担ぐ君
「さぁて。爆走前に、担ぐ君の準備や」
取り出したのは、軍手うさぎ✕四。軍手の片方でうさぎの顔を作り、もう片方が胴体だ。普通パペットみたいに指で手になる部分を動かすんだが、俺のは変則的だ。胴体の方に綿を詰め、手首のところをきゅっと詰めて、顔とくっつけてある。つまり、うさぎの顔に、五本の指というか足が生えている状態だ。こんなものでもぬいぐるみ認定される。
「『起きろ』」
四つ並べて起動させる。ムクリと手袋が起き上がった。ロイドたちのようにポーズを取らないし、しゃべらない。能力に全振りしたぬいぐるみだ。
「カート担いで付いといで」
ワラワラとうさぎがバラけ、カートの四隅を持って持ち上げた。親指と小指で持ち上げ、あとの指で走る。
「よっしゃ。行くでー! モンスターは極力回避。邪魔なやつは蹴散らす方向で。ドロップアイテムは珍しいもん以外は無視してええでー」
「「「らじゃー!」」」
ジョニーは帰らそうと思ったが、きゅるんと目を潤ませ「我も手伝うのだ」と駄々をこねるので、そのまま稼働してもらう。
まぁ、魔力はまだ五割はあるから大丈夫だろう。そのうち回復するだろうし。
念入りにストレッチしてから、駆け出す。爆走である。マンガのように走ったあとに土煙が立つほどである。人がいたら轢き殺しかねないので、ジョニーを先に飛ばして先導してもらう。
担ぐ君たちもこの爆走についてくる。四体で一つの意志らしく、階段の上り下り、ジャンプも問題ない。問題があるとすれば、見た目か。三本足で走る軍手うさぎたちは、結構怖い。目も付けてないからなぁ。
「だっはー!」
アリスが迫ってきたデカいウサギをかっ飛ばす。すでに七階層まで戻ってきた。階段では流石にスピードが落ちるが、平地は走りやすい。途中うろついていた探索者を迂回しつつ、爆走を続ける。
ちなみに、スキルでもなんでもない。ただの身体能力のゴリ押しだ。ただこれをすると、筋肉痛は必至だ。
「主、主。階段途中に人間が三名」
先を行っていたジョニーが教えてくれる。
「軍手うさぎ。スピード落として」
とととっと爆走から並足になった。急激にスピードを落として、ガクンとなることもない。うん。優秀やな。
階段を登り始めると、中間あたりで屯している人たちがいた。
「はーい。通行料……げぇ!? ぬいぐるみ野郎!?」
まだやってんのか、こいつら。懲りてないな。いつぞやの恐喝野郎たちじゃーないの。
「剥く? 剥くよ? 剥かねば!」
アリスがハサミを取り出しながら、変な三段活用をしている。
「ぎゃー!! すいませんでした! もうしません! だから許してぇー!」
服の裾を切られて、みんなへそ出しルックになった。誰も腹筋割れてない。まぁ、おっさんも割れてないけども。
「はいはい。遊んどらんと、上行くでぇ。ちょっと、カート通らすで退いて」
ただでさえここの階段狭いんだから。
「これなんすか? 収納に入り切らなかった分? 俺容量あるんで、入れますよ?」
アホどもの一人が縛ってあるロープを解こうとしていた。後頭部を引っ叩いておく。
「やめんかい! 入れたが最後自分のもんにする気やろ。ちゅーか、それ死体やから入らへんで」
「ひっ!?」
みなが一斉に壁際に寄った。よしよし、これで通れる。軍手うさぎに指示を出して先に登らせた。
「な、なんでそんなもん運んで……」
「んん? おまえらも知らんのか。死体はゲート使えへんねや。やから放置するか、こうやって運び上げるかや」
「え。じゃあ、これ、あのとき一緒にいた……」
「あほう。ちゃうわ。たまたま知り合ったパーティーの一人や。あいつは先に帰っとる。おまえらも、ええ加減にせな、こうなるで。仲良さそうやけど、ちゃんと連れ帰ってくれるとええなぁ」
三人が顔を見合わせた。
「ほんならな」
ひらひらと手を振り、階段を駆け上がる。軍手うさぎとロイドたちは、登りきったところで待ってくれていた。
「おっし。行こか」
再び爆走。
連れ帰ってもらえる可能性は、そんなに高くない。死傷者が出た時点で、パーティーの危機だし、余裕もない。かばいあった結果、全滅することも珍しくない。良心に苛まれようと、見捨てるのが正解な場面もあるのだ。
六階層、五階層、さしたる問題もなく駆け抜ける。途中、靴を履き替えた。さすがにスピードを出すと消耗が激しくなる。
四階層。軍手うさぎの一体が蹴躓いて、カートが吹っ飛んだ。縛っといて良かった。中からの文句はないので、多分大丈夫。
三階層にたどり着いた。軍手うさぎたちを送還し、ここからは俺が引いて、普通の走る速度で上を目指す。ここからは初心者や、普通の人がいるからな。ついでに他のぬいぐるみたちも送還した。落ち着いたら、チェックして魔力の補充をしとかないと。
一人寂しくゴロゴロカートを引いていく。腕時計を見ると、午後六時半を回ったところだった。爆走したせいか、腹が空いた。なにか買っといてくれるって言ったけど、なんだろうなぁ。二階層、長い廊下を進む。ああ、このまま空き部屋に籠もりたい。
階段を登る。
「ああ! おかえりなさい! 智春さん!」
「……」
原始人が両手を広げて、出迎えてくれた。ボサボサの髪、ヒゲモジャ。ヒョウ柄の簡素な服で、片側の肩が出ている。その肩に、マンモスのぬいぐるみが乗っかっていた。片手にはハリボテらしい石斧まで握られている。
まぁ、康介なのだが。
「……なんでおるん」
「東に連絡したら、このダンジョンにいるって聞きまして。どうでしたか?」
「どうもこうも……」
日野くんには会ってへんのかな? というか、こいつ、この格好で出待ちしてたんだろうか。勇気ある者、勇者と呼ぼう。
「ちなみに、この格好はアニメキャラなので、別に珍しくないですよ。ペヨンちゃんです。原始時代から現代にタイムスリップしてきて、モデルを目指すんですよ」
「そうかいな」
最近はなんのコンセプトかまで報告してくれる。わりとどうでもいいので、ほとんど記憶に残っていない。
「それより、日野くん見んかった?」
「ひのくん……あ! この間の方ですね。えーと、向こうの方で数人といましたよ」
ということで、案内してもらう。
「あ! 武田さん! と、誰!?」
休憩スペースで座っていた日野くんが、俺たちを見つけて立ち上がった。後ろにいる原始人に驚いている。
「ああ、この間のナースや」
日野くんは目を丸くしていた。というか、雰囲気ぶち壊しやな。
「康介。着替えてこい」
「あ、そうですね。じゃあ……」
「ここで脱ぐな! 便所行け、便所」
「分かりましたよ、もう。押さないで下さい。狐屋行ってきます。あ、東もいるんで置いて行かないでくださいね」
原始人は爽やかな笑顔を浮かべてぽかんとしている人たちにペコリとし、裸足でぺったりぺったり歩いて行ってしまった。
「なんで東もおるねん」
呆れながら皆を振り返る。
「あ~あれは気にせんといて。それより、この人どうするん?」
広橋くんがはっと我に返った。
「あ、ああ。まずはここまで連れてきてくれてありがとう。ずいぶん早いんで驚いた。俺の車に乗せるよ。彼の、両親にも連絡した。ここまで、本当にありがとう」
少し言葉に詰まりながら、深く頭を下げる。美和さんも泣き顔のまま頭を下げた。
「カートそのまま持っていってええからな」
流石にロープでぐるぐる巻はアレなので、ロープだけ回収しておく。
「すまない。それで、対価のことなんだが」
「ああ、うん。なんでもええで」
「日野さんに少しだけ話を聞いていてな、こんなものしかないんだが」
広橋くんが収納から何かを取り出した。
「これはっ!」
スベスベした手触りと光沢。これは高級モヘアではないか。こっちは、アルパカだな。柔らかな手触りのファー。テディベアの素材として見たことがある。
「これ、何階で!?」
思わず身を乗り出して聞いたら、若干引かれた。
「いや、これは宝箱から出たんだ。十二階の。買い取り屋が値段がわからないって、買い取ってくれなくて……。今日も、そのつもりだった。なんてことない、いつもの宝箱だと思ったのに……」
一言で言えば、運が悪かった。今のところ判別はつかないみたいだし、条件もよく分かっていないんだろう。たまたま当たりを引いただけだ。
なんとも言えず、ただ俺は頷いた。
「じゃあ、対価はこれで十分や。無事に家まで送ってやり」
カートの持ち手を広橋くんに預ける。彼はもう一度、美和さんとともに頭を下げ、カートを引きながら一階層から出ていった。姿が見えなくなるまで見送る。初めてのことではないが、やるせない。
「終わりました? ご飯にしましょうよ、智春さん」
海パン一丁で浮き輪を持ち、シュノーケルを装着した康介がひょいっと俺を覗き込んだ。
空気を読め、このヤロウ。
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