第104話 ダンジョン探索、そこには不思議が一杯 (3)
「土と風はそのままポーションを入れる容器を作ってくれる?光、魔力水はこっちの盥に出しておくから必要になったら教えて、作った<ポーションEX++>はこっちの盥にお願い。
他のみんなは分裂した天多たちと一緒に癒し草の採取をお願いします。天多たちが採取して闇たちの背中に張り付いて移動するって感じで。取ってきた癒し草は全部光の所に集めておいてね」
シャベルはさっそく自身の作り出した新薬<ポーションEX++>を光に飲ませ、<ポーションEX>の時のように光のスキル<ポーション生成>で作り出す事が出来るのかの実験を行った。
その結果、材料であるダンジョン産の癒し草(最高品質) が必要ではあるものの、見事に<ポーションEX++>の生成に成功したのであった。
因みに精霊の泉の水を作り出せるのかの実験もしたのだが、こちらは難しい様であった。それもそのはず、精霊の泉の水はダンジョンが作り出した霊薬であり、一体どんな材料を使えばそれが再現できるのかが分からない。光は口にした薬であれば再現可能であるとは言え、材料が無ければ同じものは作れない。
その生成が謎である泉の水を再現する事は、どだい無理筋な話だったのである。
「それじゃみんな悪いけど、俺はもう暫くポーションの実験をさせてもらうね。こんな機会なんて今後一生ないかもしれないからね」
シャベルはそう言うと再びボクシーの宝箱ハウスの中に入って行く。今度の実験は精霊の泉の水を使い<ポーションEX++>を作ったらどうなるのかというもの。基本的な調薬方法はポーションの最高品質を作った時のものと同様にし、検証実験を行うのだった。
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その者は不思議な人族であった。久々に自身の管理するダンジョン第四十八階層の精霊の森に現れた侵入者、この場所は神殿の謎を解き明かし通行のメダルを手に入れなければ辿り着けぬ場所。
シルバーホーンタイガーは精霊の泉の守護者として、この森の唯一の道である石畳の通路で試練を乗り越えし者の訪れを待った。
待つこと暫し、一本道である石畳に伏せながらジッと前方に目をやるも一向に現れる気配を見せない侵入者たち。
すると不意に別の方角から泉に近付く複数の気配が感じられる。
シルバーホーンタイガーは急ぎ泉に戻り、然も初めから気が付いていたといった雰囲気を醸し出しながら、侵入者たちに言葉を掛けるのであった。
『試練を乗り越えし挑戦者よ、よくぞこの精霊の泉に辿り着いた』
突如頭に響くシルバーホーンタイガーの声に、杖を構え警戒の姿勢をとる侵入者。油断なく周囲の気配を探るその動きは、この場に辿り着いた者に相応しい堂に入ったもの。
『試練を乗り越えし者よ、我は精霊の泉の守護者。盟約により其方らに泉の水を授けよう。ただしこの森より持ち帰れる水は一人に対しポーション瓶一本まで。それを超えて持ち出そうとした場合、それは破滅の始まりと心得よ』
この説明がシルバーホーンタイガーに課せられた使命。これは予め神殿の碑文にも刻まれているが、あらためて説明する事で泉の利用法を徹底させるのがシルバーホーンタイガーの役割であった。
人族の欲望というものは際限を知らない。宝を求め、地位や名声を求め、人族はあらゆるものを求めその全てを手中に収めようとする。これは人族という生き物の本能であり、大多数の者が抗うことの出来ない人族の本質。
ダンジョンはこの人族の生態を利用し彼らから魔力を集め成長する自然型の魔物。そのあまりの規模から魔物とは認識しずらいものの、その在り様はシルバーホーンタイガーと同じ一介の魔物に過ぎないのだ。
「・・・えっと、すみません。神殿とか壁画とか、一体何の事だか。
それに俺、通行のメダルなんて持ってないんですが?」
だがこの者はそんなダンジョンの誘いに惹かれてやって来たこれまでの者たちとは、若干毛色を異にする者であった。
『はぁ!?お前たち、あの殺しに掛かっているとしか思えないトラップから生還したのか?』
この者たちはダンジョンが作り上げた悪意の塊といったトラップからの生還者たちであった。
『しかし普通は精霊の泉の水の話を聞けば、もっと感情を喜色に染めるものではないのか?
こ奴はダンジョンからの生還の役に立つとして喜びはしたものの、それよりもこの森に生える癒し草の方を喜ぶとは。更に言えば<ポーションEX++>などという新薬まで作りおって。
ダンジョンはコストが削減できるとか言って喜んでおったが。原材料も癒し草と魔力水だけだからの、全てダンジョンで手に入るものとなれば当然であるか。
ダンジョンはこ奴らの願いを聞き“魔物の友の指輪”というドロップアイテムを渡しておったが、あれなど“従魔の指輪”の設定を多少弄っただけだからな。はっきり言って今回の取引はダンジョンの丸儲けではないのか?
このダンジョンはそうしたところがちゃっかりしていると言うかケチと言うか。
いずれにしても当人が喜んでおるのならそれでよいのであろうが』
今も<ポーションEX++>の作製を従魔であるビッグワームたちに任せ自身は新たなポーション作りに励んでいる侵入者。
これまで泉の水をありがたがる者はいても、その水を使い新たなポーションを作り出そうなどと考える者などいたのだろうか?少なくとも小屋を持ち込んでこの場で作製を始める者などいはしなかった。
巨大化するミミックを小屋と呼んでいいものかは分からないが。今も泉の脇で小屋として機能しながら上蓋を開け舌を伸ばして精霊の泉の水を吸っている。小屋、小屋とは一体何であるのか頭を捻らざるを得ない光景ではあるのだが。
『だがあ奴ら、いつまでここにおる気なんだ?』
泉では従魔のスライムたちがプカプカと身を浮かせ、畔では巨大なミミックが上蓋を開け泉の水を飲み、その側では巨大なビッグワームたちがせっせと<ポーション>作りに精を出す。
これまでなかった騒がしい状況に困惑の表情を浮かべるシルバーホーンタイガー。
『しかしあ奴らがこの場の決まり事を破っておる訳で無し、文句を言う訳にもいかんしな。こんななにもない所であれほど楽し気に過ごすとは、本当に変わった連中だ』
シルバーホーンタイガーは半ば呆れつつも、偶にはこういうのも良いかとその場に伏せ、久しく感じた事の無かった騒がしさの中訪れた微睡みに身を任せるのであった。
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シャベルが精霊の泉にやって来て十日が経った。
その間光によるポーション作製は非常に順調であった。<ポーションEX++>は無論、<ポーションEX>、<ポーション>、<ローポーション>までも作り出す事が出来、シャベルが城塞都市でで手に入れた時間停止機能付きマジックバッグはドロップアイテムの肉とポーションとで一杯になってしまう程であった。
シャベルも初めは熱心に新薬生成に挑んでいたものの、そうそう簡単に新しいポーションが出来る筈もなく、すぐに土と風が作ったポーション瓶に光の作ったポーションを詰めて行くのが主な仕事となってしまった。
「う~ん、ただポーション瓶にポーションを詰めて行くだけの作業がこれ程きついとは思わなかった。天多の分裂体が手伝ってくれなかったらこんなの絶対終わらなかったよ。
みんな本当にありがとうね」
““““ポヨンポヨンポヨンポヨン♪””””
「それと土と風、沢山の容器を作ってくれてありがとう。お陰で地上までの移動も怯える事なく進む事が出来そうだよ。
光はずっと一人で大変だったね、他にポーション作りをお願い出来る子がいないとはいえ光の負担は一番大きかった。お疲れ様でした、本当にありがとう」
“““クネクネクネクネクネクネ”””
「闇、春、夏、秋、冬、焚火、水、それと天多たち。癒し草集めとても助かりました。みんなのお陰で必要十分なポーション類を作る事が出来ました。どうもありがとう」
“““““““クネクネクネクネ~♪”””””””
“““““““ポヨンポヨンポヨンポヨン~♪”””””””
「準備も整った事だし今日はお休み、明日にでも出発したいと思います。
シルバーホーンタイガー様、そう言う事になりました。これまで本当にお世話になりました」
『いや、こっちこそ世話になった。この階層にはミノタウロスはおらんでな、久々に旨い肉であった、感謝する』
袖触れ合うも他生の縁、シルバーホーンタイガーとの間にも何らかの縁があったのだろう。シャベルはダンジョンという未知の領域での奇跡的な出会いに感謝しつつ、この出会いを引き寄せてくれた女神様に感謝の祈りを捧げるのであった。
『しかしこの場を去るのはいいとしてこ奴らの事はどうするんだ?』
魔物とは魔力が好きな生き物である。魔物は魔力豊富な食べ物を求め、魔力を身体に取り込む事で成長しより強い肉体を得る生物である。それは底辺魔物と呼ばれるスライムやビッグワームとて変わらぬこの世の法則、この世界の真理である。
シルバーホーンタイガーが目を向ける先、そこにはウゾウゾと蠢く大きな何か。
その場には全てが揃っていた。霊薬と呼んで差支えの無い魔力豊富な精霊の泉の水、ダンジョン深層という環境で最高品質にまで成長した大量の癒し草、天敵に襲われる事のない成長変化を行うのに最も適した環境。
““““クネクネクネクネクネクネ””””
スコッピー男爵領マルセリオの街にほど近い魔の森、そんな魔力豊富な土地で魔物の内臓肉という魔力豊富な食材を口にする事で急激な成長を遂げたビッグワームたち。その家族たちはやがてビッグワームとは思えない様なフォレストビッグワームという種族に進化したのだが、目の前のビッグワームたちはあの魔の森で最初に大きくなったときの姿にそっくりであった。
問題はその数、合計百五十三体。精霊の泉の水をシルバーホーンタイガーから貰う際に、その数の確認の為に一体一体数えていたシャベルはそのあまりの数の多さにこめかみに手を当てる。
「シルバーホーンタイガー様に魔物の友の指輪をいただいていて本当によかったですよ、この数のビッグワームの食事なんて用意するだけで一日終わっちゃいますから。
大きな街のゴミ捨て場に行けば何とかなるかもしれませんけど、正直予想外でした。
これで自分で餌がとれるくらい強ければいいんでしょうけど、流石にそれは難しいでしょうし当分は訓練ですかね。
幸い俺にはフォレストビッグワームたちがいますから、後輩たちの指導をお願いしてみますよ」
そう言い頭を掻くシャベル。結局シャベルはポーション瓶百六十七本分の泉の水を手に入れる事となったのであった。
『む?お主、一本足らんのではないか?』
精霊の泉からの出発を明日に控え、精霊の水の本数だけは間違ってはいけないと確認作業を行っていたシャベルに、不意に話し掛けるシルバーホーンタイガー。
「いえ、そんな筈はないと思うのですが。
俺の従魔は大きくなってしまったビッグワームが百五十三体、フォレストビッグワームが十体、天多と雫、それとボクシーと俺とで百六十七本分。丁度合ってると思うんですが?」
シャベルの言葉に首を傾げるシルバーホーンタイガー。
『そのいつも背中に括り付けている袋に入れたものは数に入れなくてもよいのか?』
「!?あっ、いえ、この背中の袋は以前話したボス部屋の宝箱から手に入れました“従魔の卵”でして、まだ生まれてないんですよ」
そう言い背負い袋を下ろし、シルバーホーンタイガーに見せる様に大きな卵を取り出すシャベル。シルバーホーンタイガーは初めて見るそれに顔を近付け鼻をヒクヒク動かした後、前足で軽くツンツン突く仕草をする。
“ピシピシピシ”
「『あっ」』
音を立て罅の入る卵、慌ててオロオロするシルバーホーンタイガー。
『いや、その、我はそこまで力を入れた訳では』
“パリパリパリ、ミャーーーーー”
『はぁ!?“パパ”ってちょっと待て、誰がパパだ、誰が!!』
殻を割って現れた者、それは額に小さな角を付け、銀色の体毛に覆われたかわいらしい魔獣の子供なのであった。