第123話 そぞろ歩く城塞都市、懐かしの顔
再会の夜が明ける。宿のベッドから起き上がったシャベルは、サイドテーブルの上で置物のように鎮座する天多とその脇の小箱ボクシーに目を向けると、ニコリと優しく微笑みかける。
「おはよう天多、ボクシー。昨夜は何もなかった?」
シャベルから掛けられた声にプルプルカタカタ震えながら、“特に何もなかったよ〜”と答える家族たち。
シャベルは「そう、いつもありがとう」と返事をしそれぞれを優しく撫でた後、服を着替えオーガキングの外套を羽織る。
城塞都市に日が昇る。今日から始まる新たな日々、シャベルは両の頬をパンパンと叩くと「よし!」と気合を入れ、部屋の扉に手を掛けるのだった。
「リーダー、済まねえ。今日の依頼、明日に回してくれないか?」
部屋を出て食堂に向かったシャベルは、宿屋の主人に頼み出してもらった天多用の食事と宿の朝食をテーブルに並べ、待ち合わせをしているパーティーメンバーが来るのを待っていた。
だが周囲の冒険者たちが食事を終え出掛けていくも、一向に現れない彼ら。仕方がなく先に食事を始めたところで頭を押さえながら現れたのは、顔色を悪くしたジェンガであった。
「どうしたジェンガ、やけに顔色が悪いな。体調を崩したようなら診療所に行くか? 依頼の事なら気にするな、無理してケガでもしたら元も子もないからな」
心配そうに掛けられたシャベルの声、ジェンガはそんなシャベルに気まずそうに言葉を返す。
「いや、その、そういう訳じゃないんだが。昨夜リーダーが無事に城塞都市に戻ってきたって事で皆で飲んだだろう? リーダーは明日の探索があるからって言って先に部屋に帰ったけど、あの後も俺たちは飲み続けててな。クラックの奴が目出度い祝いの席だってんで宿の主人に頼み込んで秘蔵の火酒をな」
火酒、それはドワーフが是が非でも欲しがるという程の酒精が非常に強い高級酒。
「・・・それでクラックとメアリーは」
「メアリーは頭を抱えて寝込んでる、クラックも使い物にはならん状態だ。正直俺もしんどいんだが、二人よりましだってことで顔を出したって感じだ。本当にすまん」
そう言い顔を下げるも、そのまま頭を押さえるジェンガ。
「ハァ~、まぁ随分と心配を掛けた俺も人の事は言えんからな」
“コトッ、コトッ、コトッ”
シャベルが腰のマジックポーチから取り出した物、それは三本のポーション瓶。
「生憎酔い止めは在庫が無くてな、胃腸薬だが無いよりかはましだろう。部屋に帰ったらこれを飲んで今日はゆっくりしておけ。俺は何か所か顔を出すところがあるんで帰りは遅くなると思う、食事はそれぞれで済ませてくれ。
クラックとメアリーにも無理はしなくていいと伝えておいてくれ」
シャベルの言葉に申し訳なさそうに頭を下げてからポーション瓶を持ち部屋へと下がるジェンガ。シャベルはそんなジェンガの姿に“今度酔い止めの生活薬でも作っておくか”と思いつつ、頭の中で今日の予定を組み立て直すのであった。
「いらっしゃいませ、パルムドール魔道具店にようこそ。本日はどのようなお品をお探しでしょうか?」
そこは魔法レンガで造られた立派な外観の建物、城塞都市の中心地に建つ老舗の魔道具店。
「失礼します、私は金級冒険者のシャベルという者ですが、以前こちらのお店で大変お世話になりまして。店主のスコルビッチ・パルムドール氏はおられますでしょうか?」
冒険者にしては丁寧な話し振りのシャベルに一瞬怪訝な表情になる店員。だが直ぐに何かを思い出したのか、「只今呼んでまいります、少々お待ち下さい」と言葉を向けるや、急ぎ店の奥に引っ込んでいく。
「シャベルさん、お久しぶりです。ダンジョン都市に向かわれたとお伺いしていたのですが、いつ城塞都市へお帰りに? まぁ詳しいお話はあとにして、どうぞ応接室にお越しください。
誰か、お茶の準備を頼む」
顔を見せたスコルビッチはシャベルの姿を認めるや相好を崩し、親しい友人に会ったかのように自ら店内の奥へと誘うのだった。
「本当にご無沙汰しておりました。つい昨日城塞都市に戻ってきたばかりでして、今日は挨拶回りがてら以前お世話になった方々の下を回っているところでして」
「そうだったのですか、何にしても無事に戻られて本当によかった。シャベルさんの事は街の噂で聞いていたもので、ダンジョン都市で行方不明になったと聞いたのが三か月ほど前の事だったものですからどうしたものかと思っていたのですよ」
三か月前といえば、クラックたち“魔物の友”のパーティーメンバーがダンジョン都市から避難してきた頃。彼らがシャベルと共に城塞都市を旅立ったことはテイマー冒険者たちの間ではよく知られた事であり、そんな彼らがシャベルを除いた形で城塞都市に現れれば当然のように噂になった事だろう。
「いや、ご心配をお掛けし申し訳ありませんでした。ご覧の通り無事に戻ってくることが出来ました。本日お伺いしたのには幾つか訳がありまして、無論顔見せというのが一番の理由ではあるのですが」
シャベルはカバン型マジックバックに手を入れると、何枚かの魔物の皮を引き摺り出す。
「シャベルさん、これは」
「はい、ミノタウロスのドロップアイテムの皮になります。
以前こちらでミノタウロスの皮は非常に丈夫でマジックバッグの素材としては大変人気が高いという話を伺っていたものですから、いつか機会があればぜひミノタウロスの皮を使ったマジックバッグを作製していただきたいと思っていたものでして」
そう言いテーブルの上に置かれたミノタウロスの皮を手に取りしげしげと眺めたスコルビッチは、その上質さに感嘆のため息を漏らす。
「いや、ダンジョン産のミノタウロスの皮というものを初めて拝見いたしましたが、これ程のものだったのですね。私も城塞都市の商人ですからミノタウロスの皮自体は何度も扱っておりますが、これ程上質なものは見た事がありませんでした。
因みにこちらの品はダンジョンの階層でいうとどれ程の深さでドロップしたものなのでしょうか?
あっ、これは申し訳ありません。採取階層はダンジョン冒険者にとっての秘密でございましたね、本当に申し訳ございませんでした」
慌てて頭を下げるスコルビッチに、シャベルは気にしていないと顔を上げるよう声を掛ける。
「スコルビッチさん、大丈夫ですよ。私はどうもダンジョン探索には向かないようでして、今更ダンジョンの情報を秘密にするほどの事もありませんから。
こちらのミノタウロスの皮は第四十七階層のミノタウロスからドロップしたものとなりますね。あれは本当に怖かった、今更ながらとなりますが、本当によく無事にダンジョンを出る事が出来たものです」
そう言い頭を掻くシャベル、だがその話を聞いたスコルビッチはそれどころではない。ダンジョン第四十七階層といえば深層も深層、一部の冒険者しか辿り着けない別世界、そんな場所のドロップアイテムともなれば王都のオークションに掛けられてもおかしくない。
「いや、なんと、そんなに素晴らしい品だったとは。えっ、という事はシャベルさんは深層探索者だったのですか!? ダンジョン都市でも一握りの選ばれた冒険者と呼ばれる」
「いえいえ、そういう訳ではないんですよ。街の噂でご存じかもしれませんが、ダンジョンの罠に嵌まってしまい深層域である第四十八階層に落とされてしまいまして。普段の私はダンジョン中層域の十階層から二十階層の間で活動していたんですよ。
私が無事に帰って来る事が出来たのは多くの幸運の賜物、奇跡以外の何物でもないんですよ。
日々女神様に感謝して生活していた事が良かったのか、女神様は常に見守ってくださっているのだと改めて感じる事が出来ました」
そう言い柔和な笑みを浮かべるシャベルに、不幸に嘆く事なく常に前向きなこの人物は本当に強いと、改めてシャベルの評価を高くするスコルビッチ。
「それでお話というのはこのミノタウロスの皮で大型マジックバッグを作っていただければと思いましてご相談に。流石にその大きさのマジックバッグともなると予算も相当なものになると伺っていたものですから」
「なるほど、確かにこの素材が元でしたら素晴らしいマジックバッグを作製する事が出来るでしょう。ですが大型マジックバッグとなりますと価格も桁が変わります。商会などで一般的に使われる大型倉庫二個分のもので金貨四百枚から、伝説に謳われる大賢者シルビア・マリーゴールドが作り上げた収納の腕輪は魔力依存の品とはなりますが、都市一つが丸々収納できるものであったと言われており、オークション開始価格が金貨一万枚からであったと聞き及んでいます」
スコルビッチから語られる驚きの話、シャベルは自身の見識の甘さに舌打ちする。
「申し訳ありません、なにぶん無知蒙昧故大型マジックバッグがそれ程の価格のものであるとは知りもせず。予算の方は金貨三千枚ほどを予定していたのですが」
「ブッ、はぁ!? シャベルさんは一体どれほどの容量のマジックバッグをお望みだったのですか?
王都の魔道具店ですらそれ程の価格のマジックバッグは扱っているかどうか。というかご要望にお応えする事の出来る職人がいるかどうか」
そう言い腕を組み何やら考え込むスコルビッチ。
「いえ、先ほども言いましたが私は無知蒙昧の身、正直マジックバッグの事はさっぱりでして。条件はこのミノタウロスの皮を使った丈夫なリュック型のマジックバッグを作製して欲しいという事、丈夫で動き易い事を優先し、容量は大型の出来るだけ大きなものであれば望ましいといったところでしょうか。
時間停止機能は欲しいところですが予算の都合は・・・」
「まったく問題ありません。容量に関しては、素材を見たうえでの職人との相談となりますが、少なくとも大型倉庫五つ分は固いかと。
予算に関しては金貨三千枚以内であれば問題ないという事でよろしいでしょうか? 正直金貨二千枚でも多いとは思いますが」
スコルビッチの言葉にホッと安堵の息を吐くシャベル。シャベルはスコルビッチにマジックバッグ作製の全権を預けると、前金として大金貨十枚をテーブルに並べるのだった。
「ハハハ、シャベルさんは本当に大物になられて。初めてシャベルさんにお会いした時きっと大成される御方だとは思っていましたが、まさかこれほど短期間でここまで。
これは自身の見る目の甘さを反省しなければなりません」
「いえいえいえ、先ほども申し上げましたが、私の成功は幸運の積み重ねによる奇跡、ダンジョンの深層から無事に生還出来た事のおまけのようなもの。全ては女神様の慈悲の賜物でございます。
そんな女神様の慈悲に少しでも恩返しが出来ればいいんですが。
ところで話は変わりますが、こちらパルムドール魔道具店では従魔の指輪の取り扱いはございますでしょうか?」
急に話の変わるシャベルに“はて、何の事だ?”と思うも、シャベルが複数の従魔を従える“蛇使い”と呼ばれる冒険者であったと思い至るスコルビッチ。
「はい、現在当店では十個ほど取り扱っております。一つ金貨九枚となっております」
「でしたらそれを全ていただけますか? それとダンジョン都市から仕入れができるようでしたらそれもお願いしたいのですが」
シャベルの言葉に首を捻るスコルビッチ、確かにシャベルは複数体の従魔を従えてはいるが、それほど多くの従魔の指輪を必要としているとは思えない。
「はい、それは可能ですが、どういった用途でご使用なされるのかお聞きしても? とても個人で必要となされるようなものとは思えないのですが」
「えぇ、そうですね。これはまだ計画段階の話なのですが、街の中でのテイマーの移動に従魔の指輪の貸し出しを行えればと思いまして。
ここ城塞都市は魔の森が近く住民の魔物に対する忌避感は他の街よりも低いでしょうが、それでもテイマーがあまりよく思われていないという事は覆しようがありません。
ですが最近ではビッグワームやスライムのゴミ処理を通じ少しずつではありますがその状況も変わりつつある。であればこそテイマー側も街の住民に寄り添わなければならないと思うのです。
その一つが従魔屋から冒険者ギルド間の移動です。この移動の際に従魔の指輪に従魔を仕舞い込むことが出来れば。
街の住民とテイマーの間の溝を少しでも改善したい、これはある種の試みなんです。
それにテイマーにとって従魔の指輪は必須と言っても良いくらい有用な魔道具です。これがあるだけでこれまでテイマーが抱えていた問題の大半は解消されてしまう。
私はテイマーに従魔の指輪の素晴らしさを知ってもらいたい、そうすればこの城塞都市のみならずどこに行っても不自由なく暮らす事が出来るんですから」
シャベルの語る壮大な計画、そしてそのための資金がある事はマジックバッグの注文を通じ証明してみせた。
シャベルの言葉は夢想家のテイマーが語る夢なのではなく、予算を伴った具体的な計画であった。
「シャベルさん、分かりました。従魔の指輪の件、パルムドール魔道具店店主スコルビッチ・パルムドールの名においてお引き受けさせていただきます」
力強く交わされる握手、城塞都市ゲルバスは更に素晴らしい街になっていく。スコルビッチは胸に宿る確かな予感に、自然と頬を緩ませるのであった。




