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過去は過去でもうどうでもいい


 ぬいぐるみたちはとりあえず、クリーンを掛けてから収納から出したテーブルの上に並べておく。火も使ったし、損傷がないかチェックしとかないと。


 ぐるりと部屋を見回す。木の中なのは変わりないらしい。相変わらず木のいい香りがする。あれだ、檜風呂の入浴剤的な。本物知らんから、本当に檜の香りなのかはよく分からないけど。


 いつものリクライニングチェアを出す。忘れていた、と、自分にクリーンを掛け、ついでに部屋着に着替える。


「さてと」


 イスに腰掛け、ロイドからチェックしていく。鉤爪を装着しているモフ手と、走り回るモフ足は丁寧に。今回は火傷がないかも確認する。


「よし、次」


 ロイドを収納に仕舞い、アリスを取り上げる。こちらも手足を念入りに。スカートの裾が少しほつれてきている。これぐらいなら『リペア』ではなく、手で縫い直したほうがいいかな。


 リペアはぬいぐるみ遣いのスキルで、自分のぬいぐるみに対して回復を掛けることができる。腕がもげたくらいなら治すことが出来るが、破裂したり燃え尽きたりすると、もう戻せない。


「それでゆーたら、ジョニーと一緒に暴れさすんは危ないんやけどな」


 かといって、ジョニーだけでは決め手に欠けるし、物理が通じにくいモンスターもいるので、ジョニーがいらないわけでもない。


 まぁ、進みづらくなったら他のダンジョンに行けばいいだけだ。


 アリスは仕舞わずテーブルに戻し、ジョニーを手に取る。元々丈夫な革なので、ぬいぐるみなのに手触りはいまいち。ほつれがあるとそこから中の綿に引火するので、縫い目を念入りに確認。うん。大丈夫。


 ジョニーを仕舞い、ソーイングセットを取り出す。針と糸を準備し、ほつれている部分をササッと直す。


「っし、終わりっと。さぁて、早いけど飯にしようかなぁ」


 うーんと伸びをする。


 収納リスト見ていると、ふと、『作りかけのぬいぐるみ』という言葉に目が止まった。取り出す気にはなれない、まだ型紙からおこしたばかりのもの。


「ぬいぐるみに罪はない……てな」


 アリスをポンポンと撫で、収納に仕舞った。代わりにピザを取り出す。今日のオヤツ兼夕食だ。ナゲットとサラダも付いてるぞ。ビールも飲んじゃおう。冷えた缶ビールを取り出し、一人で乾杯をする。ダンジョン暮らしバンザイ!



 ◆◇◆◇



 初めて針と糸を持ったのは、小学校に上がったばかりの頃だった。両親が共働きで夜遅くまで一人。取れてしまった制服のボタンをつけ直そうとしたのが始まりだ。


 それから、ゼッケンを付けたり、袋を縫ったり、雑巾を縫ったりした。外で遊ぶよりも、ちまちま針を動かしている方が楽しかった。

 百均で、簡単なフェルトで作るキットを買ってきては作った。すぐにそれでは飽き足らず、図書室で本を借りてきて、切るところから始めた。


 その頃はまだ、「器用だね」「すごいね」で済んだ。けれど大きくなるにつれ、「男子のくせに」とか言われ始める。カバンに付けていくことも、ぬいぐるみの話もしなくなった。それでも、家ではせっせと作っていた。誕生日のプレゼントに、ミシンをねだるほどにはハマっていた。


 中学、高校と順当に進み、その間に両親は離婚して婆ちゃんと住むことになっていた。婆ちゃんは、着物の端切れなんかをくれて、応援してくれた。


 大学。婆ちゃんが亡くなり一人暮らし。そして就職。四十を越えて、結婚。


 彼女はぬいぐるみのことを知っていた。知っていて、結婚を受けてくれた。なのに。


「いつまでもいつまでも! こんなのいらないの!」


 誕生日プレゼントに差し出したウサギのぬいぐるみを床に叩きつけ、髪を振り乱して喚いた。


「ああ、もちろん、ネックレスも……」


「違う! こんな安物じゃないわよ! ちゃんと写真まで付けたのに、何でこんなどこのものともしれないもの買うの!? 信じらんない!」


 彼女が言うには、一流企業とやらに勤めている俺にしか価値はないらしい。ねだったそれを買ってくれれば、趣味がなんだろうとどうでも良かったらしい。なのに、結婚してからは財布の紐は固くなるばかり。


 「気持ち悪い」と、彼女は言った。そして、今まで寄越したぬいぐるみは、すべてフリマで売っていたと、笑いながら言った。それなりの小遣いにはなったと。


 部屋を出ていく彼女を見送り、ウサギのぬいぐるみ拾い上げた。興味がないことは知っていた。受け取らなくてもいい。ただ、これが俺なのだ。ぬいぐるみを作るのが好きな俺。それを、否定しないでほしかった。


 離婚をし、なんやかんやと金が出ていき、トドメのように一流企業とやらが倒産した。四十過ぎのおっさんだ。取り立てて特技もない。いや、ぬいぐるみは作れるが、商売にする気はなかった。再就職もままならず、気づけばホームレス。案外苦でもないと思っていたところに、モンスター出現、そしてダンジョン騒動が起こった。



 ◆◇◆◇



「うぉ。寝てた」


 久しぶりのアルコールに、うつらうつらしていたようだ。付いていた肘が、ガクンとなって目が覚めた。なんかろくでもない夢を見ていた気がする。収納から冷えたペットボトルの水を取り出して、一気にあおった。


「ん〜! 今何時や……。午後九時。小腹でも満たして、映画でも見るかぁ」


 伸びをして、立ち上がる。いったん全部収納に仕舞い、イスではなくエアマットを取り出す。その上で胡座をかき、掛けうどん(小)をすすった。


 あ、寝転ぶ前にトイレ。部屋の隅にドンと工事現場にあるような仮設トイレを出す。ダンジョン用に進化していて、音漏れニオイ漏れはもちろんしないし、出したものは特殊素材ですぐさま分解される。ダンジョンの外でも使えて、災害用としても、備蓄されつつあるらしい。用を足して、収納に戻す。


 クリーンを掛けて、マットに寝転ぶ。DVDプレイヤーを取り出し、適当なのをセットする。通信が使えたら、配信で見るんだけどなぁ。よりによってセットされたのが、テレビから怖い人が出てくるアレだった。適当にまとめて買ったからな。まぁいいや。再生。


 ……………


 やっぱり今日は早めに寝よう。停止ボタンを押し、そそくさと収納にしまう。いつだったか、飲み会でもらった笑い袋を取り出す。ぐにっと押すと、ゲラゲラ笑い声が響いた。うん。よし。こんなもんやろ。寝よ。




 ……ブリッジで笑いながら追いかけてくる女の夢を見た。


 最悪の気分を振り払うかのように、全力ラジオ体操。第二もこなす。ダンジョンに潜るようになって、筋肉が付いて腹の肉がちょっと増えた。


 まぁ、朝からこんなもん食ってたらなと思う。


 今日の朝食。ダブルハンバーガー二個。コーラ。ポテトL。プリン。チョコパイ。


 若者にしたら、普通だろうな。でも幸い、胃腸はすこぶる元気。一時期避けていた油ものも、美味しくいただけるようになった。いいことだ。


 今日の予定は、……特にない。ダラダラしよう。収納出し入れの儀式を行い、リクライニングチェアに深く腰掛ける。ふむ。DVD再チャレンジと行こう。もちろんDVDは別のを入れる。寝ないように、コーヒーを出しておこう。




 それから、四日間。俺は引きこもっていた。そろそろこの空間も飽きてきたので、動こうと思う。片付け、ウサギとクマを取り出す。


「『起きろ』」 きゅぴーん。


 ロイドとアリスが立ち上がった。


「おっはよ~! さぁさぁ今日も、ボッコボコ〜」

「おはようございます。マスター。今日もおまかせくださいませ♪」


「おはよーさん。今日は三十四階層に続く階段探すで」


「お〜頑張る〜!」


 ロイドがピッと手を上げれば、アリスも手を上げた。


「三十四階層に降りますの?」


「うーん。どうやろうな。時間次第かな」


 ちなみに今もう昼過ぎ。探索を始めるには遅い時間だが、別に日が暮れるわけはないので、真夜中だろうと動こうと思えば動ける。

 ちなみにちなみに。今すごいアイスクリームが食べたい。収納に入れていなかったことを後悔している。なので、階段に着いたとき、アイス熱が冷めてなかったら地上に戻るだろう。


「よっしゃ、行こか」


 二体を引き連れ、閉まっていた木の扉の前に立つ。ごごっと音がして扉が開いた。ぬるっと外に出ると、なんか、黒い群れが見える。


「蟻さんだぁ」


 蟻さんやねぇ。エンカウント早すぎない?


「ふふふ。昨日……いえ、この間の反省を活かしまして、今日は皆潰しですわよ!」


 やる気満々らしいので、おまかせしましょう。


「したら、俺はいつも通り後方な。頼んだでぇ」


「「了解」ですわ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] スキルがランダム的でぬい関係が出てきたのかなぁと思ってたら、ちゃんとぬい好きがぬい使いになれてたのでとてもほっこりしました。 よきかな。
[一言] まあなんだ。屑と別れられてよかった。
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