第16層目
俺は今、空から俯瞰して世界を見ている。
鬱蒼と生い茂る木々の中、ぽっかりと拓けた空間。
そこに、赤紫髪の高身長爆イケ好青年が二匹の大型犬と対峙していた。
睨み合う両者の均衡を崩したのは、空を駆け抜けた黒髪の美青年。
悲しいことに俺よりイケメンなそいつが、上空からアクロバティック踵落としを叩き込む。
衝撃で地面が抉れ、小規模なクレーターが生まれる。
中心から黒い煙が立ち上った。
同時に、運良く狙われなかった方の犬も、赤紫髪好青年の水魔法に呑み込まれ、黒い煙へと変わる。
二人の青年の周囲から脅威は排除された。
だが、戦闘態勢を解除する気配はない。
……だってもう7wave目だからな!
こんな中途半端なところでモンパニが終わるかよ!!!
どうしてこうなったんだ。
次のwaveまで余裕はある。現実逃避がてら、記憶を辿る。
ーーーーーー
そう。時は遡ること3時間前。
子狐討伐後から、全ては始まった。
「ふぃー、ビビったぁ」
「相棒、あれが小火狐か?」
「……」
相棒に問いかけるも返事がない。
振り返れば、人差し指を顎に当て、空を見上げている。
あらま。思考モードか。
相棒のあの仕草は、考え事に没頭している時の癖だ。
思考が終わるまで、よほどの事がないとこちらからの声は届かない。
ならば、さっきの感覚を忘れないうちに付与の練習でもするか。
周囲を警戒しつつ、相棒を時折チラ見しながら剣への付与を繰り返す。
やがて相棒は空を見るのを止めた。
「お疲れさん」
「ありがと。小火狐がなんで帰還箱周辺にいたのか気になって考えこんじゃった」
「ごめんね、警戒全部任せちゃって」
「気にすんな。いい感じに付与のイメージも固まったしな」
今なら鞭にだって付与できるぜ。
一緒にギャリンギャリンさせないか?
「それはさておき」
「帰還箱周辺にはモンスター避けの魔道具がある」
「遭遇率は低いはずだ。そこが懸念点か?」
「そうなんだけどね。それに加えて小火狐の生態的に不自然なんだ」
「臆病で、群れてないと石畳まで出てこない。1層目では目撃例がほとんどないって言われてる」
「にもかかわらず、帰還箱周辺に出現した…と」
「このダンジョンで何かしらイレギュラーが起きてる」
「Fランクなら出し惜しみしなければ対処できると思うけど、どうする?」
「今日は一層目だけ探索して引き返す」
「それで様子を見る」
「だね。慎重に行こう」
「りょーかい」
慎重に索敵しながら進む。
……出るわ出るわ。
臆病設定はどこへ行った。
十分も歩けば小火狐と遭遇する。
これは確実に異常だ。
そして極めつけ。
「なぁ相棒」
「目の前のあいつってさぁ…」
「そうだよ。三層目から出る小火姫狐だね」
「あいつ遭遇率クソ低くなかったか?」
「そのはずなんだけどねぇ」
希少種のはずの小火姫狐が、余裕そうに毛繕いしながらこちらを待ち構えている。
舐めやがって。
お前の毛皮高値で売れるらしいな。覚悟しろよ?
「こいつ狩ったら一旦帰還しよう」
「明らかにおかしいしね」
臨戦態勢を取った瞬間、小火姫狐は火を纏い、木々の奥へと駆け出す。
暗闇に溶ける小さな火。
その火は見えなくなるかと思えば、ギリギリ視認できる位置で止まる。
……誘ってるのか?
「カルマ、どうする?」
「罠の匂いは濃い」
「だが、直感先生は危険とは言ってない」
警戒しながら木々の方へ進むと、木々の奥へと続くけもの道が見える。
「一層目にこんな脇道あったか?」
「DEAのデータベースにはないね」
「一度帰還して報告を――」
その瞬間。
直感先生が激しく主張する。
帰るな。
進め。
逃すな。
脳内に警告が奔る。
「やっぱ今のなしだ」
「直感先生が、ここで引くなって言ってる」
「そっか。なら腹くくるしかないね」
「危険とは言ってこない」
「なんとかなるはずだ。……たぶん」
けもの道へ踏み入れると、警告は止んだ。
……これで死にかけたら恨むぞ直感先生。
あとフェネクス。
お前の毛皮、マフラーにしてやるから覚悟しろよ!




