第111話 ダンジョン探索、それは帰還への道筋 (6)
ダンジョンの中にも朝が来る。おかしなことを言っているのかもしれないが、フィールド型階層と呼ばれる第六階層のような場所には疑似的な空があり、外部の時間に合わせるように明るさが変わり夜がくる。
これが洞窟型階層や遺跡のような石造りの通路が続く階層であればそうした事はないが、昼と夜との区別が付く階層では時間帯により魔物の強さが変わると言われている。
昼の魔物より夜の魔物の方が怖ろしい、これは外の世界であろうとダンジョン内であろうと共通した事実であるのだ。
「おい、あれは何だ?」
その声は第三十階層において夜番を行っていた者の口から洩れた呟き。
「ん?どうしたんだって、なんだありゃ、宝箱?それにしちゃやけにデカくないか?」
ここ第三十階層には俗にセーフティーゾーンと呼ばれる安全地帯が存在した。これはここカッセルのダンジョンの特徴で、第十階層・第二十階層と十階層ごとにこうした安全地帯が存在し、ダンジョンを探索する冒険者がより深い階層を探索する為の助けとなっていた。
そのため比較的多くの冒険者が探索を行う第十階層・第二十階層のセーフティーゾーンはカッセルの街の監督官の管理下に置かれ、領兵が派遣されてその治安が守られていた。
「だよな。でも昨日まであんなものあったか?昨夜の内に出現した?
あれだけ大きな宝箱って事になるとどれ程のお宝が」
「おい、ちょっと待てよ。勝手に持ち場を離れたらリーダーにどやされるぞ!!」
だがそれは比較的行き来の容易な中層部までの事、それより先、力ある者たちの領域である下層やその先の深層は行政機関の管理しきれる場所ではない。
第三十階層のセーフティーゾーン、そこは欲望と野望に燃えた力ある冒険者たち蠢くある種混沌とした場所であった。
「うひょ~、スゲー、まるで小屋じゃねえか。こんな宝箱見た事ねえぜ。
こりゃ一体どんなお宝が眠ってるんだ?ク~~~ッ、これだから冒険者はやめられねえよな!!」
辺りがゆっくりと明るさを取り戻しつつある明け方、ダンジョン内の草原で大きな声を上げる冒険者。
「おい、お前、それは俺たち“フェンリルの影”が見付けたものだ。さっさとそこをどきな」
「何を言ってやがる、ダンジョン内の宝箱は先に見つけた者勝ちだ。あとからノコノコやって来て口出ししてんじゃねえ、こいつは俺のものだ!!」
「まったくこれだから物事が分かってない馬鹿は。身体に教えてやらないと分からねえと見えるな」
“カチャリ”
白み始めた空の明かりに照らされ鈍く光る剣身、だがここは第三十階層、その程度の脅しで怯むような者がこの場に辿り着けるはずもなく。
「ほう、面白れぇ。数は四人、朝の運動には丁度いいじゃねえか」
“スーーーッ、ボッ”
引き抜かれた剣身から燃え上がる炎、それは肌を照らす明りと熱を以って、自らの存在を主張する。
「魔剣だと!?お前ら、こいつを囲め。いくら魔剣でも一斉に掛かればどうという事もねぇ」
「ほう、それじゃ俺たちは両者共倒れになったところで宝箱と魔剣を回収させてもらう事としますか。お前ら、一人たりとも逃がすなよ」
「「「「「おう、リーダー」」」」」
漁夫の利、争い合う者もいればそれをいいことに全てを掠め取ろうとする者もいる。ここはダンジョン、命を削り合い富を求める欲望の洞窟。
“““““ガルルルルル”””””
“““““ブモブモ、ブヒー”””””
だがここはダンジョンである、安全地帯とされるセーフティーゾーンならいざ知らずフィールド型階層内において冒険者同士が争い大きな声を上げればどうなる事か。周囲に広がる草原、そこには遮蔽物など無く、その声は広く全体に伝わり多くの魔物を集め得る呼び水となる。
「チッ、雑魚が集まって来やがった。手前ら、お宝は最後だ。先ずはこの雑魚供を始末するぞ!!」
「くそ、運が良かったな。今は見逃してやるよ」
「はん、それはこっちのセリフだ。背中には精々気を付けるんだな!!」
鳴り響く戦闘音、それは明るさの増す第三十階層内に広がり人々の目を引き付ける。
そしてそこにある大きな宝箱を見つけた者たちは我も我もとお宝に向け歩を進める。
だがそれは魔物とて同じ事、夜のうちに湧き出し獲物を求め彷徨っていた者たちが、集まる人の気配に走り寄る。
“ガキンガキンガキンガキン”
「ウォーーー、唸れファイヤーソード、<火炎乱舞>」
“ブモーーーーー!!”
「どんだけ集まって来やがるんだ、まるでモンスターハウスじゃねえか。
手前ら、一旦引くぞこのままじゃじり貧だ!!」
冒険者は状況の見極めも重要である。不利と判断すれば直ぐに撤退する、生き残ってこそのお宝、引き際を誤るような者が深層に挑む事など叶わない。
「チクショウ、この宝箱は俺のだからな!!」
「うるせえ、これは俺たち“フェンリルの影”のものだ!!」
戦い、傷付き、未練を残しつつセーフティーゾーンへと下がっていく冒険者たち。そしてその場に残された魔物は、何故か巨大な宝箱に向かい攻撃を仕掛け続ける。
「なぁ、あれってどうなってるんだ?何であいつら宝箱を攻撃してるんだ?」
「そんなこと俺が分かるかよ。チクショウ、あの宝箱は俺が一番最初に見つけたってのに、あの阿保共が~~!!」
未練がましくセーフティーゾーンから巨大な宝箱の様子を眺める多くの冒険者、その変化は突如として起こった。
“ガパッ”
大きく開いた宝箱の上蓋、そして。
“シュルシュルシュルシュル”
宝箱の中から伸びる何本もの触手、それらは周囲にいる魔物たちを縛り上げると、次々に宝箱の中に呑み込んでいく。
ブラックウルフが、オークジェネラルが、オーガが。成す術なく絡み取られ宝箱に呑み込まれていく多くの魔物たち。その様子をただ茫然と見守る冒険者たち。
「「「「「ミ、ミミックだと~~~!!」」」」」
動揺と驚き、フィールド上に出現した巨大宝箱の正体、それは周囲の魔物の攻撃にもびくともしない圧倒的な実力を持つミミックであった。
「ど、どうするんだよ、アレ。あんなのがいたらこの先の探索なんて出来ないぞ?」
「そう言えば一昨日から帰って来てない連中がいたよな、まさか連中、アイツに食われちまったんじゃ」
目の前で繰り広げられるミミックによる魔物の踊り食い。自分たちが撤退せざるを得なかった状況でも平然と食事を続けるミミック。
そう、あのミミックにとって先程までの戦闘など料理が運ばれるまでのテーブルセッティングに過ぎなかったのだ。
「あっ、リーダー。勝手に持ち場を離れてすみませんでした。これからはそうした事のないよう、自分の役割を果たしていこうと思います。本当にすみませんでした」
「おう、反省しているんならあのミミックを「本当にすみませんでした、それとあの獲物は“フェンリルの影”が自分たちのモノだと主張していますので、彼らに任せればいいかと」お、おう。分かった、二度とするなよ?」
ミミックの悪夢、それはその場に集まった第三十階層の魔物たちがいなくなるまで続けられるのだった。
――――――――――
やはり各階層の出入り口が分かっているのといないのとでは、ダンジョン探索の難易度ががらりと変わって来るのだろう。
シャベルは第十八階層の落とし穴の罠に掛かり第四十八階層に落とされてから第四十階層のセーフティーゾーンに至るまでに、数カ月の月日を要した。それはシャベルとその従魔たちが深層階層である四十階層台の魔物たちに対抗しうる力を得るまでに多くの時間を必要とした事もあるし、ダンジョンで生き残るための準備に費やした時間が長かった事もあった。
だが各階層の構造が分からず次の階層に至る出入り口を探すのに掛かった時間というものも無視できるものではなかった。
第四十階層で出会った冒険者たち。深層の先、最前線で戦う仲間を支える為危険なダンジョン内に留まり続ける彼らとの出会いは、シャベルにとって幸運以外の何物でもなかった。
深層探索者である彼らはダンジョンの構造は勿論各階層に出現する魔物の種類についても詳しく、その貴重な情報を惜しげもなくシャベルに齎してくれた。
シャベルの出来たお返しとしては第四十階層内のセーフティーゾーン内に畑を作り、ダンジョン内で採取した癒し草やカラミナ草、ソルトプラントの苗を植え付けた事くらい。手持ちの草塩を渡したと言っても、彼らが教えてくれた情報の価値からしたらお返しにもならない程のものでしかない。
せめてもの礼にとオークキングのドロップアイテムであるオーク肉を振る舞ったりもしたが、そのようなもので礼になるとも思えない。
だが彼らはそんなシャベルの心意気に笑みを浮かべ礼の言葉すら返してくれたのであった。
シャベルは思う、“夢を追い求め、仲間と共に命を懸ける者たちの何と崇高なものか”と。
冒険者たちの齎した情報により安全にダンジョンボスと呼ばれる第三十九階層のギガントゴーレムを討伐したシャベルたちは、その日のうちに第三十五階層にまで到達、一晩夜を明かした翌日には第三十四階層のオークキング、第三十三階層のミノタウロス、第三十二階層のブラックウルフ、第三十一階層のフォレストスネークを討伐し、セーフティーゾーンのある第三十階層にまで辿り着いていたのであった。
「いいか、第三十階層のセーフティーゾーンに行ったら注意するんだぞ?あそこは中途半端に力のある冒険者がひしめいているからな。この四十階層に至るほどの力はない、だが三十階層台で戦うだけの力はある。妙な自信と全能感、自分たちは強い、力こそ正義だ。
他人を蹴落としその利益を掠め取る、そんな思考のゴロツキ共の最前線が第三十階層台だ。油断しているとシャベルでもどうなるのか分からないからな?
まぁそうは言ってもシャベルの従魔に勝てる奴なんていないだろうけどな」
そう言い笑いながら背中を叩いた冒険者の助言、シャベルはその言葉が正しかったことを第三十五階層の野営地で実感した。
「おはよう、ボクシー。昨夜は何もなかった?」
部屋のベッドから起き上がったシャベルは、誰もいない空間に向かい声を掛ける。
“カタカタカタ”
備え付けの棚がカタカタと音を鳴らし、シャベルの言葉に反応する。
「そう、なら良かった。第三十階層はセーフティーゾーンがあるだろう?夜のうちにボクシーがいたずらされるんじゃないかと思って心配したんだよね。
一応立て看板は出しておいたんだけど、冒険者ってそういうものを読まないから。でもボクシーが何も問題なかったって言うのなら安心だね」
シャベルはテーブルに着くと時間停止機能付きのカバン型マジックバッグから昨夜の残りのスープと焼いたオーク肉を取り出し食事にする。シャベルと一緒にベッドで寝ていた天多と雫、床で休んでいた白銀もそれぞれシャベルの出した朝食を美味しそうに頬張っている。
「さてと、ここから先は冒険者が増えるからな~。白銀には悪いけど、暫くは従魔の指輪に入っていてくれる?やっぱり白銀みたいな従魔は珍しいみたいで人目を引いちゃうから」
三十階層台は四十階層台と違い探索をする冒険者とすれ違う事も増えた。その多くはアーマービッグワームに進化した家族の威容に驚き剣を抜き、シルバーホーンタイガーの白銀に欲望の視線を向けた。
「安全第一っていう事には変わらないけど、余計な連中を引き付ける訳にもいかないしね。白銀に頑張ってもらうのはダンジョン都市を離れてからになるかな?この街の冒険者は欲望に忠実過ぎるから」
自らの欲望を糧に自身を高め昇華させた深層探索者たち、その域に至れず欲望のままに力を振るう下層探索者たち。生き方は様々、在り方も様々。
シャベルは人の世の難しさを思いつつ、地上への帰還が近付いている事を実感するのであった。
「ボクシー、昨夜はご苦労様、お陰でゆっくり眠る事が出来たよ。魔物の襲撃も大した事がなかったみたいで良かったよ、これからもよろしくね」
“カタカタカタ”
シャベルから掛けられた労いの言葉に、上蓋をカタカタ鳴らし喜びを伝えるボクシー。ボクシーはその大きな身体をガチャガチャと変化させ、長方形の小振りの箱に姿を変える。
シャベルは地面に転がるボクシーを拾い上げると懐に仕舞い、左手を前に伸ばしてオープンと唱える。
光る指輪、指輪から伸びる光の束は草原に巨大な蛇型の魔物を出現させる。
「風たち、今日もよろしくね」
“““““クネクネクネクネクネクネ”””””
それはアーマードクラフトビッグワームリーダーの風が率いるアーマービッグワームたち。
「それじゃ行こうか、今日は二十五階層まで行ければいいかな?四十階層の冒険者さんたちの話だと二十階層までは結構広いらしいからね、魔物はそこまででもないらしいんだけど、距離があるから。
無理せず安全に行かないとね、命大事に!」
“““““クネクネクネクネクネクネ”””””
“プルプルプルプル”
“ポヨンポヨンポヨンポヨン♪”
楽し気に了解の意を伝える家族たちに、心が温かくなるシャベル。
地上への帰還までの旅路は、もうすぐ終わる。シャベルは自身の頬をパンパンと叩くと、気持ちも新たに一歩を踏み出すのだった。
長らく空いちゃいましたね、どうもすみません。
ようやく更新出来ました、これからもよろしくお願いします。
by@aozora