名前、大事
感想、誤字報告ありがとうございます。
「タケハルさんっ!」
東の切羽詰まった声。ちょお待って!? 急展開、聞いてへんけど!?
えーと、えーと……。
「時間稼ぐから、なんとか頼んだ!」
リュックを放り出し、怪我人の男性が躍り出た。俺は収納からロイドとアリスを引っ張り出し、手を当て起こす。男性の手元から光が放たれた。
「ロイド、アリス。大至急あの少年を取り押さえんで。いけるか!?」
緊急事態と判断してか、いつもの口上はなしだ。ぬいぐるみたちは収納に入っている間でも、ある程度外の状況を認知している。
「了解〜!」
「いつでも行けますわ!」
なにかスキルを発動しようとしていた少年は、光の膜に覆われていた。男性のスキル、防御系のなにかか、結界系かな。
「長くは保たない!」
「分かった! うちのが突っ込むから、当たる瞬間解除してくれ!」
「っ、やってみる!」
「GO!!」
ぶっつけ本番。光の膜がなんなのか、当たるとこっちがダメージを受けるのか、よく分からないままロイドたちを突っ込ませる。流石に武器は携帯していない。
残り数メートルで膜が消えた。
「うああああああ!!」
少年の叫び声。膜は音も遮断していたらしい。少年を中心に、風が渦巻き始める。
「とっまれ〜!」 ぽふん!
「やめなさーい!」 ぺふん!
ロイドのパンチとアリスのキックが、この場にそぐわない効果音を奏でた。
「……あべらっ!??」
一瞬、何かされた? という顔をした少年が、きりもみ状に背後の壁へと吹っ飛んでいった。壁にぶち当たって、ズルズルと座り込む。
「やっべ。やりすぎた!? 死んでへんやろうな……」
慌てて駆け寄る。制止していた救急隊員が、ぽかんとした顔で静止している。いや、みんなも止まっとるな。
「おーい、生きとるかぁ?」
覗き込む。本気のモフ手パンチとモフ足キックじゃないから、大丈夫なはずだが、ぶつかった衝撃はあっただろうからな。
「大丈夫だよ〜。すごーく手加減したもーん」
「そうですわ。蚊も殺せない勢いでしたわ!」
ロイドとアリスが、ねー?と仲良くハイタッチをしている。
君らには聞いてない。蚊も殺せない勢いで、人が吹っ飛ぶかいな。
スースーと呼吸音がしている。見た感じ怪我もなさそうだ。ダンジョン内ではステータス的なものが上がるから、初心者とはいえ、あれぐらいなら大きな怪我にはならないはずだ。分かってはいても、心臓に悪いが。
「あ、あの……」
お。救急隊員が再起動した。
「あ~大丈夫みたいです。今のうちに外へ。ダンジョンの外やったらさっきみたいなことには、ならへんはずやから」
「あ、そ、そうですね。おい、誰か手を貸してくれ!」
周囲が動き始める。少年を担架に乗せ、運び出していく。心肺蘇生中だった女性も、運び出されていった。無事蘇生したんだろうか。
「さあ、君たちも……」
呆然としている少年少女たちを、救急隊員が支えるように促して歩く。あの子の友達か何かだったのだろうか。心肺蘇生中だった女性も、同年代に見えた。
「……ままならんなぁ」
ヒールポーションで怪我は治るが、心は治せない。実際フレンドリーファイアで心を病むものも少なくないという。まぁ、わざとやって楽しむドクズもおるわけだが。
怪我人の男性と目が合った。
「お疲れさん。助かったわ」
「いや、役に立てて良かった。……というか、あの動いてるのあんたのスキルなのか?」
リュックを背負い、男性はロイドたちの方に視線を向けていた。東の顔が、アリスの猛烈な拒否にあって歪んでいる。いつの間に何をやってるんだ、あいつは。ロイドがそれを見て笑っていた。
「んーまぁな」
「あ、すまない。スキルの詮索はマナー違反だったっけ」
「ははは。ええよ。俺のんは隠しきれんから。一応、人目があるところでは仕舞っとるんやけど。あいつみたいなんに拐われそうになるしな」
まぁ、自力でボコって戻ってくるのだが。
「はは、確かに。構いたくなるのも分からなくはない。前にゴーレムみたいなのを動かしてるやつを見たことあるけど、命令通りにしか動かないって感じだった。あんたのは完全に自我があるんだな」
「そうやねぇ。同類に会うたことないから、これが基準なんか例外なんか、よう分からんけど」
「ふぅん」
ロイドがテテ〜っと走ってこっちに来た。男性がしゃがみ込む。ロイドはちらっと男性を見上げただけで、さして興味はなさそうだ。
「マスター。もっと遊ぶー?」
首というか体を傾けて尋ねてくる。男性の顔が一瞬ふにゃっと崩れたのが見えた。
「いーや。飯食うて寝るで」
「ボコボコ足りな〜い」
「物騒なこと言いなや。アリス! 戻すから帰っといで!」
東とぎゃあぎゃあやり合っていたアリスが、東に顔面パンチを食らわせ、手が緩んだすきに抜け出してきた。
「早く助けてくださいませ、マスター」
「自分でどうにでも出来るやろ」
「おっふ……。ありがとうございます!」
「東もええ加減にせぇゆーとるやろうが。本気で人相変わっても知らんで」
「本望です!」
よう分からんやっちゃ。
「お疲れさん。『おやすみ』」
並んだロイドとアリスから力が抜け、ただのぬいぐるみに戻った。収納に仕舞う。
「あ、あの!」
怪我人の男性が急に立ち上がって、なにか思い詰めたような顔でこっちを見た。え。今度はなんやのん?
「俺、日野 裕太と言います! よかったら、パーティー組んでくれませんか!」
「へ……えぇぇぇ?」
思わず目をパチクリすると、男性……日野くんは、「あ、急にすいません」と苦笑した。額を掻こうとしてか腕を上げ、包帯に気づいて腕を下げる。それから、「いや、変な意味じゃなくてですね……」と呟く。こういうときって、弁明すればするほど、変な方に取られていくんだよな。俺は何も邪推してないよ。これでも、年を食ったおっさんだからね。鈍感系主人公ではない……はずだ。
「それ、ちょっとぼくにも詳しく!」
「東は関係ないやろうが」
「大有りですよ! アリスちゃんと同伴とかうらやまけしからん!」
「おいコラ」
「うわっ! なんだコレ!!」
ワチャワチャしていたら、第三者の声が響いた。二階層から上がってきたらしい、三人組がぽかんとしている。
「あ~、スキルの暴発があったっぽいで」
俺がそう言うと、先頭にいた男が「マジかぁ」と頬を掻いた。
「飯食おうと思って来たのに。しょうがないな。おい、どっか外で食うか?」
後ろのメンバーに聞く。それぞれが頷き、どこにする〜?とか言いながらスタスタ歩いて行ってしまった。年がら年中潜っているようなやつだと、こういう惨状も見慣れた光景になってしまう。
「じゃあ、ぼくらも外でご飯にしましょうか。なんなら個室取りましょう。あ、中華とかどうです?」
何故か東が仕切り始める。普通にダンジョンホテルで飯食って寝るつもりだったのに。しかし、中華は捨てがたいな。弁当の中華丼くらいしか、最近中華らしいものを食べてない。
「まぁ、俺はええけど。自分は時間ええんか?」
日野くんに聞いてみると、彼は腕時計をちらっと見てから、頷いた。
「終電では帰りたいので、それまでなら」
「やってさ」
「大丈夫です! 駅チカなので。部屋あるか電話してきますね!」
スマホを取り出しながら、一足先に東がダンジョンの外へと飛び出していった。俺と日野くんも後を追う。入れ違うように、さっきとは違うパーティーが入ってきて、「なんじゃこりゃあ!!」と何処かで聞いたことのあるセリフを叫んでいた。
外はもうすっかり落ち着いていた。緊急車両はなく、ベンチが戻され、数人が缶ビールを掲げて騒いでいた。振り返ると、粉々に割れたはずのガラス扉が元通りになっていた。扉もダンジョンの一部にカウントされているようだ。
「空いてました! 行きましょう!」
東がスマホを仕舞いながら近寄ってきた。
「てゆーか、お前は会社戻らんでええの?」
報告とかいろいろあるんじゃないんだろうか。
「大丈夫です。ちゃんと、『明日やります!』って送っといたんで」
それは大丈夫なんだろうか。まぁ、個人采配に任せてる部分が大きい会社だし、有りなんだろうな。
こっちです、と、歩き出した東を追って足を進める。
「ええと、あんた……タケハルさん? は、いいんですか? 連絡、どこにも入れてないみたいですけど」
日野くんが聞いてくるのに、あ!と手を打った。
「スマンスマン。名乗ってへんかったな。俺は、武田智春。しがないおっさんデス。連絡入れなアカン相手はおらんし、帰る家もないので、いいんですのことよ?」
「えっ、あ、そう……なんですか」
日野くんが言葉に困っている。
「まぁお陰で、悠々自適なダンジョン暮らしや。てゆーか、普通に喋ってくれてええよ。あ。しゃべり分かりづらかったら、ごめんやで」
「大丈夫で……大丈夫、知り合いに関西の人いるし。じゃあ、えっと、武田さん、で」
うん。と頷くと、横で東が手を上げた。
「はい、じゃあ次ぼくですね。名刺をどうぞ。東 東です。本名です! 買取店『狐屋』共々よろしくお願いします!」
「は、はぁ。よろしく」
東のこれはネタ化している。親の再婚でこんな名前になったらしい。本人は面白がっているが、俺だったら改名案件だ。日野くんが名刺に目を落とし、また言葉に困っている。ツッコみづらいよね。