりますが。

そうですね、こちらのご依頼の案件ですと大銀貨六枚と言ったところでしょうか」

「はぁ~~!?」

男性はキンベルの言葉に口を開いたまま言葉を失う。キンベルはそんな男性に向け事細かな説明を始める。


「ご説明させていただきます。これまで町の清掃依頼、いわゆる溝浚いの依頼は排水路に溜まった泥を掬い取り、状態を改善させるといった単純労働を基本としたものでした。その為冒険者ギルドでは臭い等の問題を考慮してもその作業内容の安全性から銀貨五枚から七枚の仕事と位置付けさせていただいておりました。

その仕事量は当然一日で終わる様なものではなく、費用に対しその労働量も見合ったものであると判断しておりました。

ですが(くだん)の冒険者、シャベルの仕事は一線を画します。ただ泥を浚うだけでなく排水路の底のレンガが見えるほどの清掃を行う、当然周囲に広がっていた悪臭もキレイさっぱり消してしまう。

彼の行った清掃を基準にすると、同程度の仕事を行う為には泥を運び出す冒険者のほかに水魔法使いと土魔法使い、それと光魔法使いが必要と判断されました。

それだけの者を一度に雇おうとすれば、それこそ金貨が必要な依頼となってしまいます。

そこでこれらを冒険者シャベルのテイマーとしての技量と判断しテイマーに対する特殊依頼として換算、そこに指名料を加えたものが先程の金額となります。

依頼の特殊性からの金額という事がお分かりいただけましたでしょうか。

これがこれまでの様に排水路の泥を運び出すといった依頼であれば通常の冒険者であってもお受けすることが出来ますが、現在はこれも非常に難しいかと」


キンベルはここで一度言葉を切り、“溝浚い依頼”の置かれた現状について説明を加える。


「これも冒険者ギルドの恥の様な話なのですが、冒険者シャベルはここマルセリオ支部で“溝浚い”と呼ばれ蔑まれ、受付での依頼受注も受付職員から拒否されるというとんでもない状況に陥っていました。

彼はその様な状態におかれたのにもかかわらず塩漬け依頼と呼ばれている“溝浚い”の仕事を率先して受注してくれました。

その結果何が起こったのか?それはお客様の方がよくご存じかと。

街の宿屋のみならず、飲食店を含んだあらゆる商店からの来店拒否。街の中での生活が行えなくなったシャベルは魔の森の中に小屋を作り生活する羽目になってしまいました。

この出来事は冒険者たちにある事実を突き付けた、それは“溝浚いの仕事を行うと街に住めなくなる”という事です。シャベルの様に複数の従魔に守られ魔の森の環境に順応出来る者は稀、どの様な者であれ四六時中魔物の危険性に怯え暮らす事は困難であるからです。

今後マルセリオの街で冒険者が“溝浚い”の仕事を請け負うのかどうかは、難しいと言わざるを得ないでしょう」


キンベルの言葉、それはこれまで自分たちがシャベルに行ってきた行いが、全て跳ね返って来ているという事を示していた。


「それと指名料ですね。お客様のお望みの冒険者シャベルは銀級冒険者昇格試験に合格し銀級冒険者となりました。ですのでこれまでの様に優先依頼と言った実質指名依頼のような真似はしなくとも正式に指名依頼を行う事が出来る様になりました。

ですが銀級冒険者に対する指名依頼ですから当然費用もそれなりの金額となります。今回の案件ですと特殊技能持ちであるテイマーに対する指名依頼ですから、大銀貨六枚は相当に良心的なお値段と言えるのではないでしょうか。

是非ともご検討のほどよろしくお願いいたします」

キンベルはそう言うと、依頼人の男性に慇懃に頭を下げるのであった。



「キンベル主任、よろしかったのでしょうか?先程の依頼人にはお話しされませんでしたが、シャベル氏はここ二か月冒険者ギルドはおろか薬師ギルドにも顔を見せていません。キンベル主任はその事をお話にはなられなかった様ですが」

ギルド受付嬢はクレーム対応を行ってくれたキンベルに感謝しつつ、大きな疑問を口にする。

それに対しキンベルは、“あ、その事ですか”と軽い口調で説明を行うのであった。


「まず大前提として冒険者は自由です、その依頼を受けるか受けないかはその者の意思に掛かっています。その事はたとえ指名依頼であろうと変わりません。

スタンピード発生時における緊急指名依頼以外、冒険者は好きに依頼を受注する権利がある。それは通常の指名依頼でも同様なのです。

受けたくない仕事は受けなくてもよい、それが冒険者という職業の、自由を愛する民の生きざまですから。

シャベル君がここ二か月マルセリオに現れないことだって彼の自由であり、我々はそれを咎めることも害することもしてはならないんですから」

キンベルはそう言うと、この話は終わりとばかりに受付嬢に受付業務に戻るように促す。


「この街は少しシャベル君に頼らない事を覚える必要があるんですよ、私を含めてね」

キンベルはこれまでいかにシャベルに頼ってしまっていたのかを反省しつつ、シャベルを拒否しておきながらその存在を求めるマルセリオの街の住民に、呆れの様な何とも言えない感情を抱くのであった。



「次、身分と目的を述べよ」

マルセリオの街の街門では、今日も門兵が訪れる者たちを誰何し、マルセリオの街に怪しい者が入り込まない様に目を光らせていた。


「先輩、そういえば最近シャベルのやつが顔を見せなくなりましたね。もう二か月近くですよね、どこか身体を悪くしたとかじゃなければいいんですが」

門兵の一人が先輩門兵に対し言葉を掛ける。


「あぁ、もうそんなになるか。二か月前と言ったらシャベルの銀級冒険者昇格を巡って冒険者どもが荒れてた時期だからな。

特に銅級に甘んじているベテラン冒険者は酷かったからな、中にはシャベルを奇襲しようと画策する者すら現れていたらしい。

魔物討伐依頼が多く出されるこの時期は、連中も自分たちの事が忙しくてそれどころじゃないようだがな」


「そうですね、でもその分街の雑用依頼が滞って街の住民たちが騒ぎ出しそうですが」


「それこそ今更だろうが。あれだけシャベルを拒否していたんだ、どの面下げて依頼を受けてくれなんて言えるんだ?面の皮が厚いのにも程があるだろう」

門番は呆れ交じりの溜息を吐きながら言葉を続ける。


「実際シャベルはこのマルセリオの街にこだわる必要はないからな。冒険者ランクは銀級、その上薬師ギルドの正規会員とくれば領の移動どころか国の移動すら可能。

更に言えば馬と幌馬車を手に入れた今、シャベルがこの街に留まる理由はないからな。

もしシャベルがまだスコッピー男爵領にいるのだとしたら、魔の森に小屋があるからじゃないのか?人間一度本格的に根を張ると、中々他所に移りがたくなるっていうしな。

少なくともまだ他所に行ってないだろうな。あの生真面目なシャベルの事だ、他領に引っ越すとなったら街で世話になった者に挨拶をしに訪れるだろうからな」


「そうですよね、シャベルって生真面目と言うか融通が利かないっていうか。それがあいつのいいところなんでしょうが」

門番たちは不意に視線を遥か遠くに見える森に向ける。その森の中に小屋を作り一人住み暮らす青年の事を思って。



その頃魔の森の中では。


「光~!!お前軒先に吊るしておいた癒し草を食べただろう!!あれはお茶にしようと思って干してたやつなんだからなー!!

気配を消してないで出て来ーい、光~!!」


“クネクネクネクネ♪”

シャベルと家族たちは今日も平和な日常を送っているのであった。

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