第100話 ドロップアイテム、それは命を繋ぐ糧
“ツンツンツン”
何かが身体を揺する。
“ツンツンツンツン”
それは明確な意思を以てシャベルに向けられた合図。
「う~ん、土?・・・敵襲!?」
“ガバッ”
掛かる毛布を引き剝がし身体を起こして急ぎ周囲の警戒を行ったシャベルは、自身の置かれている現状が理解出来ず混乱状態に陥った。
「ここは一体?」
そこは見慣れぬ空間であった。<暗視>のスキルにより周りの状況は見る事が出来る、自身がちょっとした倉庫の様な場所にいる事は直ぐに分かった。だがなぜ自分がこのような場所にいるのか、そしてここが何処なのかといった事がさっぱり分からない。
“クネクネクネクネ”
「あぁ、土、起こしてくれたんだね、どうもありがとう」
シャベルは未だ思考がはっきりしないながらも、自身を起こしてくれたフォレストビッグワームの土に礼を言い、その背中をやさしく撫でる。
“♪クネクネクネクネ”
「ん?付いて行けばいいの?別にいいけど、何処に行くの?」
身体をクネクネと動かし自身の後について来るように促す土、シャベルは言われるがままその後をついて行く。
「これは、扉?」
そこには唐突に一枚の扉が設置されていた。よく見れば洞窟の岩壁かと思っていた周囲の壁や床、天井までもが何か違う生物の一部の様なもので出来ているのが分かる。
“トントントン”
土が鎌首をもたげ、ドアをノックするかの様に叩く。それはまるでここを開けてと言わんばかりの動作。
「ここを開ければいいの?」
シャベルの言葉にコクコクと頭を縦に振る土。
“カチャッ”
そっと開いた扉、中にはテーブルと椅子が設置されており、落ち着いた雰囲気の部屋となっていた。
「・・・あれ?ここってボクシーの宝箱ハウスの中だよね?なんでボクシーの宝箱ハウス?それにさっきの場所は・・・!?」
急激にはっきりと思い出される記憶、崩れ去る床、遠ざかるグリーンの姿、フードの中の天多を下方に投げて最大限の分裂を行うように指示を飛ばした。
「そうだ、懐からボクシーを取り出して通常の宝箱サイズになって俺と土を飲み込むように指示したんだった。そしてボクシーの中に入ってプチライトで周囲を照らしながら移動して、背負ってたマジックバッグから毛布を取り出して横になったんだった。
それで今俺がこうして生きているって事は、ボクシーが無事に落とし穴の底に着いたって事。俺を起こして宝箱ハウスに移動させたって事は、事態がある程度落ち着いたって事なのかな?」
シャベルは自身の知る環境である宝箱ハウスの中に来たことで、置かれている状況を漸く飲み込み始める事が出来た。それもそのはず、これまで自身が飲み込まれる形でボクシーの空間胃袋の中に入った事など無く、それがどんな場所であるのかといった事など知りえる筈もなかったからであった。
「という事はさっきの岩壁っぽい何かはボクシーの胃壁?どうりで何か肉々しい雰囲気だと思った。胃袋の中だったんだね、納得納得」
“ツンツンツン”
シャベルが一人腕組みをしてうんうん頷いていると、肩のあたりをツンツン突く土。
「あぁ、ごめんごめん。外に出ろって事ね、今行きます」
シャベルは土に促されるまま外に出る扉に手を掛けると、ガチャリと勢い良く開け放つのだった。
そこは開けた空間であった。ダンジョンの特徴である謎の光源により周囲は比較的明るく、そこが洞窟内であろう事は直ぐに分かった。
強いて言えば迷宮階層と呼ばれる第十二階層の“部屋”と呼ばれる場所に近いか。
「でも部屋にしては広すぎるよね。まだ見たことは無いけど、“ボス部屋”って奴がこんなところなのかな?確か第十九階層にあるって聞いていたんだけど」
ダンジョン都市カッセルにおけるダンジョン開発の歴史は長い。その間多くの冒険者がダンジョンに挑み、多くの魔石、様々なドロップアイテム、宝箱を持ち帰って来た。
そして彼ら冒険者が集めて来た情報は冒険者ギルドにより買い上げられ、ダンジョン探索の資料としてまとめ上げられてきた。
冒険者ギルドとしてはより多くの資源を冒険者たちに持ち帰ってもらう必要がある。その為有料ではあるもののダンジョン内の情報を冒険者たちに公表していた。
それがダンジョン上層とされる第一階層から第十階層、中層である第十一階層から第二十階層であった。
こうした冒険者ギルドの努力により冒険者の生還率は飛躍的に上昇、カッセル経済の活性化に多大な貢献を果たしたのである。
ダンジョンの下層と呼ばれる第二十階層以降と中層より上は明確に難易度が変わると言われている。その篩を行っているのが第十九階層の“ボス部屋”であり、ボス部屋をクリアしていない者は何故かそれ以降には進むことが出来ないと言われている。
ダンジョン下層以降は正しく強者たちの世界なのだ。
「でもなんでボス部屋に?確か落とし穴に落ちてそのまま・・・って天多だよ、天多、どこ!?天多~~~~!!」
周囲の状況、今すぐ命の危険に晒されている訳ではないと分かるや、自身と共に落とし穴へと落ちた家族の心配が心を占める。
“ポヨンッ、ポヨンッ、ポヨ~~ン♪”
「天多!?天多~~~、無事だったんだね、よかった~~~」
シャベルの呼び掛けに嬉し気に飛びつく一匹のスライム。シャベルはそんなスライム“天多”を抱きとめると、安心からかヘナヘナとその場にしゃがみ込む。
「よかった、天多が無事で本当によかった。天多、ありがとうね、おかげで助かったよ。
落とし穴に落とされてどうなる事かと思ったけど、無事に生き残れたのは全て天多のお陰だよ、本当に、本当にありがとう」
シャベルは何度も礼の言葉を述べ天多を力いっぱい抱き締める。天多はそんなシャベルの態度に、嬉しげにプルプルと身を震わせるのであった。
“ツンツンツン”
シャベルと天多が感動の再会を果たしている時、そんなシャベルの肩をツンツンと突き注意を引く者がいた。
「ん?あぁ、ボクシーか。ボクシーもどうもありがとう、ボクシーが俺と土を飲み込んでくれたお陰でケガもなくこうして無事に落とし穴の最下部に辿り着く事が出来たよ。
俺と土が助かったのは天多とボクシーのお陰だ、二人とも本当にありがとう」
“カタカタカタ、クイクイ”
落とし穴への落下という最悪の事態に命を賭け活躍してくれた家族、そんな二体に心からの感謝を伝えるシャベル。
ボクシーはカタカタと音を鳴らしシャベルからの感謝に喜びで応えるも、それよりもとばかりにとある方向に舌を伸ばす。
「あれは、宝箱?ボクシー、あの宝箱を取り込みたいの?」
“カタカタカタカタ”
それは直ぐ側の地面に置かれた丈夫そうな宝箱、派手過ぎず品の良い装飾は、見る者に中に素晴らしいお宝が入っているだろうことを期待させる。
「魔物のドロップアイテムかな?いずれにしても罠解除なんて出来ないしボクシーに取り込んでもらう以外の選択肢はないんだけどね。
いいよ、ボクシー、取り込んじゃって」
“カタカタカタ♪”
シャベルの許可が下りた。ボクシーは嬉し気に上蓋をカタカタ鳴らすと、スルスルと舌を伸ばし一瞬にして宝箱を飲み込むのであった。
“ガタ、ガタガタガタ、ガシャガシャガシャ”
待つこと暫し、突然宝箱ハウスから形を変えるボクシー、その姿は先程取り込んだ宝箱のもの。
“パカパカパカ~♪”
余程気に入ったのだろう、上蓋をパカパカ開け閉めして喜びの感情を伝えて来るボクシーに嬉し気に笑みを返すシャベル。
余程良い宝箱(箱自体)だったのだろう事が、ボクシーから伝わる喜びの感情から窺える。
「そう、気に入ったんなら良かったよ。それで中には何が入っていたの?便利なアイテムとかだったらいいんだけど」
そう言い大きく開かれた宝箱の中を覗くシャベル。
「何これ?」
それは掌サイズの淡く発光する球体、魔石とも違う何とも不思議な何か。
“スキルオーブを使用しますか?”
球体を目線に上げ眺めていたシャベルの頭に、直接響いて来た誰かの言葉。
「えっ、何?“スキルオーブを使用する”とかなんとか・・・」
咄嗟に口から洩れる呟き、だがそれはそのアイテムが発動するトリガーとなる言葉を含んでいた。
“パーーーッ、パリーーーン”
行き成り強い光を発したと思うや掌で砕け散る“スキルオーブ”、驚きつつもケガがないか掌を《《調べる》》シャベル。
<鑑定>
名前:シャベル
年齢:十七歳
種族:普人族
職業 テイマー
(所属: 金級冒険者・薬師ギルド正規会員)
スキル
棒術 魔物の友 自己診断 採取 索敵 カウンター 気配察知 暗視 鑑定(New)
魔法適性
なし
称号
進化魔物の友 精霊を従えし者 万魔の主(New)
「えっ、なに?えっ?」
それは普段自己診断を行う時に頭に浮かぶ自身のステータス。
「えっ?<鑑定>?スキルに鑑定が増えてるって、さっきの“スキルオーブ”・・・“スキルオーブ”ってそういう事なの?スキルを覚える事の出来るアイテム、物凄いお宝なんですけど!?」
驚きで自分自身何を言ってるのかよく分からなくなるシャベル。そんなシャベルの周りでは天多が楽し気に飛び跳ねる。
“ポヨンポヨンポヨン、プルプルプル”
天多から伝わる思い、それは“色々拾った~、魔物を倒したらいっぱい出て来た~”というもの。
「えっ、なに、ドロップアイテムがあったの?それじゃ天多、ここに出してくれる?」
“プルプルプル、ボコボコボコ”
シャベルの指示に身体を大きくし次々に《《拾ったもの》》を並べて行くてんた。
<鑑定>
・ミノタウロスの極上肉×20
・オークキングの精力剤×5
・オークキングの極上肉×15
・オーガキングの外套×5
・オーガキングの大剣×3
・オーガキングの自在杖×1
・ワイバーンの巣×1
・宝箱×1
・空の宝箱×1
<ミノタウロスの極上肉>
王侯貴族をも唸らす極上の旨味。体力回復効果大、魔力回復効果大、疲労回復効果大。
<オークキングの精力剤>
妊娠効果大、精力増進効果大、男女どちらにも高い効果を示す。
<オークキングの極上肉>
王侯貴族をも唸らす極上の旨味。体力回復効果大、疲労回復効果大。
<オーガキングの外套>
軽くて丈夫、オーガキングの全力の<金剛槌>をも防ぐ優れ物。使用者に合わせ大きさが変化する。
<オーガキングの大剣>
重量があり丈夫、使用時に<重撃>の効果を齎す。
<オーガキングの自在杖>
堅くて丈夫、使用者の意志によりに大きさが変化する。長さは最大二十メート最小十センチメートまで伸び縮みする。
<ワイバーンの巣>
香木を使ったワイバーンの巣。香りがよく、好事家に非常に高い人気がある。
<宝箱>
<睡眠>の罠が仕掛けられた宝箱、半径十五メート以内のものは強制的に眠りにつく。(未使用)
<空の宝箱>
<誘引>の罠が仕掛けられた宝箱、周囲の魔物を刺激し引き寄せる。(解除済み)
「うわ、凄い。“オークキングの精力剤”は薬師ギルドで売れるよね、“オーガキングの大剣”は冒険者ギルドでいいかな?あまり納品してないし、俺は使わないしね。
外套はパーティーメンバーで着るとして、自在杖は俺の武器かな?丈夫らしいし、伸び縮みするみたいだし。なんかワクワクするよね。
天多、このワイバーンの巣は仕舞っちゃってくれる?当面用はないと思うんだけど、お金持ちに喜ばれる品みたいだから。
冒険者ギルドや薬師ギルドじゃないよね、どっちかと言えば商業ギルドで扱うような品?いずれにしても今じゃないよね。
今大事なのはお肉だよ、お肉。城塞都市で魔道コンロを買っておいて良かったよ、後でみんなで食べようね、こんなに一杯あるし」
シャベルの言葉に嬉し気に飛び跳ねる天多とクネクネ踊る土、そんな二体の楽しげな様子にフードから顔を出した雫がシャベルの肩に乗ってプルプルと身を震わせる。
「ボクシー、もう一つ宝箱があったみたいだから取り込んじゃってくれる?催眠の罠が掛かってるみたいだからよろしくね。
あとこの空の宝箱は・・・」
シャベルは空の宝箱を手に取り、無言で見詰め続ける。それは自身が隠し部屋で見つけた宝箱、初めての宝箱階層に浮かれていた、共に笑い合い探索する喜びに油断してしまった、楽しくも苦い裏切りの象徴。
「中身がないって事はグリーンが解錠した後に落とし穴に投げたって事か。
ハァ~、宝箱は人を惹き付け狂わせるっていうけど、本当に人ってものは難しいよね」
シャベルは大きくため息を吐くと「ボクシー、この宝箱も取り込んじゃって」と言ってから宝箱をボクシーへと渡す。
シャベルの中にすでに怒りや憤りといったものはなかった。銀級冒険者パーティー“銀の鈴”の裏切りは既に終わった事であり、家族が誰一人欠ける事なく無事であった時点で彼らの事などどうでもよい些事となっていた。
“カパカパカパ”
ボクシーが“取り込みが終わりました”と合図を送る。その姿は先程取り込んでもらった宝箱のもの、ちゃんと解錠された宝箱からお宝を取り出すといった雰囲気を大事にするボクシーなりのこだわりなのだろう。
「これは?」
宝箱に入っていたものは両手で掴むくらいの大きな卵と幾つかの指輪。
<鑑定>
<従魔の卵>
卵に触れた者の魔力を吸収し成長する。生まれた魔物はテイムスキルがなくとも従魔とする事が出来る。
<従魔の指輪>×4
任意の魔物を特殊な異空間に送ることが出来る。異空間内はその魔物にとって最適な環境であり、食事を必要とせずケガや病気を回復させる。
三体まで収納可能。
「凄い、えっ、これって全てのテイマーが欲しがるアイテムだよね?うわ、最高」
宝箱から卵と指輪を取り出し喜びの声を上げるシャベル。
宝箱、それは夢と希望の詰まった不思議な箱。
“宝箱っていいよな、コイツの魅力を知っちまったらもう他の物なんてどうでもよくなっちまう。そうは思わないか?若いの”
シャベルは解錠屋のナックル老人の言葉を思い出し、「確かにナックルさんの言う通りでした。これは皆が夢中になるのも分かります」と一人虚空に向かい呟くのだった。