表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/22

通知の嵐と爆発騒動


 店の外に出て、アイスクリームを買い込む。自販機コーナーにあの棒付きのアイスがあるからな。硬貨投入口に、『一人三個まで』という張り紙がしてあった。大量購入するなら、他所へ行けということだな。

 チョコミントを二つ。バニラを一つ。おっさんは冒険をしないのだ。新商品には目もくれず、いつものそれを買う。チョコミントは好き嫌いが分かれるが、俺は美味しいと思う。


 プアァン!!


 ふいに、大きなサイレンの音が鳴った。腕時計を見ると、午後六時を指していた。店内から一斉に人々が出てくる。店員も一緒に出てきた。しゅんっとプレハブが消え、また同じような場所に現れる。それがあちこちで行われ始めた。

 俺がよくやっている、収納の儀式と同じことだ。ダンジョンに吸収されないように、一階層では六時間おきにサイレンが鳴って出し入れされる。さっきアイスを買った自販機や飲料の自販機も、一人の男が出し入れしていった。

 プレハブごと収納するということで、容量の多いことがダンジョン内店舗の店員の第一条件とも言える。もちろん、ほとんどの人が何らかのスキルを獲得済みの、探索者だ。


 ちなみに、例えば俺がその辺のプレハブを自分の収納に入れようと思っても、できない。なんか所有権みたいなものがあるらしい。もちろん、店に並んでいるものも万引きできない。対価を払って、所有権が自分に移ったところで入れられるようになる。ドロップアイテムは誰でも入れられるが、入れた時点でその人のものになる。らしい。知らんけど。


 チョコミントアイスをペロペロしながら、外へと向かった。豊洲のダンジョンは、ある店舗がダンジョン化している。なので、入り口から出て振り返ると、居酒屋っぽい外見の店だ。ガラスの扉を開けて中に入ると、一転してダンジョンのとても広い空間になる。不思議。


 出てすぐ右側に、数個のベンチが並べてある。そこで皆がスマホをいじっていた。スペースはなさそうなので、邪魔にならないよう端の方に寄って、立ったままスマホの電源を入れた。


 ブブッブブッブブッブブッブブッブブッ……


「え、こわ。ナニコレ、ストーカーかな……」


 次々通知が入ってくるが、ほとんど同じ人間のものだ。止まるまでしばし途方に暮れる。アイスを食べきった頃に、ようやく落ち着いた。


「俺は心配されとるんやろうか。それとも、監視されとるんやろうか……」


 「おはようございます」から始まった一言通知は、徐々に「今どこですか」「いつ戻りますか」「怪我ないですか」「まだですか」「無視しないでください」と続いていく。


 いや、お使い頼んだのてめぇだろうが、と。ダンジョン内ではスマホ使えないのは、もちろん知っているはずだ。何しろ一時的とはいえ、一緒に潜った仲だ。


 怖いが、せっかく蜘蛛をしばいてきたのだ。お使いは完了しないと、タダ働きになってしまう。というか、ずっと通知が来続ける。


 ため息を付き、『出た』とだけ書き込む。ものの数秒で既読が付き、電話が掛かってきた。


『智春さんっ! おかえりなさい! 怪我ないですか? 今どこですか? お一人ですか? 今から行きますから、そこうごかないでくださいね! あ、お土産何がいいですか? うな重にします?』


 ほぼ一息で言い切った相手に、底しれぬ恐怖を感じて思わずスマホを耳から遠ざける。


『あれ? 智春さん? 聞こえてますか? あれ、おかしいな? はっ!? 貴様、智春さんじゃないなっ!? 智春さんをどうした!』


 いつの間にか俺が囚われの身になってしまっている。


「康介……」


『あ、智春さんだった。大丈夫です?』


「大丈夫やないんは、お前の頭の中や」


『俺はいたって平凡ですよ?』


 電話の向こうでキョトンとしているのが分かるような声だ。


「そういう意味やないっちゅーか……。まぁ、ええわ。例のモン数揃えたで、送ったらええん?」


『あ、受け取りに行きます! 豊洲ですよね!』


「おん」


『じゃあ今すぐ……は、ちょっと無理そうなので、本当は今すぐ行きたいんですけどっ、明日、昼頃には行けると思います』


「分かった。したら、昼過ぎにダンジョン前でな」


『はい。あの、まだ時間大丈夫です? あと二時間ぐらいしゃべ』ブツッ。


 は~怖い怖い。


「出会った頃は、あんなキャラとちゃうかってんけどな」


 電話の相手は、残念ながら俺のことが大好きな女の人、ではない。知人の知り合いで、訳あってダンジョン探索者の先輩として、一時期指導していたことのある、成人男性だ。その時の彼は、どちらかと言えば、暗くて消極的で「生きるとは」を真面目に考え込んでしまうような子だった。


 まぁ、あの頃より今の方が、俺に対しての言動がおかしいだけで問題はない。聞いたところによると、仕事は真面目にこなしてるみたいだし。




 一旦ダンジョンから離れ、買い出しをする。ダンジョンの周囲には探索者用に、「爆買い歓迎」な店が集まっていた。買い込んだものは、後でダンジョン内まで配達してくれる。弁当などの食料も温かいまま爆買いできるので助かる。


「こんなもんか」


 買い込んだものを指を折って、確認する。買い忘れはないだろう。あとは暇つぶし用に雑誌を買おう。それから、手芸用品。……は時間が時間だから明日だな。


 豊洲ダンジョンに戻り、配達を待つ。ほぼ時間ぴったりに次々届けてくれた。これでまたしばらく籠もっていられるぞ。




 入口あたりで、いい香りを放つ串肉を買った。立ち食いしながら、中の様子を眺める。夕食時だからか、あちこちからいい匂いがし、人も多くなっていた。


 奥の方で歓声が上がった。若いグループがいて、一人十代後半ぐらいの子が両手を上げてなにか喜んでいる。俺も人のことは言えないが、その子も武装してはいない。それどころか制服だ。初心者だろう。


 なにか、嫌な予感がした。こういうのには従ったほうがいい。二階層に行くよりも、出てしまったほうが早い。足早にダンジョンの外へと出た。外は外でビアガーデンの様相で盛り上がっていた。


 気分が落ち着くまで外にいようと、そう思ったときだった。


 ドゴーンっと腹に響くような爆音が聞こえた。一瞬で出入り口のガラス扉が弾け、モワモワと煙が吹き出してくる。静まり返った次の瞬間、周囲は蜂の巣を突付いたようにパニックになった。悲鳴と怒号が飛び交い、中からたくさんの人が転がり出てくる。


 「逃げろ!」という誰かの声で、ぶつかり転びながら人が散っていく。俺は巻き込まれないように壁際でそれを見送っていた。スマホを取り出す。


「だ、誰か! 救急車を!」


 中から出てきた一人が、血まみれでそう叫んだ。周囲を見る。何人か、スマホを持ってはいたが動画を撮っているようだった。こういうときの心理は、誰かが電話してくれているだろ、だ。


『はい。119番です。火事ですか、救急ですか?』


「救急車をお願いします。場所は豊洲ダンジョンです。一階層にて爆発。怪我人は多数いると思われます」


『っ、すぐに向かいます。ダンジョン内には入ることが出来ますか? モンスターの可能性は?』


「モンスターの可能性は低いです。ちょっとお待ち下さい」


 俺はダンジョンから出てきた血まみれの男に近づいた。意識はハッキリしているようだ。


「救急車呼んだからな。これ、まだ通話中やねん、ちょお持っとって」


 その手にスマホを握らせ、壊れたガラス扉から中に入る。明かりはダンジョン由来のものなので、暗くはなっていない。ただ煙が酷い。チラチラと何かが燃えているのが分かった。そこいら中でうめき声と泣き声が聞こえる。惨憺たる状況だった。


「もしもし?」


 外に出て、スマホを手に取る。


『はい』


「火災も起こってるようです。ダンジョンには問題なく入れます。モンスターではないです。怪我人は、数え切れないです」


 伝えることを伝え、通話を切る。周囲には野次馬が増え始めていた。


「回復系持っとるヤツおらんかっ!? 中に怪我人がようさんおるんや!!」


 皆が顔を見合わせる。スキルの回復系を持っている人間は、少ないと言われている。ゲームのようにポンポン回復できないのが現実のダンジョン攻略だ。たまにヒールポーションが出るが、皆自分のために溜め込む傾向にある。


 サイレンが聞こえてきた。回復所持者は現れない。


「今からここは戦場や。見とるだけやったらどっかいってくれ。邪魔や」


 血まみれの男に肩を貸し、出入りに問題のない場所まで移動してもらう。俺の発言にアホなことを言うやつもいたが、大体の人は思い思いに動き始めた。周囲の店に駆け込み、毛布を抱えてくる人。ベンチを移動させる人。ペットボトルの水を箱で抱えてくる人。交通整理を始める人。


 日本もまだ捨てたもんやないなぁと、思った。


 続々と救急車や消防車が到着し、警察も到着した。果敢に中へと入っていく人たちを見送り、長く息を吐いた。今になってちょっと手が震えている。


 康介から怒涛のような通知が届き始めた。「大丈夫だから、大人しくしてろ」と送っておいた。明日のことを思うと気が重いが、これじゃあ明日入れるかどうかも分からない。ひとまず、明日のことは明日考えよう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 野生の勘てバカにできないですね。 しかし現代社会と地続きなダンジョン感がいいですね。 救急や消防、警察もきちんと仕事をしてるのが新鮮。 [気になる点] えええええ!? テロ関係とかそういう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ