第27層目
Side サズキ
僕は、今の僕が嫌いだ。
人を辞めて鬼人と化した僕が嫌いだ。
今の僕は、人類に戦争を吹っかけてきた魔人種の姿に近しくなる。
時間が経つごとに思考は凶暴になり、目に付くもの全てに手当たり次第攻撃をする。
そして、まるで本来の僕がこちらであるかのように思考を侵食していき、戦闘中の記憶も朧気となる。
それでカルマをどれだけ傷つけてきたか…。
いつかこの手で殺してしまう日が来るかもしれない。
それだけは嫌だ。
だから、僕が僕であるうちに天狐を倒す。
隣にいるカルマの準備も完了する。
「カルマ、僕は先に行く」
「あぁ、行って来い相棒」
大地を強く蹴り、一足飛びに上空に佇む天狐へ肉薄する。
勢いそのまま拳を振り抜くも、天狐は空中を軽やかに駆け、するりと躱していく。
天の道で体勢を整え、鎖に白炎を纏わせて天狐を追う。
…癪だけど、どうやらこの姿なら魔法をある程度使えるみたいだね。
魔法のイメージを維持しながら真正面から突撃する僕に対して、天狐が魔法を放ってくる。
けど、その程度の魔法は効かないよ。
だって僕にはカルマがいるから。
目の前に水の壁が出来上がり、天狐が放った魔法を全て受け止める。
それを視認すると同時に、勢いそのまま水の壁に突撃する。
急に目の前に現れた僕に驚いた顔をする天狐の鼻先目がけ、振り上げた鎖を振り抜く。
僕の膂力で一切の手加減なく振り抜かれた鎖の先端は音速の壁を越え、衝撃波を生みながら鋭利な刃となって天狐の顔を斬り裂いた。
「ふふっ、僕の左手と同様に熱で焼け爛れてるね」
「顔だけだと目立つから、全身をお揃いにするね。任せてよ」
火傷と再生を繰り返す左手を無視し、痛みに悶える天狐へ追撃を加えていく。
振り抜いた鎖の勢いを殺すことなく、空中を360度無尽蔵に回転しながら振るい続ける。
あぁ、愉しいな。
鎖を振るうたびに上がる天狐の悲鳴。
立ち昇る肉の焦げる匂い。
骨を砕く感覚。
「本当に、蹂躙は愉しいなぁ」
ほら、まだまだこんなものじゃないでしょう。
僕を楽しませてよ。
天狐が苦し紛れに放ってくる魔法は進路上に出現する水壁に阻まれ、不可視の風魔法は僕が鎖を振るうことで生まれる衝撃波に阻まれているようで、こちらまで届かない。
黒曜のように美しかった黒い毛並みが、裂傷と火傷で見るも無残な有様となっている。
僕が愉しく鎖を振るっていると、地上から途轍もない気配を感じる。
回転軌道に合わせて地上を見るも、誰もいない。
おかしいな。
あれだけ大きい気配がしたなら、その存在を見落とすことなんてないのに。
まぁいいや。
この狐を嬲り殺したら、今度は地上の気配を殺しに行こう。
そんなことを考えながら鎖を振るっていたせいか、振りが甘くなった一撃を狐は躱し、僕の攻撃範囲から抜け出す。
「あーあ、そんなことをするんだ」
「玩具は玩具らしく、無抵抗で大人しく殴られてないとダメなんだよ?」
空中をふらつきながら駆け、僕から必死に距離を取ろうとする天狐へ、悠々と近づいていく。
ほら、逃げるならもっと急がなきゃ追いついちゃうぞ。
鎖を振るうのも飽きてきたし、後は拳でいいかな。
狐が苦し紛れに放つ魔法は相変わらず水壁に阻まれ続けているし、僕を切り裂く風魔法は軽く肌を裂くだけで脅威にはならない。
目と鼻の先まで近づけば、狐の表情がよく分かる。
人であろうと獣であろうと、恐怖で口が歪むのは変わらないみたいだ。
それにしては、気に食わない目をしているね。
あれ、もしかして嗤って…。
狐の右前脚がブレたのを認識した瞬間、僕は大地に叩きつけられる。
肺の中の空気が全て吐き出され、口から血が滲む。
それを吐き捨てる間もなく、ダウンバーストのような強風が僕の身体へ叩きつけられる。
あぁ、不味いな。
負傷箇所は再生しているから問題ないけど、強風のせいで息が吸えない。
酸素が足りない。
こっちに狐とは別の気配が近づいてくる。
流石に今はダメだ。対応できない。
ヤバい。
酸欠で意識が…。
『返してもらうよ、僕の身体』
『そして奪わせてもらうよ、君の力』
「権能拡張」
「鬼神変化、風神雷神」
瀕死の状態となったことで眠っていた窮鼠スキルが起動する。
それに呼応するように、僕の腕に黄金の雷、脚に黄緑の嵐が纏わりつく。
「ガァ!!!!」
大きく吠え、両腕で大地を叩きつける。
腕を振るった反動で強風圏から離脱する。
「カルマ!」
「僕は大丈夫だから君のやりたい事をして!」
「分かった。じゃああいつを5秒だけ拘束してくれないか」
「任せてよ、相棒」
「信じてるぜ、相棒」
相変わらずカルマの姿は見えないけど、さっきまで近くにあった気配が消えたからまたどこかへ消えたのだろう。
さて、なんでかは分からないけど主導権を握れているうちに天狐を倒そうか。
大地を強く蹴り、一足飛びに上空でこちらを警戒する天狐へ肉薄する。
馬鹿の一つ覚えのように突撃する僕に、天狐は口を歪めて嗤う。
さっきと同じだけど、さっきの僕よりも1.5倍強いよ天狐。
天狐の間合いに入ると同時に振るわれる前脚を、拳で迎撃する。
一瞬の均衡の後、お互いにはじかれる。
だが、その反動を利用してサマーソルトキックを放つ。
腕に纏う雷に痺れた天狐の顎を、嵐を纏う右足で蹴り抜く。
ただでさえ裂傷だらけだった顔が、更にズタズタに裂けていく。
顎をかち上げられた天狐の瞳が憎悪に染まり、僕を睨みつける。
いいねいいね。
その調子で僕だけを見ていてよ。
追撃を仕掛けようとするも、天狐は自身の周囲に強風を吹き荒らす。
吹きすさぶ強風に逆らわず、押し流されるように一度距離を取る。
ハルさんの風鎧みたいだ。
厄介だね。
でも、今の僕ならきっと超えられる。
…魔法はイメージ。
腕に纏う雷を全身に巡らせ、神経を活性化させるイメージ。
脚に纏う嵐を背中に回し、翼を生やすイメージ。
あの強風域に負けない、大嵐へと成長するイメージ。
その瞬間、脳内に新たな知識が流れ込む。
これは…風魔法に雷魔法!
イメージが明確に固まる。
あとは口に出してイメージを補強するだけだ。
ハルさん、名前を借りるね。
「風雷混合――嵐鎧」
だいぶ傷も治ってきて、致命傷の域は脱しそうだ。
窮鼠スキルが継続しているうちに天狐を拘束する。
相棒からの信頼に応えて、絶対に。




