第124話 そぞろ歩く城塞都市、懐かしの顔 (2)
「「「「ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ち申し上げております」」」」
城塞都市の一角、店舗前で整列し上客を見送る従業員たち。
パルムドール魔道具店でのマジックバッグ作製依頼を無事に終え、在庫として残っていた十個の従魔の指輪を購入したシャベルは、次なる目的地に向け足を延ばす。
“ガチャリッ”
開かれた扉、広い受付ホールには幾つもの受付カウンターが並び、中では受付職員たちが訪れる人々の受付業務に追われている。
「お待たせいたしました、薬師ギルドゲルバス支部へようこそ。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、私は以前こちらでお世話になっておりましたシャベルと申します。この度久方ぶりに城塞都市ゲルバスに戻って来たものですから、ご挨拶がてら立ち寄らせていただきました。
レザリアギルド長にお取次ぎいただければありがたいのですが、お願いできますでしょうか?」
そう言い懐から薬師ギルドのギルドカードを差し出すシャベル。受付職員の女性は何処かで聞いたような名前に首を捻るも、「ただいま確認してまいります、しばらくお待ちください」と断りを入れ席を立つ。
「シャベル様、お待たせいたしました。ギルド長がお会いになるそうです、ギルド長執務室へご案内いたします」
受付カウンターで待つこと暫し、戻ってきた受付職員に促され席を立ったシャベルは、受付カウンター脇の通路を抜け奥のギルド長執務室へと向かうのだった。
“コンコンコン”
「失礼いたします。ギルド長、シャベル様をご案内いたしました」
叩かれた扉の奥から聞こえる入室を許可する言葉、受付職員に案内されるまま足を踏み入れれば、そこにはかつて世話になった懐かしの顔。
「お久しぶりでございます、レザリアギルド長」
「おぉ、シャベルさん、一年ぶりになりますか、無事な御姿を拝見出来本当に良かった。まぁ立ち話もなんです、どうぞお座りください」
執務机から立ち上がり来客用の席を勧めるレザリアギルド長。レザリアギルド長の下にも置かぬといった態度と一年ぶりという言葉、そして先ほど見せられたギルドカードに刻まれた職外調薬師を示す記載に何かを思い出した受付職員。
「あっ、蜂蜜スライムゼリー。し、失礼いたしました」
思わず漏れた言葉に慌てて謝罪する受付職員、そんな彼女に気にしていないと笑顔で手を横に振るシャベル。
「いえいえ、謝罪は結構ですよ。蜂蜜スライムゼリーの事を覚えていただけているという事は、薬師ギルドでの販売は上手くいっているという事なのでしょうから」
「はい、あの商品は大変人気の品でして。街中でも類似の品物は販売されているのですが、味が違うと態々薬師ギルドの売店に買いに来る街の方がいらっしゃるくらいなんです。
レシピを販売する際に調理実習も行っているはずなんですが、どうやら魔力水の生成が甘いことが原因のようなんです。まぁ薬師ギルドとしては生活薬としてではなく甘味の一分野として提供される分には特段干渉する事もないのですが」
そう言い以前薬師ギルドに提出したレシピの現状を教えてくれた受付職員の言葉に、自身の行いが城塞都市に住む人々の潤いに繋がっているのだとほっこりした気持ちになるシャベル。
「あぁ、案内ご苦労だったね、下がってもらって構わないよ」
「はい、失礼いたしました」
一礼の後部屋を下がる受付職員、レザリアギルド長は困ったような表情をしながら、「うちの受付がすまなかったね」と謝罪の言葉を口にする。
「いえ、本当に気にしてはいません。それよりも薬師ギルドゲルバス支部で蜂蜜スライムゼリーのレシピが正しく受け継がれていると知れて、ありがたかったくらいなんですから」
シャベルは心から嬉しそうな笑顔を向けると、「本当に気にしていませんので」と言葉を添える。
「そうそう、シャベルさんに報告したかった事とは例の癒し草栽培の件についてでね。既にシャベルさんが一定の成果を示してくれた上での栽培であったから問題はないとは思っていたものの、不安が無い訳ではなかったんだよ。
しかし結果は素晴らしいものとなってね、シャベルさんが城塞都市のゴミ処理の為として提案したビッグワームによるごみ処理と、その際に出るビッグワームの糞を肥料として癒し草の栽培を行う構想、これが非常に素晴らしい癒し草を作り出すに至ったんだよ。
これには城塞都市の監督官様ももろ手を挙げてお喜びになられてね、ライド伯爵様から直々にお褒めの言葉を賜ったばかりか予算増額まで勝ち取ったと報告してくださったよ。
近々ライド伯爵様の肝いりで城塞都市内に調薬の専門施設が建設されることが決定してね、城塞都市は冒険者の最前線としてばかりでなく、調薬師の前線都市としての側面も持つに至ったんだよ」
レザリアギルド長の言葉、それはシャベルの残した足跡を城塞都市ゲルバスの人々が守り育てて来てくれたということ、そしてその成果が大きく花開こうとしているというもの。
「おめでとうございます、レザリアギルド長。以前もお話ししたことかもしれませんが、私の行った事は単に切っ掛けを与えただけのこと、植えられた種に水を与え、肥料を与え、守り育て花咲かせたのは城塞都市ゲルバスの人々にほかなりません。
この成功は偏にゲルバスの皆さんの努力の成果、私は皆さんの工夫と努力に賛辞を贈りたい。
本日はそんなゲルバスの皆さんにある提案と申しますか、新たな成果をお渡ししたくお伺いしたということもあるんです」
“コトッ、コトッ”
シャベルがそう言い腰の時間停止機能付きマジックポーチから取り出した物、それは二本のポーション瓶。
「シャベルさん、これは?」
「はい、一本はダンジョンの宝箱から手に入れた品で“ポーションEX”、もう一本は私が自ら調薬いたしました“ポーションEX”になります」
シャベルの言葉に「はぁ?」とびっくりしたグラスウルフのような顔になるレザリアギルド長。
「えっと、カッセルのダンジョンから最近新たなポーションがドロップするようになったという話は私も聞き及んでいます。
“ポーションEX”、それと“ポーションEX++”だったか。“ポーションEX”はハイポーションと同等の、“ポーションEX++”はハイポーションと同等の効果の他、簡単な解呪も出来るポーションとか。石化の呪いや状態異常の回復にも使えると聞き及んでいます」
「そうですね、私がカッセルの薬師ギルドで聞いた話ですと、“ポーションEX++”はハイポーションを超える回復性能で、一部欠損部位の回復すら可能であるとか。その効果から霊薬の一つとして取り扱っていると伺いました」
「ではシャベルさんはこの短い期間でダンジョンから手に入れた“ポーションEX”を分析し、ご自身で作り出されたという事なのでしょうか? それは凄い」
そう言い驚きの言葉を向けるレザリアギルド長。だがシャベルは首を横に振り、そうではないと言葉を続ける。
「レザリアギルド長は私がカッセルのダンジョンで消息不明に陥っていたという噂はご存じでしょうか? 実際は第十八階層で落とし穴のダンジョントラップに落とされて深層と呼ばれる第四十八階層に送られてしまったんですが」
「えっ、深層ってあの深層ですか? ダンジョン都市でも極一部の選ばれた冒険者しか辿り着けないとんでもない場所だと伺っていますが」
シャベルの言葉に顔を驚きに染めるレザリアギルド長。ダンジョン深層の凄まじさは城塞都市でも良く知られた事、そんな危険地帯で活躍する攻略組冒険者の冒険譚は吟遊詩人に謳われ、冒険者たちに夢と憧れを以って語り継がれている。目の前の青年はそんな地獄の階層から生還したのだと、サラリと言ってのけているのだ。
「まぁそうですね、運が良かった、その一言に尽きるのでしょうが、何とか無事に生きて帰ることが出来ました。これは何故私が無事に生きて返ってこれたのかという事にも繋がるのですが、第四十八階層は深層を探索する冒険者の間では神殿階層と呼ばれる場所らしく、私はそこで不思議な泉を発見することが出来たんです。
その泉の水は身体の疲れから不調に至るまでをまるでポーションのように癒してくれる素晴らしいものでした。それに周囲には危険な魔物が現れる事もない、そこはある種のセーフティーゾーンのような場所だったのかもしれません。
その時の私は自身がどの階層のどこにいるのかも分からなかったので、出来る準備だけはしようと常に持ち歩いている調薬の道具を使いポーションを作製する事にしたんです。幸い泉の周りにはこれまで見た事もないような立派な癒し草が自生していて、材料には事欠きませんでしたので。
そうして出来上がったものがこちらのポーションです。
私はその泉の前で一月ほどポーション作りを行い、十分量のポーションを手に入れた為その場を離れる事にしました。旅立つ前に泉に感謝の気持ちを込めて作り上げたポーションを捧げたのですが、その時泉から小さな宝箱が現れまして、この従魔の指輪を手に入れることが出来ました。
使っていて分かったのですが、この従魔の指輪は本来三体までしか入れる事の出来ない従魔をそれ以上に仕舞い込むことが出来るんです。
今のところ私の使役する従魔は全てこの指輪に入れることが出来ていますが、上限がどれ程なのかは分かりません。
話が逸れてしまいましたね、それでこちらの“ポーションEX”はその後宝箱や魔物のドロップアイテムとして手に入れたものの一つです。私もまさか自分が捧げたポーションがドロップするようになるとは思ってもみませんでしたが」
そう言い肩を竦めるシャベルに口をポカンとしたまま動きの固まるレザリアギルド長。
「そこでお話というのは他でもありません、この“ポーションEX”の作製方法という事になります。このポーションを見ていただければわかると思いますが、通常のポーションよりもかなり色が濃いんです。普通であれば失敗作であると思ってしまうかもしれません。
でも私はこれが何の問題もないポーションであると知っていた、それは何故か。
それは偶然にもここ城塞都市にいる時に作り上げてしまっていたからなんです。その事は当時買い取り担当をしてくれていた受付職員の女性も知っていますよ、彼女は私の身の危険を心配して助言をくれた上で秘密にしていてくれましたが。
でもダンジョンのドロップアイテムとして“ポーションEX”どころか、上位薬となる“ポーションEX++”というポーションまでドロップするようになった。“ポーションEX”の作製方法を公開したところで身に危険が及ぶ心配は減ったんです。更に言えば薬師ギルドで登録してしまえば周知の事実になりますから」
そう言いニコリと微笑むシャベルに、何と言葉を返していいのか悩むレザリアギルド長。確かに身の安全という観点から考えればシャベルの判断は正しい、“ポーションEX”がダンジョンからドロップしたことで新薬としてもすでに周知されつつあり、その効能はハイポーションと同等、更に言えばその上位薬である“ポーションEX++”の登場で情報の希少価値も下がったとみていい。
だがダンジョンのドロップアイテムであるポーションを作製できる、ましてやそのポーションをダンジョンに提供したのはシャベルであった、このような爆弾級の情報をどう扱っていいものか。
「あの、何か難しく考えられているようですが、話はそれほど複雑ではありません。先程も言いましたがこの“ポーションEX”は偶然にも城塞都市でポーションを作製している時に作ってしまっているんです。
更に言えば私は職外調薬師であり、ポーション作製に関しては薬師ギルドで閲覧できる“ポーション作製のレシピ”しか知りません。
これが一体どういう事なのか」
シャベルはここで言葉を切り、レザリアギルド長をジッと見詰める。レザリアギルド長はしばらく沈黙した後、ハッと何かに気が付いたかのように口を開く。
「シャベルさん、まさか・・・」
「はい、多少工夫は加えてありますが、基本的にはポーション作製のレシピそのもの、最大の違いは原材料となる癒し草の質です。正確には生育環境の魔力の濃さとでも言ったらいいのでしょうか。
つまり何が言いたいのかといえば、“職外調薬師でも材料さえ揃えればハイポーション並みのポーションが作れる”という事です。これで買い取り担当の受付職員の女性がこの事実を公表しなかった理由が分かっていただけたかと思います。
それとこれは可能性の話になりますが、通常の調薬スキルを持った調薬師であればスキルによって“ポーションEX”を作製できる可能性があります。それには手作業で“ポーションEX”を作製できるようになるという条件がありますが、王都の大きな調薬工房の調薬師の方々はポーション作製のレシピを難なく習得なさったとか。その方々に実証実験に参加していただければはっきりするかと。
要はローポーションを自作できなければ調薬系スキルを持っていてもポーションを作成できないのと同様です。知らなければスキルで再現する事も出来ない、でも知っていれば再現出来る。やはりスキルとはすごいものですね」
そう言い力なく笑うシャベル。あまりの情報量の多さ、導き出される多くの可能性、レザリアギルド長は混乱する思考に眉間に寄った皺を揉み、大きくため息を吐くのであった。




