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ダンジョンは甘くない


 三日ほどぐうたらした後、ようやく俺は動き出した。収納に全部仕舞い、忘れ物がないか確認して、扉の前に立つ。自動扉のように、ごごっと音を立てて石の扉が開いた。鼻歌交じりに外に出る。


 おっさんの名前は、武田智春という。もう五十近い。ちょっとタレ目がチャームポイントの不精ひげ男。いや、これは整えてこれなのだが。ホームレスからのダンジョンデビューである。


 二階層は基本的に夕方から夜に掛けてが一番人が多い。あと午前中は出勤者がチラホラ出てくる。すれ違う人と挨拶を交わすこともなく、三階層の方へと足を進めた。


 下りの階段がぽっかり口を開けていた。場所によって、段数はまちまちで、螺旋階段のところもある。ここ『豊洲ダンジョン』は三十段くらいの普通の階段だ。


 階段脇に、大きな水晶がぽつんと置かれている。これはダンジョン側のもので、階層を移動できる『ゲート』だ。触れるとタブレット画面みたいなのが出て、行き先を選べる。ただし、自分が行った階数まで。人に連れて行ってもらうことは出来ない。


「何層にするかなー」


 ぽんと水晶に触れる。淡く光って画面が出てきたのとほぼ同時に、階段の向こうから悲鳴が聞こえてきた。入り口を覗き込む。なにか泣きわめいているような声が聞こえた。


「ガラとちゃうねんけどなぁ」


 極力面倒事には関わりたくない。だが野次馬根性はあるのだ。見るだけ見るだけと、自分を納得させつつ階段を降りる。


 外に出る。実際はダンジョン内だが、空があるし風もある。だだっ広い草原が目の前に広がっていたが、いまさら感慨もない。視線で声の元を探る。


「あれかぁ……」


 年端も行かなそうな少年が、岩を背に座り込んでいるのが見えた。周囲にウサギが三匹ほど。少年は泣きながら包丁を振り回していた。


「うわ。厄介ごとの香りしかせぇへん」


 そもそも、一応ダンジョンに入っていいのは十八歳以上とされている。一応というは、子供が入っても別に咎められないからだ。なにしろフリーパス。ダンジョン内は無法地帯。治外法権なのだ。


 見てしまったものはしょうがない。見るだけやったんちゃうんかい!と自分にツッコみつつ、歩き出す。


 まず一匹。踵落としの要領で、一番手前にいたウサギを一撃で屠る。口から血を吐きながら絶命するウサギ。


「ひぃっ」


 少年が悲鳴をあげた。


 二匹目。蹴り飛ばす。少年の横で爆散する。三匹目。こっちに気づいて向かってきたので、手加減をして蹴り飛ばす。少年の目の前に転がった。


「ほら。トドメささんかい」


 せっかく譲ってあげたのに、ガタプルしているばかり。しょうがないので三匹目も消えてもらう。出てきたドロップアイテムは、魔石が一つ。毎回落としてくれるわけではないのが、世知辛い。拾い上げ、手の中で転がす。靴に入った小石のように、とても小さい魔石。


「なんでこんなところにおるん。自分一人か?」


 包丁を抱えたまま、真っ青な顔で視線も合わない。よほど怖かったんだろう。顔の横に血が垂れている。怪我……じゃなくて、ウサギのか。あれ、もしかして怯えてるのはさっきの爆散のせいか。


「あんなんで震えるんなら、これから先なんかとてもやないけど無理やで?」


 しゃがみ込み、声もなく泣き出した少年を覗き込む。


 嘘でも誇張でもなく、血しぶきは当たり前だし、骨も内臓もぶちまける。人に近い容姿のモンスターだっているし、なんなら人間同士のケンカであんなことになるときもある。


「なんでこんなところにおるん?」


 もう一度聞いてみると、小さな声で「お金が」と聞こえた。引っかき傷の付いた手で、包丁を握りしめている。


「お金がないから来たんか。ゆっとくけど、包丁なんかで太刀打ちできるようなん、スライムぐらいやで。ただの体操服やし、それ。諦めて他で働き」


「だ、だって、たくさん、いるんだ……」


「まともに稼げるんは五階層くらいからや。こんなん十五円やで?」


 さっきウサギからドロップした魔石を、少年の手のひらに乗せてやる。


「じゅうごえん……」


 呆然と少年が手のひらでそれを包む。塵も積もれば。頑張れば、一食分ぐらいは稼げるかもしれない。ただ、三階層は広い上にウサギのリポップ率は低い。瞬殺できるようになったとしても、稼げはしない。


「ほれ。送ったるけぇ、もう帰り」


 股間が濡れているのは見なかったことにしよう。血も付いてるし、大サービスでクリーンを掛けてやる。キレイにはなったが、傷までは癒えない。


「立って」


「だって、お金……」


「親にでも借りぃや」


「……親の借金だもん」


 うわちゃー。こらアカン。同時にやっぱりなーとも思う。小遣い欲しさに潜るようなタイプには見えない。


「スキルあるんか?」


 少年は首を横に振った。


「何日目や」


「三、回目……」


「したら無理やろ。無駄に死ぬだけや」


 少年が俯く。厳しいがしょうがない。三回潜ってもスキルを取得できないようなら、見込みはない。スキルなしが潜れるほど、ダンジョンは甘くない。


「借金やったら、なんか、そういう窓口とかあるやろ。知らんけど。なにも自分が命張らんでもええんちゃうん」


「でも……」


 なにか言えないような理由がまだあるのだろう。


「手伝ってくれませんか?」


「あほぅ。何日掛かんねん、付き合ってられるか」


 正直、数百万なら持っているが貸しても返っては来ないだろう。俺はそこまで慈善家ではない。彼を鍛えるというのも、スキルを獲得できていないなら無駄だ。


「しゃーないなぁ。アイツに頼むんシャクやねんけど、まぁええか。ほれ、コレやるわ」


 収納から一枚の紙を取り出し、裏にペンで一言二言書いてから、少年に手渡す。


「名刺?」


「おん。そこに書いてある住所行って、話聞いてもらい。自分みたいなんでも、働き口見つけてくれるやろうから。胡散臭いツラしとるけどな」


 少年が首を傾げる。


「弁護士さん?」


「いんや。まぁ、グレーっぽい会社のそこそこ地位のあるやつ」


 顔を引きつらせ、怖いもののように手元の名刺を見る少年。


「犯罪はしてへんから大丈夫。多分。まぁ、使う使わんは上戻ってから考え。それともまだ、ウサギと遊ぶんか?」


「……帰ります。あ、一人でも大丈夫です」


 少年はよろよろと立ち上がった。足が震えているが、問題はなさそうだ。ここから階段まで、ウサギは出てこないだろう。


「さよか。って、俺も戻るわ。ゲート使うとこやってん」


 いまさら三階層を突破するとか、新規のところ以外でやりたくない。これでもカワイイものは大好きなおっさんなのだ。


 隣をトボトボ歩きながら、少年はずっと名刺を見ていた。


 二階層への階段を登っていると、ガラの悪い三人組が降りてきた。


「おぉ、子連れとか、おっさんやるねぇ」


「ギャハハ! 体・操・服! 脱がしてないだろうな、おっさん」


 頭の悪い日本語だ。無言でにらみつけると、それだけでビビって駆け下りていった。くだらない。


「ああいうのんが、アホみたいにおんねんで?」


「そう、なんですね」


 もちろん、正義にかられて潜っているやつもいるし、仕事として潜っているやつもいる。ゲームのように楽しんでいるやつもいれば、人間を狩ることを楽しんでいるやつもいる。あれは人を見ると絡まないといけない病にかかっているのだろう。


 二階層に戻ってきた。スライムは倒したことあるらしいので、一階層まで付いていかなくても大丈夫だろう。


「あとは大丈夫やな?」


「はい。お世話になりました」


 少年がペコリと頭を下げた。顔色も戻り、どこかスッキリとした表情だった。


「おん。ほんならな」


 手を振って少年と別れる。なんとはなしに見ていると、ポップしたスライムに飛び跳ねて驚いていた。よく三階層まで行けたな。


 なんとかなればいいなと思いつつ、改めて水晶に手を置いた。ここのダンジョンは三十二階まで降りている。


「続きでええか」


 画面の三十二階を選ぶ。OKを押すと、体の周りが光に包まれた。エレベーターに乗ったときのような一瞬の浮遊感とともに、周りの景色が変わった。

 

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