第136話 領都に向かう旅、ダンジョン都市を出発する
“ガヤガヤガヤガヤ”
ダンジョン都市の夜は長い。冒険者たちはダンジョンという閉塞空間での命のやり取りの鬱積を晴らすかのように酒場に繰り出し、飲み、騒ぎ、生きている事を実感しつつ冒険と日常とを切り替える。
「なぁ、聞いたか?」
「あん? なんだよ、またどこかの馬鹿が“剛拳のヘイド”に喧嘩を売ったのか?
阿呆だよな~、アイツはテイマーの皮を被ったオーガだってのに。知ってるか? ヘイドの奴従魔に全く戦闘をさせないで、索敵とか身の回りの世話をさせてるんだぜ? なんだそりゃって思うだろうけど、“拳で戦う事は、俺の生き様だ”って本気で言うような奴なんだぜ?」
ダンジョン都市でいま最も話題を集めている冒険者“剛拳のヘイド”。テイマーでありながら自らの肉体で戦うそのスタイルは、冒険者たちから“似非テイマー”、“テイマーバーサーカー”と呼ばれ恐れられる事となっていたのである。
「違うっての、まぁある意味違わないかもしれないけどよ。何でもスライム使いがダンジョン都市に帰って来てるらしいんだよ、大通りを一人で歩いてるところを見掛けたって奴が何人もいるんだと」
「馬鹿野郎、そういう事は先に言いやがれ!! で、あの野郎は何処の宿屋に泊まってるんだ? 確か前は“大地の怒り亭”だったよな? あそこの親父はヤベーからな、宿から出たところを見計らって・・・」
「それがよ、どうも監督官の屋敷に入っていったらしいんだわ。俺も気になって調べてみたら昼間にライド伯爵様のところの馬車が監督官屋敷に入っていったらしくってよ、どうやらその馬車と一緒にやってきたんじゃないかって話になってるんだよ」
「ハァ~、んだよ、期待させるんじゃねーよ。そんなもん俺たち冒険者が手を出せる訳ねえじゃねぇか、あの野郎上手い事やりやがって。
エリクサーは手に入れるわライド伯爵様には気に入られるわ、お気楽冒険者がふざけるなよ!?
あ~、俺も宝箱で一発当てて~!!」
喧騒は続く、思惑は動く。ある者は成功を夢見、ある者は人の成功を妬む。
ダンジョン都市は欲望都市、人々の欲望は尽きることなく、ダンジョン都市の夜を染めていくのであった。
「アジル執務補佐官様、出発の準備が整いました」
「分かった。それでは監督官、エリクサーの件で他家からの問い合わせが来た際は領都のライド伯爵家に問い合わせるよう伝えるように。あとの事、よろしく頼む」
翌朝、監督官屋敷を出発したアジル執務補佐官一行は、これといった問題もなくカッセルの大通りを抜け、西街門より領都セルロイドに向け旅立つこととなった。
「シャベル殿、昨日は外出されていたようでしたがどちらに行かれていたのですか?」
「あぁ、ご心配をお掛けしたようでしたら申し訳ありませんでした。いえ、俺がダンジョンの罠に嵌まり深層と呼ばれる階層に落ちた話は以前したことがあると思いますが、生還した俺は必要最小限の用を済ませてその日のうちにダンジョン都市から城塞都市に向かったんです。
これは俺がエリクサーを売りに出したことも関係しているのですが、ダンジョン都市には深層のような換金価値の高いドロップアイテムの出る階層から帰還した冒険者を付け狙う盗賊冒険者がかなりの数存在するんですよ。
普通はそうした深層階層に挑むような冒険者はパーティー規模を拡大し自分たちが襲われないような自衛手段を持っているんですが、俺の場合偶然深層辿り着いただけの上に一人でしたから、そうした盗賊冒険者にとってはこれ以上ない獲物だったんです。
本当は世話になった人たちに挨拶してから街を移動したかったんですが、贅沢を言っていられるような状況ではなかったのでそのままに。昨日半年ぶりにちゃんと礼の言葉を言う事が出来、本当によかったですよ。
元冒険者で“大地の怒り亭”という宿の御主人なんですが、現役時代は深層を探索するほどの冒険者だったとのことで、聞かせていただいた話がダンジョン探索の大きな助けになっていたんです」
嬉しそうにダンジョン都市での再会の話をするシャベルに、自然と口元の緩むアジル執務補佐官。ガタガタと揺れながら街道を進む馬車の中、アジル執務補佐官はシャベルが体験したダンジョンの四方山話を聞きながら、ダンジョン探索の冒険に思いを馳せるのであった。
“コンコンコンコン”
それはダンジョン都市カッセルを出発してから二時間ほど経った時の事、前方側、御者席に面する馬車の壁を叩くような物音にアジル執務補佐官は壁板を操作し小窓を開く。
「どうした、何か異変でもあったのか?」
「はい、街道前方、待ち伏せがあるようです。ただどうも様子が、何やら声を上げこちらに馬車の停車を呼び掛けてきています、いかがいたしましょうか?」
判断を仰いできたのは護衛冒険者パーティーのリーダー、これまで盗賊による待ち伏せは何度も経験してきたが、これほどに大胆かつ無計画な状況は見たことも聞いたこともない。
「相手はこちらがライド伯爵家の馬車と分かっての犯行という訳か、ならば街道の先に罠を仕掛けられている可能性も捨てきれまい。強行突破して転倒でもすれば相手の思う壺、ならば立ち止まって対処すべきか。
速度を緩め相手方の動きをみる、取り囲まれている可能性が高い、警戒の上いつでも走り出せるように準備しつつ話を聞きだしてくれ」
アジル執務補佐官の指示に、護衛冒険者パーティーのリーダーは御者に指示を出し馬車の速度を緩める。
「そこの馬車、止まれ!! 話がある」
「何だ貴様らは!! 街道で馬車の走行を停める行為は、王国法で禁止された重罪だという事が分かっているのか!! この馬車をライド伯爵家所有の馬車と知っての狼藉か、貴様らはライド伯爵家を敵に回すつもりか!!」
護衛冒険者の激しい叱責の声が響く。だが街道を塞ぐ者たちはその声に怯むことなく言葉を続ける。
「俺たちにライド伯爵家の者を害するつもりはない、俺たちの狙いはお気楽冒険者の野郎只一人だ!! 幸運に胡坐をかいて一人いい目を見るあの野郎を許す訳にはいかねえ、きっちり落とし前を付けてもらわないうちはこの道を通す訳にはいかねえのよ」
それはあまりにも自分勝手な言い掛かり、落とし前も何も、シャベルには一切関係のない者たちが徒党を組んで理不尽な要求を突き付けているだけの事。
「ハァ~、アジル執務補佐官様、ダンジョン都市の馬鹿どもが申し訳ない。俺が“剛拳のヘイド”のようにきっちり連中を教育しておけばこうしたことにはならなかったのでしょうが、どうも俺の探索方法は他のダンジョン冒険者たちには理解してもらえなかったようでして」
「いえいえ、はっきり言って馬鹿どもが馬鹿な要求を騒いでいるだけの事、シャベル殿には一切非はありません。謝るとすればダンジョン都市カッセルを監督しきれていないライド伯爵家の方、シャベル殿には本当に申し訳なく」
馬車の中で互いに非を認め頭を下げるシャベルとアジル執務補佐官。しかし二人がいくら頭を下げようと事態が好転するはずもなく、アジル執務補佐官は頭を抱える。
「相手はすでに王国法を破る盗賊です。ここは俺がどうにかしましょう」
「いえ、それではあまりにも申し訳ない。シャベル殿はライド伯爵家から同行をお願いしたいわば客人、盗賊共が現れたからといって客人の手を煩わせる訳には」
「いえいえ、それ程お気になさらずに、連中は俺が何故“スライム使い”と呼ばれていたのかを忘れているだけですから。それさえ思い出せばすぐにでも散り散りにどこかに消えてしまいますので」
シャベルはそう言いアジル執務補佐官に微笑み掛けると、馬車の扉を開け一人盗賊冒険者たちの前に歩み出るのであった。
「シャベル、何をやってるんだ!! ここは俺たちに任せて馬車の中に」
護衛冒険者パーティーのリーダーは、突然馬車の扉を開け外に出てきたシャベルに困惑し声を上げる。だがシャベルはさっと手を上げその声を制すると、盗賊冒険者に向かい声を掛けるのだった。
「何か知らんが俺に用があるみたいだな」
「ハッ、馬車の中でビクビク震えてると思えばちゃんと一人で出てこれるじゃねえか。腐っても金級冒険者様だってか? テイマーのくせに格好つけやがって、臆病者にしちゃ立派立派」
「「「「「ギャハハハハ」」」」」
下卑た笑い声が周囲から聞こえる、それと同時にぞろぞろと姿を見せる盗賊冒険者たち。
「ほう、結構な数でお出迎えじゃないか、俺の人気も大したもんだ。握手でもしてほしいのか?」
「ハッ、馬鹿ぬかせ、誰が貧弱テイマーと手を握りたいなんて思うんだよ、寝言は寝て言いやがれ。俺たちは手前が勝手にダンジョンから持ち出したお宝を返してもらおうと思っただけよ。あれは本来俺たちが手にするはずのもの、それを勝手に持ち出したばかりか売り払いやがって、そんなこと許せるはずもないよな~」
「「「「「そうだそうだー!!」」」」」
集団を形成し、目の前の格下を脅して金銭を奪い取る。ダンジョン都市では当然のように行われているカツアゲ行為であり、そのことに対して罪悪感はおろか当然の行いだと思い込んでいる盗賊冒険者たち。
ダンジョンにおいて強いことは正義であり力のないことは悪である。魔物に戦わせるしか能のない軟弱なテイマーは彼らにとっての絶対悪であり格下、何をされても文句の言えない弱者が幸運にもダンジョン深層からお宝を持って帰ってきた。
本来であれば自分たちに差し出すべきお宝を持ち去ったばかりか莫大な金を手に入れやがった犯罪者、こんなふざけた野郎を許せるはずがない。
「まぁ手前にとやかく言っても仕方がねえからその馬鹿な頭でも分かり易く教えてやるよ。何、簡単なことだ、持ってる金を全部寄越せ、ギルドに預けてある金も全部だ、それで許してやるよ。どうだ、俺たちは寛大だろう?」
「「「「「慈悲に縋りやがれ、テイマー野郎」」」」」
シャベルは思う、言葉が通じるようで全く通じない者は存在するのだと。ダンジョン都市の従魔屋の女性従業員はそんな者たちを“奴らは言葉をしゃべるゴブリンと一緒さ、全く話なんか通じない”と表現していたが、まさにその通りであると。
「一つだけ聞きたい、お前たちは俺が何故“スライム使い”と呼ばれていたのかを知っているのか?」
「あん? そんなもの手前が外れスキル<魔物の友>持ちの残念テイマーだからに決まってるだろうが。何をどうやったかは知らねえが、本当に上手いことやりやがって、手前みたいな卑怯者が生きていけるほど冒険者の世界は甘くねえんだよ!!」
嘲笑い、蔑み、当然のように相手の人生を奪っていく盗賊冒険者。これは本当に同じ人間なのだろうかと首を傾げざるを得ない。
シャベルは冷めた目で周囲を見回すと、外套のフードに手を伸ばし何かを掴んでから再び目の前の盗賊冒険者たちに声を掛ける。
「これが最後だ、こんなバカげたことはやめてまじめにダンジョン探索に戻る気はないか? 今ならまだやり直す事が出来るぞ?」
「はぁ? お前本当に自分の立場が分かってるのか? ライド伯爵家に気に入られたからって気が大きくなってるんじゃねえぞ!? 俺たちがその気になりゃいくらライド伯爵家に守られてるからって、手前がただで済むわきゃねえって事が分からねえほどボケてる訳じゃねえだろうな」
それは低くドスの利いた脅しの声、いつまでも諦めの悪いシャベルの態度に、盗賊冒険者たちが苛立ち始める。
「そうか、残念だ。天多、一人も逃がすな」
“ヒョイッ”
シャベルは手に握る何かを空中に放り投げる。盗賊冒険者の何人かがシャベルの投げたそれに目を向けた次の瞬間。
“ボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッ、ドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサ”
空中でものすごい勢いで分裂する天多、そのまま地面に落下するも分裂の勢いは止まらず、まるで氾濫した川の濁流の如くその場の者たちを飲み込んでいく。
「グワー、何だこれはー」
「スライムが、くそったれ、やめろ、今すぐ止めさせるんだ!!」
「手前、ふざけんじゃねえぞ、今すぐぶっ殺して、グワーー!!」
それは一瞬の出来事であった。ライド伯爵家の馬車を守る護衛冒険者パーティーが見つめる中、街道を占拠していた盗賊冒険者たちは無数に膨れ上がったスライムの中に沈んでいった。
「すまない、このまま暫く待ってもらえるだろうか? どのみち盗賊共を処分しないといけないんでな、連中が溺れるまでの辛抱だ」
そう言い肩を竦めるシャベル。“スライム使いシャベル”、何故金級冒険者であるシャベルがそのような呼ばれ方をしていたのか。
アジル執務補佐官をはじめその場にいた者たちは、この静かな人物が恐るべき力を秘めた正しく金級冒険者と呼ぶべきテイマーだと納得しつつ、その恐ろしい光景を目に焼き付けるのであった。




