第108話 ダンジョン探索、それは帰還への道筋 (3)
ダンジョン第三十九階層、そこはダンジョンボスと呼ばれる特別な魔物の出現する階層。ダンジョンを探索する者の実力を測るようなその魔物は、ボス部屋のダンジョンボスを倒さない限り先の階層には進めないという制約を課してくる。
そこは重厚な扉により遮られた空間であり、試練の間。その場に挑みし者は問われるだろう、生か、死か。
“力なき者は引き返せ、己の力を証明せんとする者はこの扉を開けよ”
扉に刻まれたダンジョン文字と呼ばれる文言は、その文字を知らずとも読む者の魂に言葉の意味を伝えて来る。
試練に打ち勝ちし者が扉を開くとき、そこは次なる階層へ続く通路となる。だがそうでないものが扉に触れた時、それは試練の始まり、己が命を賭けた戦場へのいざないとなるだろう。
それは大きな扉だった。シャベルたち一行が第四十階層の冒険者たちと別れ向かった通路の先に現われたもの、それは冒険者たちの話にあった第三十九階層のボス部屋へと続く扉であった。
通常下の階層から地上に戻る冒険者たちはこの扉を抜け三十九階層の通常フロアへと通り抜ける事が出来る。これは彼らがダンジョンボスとの戦いに勝利し下の階層へ挑む資格を得ているからであり、その資格がない者が同行した場合既にダンジョンボスを倒した者たちであっても、再びダンジョンボスに挑まなければならなくなると言われている。
ダンジョンボスを倒した場合宝箱が出現し、ダンジョンアイテムと呼ばれる有用なドロップアイテムを得る事が出来る。そのためわざと無資格者を同行させ再度ダンジョンボスに挑戦する冒険者もいるが、その場合宝箱の出現はなく、通常ドロップアイテムである魔石しか手に入れる事が出来ない。この事は多くの冒険者たちの挑戦により明らかになっている。
第四十階層の冒険者たちの齎した情報、それはシャベルにとって掛け替えのない財産であり、地上に生還する為の道標であった。
「<オープン>」
シャベルの言葉に左手に嵌めた指輪から眩しい光が広がっていく。その光が収まった時、そこには無数の大蛇がその巨体をくねらせているのだった。
「みんな、注目。この先はおそらく冒険者さんたちの話に聞いた第三十九階層のボス部屋です。まぁ俺たちは通常の攻略で四十八階層に辿り着いたわけじゃないから、無資格挑戦者みたいな扱いになるのかな?
冒険者さんたちの話では第三十九階層のダンジョンボスはギガントゴーレム、岩で出来た巨大な人型の化け物です。通常は魔法使いの攻撃で気を引きつつ大型ハンマーみたいな打撃武器で下肢を叩いて少しずつ弱らせていくらしいんだけど、ウチにはギガントゴーレムの気を引けるような強力な魔法を使える家族はいません。
ですので第四十五階層で身に付けた集団による攻撃を行いたいと思います。
みんな~、気合い入れていくよ~!!
ギガントゴーレムを倒すぞ~!!」
“““““クネクネクネクネクネ♪”””””
“ポヨンポヨンポヨンポヨンポヨン♪”
身をくねらせ、身体を弾ませ、やる気をアピールする従魔たち。
シャベルはそんな家族の様子に満足気に頷くと、「それじゃ準備が出来次第扉を開けるね」と大きく声を掛けるのだった。
扉を抜けた先、そこは巨大な空間であった。周囲に焚かれた幾つもの松明の明かり、天井は高く薄暗くなっておりその先が分からない。古代神殿と評したらいいのか、巨大な石柱が立ち並び、この場が特別な場所だという事を否が応にも分からせる。
パチンッパチンッと薪の弾ける音が空間に響く。やや肌寒い地下空間ならではの空気が緊張を呼び、心と身体を硬くする。
「フゥ~、雫、ボクシー、白銀、絶対俺から離れないようにしてね。それじゃみんな、行くよ!!」
シャベルが気合と共に足を踏み出した時、それはゆっくりと目を覚ました。
ギガントゴーレム、その名にふさわしい巨大な魔物。これまで見たどの建物よりも大きなその威容に、唯々言葉を失うシャベル。四十階層に屯していた冒険者たちは、この強大な脅威を打ち倒してあの場所にいたのか。
シャベルは改めて冒険者たちの強さに戦慄する。
“スーーーーーッ、バタンッ”
背後で扉の閉まる音がする。ボス部屋に侵入した挑戦者を逃さぬ罠、一度閉まった扉はどちらかが倒されない限り再び開く事はない。
“ズドンッ、ズドンッ、ズドンッ”
一歩、また一歩、人類では抗う事の出来ない脅威がシャベルに向かい迫って来る。
“スゥーーーーッ、フゥ~~~~~”
シャベルは大きく深呼吸をすると、右手をサッと上げ迫りくる脅威を睨みつける。
「迎撃準備!!」
“ガバァーーーーーーッ”
シャベルの合図と共に立ち上がる巨大な柱、その姿はまるで魔境と呼ばれる場所に生息していると言われているジャイアントスネークか、ローレライ大砂漠地帯の脅威と呼ばれるサンドワームか。
「打ち付けろ!!」
“ブオンッ、ドガーーーーーーーーーーーーーーン”
振り下ろされた右腕、揺れる大地、激しい衝突音。周囲に飛び散る瓦礫が、その衝突の激しさを物語る。
「第二打、準備!!」
“ガバァーーーーーーッ”
再び鎌首を持ち上げる巨大な大蛇、その表面は固い鱗で覆われているのか、松明の炎に照らされ硬質に鈍く光る。
“グガッ、グゴッ”
ギガントゴーレムから洩れる呻き声。半身が崩れた身体を動かし、ギガントゴーレムが立ち上がろうとした、その時であった。
「打ち付けろ!!」
“ブオンッ、ドガーーーーーーーーーーーーーーン”
激しい打撃音が空間に響く。高さを失い瓦礫と化した嘗てギガントゴーレムと呼ばれたもの。その身体であったものが光の粒子となりその場から姿を消していく。
“ゴトッ”
現れた宝箱、それはシャベル達が勝利した事の証明。
「みんな~~~、大丈夫だった~!?無茶しないでってお願いしたよね?ケガとかしてない?取り敢えず精霊の泉の水を飲んでおこうか、分離して一列に並んで~。
天多は大丈夫だった?潰れたりしてない?魔力水が欲しいの?分かった、ビッグワームの皆に精霊の泉の水を飲ませたらすぐに用意するね」
“““““クネクネクネクネクネ♪”””””
“““““ポヨンポヨンポヨンポヨンポヨン♪”””””
その身をくねらせ、その身を躍らせて勝利を喜ぶ家族たち。シャベルはそんな家族の無事な姿に心から安堵し、大きなため息を吐くのであった。
“ガチャリッ”
ダンジョンボスから出現する宝箱には一つの特徴がある。それは罠が掛かっていない事。ダンジョンボスを打ち倒した報酬であると言わんばかりに用意された宝箱には、王都のオークションで高値が付くような高額なダンジョンアイテムが用意されているとか。
それはポーションの入った小瓶、七色に淡く光るそれは今まで見た事もないようなもの。
「<鑑定>」
<鑑定>
名前:エリクサー
詳細:天が齎した女神様の雫とも呼ばれる回復薬。全ての状態異常を回復し、病気やケガの回復、欠損部位の回復、精神や魂の回復も行う事が出来る。
肉体は若さと潤いを取り戻し、その分寿命が延びる事から奇跡の霊薬として多くの人々から求められている。
製作者:なし
「・・・これ、どうしようか。ウチには雫の作ってくれる精霊の泉の水があるし、<ポーションEX++>もあるし。
二本入ってるんだよな~。・・・光、飲んでみる?」
“!?クネクネクネクネクネクネ!!”
シャベルからの不意な提案に全身を躍動させ喜びを表す光。癒し草が大好きな光にとって、エリクサーは生涯口にする事の出来ない夢にまで見た最高級料理と変わらないほど魅力的な飲み物だったのである。
“キュポッ”
ポーション瓶の蓋が開けられる。ほんのり甘い香りが周囲に広がる。
口を開け期待に胸躍らせる光、そんな光にゆっくりとポーション瓶を傾ける。
“チョロチョロチョロチョロ”
七色に光輝く神秘的な液体が、少しずつ光の口腔に注がれる。光は彫像のように身を固め、全ての液体が注ぎ終わるのをじっと待つ。
その変化は劇的であった。光の口から淡い輝きが漏れ始めたかと思うと、それは徐々に広がり光の全身を包み込む。光はその身をブルブルと震わせ、何かに耐えるかのように身を縮こまらせる。
「ひ、光?大丈夫なの?どこか苦しかったりするの?だったら直ぐに<精霊の涙>を」
シャベルが焦りの表情で光の身体を摩った、その時であった。
“う~ま~い~ぞ~~~~~~~~~~~~!!!!”
“ビヨーーーーーーーン”
大きな声とともに跳び上がった光、それは思い、心の叫び。まるで弾け飛ぶように身を跳ねさせ全身で喜びを表す光の姿に、周囲の者たちは唯々呆気にとられるのであった。
“申し訳ありませんでした~~~、あまりの美味しさに我を忘れてしまいました~~~~~!!”
頭を地面に擦り付け謝罪の意を示す光に呆れの眼差しを送る一同。そんな中、シャベルは出来の悪い子供を見るような優しい瞳で光を見つめ、膝を折って言葉を掛ける。
「まぁ光の身体が問題ないのなら良かったよ。光があれ程大騒ぎするって事は余程美味しかったって事なんだろうし、食いしん坊の光に落ち着けって言う方が無理があるよね。
でも本当にどこもおかしくなっていないの?」
シャベルの問い掛けに頭をもたげ、“絶好調です!!”とアピールする光。
「ならいいんだけど、一応体調を調べてみるね。<鑑定>」
<鑑定>
名前:光
種族:アーマードポーションビッグワームリーダー
年齢:七歳
状態:良好
スキル
悪食 振動感知 無音動作 魔力制御 魔力遮断 気配遮断 頑強精強 堅牢 ポーション生成(改)
魔法適性
水 土 光
「えっと、進化してるみたいだね。おめでとう。それと魔法適性が増えてる?魔法適性って増えるのかな?その辺は人と魔物の違いなのかな。
それとポーション生成がポーション生成(改)に変わってるね。ちょっと調べてみるね。<鑑定:ポーション生成(改)>」
<鑑定>
<ポーション生成(改)>
ポーションの原材料を取り込み、ポーションを作り出す事が出来る。
また魔力を使いポーションを作り出す事が出来る。作り出せるポーションは自身が取り込んだことのあるものに限る。
「・・・えっと、光のスキルの<ポーション生成(改)>なんだけど、光が取り込んだことのあるポーションを魔力を使って再現できるみたい。
光、今作れるポーションで一番難しいものって何かな?」
シャベルの問い掛けに暫し考え込むそぶりを見せる光。頭を上げ返してきた言葉は、“よく分からないけどとりあえず作ってみる”という思い。
「そうだね、うん。それじゃこの深皿にお願い」
そう言いシャベルが取り出した深皿に口から何やら液体のようなものを吐き出す光。
それは七色に淡く光る見覚えのあるポーション。
「光、これってたくさん作れたりするの?」
シャベルの問い掛けに頭を横に振る光。どうやら量産できないらしいことにほっと胸を撫で下ろすシャベル。
「分かった、どうもありがとうね。これは光が飲んじゃっていいからね。
闇、焚火、水、風、土、春、夏、秋、冬、天多、雫、ボクシー、白銀。最近ちゃんと状態を観察してなかったね、いい機会だし鑑定しちゃおうか?
他の皆は精霊の泉の水を飲んだらゆっくりしていてね」
シャベルの声に嬉しそうに身をくねらせる家族たち。シャベルはそんな家族たちの姿に顔をほころばせながら、一体一体に感謝の言葉を添えつつ<精霊の雫>を与えていくのだった。