きゅぴーん
三十二階層の水晶前。目の前には三十三階への下り階段がある。二階層とは違い、地面に階段の穴が開いてる。こういうタイプは見つけにくいので大変だ。
「さてと」
収納からぬいぐるみを取り出す。四十センチサイズのもふもふのクマだ。そしてもう一つ、同じサイズの垂れ耳ウサギ。地面にそっと置く。
「『起きろ』」
額のあたりにそれぞれ手を置き、魔力を流す。
きゅぴーんと、電子音みたいなのが鳴る。
座っていたぬいぐるみが、むくりと二体とも起き上がって、俺を見上げてきた。
「おはよーさん」
声をかけると、それぞれ目覚めのポーズを取った。
「おっはよ~! さぁさぁ今日も、ボッコボコ〜」
顎に手を当てニヒルに笑って見せるクマ。左目に眼帯をしていて、海賊風の衣装を着ている。喋りはゆるいがボコるときは容赦ないクマ。名前はロイド。
「おはようございます。マスター。今日もおまかせくださいませ♪」
優雅にカーテシーを見せる垂れ耳ウサギ。頭に大きな黒いリボンを付け、ゴスロリを着こなしている。上品な物腰だが、ボコるときはやっぱり容赦ないウサギ。名前はアリス。
この二体が主なメンバーでダンジョンを潜っている。
スキル名は『ぬいぐるみ遣い』。
「よっしゃ。ほんなら、慣らしがてらこの階しばらくウロウロするか」
水晶がある付近はセーフティエリアになっているようで、モンスターは襲ってこない。周囲を窺いつつ、自分の武器を取り出す。腰の双剣は、ぶっちゃけ今は飾りだ。初期の頃使っていたものだが、武器を持っていないとなめられるので見えるように持っている。
小さな弾丸の形をした”ぬいぐるみ”。定義はよくわからないが、縫って中になにかを詰めたらぬいぐるみなのだろうと、勝手に思っている。それが四つ。同じように魔力を込めて起こす。周囲にふわふわと浮いたら配置完了。
その間に、ロイドは鉤爪を両方のモフ手に装着。アリスは自分の身長よりデカい巨大ハンマー。彼らも何故か収納を獲得していて、武器やらなんやらを自分で出し入れしていた。
「準備ばんたーん!」
「準備OKですわ」
「ほな行くでぇ」
とりあえず水晶エリアから離れる。三十二階層はだだっ広い荒野エリアだ。ところどころに岩山がある。すると、すぐに地響きが聞こえてきた。土煙を上げてなにかが走ってくる。
「まず一匹」
弾丸のぬいぐるみを二つ、そちらに飛ばす。走ってきているのは、小型自動車ぐらいありそうなサイだ。角が五本ぐらいある。その頭部に弾丸が当たり、そのまま貫通した。
「あれ?」
二発目が目標を見失い帰ってきた。一発目も自動で戻ってくる。遅れて、ずどぉんとサイが横倒しになった。キラキラとエフェクトを残して消える。
「ひどいよ、マスター! ボクたちの分はー?」
「さすがマスターですわ。でも、ワタクシも暴れたいです」
両サイドからプンスカされる。
「まぁまぁ。ほら、次は任せるから」
ちょうど二体のサイが走ってきた。
「殲滅〜!」
「ボッコボコですわ~!」
元気よく駆け出す二体を見送り、さっきのサイが消えた辺りに向かう。
「お。お肉ゲットぉ」
何故か真空パックされた肉が落ちていた。しかも何故か牛肉だ。二百グラムある。これで買取価格がだいたい三百円だ。市場に出るともうちょっと上がる。
「マスター」
二体が戻ってきた。
「ドロップアイテムありませんでしたわ」
「ボクもハズレだった~」
「んじゃあ、肉が十個出るまでサイしばこか」
収納に入れておくと腐らないので非常食にいい。もっとも自分で料理をすることは、めったにない。本当の非常食扱いだ。
「「了解」ですわ」
テテーっとそれぞれ別れて荒野を走っていく。最初は心配したが、この辺のモンスターなら問題ない強さになっている。放っといてもいいだろう。
自分は自分で狩ろうと歩き出す。岩陰にサイを発見。浮かせたままの弾丸を、今度は一つだけ飛ばす。革製で中身は綿なのに、岩みたいに硬いサイの皮膚を貫いていった。
「やっぱり、強なっとんな。前来たときは二発いったのに。一ヶ月……二ヶ月くらい経つんかいな、前来てから」
まぁ最深部でもないし、こんなもんかと、早々に考えるのをやめる。
ドロップアイテムはなかった。
そうしてウロウロしつつ、出会い頭の一発でサイを屠っていく。現在の戦利品、牛肉一パック。魔石三個。物欲センサーが働いているのか、肉が出ない。
ふと、空に見慣れた茶色い姿が舞っているのが見えた。突き上げられたのかと思ったが、ロイドは楽しそうにドリルのように回転しながら落ちていった。大丈夫そうだ。
「マスター! ご覧になって!」
アリスが駆けて来た。モフ手で牛肉三パックを掴み、ブンブン振っている。いつも思うが、どうやって持ってるんだろう。
「お、すごいやん。俺まだ一個やで」
「うふふ。まだまだ行きますわよ♪ あ、お肉!」
突進してくるサイをお肉呼ばわりし、アリスはハンマーを振りかぶった。「ふんっ」と振り回したハンマーが、サイの顔面にめり込みギャグマンガのようにサイの体が寸詰まりになる。それだけの衝撃なのに、アリスは全くその場を動いていないという不思議。
「ボッコボコにして差し上げますわ!」
ジャンプしたかと思うと、モグラたたきのようにサイを滅多打ち。サイは耐えきれずキラキラになって、最後の一撃はズドンと地面に穴を空けた。
「ふぅ~」
やりきったとばかりに、額の汗を拭う仕草をするアリス。ぬいぐるみなので、汗はかかないけども。
「残念。ハズレですわ」
ドロップアイテムが出ずしょんぼりしたアリスの肩を、いつの間にか戻ってきていたロイドがポンと叩く。
「ボクは出たよ~?」
ジャ~ン♪と真空パックを四つ取り出すロイド。むぅと頰を膨らますアリスに、ニコニコと「五体倒して四つ肉〜♪」と自慢している。
「はいはい。どっちもスゴイから。俺なんて一パックよ?」
「「マスターはいいのです!」」
「そぉお?」
「そうそう。マスターはぁ、最終兵器だから!」
「……どのへんが最終兵器なんやら」
ロイドの言葉に首をひねる。
「違いますわよ。女王様ですわ!」
「せめて王様にしてくれんかな」
アリスの言葉に反対側に首をひねる。
「まぁええわ。もうちょっと狩ってから、下降りよか。リンクは切れる前に早めにゆってや」
二体の額に手を当て魔力を補充する。
「「はーい!」」
良い返事をして、ロイドとアリスはまた走り出した。
一時間ほどで目標達成した。怪我がないことを確認し、三十三階層へと降りる。そこに広がっていたのは、さっきと同じ荒野だった。
「ん〜?」
目の上に手でひさしを作る。地平線がなにか黒い。しかもどんどん近づいてきている気がする。
「蟻やな」
地面を真っ黒に染めながら波のように近づいてきているのは、蟻の大群のようだ。
「蟻はなぁ、数が洒落にならんのよな」
普通は広域魔法で殲滅するが。
「はいは~い! ボクが行く〜!」
ロイドが名乗り出た。まぁ大丈夫だろうと許可を出す。一匹が大型犬くらいのデカさの蟻が、これでもかと迫ってきた。カサカサと無限に聞こえる音に、思わず背中が痒くなる。
大きくジャンプしたロイドが群れの中に着地。瞬間、ものすごい勢いで回転し始めた。なぜか、バレリーナのように片足で立ちもう片方の足を上げた状態で。両手は広げている。ギャリギャリと耳障りな音とともに、蟻たちが切り裂かれて空に舞い始めた。
「楽しそうですわ~」
アリスの言葉に、やってることは大量虐殺なのだがと思う。でもたしかに、ロイドは楽しんでいる。楽しそうな笑い声が、蟻たちの「ギィギィ」という声に混じって聞こえる。蟻たちはさぞかし恐ろしいだろう。
「スピードアップ、行くよ~!」
片足立ち高速回転のまま移動していくロイド。蟻の群れの中央部からキラキラが舞う。群れがドーナツ状になった蟻の一部が、パニックになったようにこっちに向かってきた。
「では、ワタクシも参りますわ」
優雅にアリスが足を踏み出す。巨大ハンマーを持ち上げ、振り下ろした。
「えいっ!」
掛け声はかわいらしいが、その一撃で蟻の上半身が潰れている。
「脆いですわ」
そんなことはない。蟻のドロップアイテムである殻は防具に使われるくらい強度はある。それを次々ぺしゃんこにしていくアリス。
「……相変わらず、俺の出番あらへんな」
ときどき漏れたやつや、逸れて逃げようとするのを弾丸を飛ばして倒していく。
「あ……」
弾丸の一つに手応えがなくなった。破れたか弾けたかしたんだろう。壊れるとリンクが切れ動かせなくなる。弾丸のぬいぐるみはこういう事が多いので、あえて自我を持たせていない。ロイドやアリスのようにキャラを持ってしまったら、使いにくい。
新しい弾丸を取り出した頃には、戦闘はほぼ終わっていた。キラキラとそこら中が光にあふれている。アイテムドロップ集めるのが大変そうだ。収納は高性能なのに、範囲収納ができない。取り出しはひとまとめで出てくるのに。
「「せんっめつっ!」」
イェーイ!とハイタッチするロイドとアリス。晴れ晴れした顔を向けられたので、サムズアップしておく。
「お疲れさん。悪いけど回収していってか」
「「はぁい!」」
腰を折り、一個一個収納に放り込んでいく。足で触って収納とか出来たらまだいいのに。地味に中腰がしんどい。しゃがんで移動もしんどい。回収用のぬいぐるみを作ろうかな、と、本気で考えた。ロイドたちはキャッキャと高速アイテム拾いをしている。ここでも俺の出番がなさそうだ。