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始まりの日 SIDE康介

街の破壊や、電車でのパニック描写が続きます。苦手な方は飛ばしてくださいね。


 その日はいつもと同じ、晴れ渡った青空の下電車に揺られていた。こんなに晴れているのに、俺は地下街へとバイトに行かなければならない。ぼんやりと、このまま電車に乗っていたらどこへ行くんだろうと考えた。いや、終点が目的地だった。乗り換えて、どこまでもどこまでも。


 疲れているんだとため息をついた。


 浪人二年目。徐々にバイトの時間が増え、相対的に勉強に当てる時間が減る。何のために浪人してまで、あの大学に入りたかったのか、それさえ疑問に思い始める始末だ。


 窓の外には住宅街が広がっている。


 ぐらっと、不意に電車が横揺れをした。いつもの揺れじゃないと思った瞬間、下から突き上げるような揺れがあった。車内に悲鳴が響き、電車は急停車をはじめた。立っていた人が、ドドドッと倒れる。俺はドア付近にいたが、それでも押しつぶされそうな重みを受けた。


「なんだ、どうしたんだっ!?」

「いたーい!」

「地震かっ!?」

「重い! 早くどいて!」


 悲鳴と怒号。おかしい、地震なら事前に止まるんじゃないのか? いや、感知してから止まるのか。それにしても……。手にしたままだったスマホに目を落とす。何の通知も来ない。こういう時って、いっせいに鳴ったりするものだと思ったけど。


「なにコレ。使えないわ!」

「電波が来てない。どういうことだ?」

「ダメだ。救急も繋がらないぞ!」


 倒れた人を助け起こす人。スマホを手に外と連絡しようとする人。泣き出す人。


 ブツッとマイクの音が入った。


『急停車大変申し訳ありません。ただいま状況を確認中です。もうしばらくそのままお待ち下さい』


 慌てたような上ずった声だった。


「……おい。何だあれ……?」


 騒ぎの中、誰かの声が不思議とよく聞こえた。窓の外を指さしている。ちょうど俺がいる方の窓だったので、体をずらして窓の外を見た。


 車両の前方、ビル群が見える。そのビルの谷間に、あり得ないものが”いる”のが見えた。


「何だあれ……」


 そうとしか言いようがない。


 そこにいたのは、ビルとさほど背丈の変わらない、化け物だった。ゴリラのような体に、ワニのような顔が付いている。遠目でよくわからないが、オフィスビルだろう。それと同じ背丈の化け物だ。あり得ない。

 まるで一瞬で怪獣映画に入り込んでしまったかのような光景だった。しかも、動いている。


「なにかのイベントか?」


 そんな事を言ってスマホを向けている人間もいた。


 化け物が、身を屈めた。起こす。手にしている何かを、放り投げた。


 放物線を描いて地に落ちた何か。住宅街に落ちたそれが、轟音とともに爆発するのを、呆然と見ていた。


「嘘でしょう。あれ、車……」


 自動車を、まるでミニカーのように放り投げた。落ち着き始めた車内が、再び騒ぎになった。誰かが降ろしてくれと叫び、連鎖するように声が上がった。


 サイレンの音が響き始めた。


『今からドアを開けます!』


 半ば悲鳴じみた運転手か車掌の声が響いた。


『外部と連絡が取れません! 緊急事態と判断して、ドアを開けます。ドア付近にいる方はご注意下さい! 押さないで、ゆっくり、高さがあります、ゆっくりと降りて下さい。お願いします。協力して降りて下さい。降りたら後方へ、怪我のないように進んで下さい。周囲の物には触らないように、ひぃぃ!』


 まるで、現実感のない光景だった。


 化け物がビルに腕を回した。抱きしめるように。おもちゃのように、ビルが折れるのが見えた。上半分が、落下し、土煙をあげたあと、炎があがった。


 唸りをあげてパトカーが線路脇の道を走っていった。


『ドアが開きます! お気をつけてお降り下さい! どうか、どうかご無事で……』


 祈るような声のあと、プシューっとドアが開いた。


 一目散に、サラリーマン風の男が飛び降りた。ずいぶん高く感じる。しかも下は石だ。転ければ怪我をする。


「順番に降りるんだ!」


 躊躇している人たちに、彼は手を振った。意を決して、俺もなんとか車両から降りた。


「手伝って!」


 サラリーマンに言われるがまま、降りようとする人たちに手を貸す。


「ゆっくり。飛び降りないで! 押さないで!」


 次々と、それぞれの車両から人々が降りてくる。みんな無事というわけではない。着地に失敗して膝や額から血を流している人もいる。停車時のものか、スカートが破けていたり、上着が引きちぎれている人もいた。

 そんな中、スマホで動画を撮っている人間もいた。まるで怪獣映画だと、危機感のなさそうな声で。誰も咎めない。一枚、二枚ととりあえず写真を撮る人もいた。

 通じないスマホを握りしめ、誰かの名を呼び続ける人。一目散に走って逃げる人。怪我人の手当をしている人。手を合わせなにかに祈る人……。


 不意にバリバリバリっと音がした。照明が落ちた。悲鳴が起こる。ずっと前方の線路上に、街路樹だろう木が落ちているのが見えた。


「こんな、こんなのって……」


 なんとか車両から降りられた女性が、その場で膝から崩れ落ち泣き出した。


「止まらないで! 歩くんだ!」


 サラリーマンが引っ張る。なんとかその場からどかし、残る人たちが降りるのを手伝う。


 ゾロゾロと人々は線路上を避け、フェンス際を歩きだしていた。後方で音が鳴るたびに不安そうに振り返っている。化け物は相変わらず暴れていた。バラバラと音がして、振り仰ぐとヘリコプターが飛んでいるのが見えた。あれは報道機関だろうか、それとも自衛隊だろうか。


「よし。この人でこの車両からの退避は終わりだな」


 サラリーマンの男の顔にはどこか安堵が浮かんでいた。この車両で最後の、おばあさんが両脇から支えられるようにして、どうにかこうにか地面に足を下ろした。


「ありがとうねぇ」


 疲れた顔に笑みを浮かべ、おばあさんはサラリーマンに支えられながら移動を始めた。車両の中を覗く。誰かの荷物がそのまま散らかっていた。誰も残っていないことを確認して、俺も車両を離れた。他の車両からも、続々と人が救出されている。鉄道会社の制服を着た男性が、声を張り上げながら誘導していた。声が潰れている。


 再び轟音が響いた。空で。飛んでいたヘリが、車と一緒に炎に包まれながら落ちていくのが見えた。泣き叫ぶ声が聞こえた。立ち尽くす俺を、誰かが引っ張った。


「逃げるんだよ!」


 見知らぬおばさんだった。


「ボーっとしてるんじゃないよ。逃げるんだよ!」


 おばさんは俺から離れ、座り込んでいる人に次々と声をかけていった。


 逃げるって、どこに逃げるんだ。どこに逃げたって、あんなのに太刀打ちできない。避難所に駆け込んだって、建物ごと潰される。地下か? 出られなくなったら、いや、きっとここから離れさえすれば……。


「嘘だろう??」


 誰かがスマホを見ながら震えていた。俺も自分のを見た。いつの間にか回線が繋がっていた。通知がいくつも来ている。ニュースサイトの通知に目が止まった。開くと、日本の各地で化け物の襲撃があることが報道されていた。写真もあった。象みたいな化け物が、国会議事堂を襲っていた。日本国内の通信は復活したが、国外へはまだ通じないと書いてあった。日本だけなんてことはないだろう。世界中でこんな事になっているのだと思った。


 歩きだす。とりあえず、そう、とりあえず家族のもとに戻ろう。無事だと、無事か?とメッセージは来た。大丈夫だと送った。いつまでも自宅が安全だとは限らない。合流しないと。


 踏切の場所から、幹線道路へと出た。途中の自販機で、いくつか水とお茶を買った。コンビニやスーパーには人が殺到していた。道路は渋滞している。サイレンとクラクションが聞こえた。家々から人が顔を覗かせ、不安そうに近所の住民と喋っている。消防団だろうか、ヘルメットをかぶった男たちが走っていった。


 家までの道のりがわからない。スマホのマップは機能していない。線路沿いを歩いていくことにした。電車もバスも止まっているだろう。タクシーも渋滞じゃ使えない。いつも利用している駅まで歩いて、自転車を引っ張り出してこないと。それから。それからどうしたらいいんだっけ。


 夢中で歩いた。どれぐらい歩いたか、なじみのある風景にたどり着いた。自転車を出し、家路を急ぐ。その最中にも電話が鳴り、通知が届いた。今のところ、家族や知人に死傷者の情報はない。

 家に着いた。母親が飛び出してきた。不安だったんだろう、そんなキャラじゃないのに抱きついてきた。父親は仕事中だったが、現在帰宅中、渋滞に巻き込まれているらしい。弟は友達とともに、学校にいるようだ。

 とりあえず中に入り、持ち出せるものをまとめることにした。災害時用に買っておいた、リュックがあった。買っておくもんだなと、中身を確認したら、案の定消費期限切れのものがあった。直ぐ近くにあるスーパーに母親が走った。まだ物はあるだろうか。



お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごい緊張感。 リアル感があって、息をつめて読んでしまいました。 [一言] 普通の人間にとっては、ダンジョン出現なんて悪夢でしかないですよね。 怖い。
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