第107話 ダンジョン探索、それは帰還への道筋 (2)
ダンジョン、そこは未だ人類には解明しきれていない不思議な洞窟である。ダンジョンの中には遺跡のような石造りの階層があり、風そよぐ草原や青い空があり、朝が来て夜が来るといった時間の変化のある階層があり。
そこはまるで異世界、現実世界とは違った一つの仮想空間。どこからともなく湧き出て倒されると魔石へと姿を変える魔物は、幻影魔法で作り出された幻と言われた方がまだ納得できる。
だがそこは人々を惹き付けて止まない欲望の洞窟。あるものはダンジョン内で見つかる宝箱を求め、またある者は魔物を倒す事で得る事の出来る魔石やドロップアイテムを求めて。
手に入れた宝はダンジョン産アイテムと呼ばれ、モノによっては王都のオークションで高値で取引されるという。
ダンジョンの見つかった場所には多くの冒険者が集まり、その冒険者目当ての各種施設が作られと、ダンジョンを中心とした街が形成される。
ダンジョン都市、ダンジョンは多くの利益を生み出し領地経済を潤す。それは冒険者たちの引き起こす犯罪を差し引いても魅力的な事であり、ダンジョン経営に成功した領主は莫大な財を手に入れる事が出来る。
幻想は欲望を、ダンジョンは人々の感情を刺激し多くの冒険者を飲み込んで行く。より多く、より深く、深層と呼ばれる領域はその危険度に比例するように多大な利益を齎し、強者の訪れを待ち続けるのだ。
「ふわぁ~~~、夜番お疲れ~。特に何もなかったか?」
「あぁ、時々ワーウルフやオークがうろついてたけどな。ここはセーフティーゾーンだし、自分から外に出るような馬鹿な真似をしない限り問題ないだろう。
でもこの夜番って必要なのか?セーフティーゾーン内だったら魔物も湧かないし、連中だって入って来ないだろうよ」
ダンジョン第四十階層、そこは草原の広がるフィールド型階層。
ダンジョンには十階層ごとにセーフティーゾーンと呼ばれる安全地帯が存在し、冒険者たちはセーフティーゾーンに拠点を置く事でより深層への探索を行っている。
現在カッセルのダンジョンにおいて深層域でのダンジョンアタックを行っている冒険者パーティーは複数存在するものの、その最前線は金級冒険者パーティー“セイレーンの泉”が到達した六十二階層と言われている。
第四十階層や第五十階層には、そんな彼らを支える為の深層拠点が設置されパーティーメンバーたちが拠点管理を行っているのだ。
「いや、確かに魔物は襲ってはこないだろうが、ここはダンジョンだ。危険なのは魔物ばかりじゃないだろう?
流石に四十階層に来るような連中は相当な実力者だし、そこまでの力があれば名は知られてる。そんな連中がバカな真似をするとは思えないが、人って奴はどこでどう転ぶのかなんて分からんからな、警戒するに越した事はない。
ここに拠点を張ってる連中だっていつ豹変するのかなんて分からないんだ。ここはダンジョン、食料の調達だって簡単じゃないしな」
交代で顔を見せた仲間の言葉に大きくため息を吐く冒険者。ダンジョン内において食料調達は難しい。
肉類に関しては実力者であれば魔物のドロップアイテムが期待できるであろうが、これは必ずしもドロップするとは限らない。野菜類は外からマジックバッグで運んでくるしかなく、深層の冒険者は第二十階層の店まで買いに行かなければならない。
当然ダンジョン内価格のそれは地上の何倍もの値段になるのだが、背に腹は代えられない。支払いは深層のドロップアイテム、魔石一つとってもその質は中層や下層とは比べ物にならず、互いに益のある関係となっているのだ。
「だよな~、ダンジョン内で香辛料なんかドロップしないもんな。阿呆が旨い飯を寄越せとか言って突っ込んで来たら堪らんしな」
夜番を行っていた冒険者はそう言葉を返すと、「それじゃ寝るから後はよろしく」と言ってテントの中へと引っ込んで行くのだった。
その者たちは突然そこに現れた。第四十階層の草原に響く戦闘音、初めそれは深層に潜っていたどこかのパーティーの者が帰って来たものかと思われていた。
「なぁ、誰かが帰って来るなんて話聞いてたか?」
「いや、ウチのパーティーは後一月は潜ってるはずだぞ?五十階層クラスをウロウロするって話だったはずだし」
「ウチも違うな、先発隊は地上に戻ってるし五十階層の拠点の連中が帰って来るって話もなかったはずだぞ?」
予定にない帰還者の訪れ、日頃変化の乏しい拠点に走る騒めき。
「なぁ、アレってこの辺じゃ見ない魔物だよな?しかも冒険者の側でワーウルフと戦ってないか?」
「えっ?って事はテイマーか?深層を潜ってるテイマーの話なんて聞いた事ないんだが?」
驚きと困惑、近付いて来る見慣れぬ冒険者、そして彼が使役しているだろう複数の従魔の姿。
““““ウネウネウネウネウネウネ””””
鎌首をもたげ、草原を這う二十体近いスネーク系魔物。
“タッタッタッタッタッタッタッタッ”
その周りを元気よく走り回る魔獣、アレはホーンタイガー!?
「失礼、俺は金級冒険者パーティー“魔物の友”のリーダーシャベルという。第十八階層の隠し部屋で落とし穴の罠に掛かってな。運よく命は助かったんだが、ここは一体何階層になるんだ?
どうやらセーフティーゾーンのようだし第三十階層と言ったところか?」
現れた男の場違いな言動に、驚いたグラスウルフの様な顔になる冒険者たち。
「「「はぁ~!?イヤイヤイヤ、何言ってんだよお前、ここは第四十階層だぞ?落とし穴の罠って、お前一体どこまで落とされたんだよ?」」」
口をそろえたツッコミに驚きの表情を見せる男。金級冒険者シャベルと名乗った男は、周囲の冒険者たちの顔を見回し、自身が担がれている訳じゃないと分かると唖然とした顔で口を開く。
「第四十階層!?それって深層領域と呼ばれている階層じゃないか、道理で魔物が強い訳だ。
ここまで来るのに死に物狂いで戦って来たからな。そうか、四十階層クラスに落とされていたのか・・・。
俺がいたのは遺跡のような神殿のような、そんな構造物が広がる階層だった。どうやってそこに辿り着いたんだかは正直分からない、スキルのお陰か従魔たちのお陰か。
何とか状況を確認し上層階に上る出入り口を発見したのはいいが、そこはオーガの集落がいくつもあるような場所だった。
俺自身よく生き残れたと思うぐらい連戦に次ぐ連戦だったよ。それが終わったと思ったら次の階層はオークの軍隊、ハッキリ言ってダンジョンが殺しに来てるとしか思えなかったよ」
「ブホッ、それって四十八階層の神殿エリアじゃねえか。よく生きてここまで上って来れたな。
まぁ辿り着いたのが四十八階層だったから助かったのか?他の階層だったらそれこそ状況も分からないまま数の暴力であっという間に殺されちまってただろうし。
しかし第十八階層って言ったら宝箱階層だろう?あそこにそんなヤバい罠があったのかよ、全然知らなかったわ」
「俺も初耳だ、と言うかそんな罠に掛かってよく生き残れたな。ウチのリーダーが聞いたら是非パーティーに入ってくれって勧誘しに来るぞ。
いくら強くても慎重であっても死んじまうのがダンジョンだ、ここじゃ運を持ってる奴が一番だからな」
そんな冒険者の言葉に周囲の冒険者たちも頷きを示す。ダンジョンでは運が全て、ビッグワームたちに出会えたのもスライムの天多に出会えたのも、日向や雫、ボクシーや白銀に出会えたのも全ては女神様のお引き合わせ。
今こうして生きて冒険者たちと話が出来ているのも自身が強かったり賢かったからじゃない、単に運が良かったからに他ならない。
シャベルは改めて自身を助けてくれている家族たちに感謝すると共に、そんな幸運を与えてくれている女神様に感謝の祈りを捧げるのだった。
“ジュ~~~~~~”
旨そうな肉の焼ける臭いが第四十階層に広がる。その匂いに釣られるように草原のあちこちから近付いて来る多くの魔物たち。それはワーウルフのパーティーであったりオークジェネラル率いるパーティーであったり。
だが魔物たちはある一定の境界線まで辿り着くと、そこから先に進む事なくただ臭いの元を探しキョロキョロと周囲をうろつき始める。
“ガウッ”
““““クネクネクネクネ””””
“プルプルプルプル”
““““ポヨンポヨンポヨンポヨン””””
“カタカタカタカタ”
そんな隙だらけの魔物たちをシャベルの従魔たちが逃す事はない。
白銀が、風が率いるアーマービッグワームたちが、プルイチに乗った雫が、分裂してプルジ・プルミに張り付いた天多が、宝箱ハウスに姿を変えたボクシーが。皆がそれぞれの方法で狩りを楽しむ。
「なぁ、俺ってテイマーの事をよく知らないんだけどよ、テイマーってあんなに沢山の魔獣をテイム出来たりするもんなのか?」
「俺も疑問に思ったんでさっきシャベルに聞いたんだがな、お前も知ってるだろう、外れスキルの<魔物の友>。どうもシャベルがその<魔物の友>を持っているらしい。パーティー名はそのスキル名に由来するものなんだと」
「はぁ!?ちょっとまて、アレって確か最下層魔物のスライムとビッグワームしかテイム出来ないスキルじゃなかったか?
アレのどこをどう見たら最下層魔物なんだよ!!」
目の前でワーウルフを叩きのめすスネーク系魔物を指差す冒険者。だがもう一人の冒険者は首を縦に振りながら言葉を返す。
「だよな~、そう思うよな~。でもあれ、ビッグワームらしいぞ?お前も聞いた事ぐらいあるだろう?お気楽冒険者、“スライム使い”の話。それがシャベルの事だったらしい。
あのどう見てもスネーク系の特殊魔物みたいな連中も、ビッグワームが進化した結果らしいぞ?何をどうしたらああなるのかまでは教えてくれなかったがな」
そう言い肩を竦める冒険者に、「何でビッグワームが進化するんだよ、意味が分からん」と首を振るもう一人の冒険者。
「よ~し、こっちの肉は焼けたぞ~、どんどん持って行ってくれ~」
シャベルからの声に上がる歓声、いくらドロップアイテムで肉が手に入るとはいえ四十階層クラスの魔物は強力であり、好き放題に食べられる訳ではない。
「オーク肉なら潤沢にあるからな、どんどん焼いてくれ。こっちの草塩とカラミナ草を掛けるとより一層旨くなるからな」
シャベルはそう言うと、陶器に入った調味料を勧めるのだった。
「うまっ、この草塩ってマジでオーク肉似合うわ、これってどこで売ってるんだ?」
「ん、これか?第四十八階層をうろついてるときたまたま見付けた薬草を乾燥させて粉にしたものだな。俺は個人的に草塩って呼んでるんだが、今のところ身体に不調を起こしたりはしてないし、大丈夫だと思うぞ?
俺が落とし穴に落ちてから二か月以上経ってるが今のところ腹を壊したりはしてないな」
「はぁ!?お前どんだけ深層をうろついてたんだよ、って言うかウチの攻略組が何度か行ったり来たりしてたはずなんだが会わなかったのかよ、運が良いのか悪いのか分からん奴だな」
シャベルの提供したオーク肉に調味料、それを使った料理に歓声を上げる四十階層の拠点待機組の面々。彼らはイレギュラー的に現れたシャベルとその従魔たちの話題で大いに盛り上がり、日頃の憂さを晴らすかのように飲み食い騒ぐのであった。
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「シャベル、色々ありがとうな。しかし魔力水がこんなに旨かったとはな~、全く気が付かんかったわ」
「そうだよな、魔力水なんて言ったら調薬師や魔道具職人くらいしか使わないもんだと思ってたからな。
それに癒し草が食えるなんて考えもしなかったよ。あとここの草原にもカラミナ草があったなんてな、俺たちって普段暇してたくせに何も知らなかったんだな」
そう言い冒険者の男が視線を向けた先、それはセーフティーゾーンの中に作られた畑の畝。そこには四十階層で採取された癒し草やカラミナ草が移植されている。
「そうだな、普通ダンジョン内で畑を作ろうなんて考える奴はいないし、十階層と二十階層のセーフティーゾーンはカッセルの街が仕切ってるしな。
でも実際安全に畑の作れる土地があるんなら使わない手はないと思うぞ?第六階層の草原で実験したんだが、ダンジョン内では野菜の育ちがいいって事が分かってるからな。
街で野菜の種を購入するなりして畑を広げて行けば、今後のダンジョン探索の助けになるんじゃないのか?
それよりもこっちこそ助かった、俺は偶然第四十八階層に落とされたから正規の探索順路を知らなかったんだ。
これから先も各階層の出入り口を探し回っていたら地上に辿り着くまでにどれ程時間が掛った事か。
それに各階層の情報を貰えたんだ、こっちの方が貰い過ぎなくらいだ。
それで礼代わりじゃないが、このドロップアイテムを置いて行こう。色的に回復ポーションの一種だとは思うんだが、やけに緑が濃くてな。見た事のないもんだからな、使うんだったら一度鑑定の出来るパーティーメンバーに調べてもらってからにしてくれ。
俺も地上に出たら薬師ギルドにでも持ち込もうと思ってる」
シャベルはそう言うと、腰のマジックポーチから二十本の深緑色をした液体の入ったポーション瓶を取り出し差し出すのだった。
「じゃあな、シャベル、絶対地上に辿り着けよ」
「まぁあの従魔たちがいれば大丈夫だとは思うけど、三十九階層と二十九階層のボス部屋は気を付けろよ?お前は正規順路で来た訳じゃないからボス部屋に引っ掛かるはずだからな」
「あぁ、忠告ありがとう。お前らも元気でな」
シャベルたちは進む、地上を目指して。四十階層の冒険者たちは気持ちのいい風を齎してくれたシャベルを見送りながら、彼らが無事地上に辿り着く事を女神様に祈るのだった。