迷惑な話だ。
ゾロゾロと無事だった人たちが煙とともにダンジョンから出てきた。その中に東の姿が見えた。
「東!」
呼びかけに煤けた顔がこっちを向いた。隣りにいた人になにか声を掛け、小走りに向かってくる。怪我はなそうだ。
「良かった。無事か」
「タケハルさんこそ!」
「俺は外におったからな。中、どない?」
「ヒドイですよ。店ごと吹き飛んでるところもあるし。店舗は回収できたんで、うちは被害らしい被害はないですけど……」
心配そうにダンジョンの方を見やる。ほぼ毎日通っていただろう場所だ。それなりに知り合いも多いに違いない。
「……ヒールポーションあるか?」
顔を寄せてこそっと聞いてみた。東は曖昧な顔をした。
「出せゆーてんのとちゃうで。俺かて自分用のん出してへんからな。売りもんであるんかって話や」
「それで言ったらないですよ。そもそもうち買取専門ですしね」
「やんな」
もしあったとしても、数本では足りないし余計な揉め事を生むだけだ。現代医療に任せるしかないだろう。
担架に乗せられた人が出てくる。消防隊も出てきた。火は収まったらしい。割れた扉のガラスが、いつの間にか片付けられている。
「これ、暴発的なアレか?」
「多分そうだと思いますよ。ぼくが店の外に出たときには、もう何人も倒れてて……」
「スイマセン。通報者の方おられませんか〜!」
あ、まずい。さっさとずらかるんやった。名乗ってはいないが、野次馬の数人がご丁寧に俺を指差してくれている。警官がたたっと走ってきた。
「通報された方ですか? ちょっとお話伺いたいんですけど」
三十代後半くらいの警官が、俺と東を見ながら軽く帽子に手を添えた。
「え、タケハルさんが119番したんですか?」
東が驚く。
「しゃーないやん。スマホ持っとっても、みんな動画撮ってんねやもん。というか、あの状況やったら、複数通報入ってるやろ」
「スイマセンね。形式的なことだけですんで。ダンジョン内のことは……ね」
警官が困ったように眉尻を下げた。
基本、ダンジョン内での出来事は自己責任となる。モンスターに殺されても、フレンドリーファイアで死んでも、今回のような巻き込まれでも。警察は介入しない。その証拠に、警官は誰一人ダンジョン内に入っていかない。周辺の交通整理をしているだけだ。
「ええと、通報時どちらにおられましたか?」
「外です。今青い服の人が座り込んでるあたりで、立ってました。中から爆音がして、え〜、この方が血まみれで出てきて『救急車呼んでくれ』って」
その最初に遭遇した怪我人である男性は、俺の近くであぐらをかいて座っていた。もう手当を受けたのか、額に包帯が巻かれているが、それ以外に目立った傷はなさそうだ。
「あなたは中におられたんですね?」
「そうです。幸い……と言っていいのかどうか、建物の影にいたんで、この程度で済みました」
「ぼくはダンジョン内の店内にいました。店は一番隅なので被害は免れたってところですね」
男性に続いて東も発生時の居場所を伝える。
「原因……については、ご存じですか?」
警官の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。俺のは推測でしかないが。
「スキルの制御が出来ずに暴発したんだと思いますよ」
答えたのは、怪我人の男性。
「俺も全部見ていたわけじゃないですけど、奥の方にいた若いグループが発端だと思います。なにか鋭い声があがって、そっちを見たら、竜巻みたいなのが走り抜けていって、あとはもう、プレハブがひっくり返ってるし、人が壁に叩きつけられてるし、メチャクチャでしたよ……」
惨状を思い出したのか、青い顔で首を振る。
「ええと、スキルの暴発、ですか」
警官はピンときていないようだ。ダンジョンに馴染みがない人なんだろう。消防隊員、救急隊員の人とかは、度々ダンジョンに駆り出されるので、仕事で来たのにスキルを獲得してしまったりしている。
「あれですよ。初めてスキルが獲得出来て、嬉しさのあまりぶっ放してみたら、とんでもないのが出た!って感じです。最初は加減が分からずにやらかす人結構おるんですよ」
そう。俺の感じた嫌な感じというのは、それだ。明らかに初心者が喜んでいる。となると次にすることは、スキルの発動だろう。三層に降りて試射すればいい。けれどテンションが上っていると、そこまで考えないらしい。
「なので、暗黙の了解……っていうか、スキル獲得のための時間つぶしは三階層以下でって、一応立て看板あるんですけどねぇ」
俺に続き、東が困ったもんだとため息を付きながら言った。
「時間つぶし、ですか?」
「はい。ダンジョンに入ってすぐにスキルとかを獲得できるわけじゃなくて、数日、または数回ダンジョンに通ってようやくって人もいるんですよ」
「なんで、ダンジョンが出来たばかりの頃は、『スキル獲得ツアー』みたいなんが流行りました。先駆者が引率して、ダンジョン見学ついでにスキル得ようぜ!みたいなやつなんですけど、今回みたいな事故が何回かあって、禁止されたはずやけど」
東に続き俺が付け加える。それにさらに怪我人の男性が続いた。
「今でもありますよ。大学のサークルで来てるらしいのが、ちらほら。合コンついでっていうか、主に合コン目的?」
ダンジョンが出来て数年。はじめの頃の緊張感というものが、薄れてきているのかもしれない。子供が潜り込んでいるくらいだ。稼げるという情報だけが独り歩きしている気がする。死と隣り合わせなのに。まぁ、ダンジョンに住んでいると言ってもいい俺が言っても説得力無いけど。
「ははぁ。なんとも迷惑な話ですね」
警官は聞くべきことを聴き取り、「では、お気をつけて」と去っていった。
本当に迷惑な話だ。ただでさえ、警察官や自衛隊、消防隊員や救急隊員は人手不足だ。先のモンスター騒ぎで、本当に多くの殉職者を出している。ダンジョンは自己責任とはいえ、呼ばれればいかないわけにもいかない。
それで言えば、病院関係者もそうだ。日々怪我人が運び込まれてくる。しかも腕が食いちぎられていたり、焼かれてたり、毒だったり、氷漬けだったり。どないせぇっちゅーねん! と、知り合いの外科医は頭を抱える日々だとか。
まぁ、俺はそういう公的機関に迷惑をかけないように、すぱっと死ねたらなぁとは思っている。というか、ソロなんでそうなる可能性が大なんだけども。痛みに数日耐えてから逝くというのは、辛いだろうなぁ。
「ちょっと。タケハルさん。変なこと考えてません?」
東が首を傾げて覗き込んできた。
「変なこと? きれーなオネェちゃんのおる店行こーかなーとかいうの?」
「え、行くんですか?」
「行かへんよ。今日の宿どうしようかな~って、考えてただけや」
ダンジョンからは今もなお担架が運び出されては、救急車がサイレンを鳴らして病院へと向かっている状態だ。
「入れるんじゃないんですか。聞いてみます?」
「うーん。いや、別にホテルでもええんやけどな」
そう言いながらも、足は入口に向かう。殺風景で通信が使えない以外は、ダンジョンの個室は居心地が良い。風呂はないし、時間制限があるけれども。あれ。俺はどこが気に入ってるんやろうな?
壊れたままの扉から中を覗く。無事だった人が、自分の店舗を回収したんだろう。ポツポツとスペースが空いた状態だった。まだ中に救急隊員がいる。でも、止められることはなさそうだ。足を踏み入れる。東と、怪我人の男性も付いてきた。
「いや、荷物を放り出したままでな……。残ってるといいんだが」
「収納に入れてへんの?」
「容量がトランク一つ分くらいしかないんだ。だから、武器とか食料は持ち歩いてる」
肩をすくめる男性に、「そりゃ失敬」と謝っておく。何でも自分基準で考えるのは良くない。
まだまだ煙たいが、暴発した痕跡はダンジョン自体にはもう残っていなかった。一階層でも、壁や床は非破壊オブジェクトで、欠けたり崩れたりしてもすぐにキレイになる。それでも、ひしゃげたり転がったままのプレハブがことの大きさを物語っていた。
「お。あったあった!」
男性が大きな登山用のリュックを拾い上げた。ちょっと煤けているが、中身は無事そうだ。
「やめろ!」
突然、大きな声が響いた。良かったな、と、言おうとしていた俺と男性が目を合わせてパチクリさせる。東が建物の影になるように、俺と男性を引っ張った。
「え、なに!?」
「多分、暴発した子ですよ! あれ、ちょっとマズイんじゃあ……」
壁からそっと覗く。
階段寄りの場所で、制服姿の男の子がしゃがみ込んでいるのが見えた。自分の頭を鷲掴み、ものすごい形相で何事かブツブツ呟いている。その後方で、女性が心肺蘇生を受けていた。そばには数人の救急隊員と、少年と同年代が数人。
「やめ、やめなさい!」
声を掛けているのは、救急隊員だ。何かを必死に止めている。
「……じゃない……オレの、せいじゃ……違っ違う! 嘘だ! 全部嘘だ! こんな、こんなの!」
少年が不意に立ち上がった。魔力……というのだろうか、なにか漏れてゆらゆら陽炎のように揺れている。
「や、やめ……退避! 退避だ!」
騒然となった。心肺蘇生していた隊員が戸惑ったように顔を上げる。それでも手は止めていない。逃げる人、迷う人、そして、少年が手を上げた。