第129話 変わりゆく街、城塞都市ゲルバス
魔の森深部から戻ってきて数日、シャベルは以前クラック精肉店のヤコブから借りていた家に籠り、只管調薬に励んでいた。
テーブルの上の魔道竈に調薬鍋を掛け、火加減を調整しながらじっくりと出来上がりを待つ。気を付ける事は鍋が焦げ付かないように火加減を調整する事と、癒し草の煮出し時間。火加減は魔導竈のお陰でそこまで神経を尖らせる必要は無くなったものの、それでもじっくり状態を見ながらの火力調整が必要であり、煮出し時間も気にしなければならない。
“カチッ”
身体の中から何かの合図が伝わる、これはスキル<カウンター>からの知らせ。心拍数が一万三千百二十回を数えた合図に合わせ、魔道竈の火を止め調薬鍋をテーブルの鍋敷きの上に下ろす。
煮出し時間の調整は出来上がりのポーションの質に関わる、シャベルは何度も繰り返し調薬を行う事で、火力の調整や煮出し時間の調整を肌で感じ取ることが出来るようになってきていた。
火から下ろした調薬鍋には灰汁を吸い上げぷっくりと膨らんだスライムの欠片が、表面を覆い隠すようにプカプカと浮かんでいる。このスライムの欠片も水の蒸発を抑えるのに大きな役割を果たしてくれている。
癒し草を煮込むのに使う水には魔力水を使用し、癒し草から魔力が抜ける事を防ぐことでより高品質なポーションを作り出す。さらに癒し草自体の質を上げる事で、より高い効果のポーションを作り出す事に成功したのである。
そうして生まれた物がハイポーション並みの効果を発揮するポーションEXであり、霊薬と分類される程の効果を持つポーションEX++であった。
「さて、それじゃこのスライム滓は庭先の癒し草畑に混ぜ込むとして、出来上がったポーションEXは静置瓶に入れておかないとな」
漉し布を漏斗の上に敷き調薬鍋をゆっくり傾ける、この時鍋の中に残った癒し草の滓を絞らないように気を付けることが、ポーションEXの出来上がりの質に大きく作用するため気の抜けない作業となる。
シャベルは一連の作業を終え静置瓶を棚の上に置くと、前日に仕込んでいたポーションEXの静置瓶を取り出し、上澄みをポーション瓶へ移していく。出来上がったポーションEXは全部で三本、深緑色をした液体の入ったポーション瓶にきっちりと蓋をし、腰の時間停止機能付きマジックポーチに仕舞い込むと大きく息を吐く。
ポーション作製作業は一日一回、午前中のみ。集中力の伴う作業が続くため、作製に慣れたシャベルではあるものの、品質を落とさないためにはそれが限界であると判断しての事であった。
シャベルは調薬道具を片付けると廃棄ゴミを手桶に入れ庭先へと向かう。そこには大きな身体の光が待ってましたとばかりに尻尾を振って待機しているのであった。
「はい、今日の分の廃棄ゴミ、喜んでいるところ悪いけどあんまりないからね? 出掛けるけど留守番をお願いね」
シャベルは光の身体をポンポンと叩くと「留守番のお駄賃だよ」と言って腰のマジックポーチから二束の癒し草を取り出し、光に与えてから街へと出掛けていくのだった。
「こんにちは、職外調薬師のシャベルです。レザリアギルド長に面会をお願いしたいのですが、確認をお願い出来ますでしょうか?」
シャベルが向かった先、そこは薬師ギルドゲルバス支部のギルド建物であった。
「はい、只今確認してまいります、少々お待ちください」
城塞都市の薬師ギルドにおいて、シャベルはある意味有名人であった。城塞都市における癒し草栽培の発案者、蜂蜜スライムゼリーの考案者。
城塞都市ゲルバスに調薬の専門施設の建設が決定し、都市の規模拡大のための街壁拡張工事が始まった事も全てはシャベルの発案した癒し草栽培が切っ掛けであった。
現在薬師ギルドゲルバス支部は癒し草の人工栽培に成功した街として、ライド伯爵領のみならずミゲール王国全体、世界全体から注目を浴びる都市となっているのであった。
「お待たせいたしました、ギルド長がお会いになるそうです、ギルド長執務室へご案内いたします」
受付カウンターの受付嬢に案内され建物奥へと進むシャベル。
“コンコンコン”
「失礼いたします。ギルド長、シャベル様をお連れいたしました」
「ご苦労、入って貰ってくれ」
“ガチャリッ”
開かれた扉、執務室にはレザリアギルド長の他にもう一人。
「シャベルさん、よく来てくれました。こちらは監督官様の補佐役をされているテネシー補佐官殿です。丁度シャベルさんの登録して下さったポーションEXのレシピの事でお話ししていたところだったんですよ」
「お久し振りです、前にお会いした時は市民名誉勲章の授章式の時でしたか。あれから一年、ダンジョン都市から帰られたシャベルさんがまたまた大きな功績を上げられたという事で、監督官様も大変驚かれておいででした。
それに冒険者ギルドでは持ち帰られたダンジョン産ドロップアイテムをオークションにかけて下さるとか、街の冒険者たちも出品されたダンジョン産ドロップアイテムの多さと質の高さに大変驚いていましたよ。
オークションには私も足を運ばせて頂きますが、盛り上がること間違いなしでしょう。
これからも偶にこうした催しものが開かれると、城塞都市の冒険者たちにも良い刺激になると思うのですが」
そう言い笑顔を見せるテネシー補佐官、シャベルは同様に笑顔を浮かべ言葉を返す。
「そうですか、監督官様がお喜びになっていただけたのでしたらこれに勝る喜びはありません。レザリアギルド長からお伺いした話では城塞都市に調薬の専門施設が造られるとか、これも全ては監督官様指導の下、城塞都市の皆様が癒し草栽培に本気で取り組んでいただけたお陰。俺も発案者の一人として大変うれしく思っています。
ダンジョン都市では本当に命懸けの思いをいたしました、今度のオークションに出品したものは運よくその時に手に入れた品々、このドロップアイテムが城塞都市の冒険者の力になれば幸いです。
ここは冒険者の最前線、薬師ギルドのポーションにしろダンジョンのドロップアイテムにしろ、命懸けで戦う彼らの役に立てるのであれば俺のこれまでの頑張りも報われるというものです」
シャベルはダンジョンから生還できたのは運に恵まれただけという事を強調しつつも、癒し草栽培を本格的な産業として確立した監督官に感謝の言葉を述べるのであった。
「ハハハハ、まぁシャベルさんもどうぞお座りになって下さい。それで本日はどのようなご用件でこちらに?」
レザリアギルド長は場を和ませようと口を開くと、シャベルの用件について切り出すのだった。
「はい、前回お伺いした際に試験用にとお分けした魔の森深部の癒し草でのポーションEXの作製が成功いたしましたのでそのご報告と、こちらでの進捗状況をお聞きいたしたくお伺いさせていただきました。
ポーションEXの作製は前回レシピ登録の際に提出いたしました作製方法で行いましたが、薬師ギルドの方での作製実験で問題点があるようでしたらその改善点を話し合えればと思ったのですが」
シャベルの言葉にレザリアギルド長は「その事ですか」と話を繋ぐ。
「結論から言いますと、ポーションEXの作製には成功いたしました。検証実験に協力してくれたギルド職員と調薬師によれば、調薬自体は“ポーションのレシピ”と同様ではあるものの、火加減や調薬鍋の管理が相当に難しいとの話でした。
その上でポーションEXの最高品質を作り出すシャベルさんの調薬の腕を褒め称えていましたよ。
それと肝心の調薬スキルによるポーションEXの作製ですが、見事成功いたしました。これはトガリヤが入手困難な地域においてもハイポーションの代わりとなるポーションを作製できる可能性を示した画期的な実験となりました。
あとは材料となる高品質な癒し草の特定になりますが、シャベルさんに提供いただいた癒し草は魔の森深部の物とのお話ですが、浅部・中部の癒し草ではどのような結果になっているのでしょうか?」
レザリアギルド長はやや興奮気味に話を進めるも、シャベルは苦笑いを浮かべながら言葉を返す。
「大変申し訳ないのですが、浅部・中部の癒し草での検証はまだ行っていないのですよ。先ずは魔力豊富な森の最高品質の癒し草であればポーションEXが作成可能である事を証明しなければいけませんでしたので。
それともう一つ問題があるとすれば、浅部・中部では癒し草がまず育たないんです。理由は明白でボアやマッドボアといった魔獣が根こそぎ食べてしまうんですよ。
これは以前草原地帯で野菜と癒し草の栽培実験を行っていた時に分かったことなんですが、草食系魔獣は魔力豊富な癒し草がことのほか好物なんです。本来であれば深部の癒し草も同様の食害を受けるところなんですが、深部は強力な魔獣が跋扈する土地であるため、草食系魔獣はまず近寄らない。侵入しても直ぐに捕食されてしまう事が、深部で癒し草採取が行えた理由のようなんです」
シャベルの言葉にそれもそうかといった表情になるレザリアギルド長とテネシー補佐官。ここは周囲を魔の森に囲まれた冒険者の最前線、多くの魔獣が蔓延るのなら多くの餌が必要となることは当然の帰結なのであった。
「それとレザリアギルド長、栽培場での栽培実験の方はどうなっていますか?」
シャベルがレザリアギルド長に願い出た事、それは現在街のゴミを食べたビッグワームたちから出た糞を利用して栽培を行っている街壁南側の癒し草畑の一部の畝に、スライムを混ぜ込む実験を行って欲しいというもの。
一つの畝にはスライムを細切れにして混ぜ込み、もう一つの畝には乾燥スライムの欠片を魔力水に漬け込んで戻したものを混ぜ込むといった方法で、癒し草の栽培結果に違いがあるかの検証を行って貰っていたのである。
「そうですね、今のところどちらの畝も順調に成長しているとの報告を受けています。シャベルさんの話では三週間ほどかけて育ててほしいとの事でしたが、既に周りの癒し草よりも立派な株に育っているとの報告が上がっています」
「なるほど、やはり畑に混ぜ込んだスライムの欠片が土に与える魔力によって、人工的に魔力濃度の濃い土地を再現しているという事なんでしょう。俺が庭で栽培を行っていた時の経験ですと、一度収穫した癒し草が再び収穫可能な大きさにまで育つのに三週間から四週間掛かっていたんです。その生育期間は通常の癒し草と変わりませんが、スライム滓を与えていた株は育ち方に大きな違いがありました。
あとは今回の検証で育った癒し草からポーションEXが作製できるかどうかの実験を行っていただければ、一応の実験結果として監督官様にもお話をお伝えすることが出来るかと。
いずれにしても新たに造られる調薬の専門施設への弾みになる結果が得られるものと思います」
シャベルの言葉に満足げに頷くテネシー補佐官。その後の三者の話し合いにより癒し草畑での栽培実験は薬師ギルドが中心になり続けられることが決まり、三週間後に収穫された癒し草でポーションEXの作製実験を行う事となった。
「シャベルさん、本当に色々とありがとうございます。この実験結果は王都のミゲール王国薬師ギルド本部に上げさせてもらいます。今後の実験結果次第とはなりますが、条件次第で職外調薬師でもポーションEXを作製する道が開けるという事ですから、この研究はポーションのレシピに続く大発見として後世に名を遺す事になるでしょう。
城塞都市ゲルバスはポーションEX発祥の地として広く知られる事になるでしょう」
「そうですね、そうなれば監督官様やレザリアギルド長の名も広く知れ渡るかもしれません。何と言っても癒し草の人工栽培を確立した人物となるんですから」
不意に投げかけられたシャベルの言葉、その意味が分からずどう反応していいのか分からないといった表情になるレザリアギルド長。
「えっと、お気付きになっておられないようですので申し上げますが、何故この城塞都市で癒し草栽培を行うことが出来ているのかお分かりでしょうか?」
「えっ、えぇ。それはこの土地が魔の森の中にあるから、他の土地に比べ魔力が豊富であるからという事だったはずですが」
「はい、その通りです。そしてここ城塞都市ゲルバス周辺よりもさらに魔力量の多い土地である魔の森深部で採れる癒し草と同じ効果のある癒し草を栽培できる技術が確立したとしたら、それは何を意味するのでしょうか?」
「・・・もしかして、他の土地でも癒し草を栽培する事が可能に、でもそうなったら城塞都市ゲルバスの優位性が」
シャベルの言葉にいち早く事態に気が付き声を上げるテネシー補佐官。だがそんなテネシー補佐官にシャベルは敢えて笑顔を向ける。
「ですからポーションEXなんですよ。癒し草の人工栽培技術が確立すれば各地で癒し草が安定的に作られ、調薬都市としてのゲルバスの価値が失われると思われるかもしれません。
ですがこの土地はハイポーションと同等のポーションEXを量産できるようになった。その事は先に行われた調薬スキルによるポーションEXの作製実験により証明されました。
これで他所でトガリヤの人工栽培技術が確立すれば話は変わりますが、それはいつになることか。ハイポーションの需要は大変高いと聞いています、城塞都市ゲルバスの優位性が揺らぐ事はないかと」
そう言いニコリと微笑むシャベル。レザリアギルド長とテネシー補佐官はゴクリと生唾を飲むと、“この人物は一体どこまで先を見通していたのか”とシャベルに対し戦慄を覚えざるを得ないのであった。




