第34話 銀級冒険者の日常、それはポーションの作製
“パチンッ、パチンッ”
竈の中から聞こえる薪の爆ぜる音。竈に掛けられた鍋から聞こえる音に意識を集中し、細かく火力を調整する。鍋に入れる乾燥スライムの量、竈にくべる薪の太さ、鍋に入れる清浄な水の魔力量。様々な工夫がポーションの出来を良品質へと引き上げる。
“ガタッ”
漉し布を掛けた容器に出来上がったポーション原液を注ぎ入れ、急ぎ漉し布を引き上げる。ここで欲張って絞ったりすると品質が一気に低下する事は実験済みだ。
“カチャッ”
容器に上蓋を被せ、部屋の隅に置く。後は弄らず焦らず、一晩経つのをじっと待つ。
ポーション作りは一日一回、これは不器用な自分が集中して作業出来るのがそれだけという事を知っているシャベルが、自身に課した制約であった。
銀級冒険者昇格試験合格、それによりこれまで目標としてきた銀級冒険者の証でもある銀級冒険者ギルドカードを手に入れたシャベル。その事自体は大変すばらしく誇れることであった。
だがその事に対する他の冒険者たちの反発はシャベルが思っていたよりも大きなものであった。
“溝浚い”が合格する様な試験を自分たちが合格しない訳がない。これまで銅級の生活に甘んじていた者の中にはそうして奮起する者もいた。
実際シャベルの銀級冒険者昇格試験合格の知らせが出て以降、積極的に魔物討伐や街の依頼を熟し昇格試験に臨む者が続出した事は、冒険者ギルドマルセリオ支部としては予想外の朗報であった。
だが世間はその様な前向きの人間ばかりがいる訳ではない。自身の環境や待遇を他人のせいにし、不満を溜め燻っている様な者にとって、自身の格下と位置付けていた人物の台頭は脅威であり許されざる裏切りであった。
彼らにとって格下が自身より上に立つ事は理不尽であり不条理、そこには不正が働いているとしか考えられず、それを容認する冒険者ギルドマルセリオ支部自体も攻撃の対象となって行った。
だがその様な人間は得てして努力をしない、他者を妬みその足を引っ張る事で自身が上であると自らを慰める、そんな者たちである。当然の様に銀級冒険者昇格試験に挑むような努力をする事なく、徒党を組んで批判を口にする。
冒険者シャベルが投じた一石による波紋は、良いに付け悪いに付け、停滞していた冒険者ギルドマルセリオ支部の冒険者たちを変えようとしていた。
「次、身分と目的を告げよ!ってシャベルか。今日は薬師ギルドに納品か?」
マルセリオの街門前、シャベルは薬師ギルドにポーションの納品をする為、魔の森の小屋から足を運んでいた。
毎日の様に調薬に励むシャベルではあったが、連日に渡る調薬は集中力を低下させ結果品質が落ちると言う事をこれまでの経験で学んでいた。その為三日調薬をしたら一日休むと言った生活サイクルを作り、休みの日に納品を行う事にしていたのである。
「はい、やはり小屋に籠りきりと言うのも身体に悪いですから。以前は何日も顔を見せずご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。この様に病気も無く何とか生活しております」
シャベルは以前一月調薬に掛かり切りになり街に顔を出さない事があった。その時門兵たちにひどく心配を掛けてしまった事、領兵の掛かる診療所を紹介してもいいと言った温かい言葉を貰った事を忘れてはいなかった。
「そうか、でも気を付けろよ。シャベルが銀級冒険者昇格試験に合格した事は街中の噂になっている。それは何も祝福と言う意味ばかりじゃない、妬みや嫉妬と言った意味も含めてだ。
これ迄シャベルを馬鹿にしてきた連中や、シャベルを下に見て来ていた連中にとってはあまり面白い話じゃない。ましてやシャベルを安くこき使おうと思っていた連中にとっては死活問題だ。
シャベルはそういった感情とは無縁と言うよりそんな事を気にしていたら生きてこられなかったっていう生活だから分からないと思うが、そういう連中は大勢で集まると気が大きくなるのかえてして馬鹿をやる。
街を歩くときは大通りを歩けよ?細い路地なんかには絶対に行くな。
困っている様な者がいてもすべて無視しろ、これだけ大勢の人がいるんだ他の者に任せろ。お前は街の恩恵なんかろくろく受けてないんだ、気にする方がおかしいし、相手に迷惑が掛かるくらいに思っておけ。
嫌な言い方だが間違いなくシャベルを貶める為の罠だからな?
それと何を言われても気にするな、お前はお前だ、胸を張れ。
通りで絡まれたら大きな声を上げろ、恥ずかしいなんて思うなよ?それも自衛手段の一つだ。互いに傷付かない事が一番だからな」
門兵の助言、それはシャベルがこれまで考えた事も無かった無自覚な悪意に対する対策。
「ありがとうございます。自衛する事は相手の為でもある、その言葉胸に刻みます。
光、焚火、気配を消すのは止めだ。ここは危険な外敵の蔓延る森の中、そう思って進むよ」
シャベルの言葉に今まで気配を薄くしなるべく存在を感じさせないようにしていた二体の魔物が鎌首をもたげる。
「では失礼します。薬師ギルドの用件が済み次第すぐに帰る事にしますのでよろしくお願いします。これが光と焚火の従魔鑑札です」
シャベルは助言をくれた門兵に感謝し深々と礼をすると、二匹の巨大なフォレストビッグワームを引き連れ街門を薬師ギルドに向け進んで行くのであった。
「おやシャベル、今日も納品かい、熱心だね~。街の調薬師共もお前さんほど熱心に働いてくれると助かるんだけどね。やれ魔力がとか言って中々働きゃしない。
その癖買取価格が低いだの文句ばかりじゃやってられないっての。それで今日は何本持って来たんだい?」
薬師ギルド買取カウンターでは今日も受付職員のキャロラインが、シャベルの訪れを歓迎してくれるのであった。
「はい、今日は九本になります。それで今日は多めにポーション瓶を購入して行こうと思いまして、百本ほどいただきたいのですがよろしいでしょうか?」
シャベルの申し出、それはポーション瓶の大量購入。普段十本のポーション瓶を購入し大切に仕舞い込む様なシャベルの思いがけない言葉に、思わず目を見開くキャロライン。
「おやまぁこれは剛毅だね~。普段なら絶対そんな購入の仕方をしないシャベルがどうしちまったんだい?持ち運ぶのも大変だろうに」
ポーション瓶は空と言っても瓶である。それが百本もあればかなりの重量となりシャベルにとっては負担となる。これが街の調薬師であれば注文し届けさせると言う事も出来るだろうが、シャベルの住む場所は街の外、それも魔の森の中。とてもではないがポーション瓶の配達など受けて貰えるような場所ではない。
「いえ、これはキャロラインさんも噂で知ってるとは思うんですが、俺銀級冒険者昇格試験に合格しまして銀級冒険者になったんですよ。
それ自体は自身の目標でもあったんでいいんですが、何か街の雰囲気がですね。街門からここ薬師ギルドに来る間もあからさまに因縁と言いますか絡んで来ようとする者がですね。
今回は予め門兵様に忠告されていたんで対策を打てましたが、これが頻繁となりますと向こうも引くに引けなくなると言うか最悪どちらかがとんでもない怪我をする危険性がありまして。
ジフテリアではそんな冒険者たちにも襲われましたから。前に口座に入れたお金がその時のものです。
ですんで街の噂がもう少し大人しくなるまで小屋に籠っていた方がいいかと。
出来上がったポーションはきちんとポーション瓶に詰めておけばすぐに劣化する事も無いんですよね?」
シャベルの言葉は自身の置かれた立場を正確に理解したものであった。そしてそんなシャベルの選択にキャロラインは悲しげな表情を浮かべる事しか出来ないのであった。
「そうさね、出来上がったポーションはこのポーション瓶みたいにきちんと封がされてれば二~三カ月は全く問題ないよ。劣化の状態も出ないから一月くらいなら気にしなくていいさ。
一月に一度顔を出すくらいなら街の者が騒ぐ事もないだろうさ。
これは私が言う事じゃないかもしれないがマルセリオの人間がシャベルに迷惑をかけてすまないね」
キャロラインはすまなそうな顔でシャベルが持ち込んだポーションを鑑定し、買取処理を行うのであった。
「うん、今回も品質が良かったよ。全て良品さね。
スキル無しでここまで均一に良品質のポーションを納品できる者はめったにいないらしい、これはギルド長も褒めていたよ、シャベルは自信を持っていいと思うよ。
九本納品で銀貨十八枚、ポーション瓶百本購入分を引いて銀貨十枚はいつもの様に口座に入れておくのかい?」
「はい、目標金額まであと少しですから。それにお金を持っていても危険なだけですし」
シャベルはキャロラインの言葉に苦笑いで返す。
「ハハハ、確かにマルセリオにいる限りシャベルには無用の長物、いずれ必要になったら例のポーチにでも仕舞っておけばいいさね。
それじゃポーション瓶百本、背負い袋に収まるかい?」
シャベルはカウンターに並べられたポーション瓶を一本ずつ丁寧に仕舞って行く。そして背負い袋をパンパンにしながら、なんとか全ての瓶を仕舞い込む事に成功するのであった。
「まぁポーション瓶は冒険者の命綱、その分丈夫に出来てはいるけど丁寧に扱うに越したことはないよ。帰り道には十分気を付けるんだね」
キャロラインの自身を心配してくれる温かい忠告にシャベルは深く感謝し、一礼をして薬師ギルドを後にするのであった。
“クネクネクネクネ、クイックイッ”
マルセリオからの帰り道、街道を歩くシャベルに光が何かを知らせるような動きをし始める。テイムスキルの繋がりから伝わってくる感情はシャベルを心配する気持ち。
そして光と焚火は遥か前方、街道脇の草むらを向きジッと威圧を掛ける。
それは普段の魔物に対する警戒とは違った、何かを知らせるような合図。
シャベルは立ち止まり暫し考えを巡らせる。
門兵は言った、絡まれたら声を上げろと、それも自衛手段の一つだと、互いに傷付かない事が一番だと。
シャベルは一度瞑目し大きく深呼吸をしてから声を上げる。
「フォレストビッグワームの光と焚火、前歩の草むらに魔物が潜んでいるって言うのは本当か!?
ならば確認なんかいらない、銀級冒険者昇格試験の際訓練場で行ったアースウォールを破壊したその力、存分に見せてくれ。
なに、潜んでいる者が人間ならそれは盗賊だ、盗賊なら討伐が基本。
それが冒険者ならば冒険者の盗賊だ、冒険者の盗賊は討伐部位の左耳を提出すればいいらしい。剥ぎ取り部位が多いから倒しでがあるぞ!!」
シャベルはわざとらしいまでに大声で宣言すると、小声で光と焚火に指示を出す。
“なるべく大きな音が出るように草むらを叩いて欲しい”と。
二体のフォレストビッグワームはクネクネと草むらに移動すると、光の頭部に焚火が絡みつく様に身体を巻き付けた。
光がゆっくりと上体を回し始めるとそこに絡みついた焚火の身体が振り回された鞭のようにグルグルと回り始める。
“ビユンッ、ビユンッ”
それは風切り音を立てて徐々に速度を上げていく。
“ビュンビュンビュンビュン”
それは次第に大きな旋風となり、周囲の草を薙ぎ倒す竜巻へと変わっていく。
“ビイュッ”
それが一際高い音を立て、横回転をしていた焚火の身体が縦方向に飛び上がった、次の瞬間。
“ドゴーーーーーーーン”
揺れる地面、シャベルは思わす膝を突く。草むらの地面は爆ぜ、草地が周囲に飛び上がる。
シャベルは急ぎ焚火の状態を確認したい心をグッと堪え、高らかに叫ぶ。
「ハハハハ、それだけの力だったらオークキングでもいちころ、盗賊なんかそのまま肉の塊だな。さて、これで憂いも晴れた、派手に行こうか!!」
「ま、待て、待ってくれ。俺たちは冒険者だ、盗賊なんかじゃない!!」
「おっ?冒険者の盗賊か、これはツイてる。冒険者ギルドの危険分子を討伐したとなればドット教官にお褒めの言葉が貰えるぞ。
フォレストビッグワームたち、準備は良いか?」
シャベルの声に二体のフォレストビッグワームは喜びの感情を露にして再び回転を始める。
焚火は振り回されながら思う、“これ凄く楽しい~♪”と。
光は振り回しながら思う、“次、僕の番だからね!!”と。
「うわ~、コイツ本気だぞ!!逃げろ、相手はビッグワームだ、それほど速いわけはねえ!!」
「ハハハハ、それはどうかな?」
“ニョロニョロニョロ”
フォレストビッグワームのスピードは移動する馬車との並走が可能なほど早い。その移動速度で大質量のビッグワームを振り回す、それは脅威以外の何物でもない。
そして。
“ドゴーーーーーーーン”
叩きつけられる草むら、ちりじりに逃げだす何者かたち。
シャベルは街道に尻もちをつく自称冒険者のもとに近付き、そっと囁く。
“次はないですよ?”
マルセリオの街から続く街道を、魔の森に向かって進む二体の魔物とその主人。
これが銀級冒険者。
自称冒険者は過ぎ去っていく後姿を見つめながら、“あの男には二度と関わり合いにならない”と固く心に誓うのであった。
「焚火ー!!身体は大丈夫なの!?光もあんなにブンブン振り回して、どこか痛めてない?ローポーションしかないけど早く飲んで、本当に二人とも身体張り過ぎ~!!」
““クネクネクネ♪””
魔の森の自宅に続く森の中、二体のフォレストビッグワームの身体をさすり心配そうに顔を歪めるシャベル。
光と焚火はそんな彼の心を知ってか知らでか、“凄い楽しかった、またやりた~い♪”と楽し気にクネクネ身体を揺するのであった。