第122話 合流した仲間、分かち合う思い
「遅い!! 夕食時には帰ってくるんじゃなかったの? 一体どこをふらついていたの?」
城塞都市の夜は長い。日中魔の森の魔物と命懸けの戦闘を繰り広げた冒険者たちは、まるで非日常から日常に返る儀式のように、酒場に繰り出し木製ジョッキを打ち合わせる。
それは食堂を営む冒険者の宿“鷹の爪”でも変わらない、宿泊客である者は無論、食事を摂りに来た冒険者もそれぞれのテーブルでエールを楽しむ。
「いや、うん、それは悪かった。久々の城塞都市だったものでな、挨拶回りというかクラック精肉店に顔を出したんだが、店主のヤコブさんをはじめ従業員の人たちと肉パーティーをな。
いや、クラック、ジェンガ、メアリーの事を忘れてた訳じゃないんだ、忘れてた訳じゃないんだが、その、本当にすまなかった」
三カ月ぶりの再会、ダンジョン第十八階層の落とし穴の罠に嵌まり姿を消したシャベル。“リーダーは絶対に生きている”、その確信にも似た思いのもと城塞都市に身を寄せた金級冒険者パーティー“魔物の友”のパーティーメンバーたち。
“リーダーは生きている”、その思いは変わらない、だが心配する気持ちは別なもの。日々の冒険者活動の中で端々に思い出されるシャベルの教え。
従魔との連携は如何に従魔との交流を深め、共に訓練を行う事で互いを理解し合ったのかによって決まる。これまで自身の従魔をどこか替えの利く道具のように考えていた自分たち、そんな先行きの詰まった自分たちにテイマーの新しい姿を見せてくれたリーダー。
ただ従魔を武器として魔物と戦わせるのではない、従魔を自身が戦いに挑むまでの補助具にするのでもない。自らも武器を取りパーティーメンバーの一人として共に戦う。テイマーは従魔にぶら下がるだけの存在じゃない、共に戦場に立つ相棒なんだと。
シャベルの存在は“魔物の友”の者たちにとって特別なものとして刻まれていった。
「まぁメアリー、それくらいにしといてやろうや。なんにしてもシャベルがこうして無事に戻ってきた、まずはそれを喜ぼうじゃないか。一つの物事を気にしだすと途端他の事がおざなりになるところは、今に始まった事じゃないしな」
メアリーを宥め仲裁に入ったクラックの言葉、だがその仲裁の言葉に更に申し訳なくなりシュンと落ち込むシャベル。
「まぁまぁ、クラックとメアリーもその辺で。取り敢えずリーダーの無事な生還と再会を祝して乾杯といこうじゃねえか。
リーダーの無事な生還を女神様に感謝して」
「「「「乾杯!!」」」」
だがそこは冒険者である、冒険者は切り替えが命、いつまでも終わった事をぐずぐずと引き摺るものではない。打ち付ける木製ジョッキの小気味良い音がテーブルに響く、ゴクリと鳴るのど越しが、互いに無事生き残った事を知らしめる。
城塞都市の夜は長い、久々に全員の顔を揃える事が出来た金級冒険者パーティー“魔物の友”の面々は、離れていた時間を埋め合わせるかのように、互いの冒険譚に花を咲かせるのだった。
「「「はぁ!? 第四十八階層!? それってダンジョンの深層じゃ」」」
「あぁ、まぁ自分がどの階層にいるのかなんて事は初めは分からなくてな、第四十階層のセーフティーゾーンで攻略組の後方支援を行ってる冒険者たちにはえらく驚かれたよ。ダンジョン脱出に掛かった三か月も、そのほとんどを四十階層台で過ごしていたからな、あそこで力を付ける事が出来なかったら今こうして皆に再び会う事も出来なかった、俺は本当に運に恵まれたんだと思うよ」
シャベルのダンジョンからの脱出、それはてっきり二十階層台、いっても三十階層台前半のどこかからのものだと思っていた。でなければ生還など不可能であるし、ダンジョンとはそんなに甘いものではない。ましてや深層も深層、四十階層より先は余程のベテランでさえ簡単に命を落とす場所。ダンジョン都市でも選ばれた一握りの化け物しか挑む事が出来ない、まさに深淵と呼ぶべき階層なのだ。
少なからずダンジョンに関わり合ってきたクラック、ジェンガ、メアリーの三人はシャベルの話に言葉を失う。それはこれまでのようなシャベルが齎した新たな道筋、テイマーとしての新しい在り方などといったものではない、個人として見せられた別次元の活躍の話だったからであった。
「あぁ、そうだ、ダンジョンを出たらお前たちに渡そうと思ってたものがあったんだ」
“カチャリ”
シャベルが腰のマジックポーチを探りテーブルに取り出した何か、それは光輝く三個の指輪。
「お前たちも知ってるかもしれないが、これは“従魔の指輪”だ。自身が使役する従魔を三体まで仕舞い込む事が出来る。指輪内は従魔にとって最適な空間になっているらしく、喉の渇きや空腹もなく、多少のケガなら勝手に治ってしまうらしい。
俺たちテイマーにとっては是が非でも欲しいマジックアイテムだ。一人一つずつある、受け取ってくれ」
そう言い貴重なマジックアイテムをポンと差し出すシャベルに、目を見開いて驚くパーティーメンバーたち。
「「「イヤイヤイヤ、そんなに気安く渡しちゃダメだろう、これだって売ればそこそこの金額がする代物だぞ」」」
「いや、そこまで高くないぞ? テイマーにしか需要がない上にそれなりに数が出るアイテムらしくてな、城塞都市で買っても金貨十枚もあればお釣りが出るらしい。ダンジョン都市の魔道具店ならもっと安いんじゃないのか? 一度しか行った事がないから分からんが」
「いや、それでも」と固辞するパーティーメンバーに、シャベルは自身の左手の指輪をコンコンと叩き言葉を向ける。
「俺の従魔の指輪はダンジョン第四十八階層、通称神殿階層と呼ばれる場所で手に入れた特別製でな、従魔の個体数制限がないんだよ。だからいくつもの指にジャラジャラ従魔の指輪を嵌める必要はないんだ。それともう一つ渡すものがある」
シャベルは次にカバン型マジックバッグから三枚の外套を引き摺り出し、パーティーメンバーそれぞれに手渡すのだった。
「これは魔物からのドロップアイテムで“オーガキングの外套”って奴だな。使用者に合わせ大きさの変化するマジックアイテムで、軽くて丈夫、オーガキングの全力の<金剛槌>をも防ぐ優れ物だ。要するに外套の様な鎧、不意の状況でも身を守る事の出来る羽織る盾とでも思ってくれればいい。
他にも沢山のドロップアイテムがあったんだが、冒険者ギルドでオークションに掛けてもらう事にした。俺たちがロングソードや斧のような武器を持っていても使いこなせるとは思えなくてな。
毛皮類はカッセルの買い取り所で売ってきたし、ポーション類はカッセルの薬師ギルドに卸して来た。
今頃ダンジョン都市は大騒ぎになってるんじゃないのか? なんせ去り際に薬師ギルドにエリクサーを卸して来たからな」
“““ブホッ、ゴホガホゲホガホ”””
シャベルの口から飛び出したとんでもワードに、飲みかけのエールを噴き出し盛大にむせるパーティーメンバーたち。
「なっ、シャベル、エリ、ゴホンッ、ポーションを薬師ギルドに卸したって、アレは直ぐにどうこうできる品じゃないだろう」
「そうだな、物が物だけにすぐさまどうこうする事は難しいだろう。だから販売を薬師ギルドに委託し、監督官を頼るように助言しておいた。今頃エリクサーは監督官経由で領都セルロイドのライド伯爵様の下に渡っているはずだ。
仮にライド伯爵様がエリクサーを王家に献上した場合はライド伯爵様から薬師ギルドに買い取り代金が支払われるし、オークションに掛けた場合はその収益が薬師ギルド口座に振り込まれる。
特に急ぎで金が必要という事もないしな、気長に待つことにするさ」
肩を竦め答えるシャベルに、何とも言えない表情になるクラック。金銭にガツガツしないシャベルらしいと言えばシャベルらしいが、普通そこまで泰然としていられるものなのかと感心を通り越して呆れの感情が湧きおこる。
「他にはそうだな、従魔が増えた。<オープン:白銀>」
食堂の床に向けられたシャベルの左手、指に嵌められた従魔の指輪から伸びる光が、一体の魔獣の姿を形作る。
“ガウッ”
白銀に揺れる美しい体毛、精悍な表情と凛とした佇まい、額から伸びる鋭い角はその魔獣の誇り高き強さを体現する。
「シルバーホーンタイガーの白銀、ダンジョンの宝箱で手に入れた卵から孵った魔獣だ。生まれてすぐに俺との間にテイムの感覚が繋がっていた事から、あの卵は従魔を与えてくれるドロップアイテムだったんだと思う。じゃなければ<魔物の友>持ちの俺がシルバーホーンタイガーなんていう強力な魔獣をテイム出来る道理が無いからな。
ありがとう白銀、また戻っておいてくれ。<ホーム>」
シャベルが呪文を唱えると再び左手の指輪が光り、白銀が光の粒子となって指輪の中に吸い込まれていく。
「どうだ、“従魔の指輪”は便利だろう? これまであまり見向きもされていなかったようだが、従魔の指輪はテイマーにとっての必須アイテムと言ってもいい。街を移動するにしろ宿に泊まるにしろ、その恩恵は計り知れない。
剣士が剣を鞘に納めるように、テイマーも従魔を指輪に納めれば周囲との軋轢もぐんと減るだろう。さっきも言ったが従魔の指輪は高価だが決して手の届かない代物じゃない、城塞都市の冒険者なら猶更な。
久々に城塞都市に帰ってきて思ったよ、この街は変わったってな。クラック精肉店でもそうだが、スライムや巨大ビッグワームといった魔物と共に生活するという事が街全体に浸透しつつある。これは俺たちテイマーにとっての追い風だ、この街はテイマーにとって最高の街といってもいい。
だが、だからこそテイマー側も街の住民に寄り添うべきだ。無暗に従魔を連れ回すのではなく必要な場所、必要な時に表に出すといった感じでな。
テイマーと街の住民が互いに笑顔で暮らせる、俺たちにとってこれ以上の幸せなんてないだろう?」
そう言い木製ジョッキをグイッと呷るシャベル。
「女将さん、エール四人分!!」
追加注文の元気な声が食堂に響く。
「分かったシャベル、従魔の指輪と外套、ありがたく貰っておく。それとシャベルに渡さなきゃいけないものがあるんだ、シャベルが行方知れずになった日、銀級冒険者パーティー“銀の鈴”のグリーンが訪ねてきてな、第十八階層の隠し部屋で一体何があったのか、自分たちのリーダーが何をしてしまったのか、本来ならシャベルが手にするはずであった宝箱を奪い取った自分たち、罠を発動させシャベルを深い落とし穴に落としてしまった事、全てを包み隠さず話していったよ。
宝箱からは霊薬と思しきポーション瓶と金貨の詰まった皮袋が出てきたらしい。霊薬はグリーンたちで使ってしまったとかで、こいつを置いていったよ」
“ドサッ、ドサッ、ドサッ、ドサッ”
テーブルに置かれた四つの皮袋、それはシャベルが改めて訪れた隠し部屋で手に入れた宝箱の中に入っていたものと同じもの。であればグリーンが使ってしまったと言った霊薬が何であったのかもおのずと知れてくる。
カッセルの冒険者ギルドでギルドマスターが街の噂として教えてくれた「“銀の鈴”がシャベルを殺しエリクサーを奪った」という話が的を射ていた事に思わず苦笑する。ダンジョン深層の魔物の呪いに掛かり回復手段がないと言われていた回復役の女性の復活劇、そこからの類推。
“銀の鈴”が急いでダンジョン都市を離れていった事も当然だろう、あのままカッセルに残っていれば、負い目のある彼らに付け込もうと抜け目のない冒険者たちが押し寄せてくる事は想像に難くない。
「この金はシャベル、お前のものだ。シャベルが行方不明になった時の探索はシャベルと“銀の鈴”との取り決めのもと行なわれたもの。参加していない俺たちにこの金を受け取る権利はない」
そう言いテーブルの皮袋をグイッと差し出すクラック、ジェンガとメアリーも真剣な眼差しで頷きを示す。
シャベルは考える、“ここで「この金は心配を掛けた迷惑料だ、こうして生きて出会えた事の祝いと思って受け取ってくれ」と言って差し返す事は簡単だ、だがそれでは彼らの誇りを傷付けることになりはしないか? 自分が必ず生還すると信じ従魔屋に一年分の預かり代金を先渡ししてくれていた彼らの気持ちを踏みにじる事になりはしないか?”と。
「分かった、この金はありがたく受け取ろう。それとこれは俺の個人的な頼みとして冒険者パーティー“魔物の友”に採取依頼を頼みたい。依頼料は一人金貨三枚」
「おいおいリーダー、俺たちは金級冒険者パーティー“魔物の友”なんだぜ? いくらリーダーの個人的な頼みだからってそんな大金・・・」
シャベルの言葉にクラックが言い掛けた反論を、シャベルはサッと手で制する。
「まぁ話は最後まで聞け。採取物は癒し草、だがその採取地点に条件がある。癒し草の採取場所は魔の森深部、深ければ深いほどいい。この辺じゃ採取する事の出来ない大きく葉の茂った最高級の癒し草が欲しい。
これは職外調薬師シャベルからの採取依頼となる。受けてくれるか?」
話を聞き終えた“魔物の友”のパーティーメンバーと、彼らの会話に耳をそばだたせていた周囲の冒険者たちは思う。““蛇使いシャベル”は健在だ”と、癒し草を採取するためだけに魔の森の最深部に向かう、“剛腕のテリー”にしろ“蛇使いシャベル”にしろ、テイマーで金級冒険者になる奴はどこか頭のイカレた奴しかいないのだと。
静まり返る食堂内、クラックの「お、おう。任せておけ」という了承の声と、ジェンガとメアリーの乾いた笑いが響く。
城塞都市の夜は長い、給仕の女性によりテーブルに運ばれる四人分のエール。冒険者たちによる再会の宴は、まだまだ始まったばかりなのであった。