第110話 ダンジョン探索、それは帰還への道筋 (5)
“ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ”
“““““ゴァーーーーー!!”””””
数の暴力という言葉がある。一体一体はそこまで力のないゴブリンでも三体、五体と数が増えれば決して侮れる相手ではなく、これが二十体三十体ともなれば優秀な銀級冒険者パーティーであっても苦戦を強いられる事だろう。過去にゴブリンエンペラーと呼ばれるゴブリンの魔王が出現した際には、何十万というゴブリンの襲撃に多くの国や地域が滅んだとか。
これは統一された意思の下行動する数という脅威は、それだけ怖ろしいものであるという証左であろう。
「みんなお疲れ~。第三十五階層のオーガキング討伐終了です。
ドロップアイテムに宝箱が出てるね、ボクシー、取り込んじゃって。他のドロップアイテムは白銀が収納しちゃってくれるかい?」
シャベルの言葉に嬉しそうに走り出す白銀と舌を伸ばして宝箱を回収するボクシー。ボスラッシュと呼ばれる三十階層台の魔物を危なげなく討伐する家族たちの姿に、自然口元を緩めるシャベル。
「それじゃ今日の移動はここまでにしようか。夜番は焚火のパーティーと春のパーティーでお願い、闇のパーティーは念のため影空間待機で。
他の皆は従魔の指輪に戻ってくれるかな。
明日からは当番制になるからね、昼間は秋と冬のパーティーにお願いするね」
“““““クネクネクネクネクネクネ♪”””””
ではそれがゴブリンなどではなくオーガキングのスキル<金剛槌>に匹敵する力を有しオーガキングの斬撃をものともしない身体を持つ魔物であったのなら、そのような魔物が百六十体という群れで襲ってきたとしたのなら、それはどれ程怖ろしい力となるのだろう。
シャベルは家族たちの労を労ってから彼らの多くを従魔の指輪へと戻すと、夜番を行うアーマードビッグワームたちの為に盥桶に魔力水を準備し、食事用の肉を用意する。
背負いカバン型マジックバッグからテーブルや魔導竈を取り出し、鍋をセットして手早く夕食の準備を始める。
「でも本当に第四十階層のセーフティーエリアで冒険者たちの話を聞けたことは幸運だったよな。あれだけ時間の掛かっていたダンジョン探索が、僅か一日で五階層も進めたのはあの冒険者たちのお陰だよ。
本当に女神様の御引き合わせには感謝の言葉しかないよね。
この調子なら明日中には第三十階層に行けるかな?でも冒険者たちによればこの第三十五階層から先は割と探索する冒険者が増えてくるって話だし、アーマードビッグワームたちの姿を見たら驚いちゃうかな?
その辺は出会った冒険者の反応を見て調整していくしかないかも」
魔導竈に掛けた鉄鍋に魔力水を注ぎ入れ火をつける。沸騰したらブロック状に刻んんだオークキング肉を放り込み暫く煮立ててから癒し草を入れ草塩で味付けを行う。
お玉でスープの味を確めたら火を細め、オーク肉に確り火が通ったところで魔導竈の火を止める。
「天多~、雫~、白銀~、ご飯が出来たよ~」
シャベルの声掛けにクイッと顔を上げ急ぎ駆けつける白銀と、その後をポヨンポヨン跳ねて追い掛ける天多と雫。
天多と雫はテーブルの上にちょこんと乗っかり、白銀はお座りの姿勢で尻尾を揺らす。
“コトンッ、コトンッ、カチャンッ”
シャベルはそれぞれの前に深皿によそったスープを並べ、「はい、召し上がれ」と声を掛ける。
“カツカツカツカツ”
““ズズズズズッ、プルプルプル””
夢中になって深皿のスープに口を付ける家族の姿に、思わず笑顔を浮かべるシャベル。
シャベルは深皿に自身の分のスープをよそうと、ゆっくりとスプーンを口に運びながら今日一日のダンジョン探索を振り返るのだった。
――――――――――
第三十九階層のギガントゴーレムを倒し勢いに乗ったシャベルたち一行は、そのまま第三十八階層のジャイアントスネークに挑むべく再びアーマードビッグワームたちが互いの身体を天多の粘体でくっつけ合い、大型のスネーク系魔物のような姿になりながら第三十八階層への出入り口へと向かって行った。
その魔物はまさに蛇の王と呼ぶに相応しい巨大な身体を持った魔物であった。これまで多くの冒険者を屠って来ただろうその肉体は堅牢な鱗に覆われ、長い尻尾が地面を打つ度に石くれが周囲に飛び散る。
ジャイアントスネークはシャベルたちの侵入に気が付くや大きな瞳を開き、チロチロと長い舌を動かして鎌首を持ち上げる。
狙いは無論自身に向かって来る不遜な大型スネーク。この場所は自身の縄張り、その縄張りに侵入してきた自分以外の大型魔物に、如何にその行為が愚かであるのかその命を以って分からせなければならない。
“シャーーーーーー”
大きく開かれた口は二頭立て馬車を車体ごと丸呑みにするほど巨大であり、一度狙われたが最後、逃れる術など存在しない。
そんなジャイアントスネークに対し、同様に鎌首をもたげる侵入者。
その不遜、許すまじ。ジャイアントスネークは全身をバネの様に使い、勢いよく飛び掛かるのだった。
“ガブォ”
それはジャイアントスネークにとっては意外な状況であった。自身の縄張りに現れた巨大なスネーク系魔物は反撃どころか一切の抵抗を見せることなく、大きく開いた口の中に飲み込まれていったのである。
“単に見掛け倒しだったのか?”
ジャイアントスネークがあまりにもあっけない結末に拍子抜けといった気持を抱え始めた、その時であった。
“!?バタバタバタバタバタバタ”
突如身体の内部から押し寄せる強烈な痛み、それはいくら暴れようとも決してなくなる事は無く、絶え間なく全身を蝕んでいく。そして・・・。
“パーーーッ”
突如光の粒子となって消えて行くジャイアントスネーク、後に残されたのはジャイアントスネークに丸呑みにされたはずの巨大なスネーク系魔物。
「みんなお疲れ~、胃液とか浴びても大丈夫だったの?」
心配そうに声を掛けるシャベルに、全身を揺すぶり問題がない事をアピールする家族たち。
「分かった分かった、大丈夫なのは分かったから、俺が潰されちゃうから~~~!!」
その勝利の舞に巻き込まれそうになったシャベルがその場から逃げ出す羽目になった事は、ちょっとしたお茶目であろう。
第三十七階層はレッサードラゴンの階層。世界的な危険地帯である大森林深層部に生息すると言われているレッサードラゴンは金級冒険者パーティーでも討伐が難しいと言われている強大な力を持つ魔物であり、丈夫な皮膚とタフな肉体が冒険者たちの挑戦を退けてきた難敵であった。
「前方からレッサードラゴン三体、戦闘準備!!」
だがそれはあくまで大森林という環境での話、ダンジョンという特殊な環境において数の暴力を手に入れたシャベルたち一行にとっては、数体が固まって移動してくるだけの大型魔物はもはやただの獲物でしかなかったのである。
“““““ドガドガドガドガドガドガドガドガ”””””
シャベルたちを見付け嬉々として突進してくるレッサードラゴンに対し、気配を消し周囲を取り囲むアーマードビッグワームたち。気が付いた時は既にそこは死地、無数の魔物による打撃によりその姿を光の粒子に変えていくレッサードラゴンたち。
こうなれば最早それは探索などではなく、次の階層に至るための移動と化してしまうのであった。
それは次の階層に移動しても変わる事は無かった。第三十六階層のフロアボスであるロックタートルは比較的温厚な魔物と言われているが、それはあくまで外の世界の常識であり、この場のようなダンジョンと呼ばれる場所では一概に魔物の性質を語る事は出来ない。
何故ならダンジョンの魔物は冒険者たちをおびき寄せる為の罠であり剣、その場にいるロックタートルはダンジョンが用意した仮初めの命であり、その存在意義は侵入者の排除である。
故に鈍亀と呼ばれる程ののんびりとした魔物であるはずのロックタートルがドドドドと大きな足音を立てて突進してこようとも、それは何ら不思議でもない事なのであった。
巨大な身体と丈夫な甲羅、力強い脚力を持ったロックタートルはその鈍重さ故に銀級冒険者でも狩る事の出来る魔物であると言われている。だがそんなロックタートルが素早さと凶暴性を身に付けたとしたら、それはどれ程の脅威となる事か。
ただでさえ斬撃の利かぬ甲羅と分厚い皮膚の脚を持つロックタートルの重量を伴った突進、それは素手で大型ダンプトラックに喧嘩を売るに等しい状況であろう。
“ドガーーーーン、ドゴーーーーン”
だがそれは人の身にとってはというだけの話、互いに身体を絡め合い組体操のように固まる事の出来るアーマードビッグワームたちにとっては、幾ら重量と速さがあろうともただ真っ直ぐ突進してくるだけの魔物はただの的であった。
吹き飛ぶ巨体、ひっくり返され仰向けになったところで腹側から甲羅を打ち砕かれ絶命するロックタートルたち。
四十階層台で十分な修行を積み数と力を兼ね備えたシャベルたち一行にとって、ボスラッシュと呼ばれる三十階層台の魔物たちは組みしやすい適度な相手と化していたのであった。
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“パチンッ、パチンッ”
焚き木の爆ぜる音が周囲に響く。第三十六階層で見つけたロックタートルの餌といった意味合いもあるであろう低木を切り倒し、生活魔法<ウォーター>で乾燥させて作った焚き木を炎にくべる。
洞窟や草原が続くカッセルのダンジョンに於いて、焚火を囲む事は意外に難しい。周囲に薪となる木が生えているのは一部の森林型階層であり、その数は少ない。
よってダンジョン探索を行う冒険者は基本携帯食料をそのまま齧る事となるのだが、第四十階層の様なセーフティーエリアで長期滞在するような場合はそうもいかない。そのため彼らの様な高位冒険者は魔導竈のような魔道具を持ち込んだりしている。
いずれにしろ危険地帯であるダンジョン内で火を焚き煮炊きをする事自体非常に危険な行為であり、そのような馬鹿な真似をする者は稀である。
何故ならその炎に寄せられるものはダンジョン内に湧く魔物ばかりではないからである。
「リーダー、見てくださいよ、本当にこんな所で野営をしている馬鹿がいましたよ」
その粗野な声は、焚火の炎を見つめ心穏やかに明日からの事を考えていたシャベルの耳を、不快に震わせるものであった。
「ほう、普通ダンジョン内では魔物の湧く心配の少ない階層間通路で野営するものだが、こんなオーガキングの湧く広場で野営とは随分と肝が据わっているというか馬鹿と言うか。
そうは言ってもこんな時間帯にこんな所をうろついてる俺たちに言えた義理じゃないんだがな」
「そいつはちげぇねえ」と言ってギャハハと笑う男達。シャベルはそんな男達に訝しみの視線を送る。
「なんだお前らは。この場所は俺の野営地だ、野営がしたいのなら他所に行ってくれるか?
それこそこの先にある第三十六階層との連絡通路にでも行けばいい、俺が通過した時にはまだ周りに人の気配はなかったぞ?」
そう言い炎に焚き木を追加するシャベル。そんなシャベルの態度に嫌らしく口元を歪める男達。
「おいおい、アンタ見たところソロ冒険者か?よくもまぁこんな所までノコノコと一人でやって来たもんだと褒めてやりたいところだけどよ、状況が分ってるのか?
俺たちは六人、大してお前は一人。言葉遣いってものを弁えた方が身の為なんじゃねえのか?」
「そうだな、こんなところまで来ておいて盗賊みたいな真似をするつもりはねえが、場所代くらいは貰わねえとな。
魔石にドロップアイテム、一人ならそれなりに貯め込んでるんだろう?
まぁこれも勉強代だと思って素直に置いて行くんだな。後ろから矢を撃つ様な真似はしねえからよ」
そう言いギャハハと笑いだす男達に一体何を言ってるのかと耳を疑うシャベル。
「なぁアンタ、ここは第三十五階層、オーガキングが湧く様な場所だぞ?そんな階層にまで来れるだけの実力があるって事は相当名の知れた冒険者なんだろう?
そんな実力者であるアンタらが、なに低階層で新人を脅していきがってるチンピラ冒険者みたいな事を言ってるんだ?アンタらの実力ならこの先のロックタートルだろうがレッサードラゴンだろうが倒せるんじゃないのか?
だったら俺なんかに構ってないでそっちに向かった方が「うるせえな、ガタガタ抜かしてると殺すぞ?」・・・」
それは静かな低い声音、だが確実な死を意味する殺気の籠ったもの。
それは集団のリーダーの発したものであり、それと同時に男達の雰囲気が剣吞としたものに変わる。
「てめぇに出来る事は二つ、全てを置いて立ち去るか獲物となって狩られるか。
俺たちはダンジョンにお宝を探しに来た、意味は分かるよな?」
そう言い口元を歪に歪めるリーダーらしき人物。周囲の者は腰の剣の柄に手をやり臨戦態勢に入る。
“パチンッ、パチンッ”
焚火の炎の中で、焚き木の爆ぜる音が響く。
「そうか、分かった」
シャベルがリーダーの男の目を見詰め、言葉を発する。
「天多、雫、白銀、プルイチ、ブルジ、プルミ。あとは任せた」
「てめぇ、何を“ピシュン、ピシュン、ピシュン、ピシュン、ピシュン、ピキンッ”・・・」
“ドサドサドサドサドサドサ”
“パチンッ、パチンッ”
焚火の中で炎が揺れる。シャベルはやれやれと言った表情で重い腰を上げると、家族たちの労を労った後、襲って来た魔獣たちの剥ぎ取りを行うのであった。