第127話 魔の森探索、それは過去の自分との対話 (2)
城塞都市ゲルバスの東街門、そこは多くの冒険者が魔の森に向かい出掛ける戦場への入り口。今日もまたその日の糧を得ようと、戦士たちは武器を手に森へ向かう。
「「「<オープン>」」」
そんな多くの冒険者たちで賑わう朝の東街門の前で、その光景は人目を惹くのに十分なものであった。
「おい、なんだ今のは。あいつらの手がピカッと光ったと思ったら行き成り魔獣が現れたんだが!?」
「・・・もしかしたらアレって“従魔の指輪”って奴なんじゃないか? 確かダンジョン産アイテムでそんなものがあるって聞いたことがあるぞ。テイマーの従魔を指輪に仕舞えるとかなんとか」
「えっ、そんなアイテムがあったのかよ。だったら魔物に襲われてヤバそうだったら指輪に仕舞っちまえるじゃねえかよ、スゲー便利じゃねえか」
「阿呆、ちゃんと人の話を聞け。指輪に仕舞えるのはテイムした従魔だけ、それも三体までだ。テイムしてなければ指輪に仕舞えないんだ、結果的にテイマー専用のくずアイテムって呼ばれてる奴だよ。
でもまぁ買い取ってはもらえるようだが、苦労した割には大した金にならないって嫌われてるアイテムだな。そりゃそうだよな、需要なんざテイマーにしかないうえにそこまで金を持ってるテイマーなんか少ないんだ、その上機能は従魔を仕舞えるってだけ、だったら従魔屋に預けるだろう、普通」
「あぁ、要するに売れないから値段も高くできない、でもダンジョン産アイテムだからある程度の値段を付けざるを得ない」
「そういう事、売る冒険者も買い取る魔道具屋も納得できないくずアイテムってことだ、まぁ使ってるってことはあいつらはテイマーってことなんじゃないのか? って言うかよく見ればあいつら“魔物の友”じゃねえかよ。なんでアイツらがあんなアイテムをつかってるんだ?」
冒険者たちは噂好きである。より多くの糧を得るためにも様々な情報を集める彼らは、目の前で行われた珍しい光景を方々で噂する。
「よし、それじゃ解体所に向かうぞ。従魔屋で預かった従魔の指輪は魔の森探索に出掛ける前に解体所に預けることになっている」
現れた従魔の身体を撫でながら心配の声を掛ける金級冒険者パーティー“魔物の友”の面々、パーティーリーダーのシャベルはそんな彼らの様子に目を細めながらも、従魔の指輪を借りるうえでの決まり事を話していく。
「こんにちは、“魔物の友”のシャベルです」
「おう、シャベル、待ってたぞ。これが昨日言っていた木札だな、とりあえず五組分用意しておいた。それじゃ指輪を預けてくれるか? それぞれ番号の付いた木札と交換になる」
解体所では買い取りカウンターの解体所職員がすぐにシャベルたちに対応し、木札と交換という形で従魔の指輪を預かる。
「この木札は確かに従魔の指輪を預けたという証明にもなるからな、無くさないように気を付けてくれ。今後は分からないが、しばらくはこの方式で従魔の指輪の預かりを行うことになる。
冒険者ギルドとしてもテイマーが積極的に城塞都市の住民に寄り添おうという試みは応援したいと思っている、これで城塞都市のテイマーが個人でも従魔の指輪を持つようになれば少なくともテイマーが住民から忌避感を持たれることはなくなるだろうしな」
解体所職員はそう言うと、シャベルたちに「がんばれよ」と声を掛け、指輪を持って奥の事務所へと向かうのだった。
「以上が従魔の指輪貸し出しの一連の流れになる。分からないことはなかったとは思うが、問題点や気になること、こうしたほうが良いのではといった話があればどんどん教えてほしい。何といっても試用期間だ、問題点が出れば出るだけ改善されるってことだからな。
それじゃ行こうか、とりあえず魔の森中部まで三人の従魔に任せるから俺の事は護衛対象くらいに思って進んでみてくれ」
「おう、任せて置け。これまで三人と従魔たちでやってきた俺たちの連携に驚くなよ?」
シャベルにそう言葉を返し、自信ありげにニヤリと笑うクラック。ジェンガとメアリーもそれに倣うかのように、不敵な笑みを浮かべる。
「メアリー、バトルホークを飛ばしてくれ。クラックはグラスウルフにマッドモンキーを乗せ、もう一体と一緒に先行警戒にあたらせろ、俺のグラスウルフは左右と後方の警戒に当たらせる」
「「了解!!」」
それぞれの従魔を定位置に着け警戒網を作るパーティーメンバーたちに頼もしさを感じるシャベル。
“クラックたちも城塞都市で戦ってきていたんだな”
自身がダンジョンの罠に嵌まり深層部に落とされた後もそれぞれが目標を持ち前に向かって進んできてくれたこと、自分の生還を信じ努力を欠かさなかったことを感じ胸の奥が熱くなる。
金級冒険者パーティー“魔物の友”は再び動き出す。シャベルは素晴らしい仲間と出会えたことを女神様に感謝しつつ、気持ちも新たに魔の森の探索へと向かうのだった。
“キュワッキュワッ”
“クワックワー”
「前方、フォレストウルフ三体接近、上、マッドモンキーの気配あり、数不明」
「マンキー、盾を持って警戒、タールとジールは攻撃準備」
「アル、ブル、カルは周辺を警戒しつつ待機、横やりに備えろ。メアリー、マッドモンキーの警戒は任せた、動きがあったらバトルホークをけしかけてくれ。
ジェンガ、行くぞ!!」
「「了解!!」」
“““““ガオッ”””””
“キッキー”
戦闘は危なげないものであった。全体の連携、それぞれの動きを把握したクラックの指示により三体のフォレストウルフは瞬く間に狩られ、すぐにカバン型マジックバッグに仕舞いこまれるのだった。
「警戒しつつ前に進む。メアリー、マッドモンキーの方はどうだ?」
「そのまま下がっていったわ、先へ向かいましょう」
従魔たちに特にケガらしいケガを負わせることなく魔の森中部を進む金級冒険者パーティー“魔物の友”のパーティーメンバーたち。彼らはテイマーでも冒険者として立派に通用するのだという事を、その身を以って証明している。
シャベルはそんな彼らを誇りに思うとともに、自身も彼らに負けないよう頑張らねばと気合を入れるのだった。
「さて、そろそろ魔の森深部になるか。ここから先は俺の従魔たちを警戒に当たらせる、クラック、ジェンガ、メアリーは一昨日話したように癒し草の採取を行ってくれ。三人の従魔たちはそれぞれの警護に当たらせるようにしてくれ」
シャベルはクラックたちにそう声を掛けると、左手を前に出し解放の呪文を唱えるのだった。
「<オープン:光パーティー・風パーティー・プルイチ・プルジ・プルミ>」
“パァーーーーーーッ”
右手の指輪から溢れる光、その眩しさに一瞬目を覆う“魔物の友”のパーティーメンバーたち。
“““““クネクネクネクネクネクネ”””””
そこに現れたのは固い鱗に身を包んだ巨大なスネーク系魔物たち、その数三十五体。
“““クネクネクネクネ”””
““ポヨンポヨンポヨン””
シャベルの下にやってきたプルイチ・プルジ・プルミ、その頭の上にフードの中にいた天多と雫を乗せていくシャベル。
「なっ、えっ、なっ、シャベル、これは一体・・・」
「リッ、リーダー、なんなんだよこの大量のスネーク系魔物は!?」
「えっ、フォレストビッグワームたちはどうしたんですか、リーダー。それにスライムが三体に増えてるんですけど?」
混乱しつつもそれぞれに疑問の声を上げるパーティーメンバーに、ニコリと笑顔を向けるシャベル。
「この子たちはダンジョンで俺の事を助けてくれた家族だな。アーマービッグワーム、ビッグワームの進化体だ。それとフォレストビッグワームだが、光、風」
シャベルが大量のアーマービッグワームたちに向かい声を掛ける。するとその中から一段と大きく頑強そうな個体が二体、前に出るのだった。
「アーマードクラフトビッグワームリーダーの風とアーマードポーションビッグワームリーダーの光、フォレストビッグワームたちも進化してな、家族みんなで協力して脱出してきたって訳だ。
逆に言えばこれくらい出来なかったら生きて戻ってこれなかった、それ程にダンジョン深層部は過酷だったってことだ」
そう言い光と風の身体をポンポンと叩くシャベル、二体の魔獣は嬉しげにシャベルへ顔を摺り寄せる。
「光パーティーから一体ずつ、クラック、ジェンガ、メアリーの下に付き癒し草の生えている場所までの案内をしてやってくれ。全体にばらけないように注意し周辺の警戒。天多たちは全体を巡回して倒した獲物の回収を頼む。
雫は俺の周辺で待機、ケガ人が出たら一緒に駆け付けるように。
気配は消して周辺の魔物を刺激しないように注意、俺たちがスタンピードを起こすわけにはいかないからな。散開!!」
シャベルの掛け声に従い周辺に散らばっていく巨大なスネーク魔物たち、そして森は何事もなかったかのように静けさを取り戻す。
「そうそう、さっきメアリーがスライムが増えたと言っていたが、あれは天多が分裂しただけだ。天多は分裂と統合のスキルを持っていてな、好きなだけ分裂できるしすぐに元の一体に戻ることもできる。一にして全、全にして一、全てが天多であり天多として存在できるんだって俺の説明、通じてるか?」
シャベルは説明を聞いているジェンガとメアリーの目が泳ぎだしたのを見て、声を掛ける。
「あぁ、こいつらには後で俺から説明しておくから気にするな。それで聞きたいんだが、もしかして天多はこれまで回収していたすべてのスライムの数だけ分裂できるって事か?」
「どうだろうな?俺もその辺は詳しく分からないんだ。だが少なくともあの数と同等の個体数になれるってことは確かだろうな。
流石に俺もあれだけの数のスライムを養うことは不可能なんだが、その辺は天多自身がうまいことやってくれているみたいで助かってるよ。
それでもビッグワームたちの餌問題があるだろう? 本当にどうしたものかと思っていたんだが、この従魔の指輪がその問題を解決してくれた。
実は従魔の指輪には仕舞った魔物を最適な状態にするという効果があってな、中に入れることで腹が減らないどころかしっかり餌を取ったのと同じ状態にする事が出来るんだ。
更に小さな怪我くらいなら従魔の指輪の中に入っていることで治すこともできる、流石に致命傷のケガを負った場合どうなるのかまでは分からないがな。
さて、おしゃべりはここまでだ、これから癒し草の採取を行う、少しずつ奥に進んでいくから集団から離れないように気を付けてくれ。お前たちも頼んだぞ?」
シャベルはクラックたちに就けたアーマービッグワームたちの身体をポンポンと叩くと、自身も癒し草を採取するため移動を開始するのだった。
「なぁクラック、ここって魔の森の深部なんだよな?」
木々の合間を流れるさわやかな風、アーマービッグワームたちに案内され向かった先にある大きな癒し草を採取するだけの簡単な仕事。
「そうね、私、深部には初めて来たんだけど、中部よりも安全だなんて聞いたことないんだけど? 酒場で聞いた話だと常に警戒していないと一瞬にして命を落とすって話だったんだけど?」
メアリーはあまりに平和な森の様子に、自身は一体どこにいるのだろうかとこめかみに手を当てる。
「メアリー、お前の言っていることは正しい。よそからやってきた冒険者が魔の森を嘗めてかかって帰らぬ者となるなんてのはよく聞く話だからな。この状況がおかしいだけなんだからな?」
クラックは額に手を当てつつ、気持ちを切り替え癒し草の採取にいそしむ。
“ドカドカ、グォーー”
“ギギャッ、ドサドサドサ”
静かな森に響く魔獣の断末魔、戦闘音すらなく気配だけが消えていく。
「「「・・・気にしないことにしよう」」」
魔の森の深部、大きく育った癒し草が風に揺れる。危険地帯に訪れたつかの間の平和、クラックたちはとてつもない実力者として戻ってきたシャベルに戦慄しつつ、自分たちの仕事をこなすため癒し草の採取を続けるのであった。




