第19層目
Side カルマ
ふむ、初撃は上々。
相手は虚実を使い分ける妖狐。一先ず実像を観測出来ればと広範囲に雨を降らせたが、正解だったようだ。
であるならば、雨を維持しつつ並行で次の魔法のイメージを開始……完了。展開する。
水魔法で創られた打刀が眼前に顕現する。
その刀身を指で軽く弾けば、みるみる凍っていく。
過冷却の原理を応用したが、想定通り凍ったな。
擬似的な氷魔法の代用といったところか。
数度切り結べば崩壊するだろうが、あのサイズの妖狐と数度でも斬り結べるなら十分だ。
それに、何度でも創り直せる。
さぁ、武器はできた。思考をさらに加速させよう。
ソウル発動後から鈍化していた世界が、さらに遅くなる。
思考が加速し、雨粒一つ一つが認識できる程に世界が遅くなる。
ところで、スキル習得時に脳へ流れ込む知識はどこから来るのだろうか。
ダンジョン研究学会では、遺伝子に記録された情報がスキル発現をトリガーに引き出されていると言われている。
だが俺は、過去の英雄達が未来の武士へ託したものだと解釈している。
何故なら、植え付けられた知識を遡り、辿り着いた先に待っていたのは英雄達だったのだから。
逸れた思考を戦闘へ戻す。
水魔法を維持できる最低限の余裕を残して、加速する思考でスキルの知識を遡る。
スキルの奥底に眠る神話の英雄達。
その記録を。
その技術を。
その想いを。
今ここに喚び起こす。
「英霊喚起」
天候は局所的豪雨。
対象スキルは剣術。
武器は打刀。
会場は神社跡地。
ならば喚び起こす英雄は――
「英霊模倣」
「素戔嗚尊」
スキルの記憶から俺が解釈した英雄をこの身体に適合させる。
脳から脊髄へ、身体中へ嵐のような魔力が奔る。
今の俺で模倣できることには限界がある。
それでもFランクボス程度、是非もない。
思考の海から現実へ帰還する。
世界の速度が戻る。
同時に豪雨は嵐へ変貌し、激しい頭痛が襲いかかる。
……流石に脳への負荷が大きいな。
もって六十秒か。
相棒へ指示を飛ばし、打刀を構える。
荒れ狂う衝動を押さえ付けず、されど呑まれぬよう制御して突貫する。
さらに三つ目の魔法を発動。
大地を蹴る。
同時に足元へ激流を生成する。
水魔法との親和性を極限集中で強制的に引き上げ、水面を走り、激流を加速路へ変換する。
嵐の内外を駆け、ヒット&アウェイで妖狐の気を引く相棒を横目に周回し加速する。
一歩踏み出す度に激流を追加生成し、勢いを増す。
身体が加速する。
水量が増す。
灯篭や木々が巻き込まれ流される。
それでも理想にはまだ足りない。
ステータスの限界?
――スキルで捩じ伏せろ。
スキルの限界?
――英雄の記憶で捩じ伏せろ。
俺の限界?
――気合いで捩じ伏せろ。
理想を……越える。
嵐の中、妖狐の姿は見えない。
……関係ない。
直感、強制起動。
天の眼、起動。
直感が指し示す朧げな位置へ天の眼を合わせる。
天の眼で見えた妖狐は既に満身創痍。
後足を引きずり、前足の爪は砕け、尾の一本は半ばで折れている。
それでも殺意は衰えず、嵐の中で火魔法を発動しようとしていた。
直感が警告する。
あれを許せば、嵐が消し飛び、相棒が危ない…と。
問題ない。
準備はもうできている。
加速を維持し、打刀を下段に構え猛進する。
一拍で妖狐の背後へ回り込み、無事だった尾を斬り飛ばす。
斬り上げた勢いを殺さず跳躍。
最高点から大上段に振り下ろし、後頭部から大地まで斬り裂く。
象サイズの妖狐が左右に分かたれる。
……だが黒煙にはならない。
トドメは任せたぜ。
――相棒。
天の眼で把握していた、背後から飛来する火球へ打刀を投擲し相殺する。
火球の熱で氷製の打刀が溶解し、辺りに白煙が立ち上る。
同時に相棒が煙へ突撃する。
「鳴無流――鉄穿鬼」
空を駆け抜けた相棒が尾へ手刀を突き刺す。
絶叫。
白煙から出てきた相棒の腕に心臓を穿たれた子狐がいた。
直後、子狐は黒煙となって消える。
『英雄選定を超えた事を確認』
『選定者よ』
『英雄を超えよ』
脳内に響いた声と同時にソウルを解除する。
直後、脳を直接叩かれるような激痛。
全身を走る異常信号。
極限集中及び英霊模倣の反動が降りかかってきた。
……だー!分かってたけどクソ痛てぇよ!!!
相棒ー!!!ポーションをくれー!!!
だが魂の叫びは浮上せず沈んでいく。
声を出す元気もなかった。
俺は絶賛苦悶の表情を浮かべ地べたに這いつくばっているが、相棒は周囲を警戒している。
……そうだな。俺が動けない以上、警戒は任せるしかない。
大人しく腰のホルスターからポーションを引き抜き、飲む。
……あぁ、いつもより苦い。
水魔法は消したはずなのに、まだ俺には雨が降っている。
泣いてなんかないもん!




