第105話 ダンジョン探索、それは未知への出発
“ミーー、テトテトテト、ベシベシ”
泉の畔、草むらの中に生えるマンドラゴラを見つけ、その葉をベシベシと叩く子猫。その体毛は白銀のように輝き、額には小さな角が生えている。
『これこれ、止めぬか。マンドラゴラは大人しいがこれでも魔物だ、あまり攻撃してはどんな反撃を喰らうか分からん。
よいか、無暗矢鱈に周囲を攻撃してはいかんのだ、それは自身ばかりでなく主人であるシャベルをも危険に晒す事になるのだからな』
“・・・ミーー”
分かったとばかりに鳴き声を上げる子猫。そして再びテトテトと草むらを歩き始める。
“ベシベシベシベシ”
『だから止めよと言っておるだろうが。何を不思議そうな顔をしておる、スライムならいいという問題ではないわ。大体お主の身体ではスライムだろうが倒す事は叶わぬであろうが。そういう事はもう少し大きくなってからだな』
“ミーーーー”
『“分かったパパ~”、ではないわ、言った傍からスライムに戦いを挑むでない!!』
泉の畔、楽し気に戯れるシルバーホーンタイガーの親子をシャベルは優しげな瞳で見つめる。思い出されるのは亡き母との思い出、既に薄れ始めてしまった遠い記憶。
「俺も小さい頃は色んなものを口にしてよくお母さんを心配させたっけ。あんなに仲のいい二人を引き剝がすのは、俺にはちょっと出来ないかな。
このままあの子をここに置いて行ってもいいんだけど、確り従魔契約されちゃってるんだよな。シルバーホーンタイガー様の話では従魔の卵から生まれた従魔と主人の繋がりは通常のテイムよりも強力だって話だし、通常魔物よりも何倍も早く成長するって事だから、しばらく様子見ってことにするか。
みんな、ごめん、ちょっと出発を遅らせます。
そうだな、十日ほどあの子の様子を見て、大丈夫そうなら出発する事にしようか」
““““クネクネクネクネ””””
“ポヨンポヨンポヨンポヨン”
“プルプルプルプル”
“カタカタカタカタ”
従魔たちから返って来たのは“分かった~”と言う了承の意志。従魔たちにとっては家族であるシャベルと一緒に過ごすことが第一であって、それが森の中であろうと街中であろうと、たとえダンジョン深層と呼ばれる場所であろうと大した問題ではなかったのであった。
「それじゃビッグワームたち、ちょっとこっちに集まってくれる?」
““““クネクネクネクネクネクネクネクネ””””
シャベルの言葉に泉の畔からごそごそと集まる大量のビッグワームたち。シャベルは家族たちから暫くこの場に留まる同意を得たことで、今抱えている懸案事項の一つを処理する事にしたのであった。
「まず君たちをそれぞれのパーティーに分けます。パーティーリーダーはフォレストビッグワームの皆が務めてね、リーダー一体に付き十五体、三体余っちゃうけどその三体は天多と雫のパーティーに入ってくれる?
それじゃパーティー分けを開始して」
“クネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネ”
百五十三体もの巨大ビッグワームがそれぞれのリーダーの下へ移動を開始する。ビッグワームに相性といったものがあるのかどうかは分からないが、こうした事は下手に強制しない方がいいと、彼らの様子を見詰め続けるシャベル。
暫く後、各パーティーの振り分けが終わったのかそれぞれのリーダーの下に集まるビッグワームたち。シャベルはその様子を満足そうに眺めると、ビッグワームたちに声を掛けた。
「パーティー分けご苦労様。それじゃそれぞれのパーティーリーダーに因んでみんなに名前を付けて行くね。覚えやすいように数字になっちゃうけどそれで我慢してね」
シャベルの命名方法は昔から変わらない、自身が覚えていられるかどうか。シャベルは決して自身を優れた人間だとは思わない。スコッピー男爵家の屋敷において上の兄弟たちが一日で覚えられるような事を何日も掛かって必死に覚えていた事、使用人たちから教えられたことを何度も失敗し馬鹿にされながら命懸けで覚えて行った事を決して忘れはしない。
“自身は人より劣っている、自身は何でも熟せる兄弟たちとは違う。出来る事を一つずつ、着実に一歩ずつ”
スコッピー男爵家屋敷で培われた何事に対しても過信しない在り方は、シャベルの根幹に深く根差しているのだった。
「・・・光十四、光十五。
次は焚火の所だけど、頭に火をつけた名前にするよ?
火一、火二、火三、火四、火五・・・」
それは人から見れば名前と呼んでいいのか分からない様なものであった。だがビッグワームたちは喜んだ。主人が自分たちの為に名前を付けてくれる、一体一体を個別に認識しようとしてくれる。その事はただ大きいだけのビッグワームであった彼らに明確に個としての存在意識を作り上げようとしていた。
そして個としての存在意識を持つ事こそが、最下層魔物と呼ばれるビッグワームたちにとって進化のトリガーとなるという事を、シャベルは知りようもなかったのであった。
「最後は君たちだね。でも君たちは天多と雫のパーティーだし・・・・。
プルイチ、プルジ、プルミで。
ふ~、なんか疲れちゃった。それじゃ皆暫くゆっくり過ごしてくれていいから。フォレストビッグワームの皆はそれぞれのパーティーの面倒をちゃんと見る事。特に光、一人で勝手に癒し草を食べに行っちゃ駄目だからね、行くんならみんなと一緒に行くんだよ?」
“クネクネクネクネ♪”
“了解~♪”とばかりに身をくねらせ、パーティーメンバーを引き連れ木々の合間に消えていく光。闇は自らの影空間にメンバーを潜らせ、他のフォレストビッグワームの皆もそれぞれパーティー単位で森に散らばって行く。
「みんな大丈夫そうだね。それで天多と雫の所は“ザブ~ン、ザブ~ン、ザブ~ン”って天多~、雫~、何やってるのさ!!ビッグワームは二人みたいに水に浮けないから、溺れちゃうから!!
プルイチ、プルジ、プルミ、しっかりして~~!!」
急いで泉に入り三体を救出するシャベル。シャベルは違う種族にリーダーを任せたことを後悔しつつ、三体の救命に努めるのであった。
月日はあっという間に過ぎて行く。シャベルたちのダンジョン深層域とは思えない程の穏やかでのんびりとした日々も、終わりを迎える。
『白銀、今日はオークキングを狩りに行くからな。我の狩りをよく見てその動きを確りと憶えるのだぞ?』
“ガウッ”
従魔の卵から魔獣が生まれてから二十日が経った。当初十日間の様子見の後出発しようと考えていたシャベルではあったが、シルバーホーンタイガーの『こ奴は我が一人前に育てる』との言葉に逆らう事は出来ず、更に出発を十日伸ばす事で折り合いをつけたのであった。
従魔の卵から生まれた魔獣は“白銀”と名付けられた。見た目そのままの名前ではあるが、シルバーホーンタイガーはビッグワーム達の名付けを知っているだけに、“シャベルが付けたにしてはまともな名前でよかった”とホッと胸を撫で下ろすのであった。
二十日間のダンジョン深層での生活は名付けの終わったビッグワームたちに様々な変化を齎した。
“スイーーーー、バシューーーー”
泉の水面に身を躍らせ口から水砲を飛ばす天多と雫のパーティーと水のパーティーメンバーたち。彼らはこの二十日間で泳ぐだけでなく水に潜ってから大きく飛び跳ねるといった曲芸じみた事までマスターしていたのだった。
“ツンツンツン”
「ん、光か。えっと<鑑定>して欲しいの?今行くね」
シャベルが光に呼ばれ向かった先にはずらりと横に並んだ十五体のビッグワームたち。それぞれの前には陶器の器が並べられており、それぞれ緑色の液体が入っている。
「<鑑定>、光三、光七、光八、光十一のポーションEXは優良品質だね。他の皆は良品質、光二と光十四は可品質だね。
光二と光十四は落ち込まないでね?可品質でもポーションEXが作れるだけで物凄い事なんだからね?
全員が失敗なしに作れたって事は皆が協力し合って頑張ってくれた証拠です、本当によくやってくれました。
みんな、ありがとう。みんなの頑張りのお陰で僕たちの安全性がグンと上がったよ。これからもよろしくね」
“““““““““““““““クネクネクネクネクネクネ♪”””””””””””””””
シャベルの言葉に喜びを露にする光パーティーの面々。
「光、本当によくやってくれたよ、ありがとう」
“ポンポン”
感謝の言葉とともに体をポンポンと叩くシャベル。光は嬉しさの余り踊り出しそうになるのをグッと堪え、甘えるようにシャベルに身を擦り付けるのであった。
“ニュイ”
シャベルたちの足元の影から何かが顔をのぞかせる。闇はシャベルの安全を確認すると影から身を晒し、音もなくその場を離れて行く。そんな闇に続く様に十五本の影がその場から去って行く。
地面の土を掘り返して陶器の器やブロック、ポーション瓶の作製に取り組む者、木々に身体を巻き付け木登りを行う者、互いに絡み合い組体操のように一体の魔物と化して模擬戦を行う者たちなど、それぞれがそれぞれの形でシャベルの役に立てるように自身を高め合う。
それは既に最下層魔物と呼ばれるビッグワームなどではなく、全く異なる一つの群れと言ってよいものであった。
“ガウッ”
魔獣の声が聞こえる。その先に目を向ければ、大きな肉塊の脇で褒めてと言わんばかりの顔でお座りをする白銀。
『うむ、白銀がシャベルに一番に見せると言って聞かなくてな。こ奴、遂に一人でオークキングを倒しおった』
森の奥から姿を現しドヤ顔の白銀を優しげな瞳で見つめるシルバーホーンタイガー。
「そうか、白銀は凄いな~。よく頑張りました」
シャベルは白銀の下に近付くと、その白銀の毛並みをわしゃわしゃと撫でて、力いっぱいかわいがる。そんなシャベルに、目を細め嬉しそうにする白銀。
卵から孵ったばかりの頃は両手で掬えるほど小さな身体であった白銀は、泉の水や最高品質の癒し草、オークキングやミノタウロスの肉というダンジョン産の魔力豊富な高級素材を食べる事で見る見るうちに成長し、二十日経った今では一般的なグラスウルフの若い個体程の大きさにまで成長していた。
『さて、シャベルよ、我の我が儘で随分と長居させてしまったな。
我も甘いものだが、父と呼んでくれる個体を無下にするのは忍びなくてな。せめてダンジョンを生きて出れるくらいにはしてやりたかったのだ。
ここ四十八階層は精霊の泉を見つけ出す事が主体となる階層であるためそうでもないが、他の階層にはレッサードラゴンやファイヤーリザードなどかなり厄介な魔物も出現する。十分気を付けて向かうのだぞ?』
それは旅立つ者に対する手向けの言葉。シャベルはこれまで世話になったシルバーホーンタイガーに深々と礼をすると、最後の晩餐とばかりに白銀が手に入れたオークキングのドロップアイテムである肉塊をナイフで切り分け、皿によそってシルバーホーンタイガーに差し出すのであった。
「白銀は身体も大きくなったけど随分強くなったみたいだし、<鑑定>させてもらってもいいかな?」
“ガウッ”
どうぞとばかりにお座りの姿勢で胸を張る白銀。
<鑑定>
名前:白銀
年齢:零歳
種族:シルバーホーンタイガー
スキル
咆哮 気配察知 魔力制御 魔力操作 魔力探知 暗視 神速 剛力 収納 雷魔法 氷結魔法
魔法適性
水 風 火
「シルバーホーンタイガー様、白銀に雷魔法と氷結魔法というスキルがあるんですが、何か知ってますか?」
『む?それは我の使う魔法であるな。要は雷を起こしたり氷を飛ばしたり周囲を凍らせたりといった力だな。ここではあまり使う機会もないが、外の世界にいた頃は“白銀の悪魔”と恐れられたものだ。
使い方は自然と分かるし使っていく内にどういった事が出来るのかも分かって来る。魔物の魔法とはそうしたもの、誰に教わるでなく本能で理解するものなのだ』
シルバーホーンタイガーの言葉に、魔物の本質が少しだけ理解出来たシャベル。闇の使う影魔法や光の作り出すポーションも、そうした本能の部分から理解してのものなのだろう。
自身は己のスキルに真摯に向き合い本能で理解出来ているのだろうか?
シャベルは楽し気に戯れる従魔たちに目をやり、“家族に頼りきりになるんじゃなく、支え合えるくらいにならなくちゃな”と己を鼓舞するのであった。
『シャベルよ、それでは四十八階層の地上側出入り口に案内しよう』
「はい、よろしくお願いします。精霊の泉様、これ迄大変お世話になり本当にありがとうございました」
翌日、準備を整えシルバーホーンタイガーに出発を促されたシャベルは、これまで世話になった精霊の泉に感謝の礼をすると、シルバーホーンタイガーに案内されるままその場を後にするのだった。
警護に闇パーティーを配置、懐にボクシー、フードには天多と雫。白銀はシルバーホーンタイガーの横に並び先頭を進む。
『ここが四十八階層の地上側出入り口になる。ここから先は我の管轄ではないゆえどんな危険が待っているのかといった事は一切分からん。十分に気を付けて向かえよ?』
「はい、シルバーホーンタイガー様、本当にお世話になりました。どうかいつまでもお元気で」
深く礼をし感謝の言葉を伝えるシャベル。
“・・・ガウッ”
『うむ、我も楽しかったぞ。達者に暮らせよ』
見詰め合い、短い挨拶を交わす白銀とシルバーホーンタイガー。
“ザッ”
踵を返し去って行くシルバーホーンタイガー。その威厳ある後ろ姿を、いつまでも見詰め続けるシャベルと白銀なのであった。