第103話 ダンジョン探索、そこには不思議が一杯 (2)
静かな大樹の森にひっそりと佇む泉、その畔に立つ一軒の小屋。
それはぱっと見巨大な宝箱のように見える建物であったが、出入り口らしき扉が付き、それが宝箱風の小屋であることを主張する。
その小屋の扉が開き、中から現れたのは一人の青年。青年は大きく背伸びをしてから軽く体を動かすと、自身を呆れた様子で見詰める存在に挨拶を行う。
「シルバーホーンタイガー様、おはようございます。小屋を建てる事を許可して下さりありがとうございました、お蔭でゆっくりと身体を休める事が出来ました」
『うむ、それは良かったのって、そうじゃないであろう。
何じゃこれは、我もこのダンジョンに来て長いがミミックの中で寝泊まりする人族なぞ見た事ないぞ!!
と言うかどうなっておるのじゃこれは!?』
小屋から現れたシャベルに全力のツッコミを入れるシルバーホーンタイガー。それはシャベルによって引き起こされた目の前の光景が、ダンジョン生活の長いシルバーホーンタイガーにとってもいまだに信じられないようなものであったからである。
『大体ダンジョンによって作り出された魔物であるミミックが何故にテイムされておるのだ!!』
シルバーホーンタイガーの疑問は尤もなものであった。
ダンジョン内における魔物は外界に存在する魔物とは完全に異なる存在である。ダンジョン内の魔物は魔石を核としてダンジョンにより作り出された疑似生命体であり、そこにいるのは通常の生命とは異なる存在である。
ある種の魔道具、エネルギー生命体とも呼べるその在り様は、精霊と呼ばれるものに近しい。ダンジョン魔物は現存する魔物を基にしたものやダンジョン独自のトラップとして造られたプログラムの様なものであり、ダンジョンにより生かされている仮想生命体なのである。
「あぁ、ボクシーですか?ボクシーとはダンジョン都市の外にあるごみ捨て場で出会いまして、どこかの誰かがダンジョン外に持ち出した魔物であったものかと。
これは冒険者ギルドの資料室にある本で読んだのですが、ダンジョンの中にはときおりダンジョンスタンピードという魔物暴走を起こすものがあるとか。その際にダンジョンの外に溢れ出した魔物は時間が経つとクズ魔石を残して姿を消すんだそうです。
これはダンジョンから与えられている魔力がなくなるからと言われていますが、真相は分かりません。
そしてダンジョン都市の外にあるごみ捨て場に捨てられていたミミックのボクシーも、ダンジョンスタンピードの際に外に出た魔物同様姿を消すはずだった。
でもそうはならなかった、ボクシーはゴミ捨て場に集まって来るスライムやビッグワームを捕まえて魔力を吸収する事で生き延びた。しかも人間が近付いて来た際はただの木箱のフリをする徹底ぶりで危険を回避し続けた。
ボクシーが特殊な個体であったのか、ミミックという待ち伏せを主体とする魔物であったことが幸いしたのかは分かりませんが、ボクシーは生き延び俺と出会いテイムされる事となった。
俺は<魔物の友>と呼ばれる強制力のないテイムスキルしか持ち合わせていません。出来る事は魔物にお願いする事くらい、ですからボクシーに何かを強制する事は初めから出来なかった。
つまりボクシーは少なくともテイムされても良いと判断できる意思を持っていた事になります。
これはおそらくという仮説になりますが、ダンジョンの魔物は作り出された時点で個々の存在として確立しているのではないでしょうか?
そうでないとスライムたちをテイム出来る事に説明が付かない。
それが作り出した疑似生命体であったとしても、ダンジョン内全ての魔物を管理するのは非効率的です。であるのならその魔物特有の基本行動を与え、優先的な行動指針を与えておいた方が簡単です。
行動指針はダンジョン内の魔物同士で争わない、侵入者を襲うくらいでしょうか?シルバーホーンタイガー様はこの第四十八階層の権限を与えられていると仰っていましたので、この階層で襲われる事は無いのでしょうが、他の階層に行けば普通に襲われるものかと。
ですがシルバーホーンタイガー様自身が仰っていたようにこのダンジョンで産み出された魔物ではない以上ダンジョン内の魔物を襲わないといった縛りが無い。故に魔物からのドロップアイテムである肉も得る事が出来る。
話が逸れましたが、ダンジョン内の魔物は管理の関係上個として確立させておいた方が楽なのです。
そしてダンジョンから離れて独自に魔力を賄っていたボクシーはダンジョンの管理から離れた状態であった、故にテイムする事が出来た。
ダンジョン内のスライムがテイム出来る理由は単純にスライムに対し複雑な指示が行えないからでしょう。その分少ない魔力でも大量に生み出す事が出来るとか、何らかの利点があるものかと。
単純に冒険者を引き入れるのに行き成り強力な魔物を用意してしまうと、警戒して入って来てもらえなくなる事が理由かもしれませんが」
『・・・はぁ!?なんでお前はそこまでダンジョン魔物に詳しいのだ、我ですらそこまで詳しくは知らんぞ!?』
驚きに声を上げるシルバーホーンタイガー、そんな精霊の泉の守護者に何という事もなくシャベルは言葉を返す。
「そうですね、俺はダンジョンに来たのが初めてだったので、ダンジョンというもの自体が不思議でたまらなかったからでしょうか?
幸いパーティーメンバーも俺の考えに賛同してくれる者たちだったので、第一階層から第十階層までは隅々まで観察し続けたんですよ。
ダンジョンって本当に不思議ですよね。第一階層の通路のスライムを全て倒すと現れるビッグスライムみたいに特殊な条件で現れる魔物や宝箱があったり、ダンジョン外の生き物がいると半径五メート以内には魔物が発生しないって法則があったり。
色々試しているといくら時間があっても足りないくらいです。でも他の冒険者たちはそんな俺たちの行動が気に入らなかったみたいでしたが」
シャベルの言葉に開いた口が塞がらないといった表情になるシルバーホーンタイガー、それほどにシャベルの行動はダンジョンジョンの常識からかけ離れたものであったからであった。
『本当にお前は変わった冒険者であるな。まぁダンジョンでどういう探索を行うかは冒険者の自由、ダンジョンは全ての挑戦者に平等である故な。
して昨日はその小屋に籠って何をしておったのだ?従魔たちは各自のんびり過ごしておったようであるが』
「はい、実は俺調薬師でもあるんです。このところゆっくり調薬を行う事が出来なかったものでして、少しポーションが心許なかったものですから作っておこうかと。
折角これ程素晴らしい癒し草を手に入れる事も出来ましたし、まずは自身で調薬をと思いまして」
『ふむ、まぁ調薬したポーションに関しては泉の水を使うのでなければ問題はないが、“精霊の泉”の水と比べれば数段落ちてしまうのではないか?』
「まぁそこはポーションですので致し方がないかと。俺は調薬系スキルが無いので自力でポーションを作るしかないんですよ。
それでも魔道竈という便利な魔道具を手に入れたことで格段に作りやすくはなったんですが。
それでここで手に入れた最高品質の癒し草を使って作ってみたポーションがこれです」
そう言いシャベルが腰のマジックポーチから取り出したもの、それは透明度のある深い緑色をした液体の入ったポーション瓶。
「<ポーションEX++>、ハイポーションと同等の効果の他、簡単な解呪も出来るポーションです。石化の呪いや状態異常の回復にも使えるものみたいです。
この場所の癒し草がいかに素晴らしい品質であったのかが分かるような結果ですよ。
ただしスキル無しでの作製ですからそれほど多くの量は作れないので、地道に作って行かないといけないんですが。
・・・でも光に飲ませればすぐに作れる?魔力水と癒し草を用意すれば量産可能?だったらポーション瓶は、土や焚火たちに協力して貰って<ブロック>で容器を作れば、城塞都市の監督官様に頂いた時間停止機能付きマジックバッグに大量保存できる?
うん、行けるかも。
シルバーホーンタイガー様、しばらくの間この場所でポーション作りをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
『いや、うん、それは構わんが、その<ポーションEX++>というのは一体何であるか?聞いた事もない新薬であるな。
もしお前が嫌でなければダンジョンに登録しても構わぬか?
そのポーション瓶のものを貰えれば登録は可能であるしな。
無論礼はしよう、出来る事と出来ないことはあるがここはダンジョン、なるべく要望に近い物を用意する事を約束しよう』
シルバーホーンタイガーからの意外な要望に素直に応えるシャベル。もともとこの聖域のような環境で育った癒し草を使って作ったポーション、それを譲ることに否やはない。
シャベルは手元の <ポーションEX++>の他に腰のマジックポーチから<ポーションEX>を取り出すと、「これもお願いします」と言って差し出すのだった。
『ほう、これはそちらのものよりもやや薄い色をしているが、少々効能に違いがあるといったものであろうか。
まぁその辺の判断はダンジョンコアとダンジョンマスターが行うであろう』
シルバーホーンタイガーが前足で地面をトンッと叩くと、その場に置かれた二本のポーション瓶がスッと姿を消した。
シャベルはその光景に一瞬驚きの表情をみせるも、すぐに収納系のスキルの様なものかと思い直す。
『そうそう、昨日言っておった泉の水を詰めたポーション瓶であるがな、ビッグワームの分も無事に受理されたぞ?
流石に天多の分裂したスライムの分は勘弁してほしいとの話であったか。あまり“精霊の泉”の水が出回り過ぎてエリクサーといった他の餌の価値が下がってしまうのも困るが、泉の水欲しさに人が多く集まり過ぎて結果的にダンジョン都市の治安が乱れるのも困るとのことであったよ。
ただポーション瓶は送るから瓶詰めは自分でして欲しいと言っていたか、すまんがそういう事でよろしく頼む』
シルバーホーンタイガーはそう言うと、何処からともなくポーション瓶が五十本入った木枠のケースを四箱取り出し、シャベルに差し出すのであった。
『ところでシャベルは何か欲しいダンジョン産アイテムとかはあるのか?』
シルバーホーンタイガーの問い掛けに暫く考えるシャベル。
「そうですね、しいて言えば従魔の指輪でしょうか。幸い前のボス部屋で宝箱を見付けまして、四個ほど手に入れたのですが、一つに付き従魔三体しか入れる事が出来ないのが少々使い勝手が悪いといいますか。一般のテイマーはそれでいいのでしょうが、俺の場合家族が多いものですから」
そんなシャベルの言葉に、『確かにお前であればそうかもしれぬな』とどこか遠い目をするシルバーホーンタイガー。
『む?ほう。喜べ、先程提出した<ポーションEX>と <ポーションEX++>がダンジョンドロップとして登録された。その功績によりお前の望む“頭数制限のない従魔の指輪”が与えられる事になった。
指輪内の空間の広さはおよそこの第四十八階層ほど、そこそこの広さがある故お前の従魔が増えたとて不自由する事もないであろう。
いや、お前の所の天多が分裂すればあるいは・・・その辺は上手い事やって欲しい』
“プワーーッ”
突然シャベルの前に光が発生する。それは次第に収束し、小さな宝箱に姿を変える。
“パカッ”
シャベルがその宙に浮く小さな宝箱に手を伸ばすと、宝箱の蓋が勝手に開き、その中から一つの指輪が姿を現す。
<鑑定>
名前:魔物の友の指輪
詳細:友好関係を結んだ魔物を収納する事が出来る。指輪内の空間はその魔物にとっての最適な環境となる。
指輪内では空腹になる事がなく、体力の回復、ケガや病気の回復、魔力の回復が行われる。
「うわ、凄い。シルバーホーンタイガー様、本当にありがとうございます、物凄い助かります。
特にこの空腹になる事がないってところが。家族が増えて食事集めをするのが本気で大変だったんです。
うちはビッグワームが多いですからね、天多はスライムなんで濃厚な魔力水を与える事で満足して貰えるんですけどビッグワームたちはそうもいきませんから。
今回は第十八階層に潜るってことで念の為全員に来て貰いましたけど、普段はダンジョン都市の外にあるごみ集積場で待機してもらっていたんですよ。あそこなら定期的に生ごみが集まって来ますんで」
家族の食糧問題が意外な形で解決しホッと胸を撫で下ろすシャベル。シルバーホーンタイガーはそんなシャベルの様子を、何かを懐かしむ様なやさし気な眼差しで見詰めるのであった。