どうする?
「な、なんで……。あんなデカいハンマーで殴ってもびくともしなかったのに……」
男が呆然としている。それに対しては、弾丸がチートだからとしか言いようがない。手元に残った弾丸は四つ。それなりに硬かったようだ。まぁ、予備はたくさんある。四つを解除して収納し、改めて新しい三つの弾丸を取り出した。
「ジョニー。日野くんらぁ呼んできてくれる?」
「かしこまり」
パタパタとジョニーが飛んでいく。
壊れた宝箱のところまで歩いていった。覗き込む。何の変哲もない、しかし素材不明の宝箱だ。なにか魔法陣が描いてあるとか、底なしというわけでもない。ロイドが、そばにしゃがみ込んでツンツンしている。
「なんか変な感じとかするか?」
聞くと、ううんと首を横に振った。手を伸ばし、宝箱に触れてみる。収納を意識したら、しゅんとその場から消えた。リストを見ると、”壊れた宝箱”と出ていた。持ち帰れるらしい。
出入り口まで戻り、剣持ちの男に目を向けた。遺体の横で憔悴したように座っている。
「三人おるって聞いたんやけど」
顔をしかめた。
「あいつは逃げた……多分。気づいたら、いなくなってた」
剣持ちの彼の名は広橋くん。で、いなくなったのは田中くん。魔力切れで戦力外になった美和さんが助けを呼ぶために離脱。直後にデカいネズミが溢れ、それに対応していたら、田中くんがいなくなっていた、と。ちなみに宝箱横でお亡くなりになった田沢くんは、わりと最初の段階でああなっちゃったようだ。
「さよか」
厳しいが、ぶっちゃけ仲間割れとか、いざというときに見捨てる、見捨てられるはよくある話だ。
「ドロップアイテムは全部そっちが回収して。代わりに、宝箱俺がもろてええかな?」
ぬいぐるみたちが走り回ってアイテムを集めてくれている。モンスターハウスだと、自動で一箇所に集まるのになぁ。
広橋くんが怪訝そうな顔をした。
「いいのか?」
「ええよ。まぁ、アレに価値はなさそうやけど、ああいうのん、好きそうなやつに売りつけるから」
どこぞのグレーな会社のアイツに売りつけよう。噂の(俺は知らんかったけど)パンドラの箱だ。壊れていても買ってくれるだろう。
「広橋くん! 田沢くん!?」
女性の声に振り向くと、ジョニーを先頭に、美和さん、日野くんが駆けてきていた。少しは回復したらしい。
「良かった、無事だったんだね。田沢くんは……ひっ!」
あるべきものがないことに息を呑む。美和さんが広橋くんを見る。広橋くんは俺と同じように首を横に振った。美和さんは、両手で顔を覆い、うめき声を上げた。
「田中は行方がわからない。おまえ、会ったか?」
「ううん。見てないよ……」
「そうか」
広橋くんたちの関係性は知らないが、逃げたにしろ死んだにしろ、辛いだろうな。だが、ここで悲嘆に暮れているわけにもいかない。
「集めた〜!」
ロイドとアリスが両手を上げてポーズを取った。いつの間にか部屋の真ん中に山盛りになっている。結構な量だ。命の値段としては安いだろうが。
「えーと、広橋くん? 回収する余裕あるか?」
「あ、はい。大丈夫です。けど、本当に全部いいんですか?」
「おん。てゆーか、もう宝箱俺回収してるし」
「じゃあ……。美和も手伝って」
広橋くんに促され、俯いたままの美和さんが頷いた。鼻をすすりながら、広橋くんの後を追う。残った日野くんが、深いため息をついた。
「こーいうのんは、初めて?」
聞くとゆっくりと首を横に振った。
「一度、これより酷いの見たことあります。哀しむ間もなく、襲ってくるモンスターを退けつつ後退するので精一杯でした」
「ネズミー!」
アリスの声に振り向くと、巨大ネズミが走ってきていた。パンドラの箱は壊したが、ここはダンジョンだ。普通にモンスターが湧いてくる。アリスが走っていって、ドゴンと頭を叩き潰した。
「残念。何もなしですわ」
トコトコと帰ってきた。あ、そうだ。今のうちに魔力の補充をしておこう。ロイド、アリス、ジョニー。並んだぬいぐるみたちの額に手を当て、魔力を流し込む。代わりに日野くんが警戒に立ってくれている。終わる頃には、広橋くんたちも回収を終えていた。部屋がガランとしている。いつの間にか、入口脇に台座に乗った花瓶が復活していた。
「さて。乗りかかった船やし、最後まで付き合うで。田沢くんどうするん?」
広橋くんが首を傾げた。日野くんを見る。
「あのね、死体はゲート通れないんだよ。収納もできない。だから、置いていくか、担いで戻るかって話になるんだ」
「そんな! 置いていくなんて!」
日野くんの言葉に美和さんが悲鳴を上げる。
「せやけどな、二人とも今歩くのも精一杯な感じやろ。九階層分、それで戻れるん?」
「そ、それは……」
「ポーション売ったってもええけど、それでも二人で担いで戻るんは無理やんな?」
広橋くんが唇を噛む。
「武田さん……」
眉をへにょりとさせて、日野くんが俺を見る。
「ってなぁ、普通やとそうなるんやけど、今日は俺らがおる。依頼として、なにか対価考えてくれるんやったら、上まで運んだる」
さすがに無償では出来ない。俺的にはこれくらいの階層なら、ロイドとアリスだけで十分戻れる。だが、それを当たり前と捉えられると困る。主に他の探索者が。あの人はやってくれたのに、とか言われると困る。
美和さんはなにか言いたげだったが、広橋くんが「分かった」と頷いた。
「上まで頼む。このとおりだ」
深く頭を下げてくる。こっちもちょっとホッとした。置いていきますとか言われたら、それはそれで困る。
「対価は……金銭くらいしか思いつかないが。なにか欲しいものがあるなら言ってほしい。とは言っても、俺たちはここの十二階までしか行ったことがない。あんたたちならもっと深く潜れるだろうから、ドロップアイテムでは無理か」
うーん。対価とは言ったものの、特には思いつかない。
「まぁ、それは上で決めようか。二人は水晶で先に戻っとって。ついでに日野くんも」
「えっなんでですか! 俺も手伝いますよ! もう魔力も回復してるし」
「いや、時間的にな。最終電車、間に合わんで?」
「はうっ」
ばっと日野くんが腕時計を覗き込んだ。もう午後五時を過ぎている。走れるところは走ったとしても、日帰りできなくなる。だいたい今は終電の時間自体早くなってるからなぁ。
「あれ渡すんやろう?」
「そうですけど」
「ぶっちゃけるとな、俺一人のが速い」
言外に足手まといだと言われて、日野くんが顔を歪める。でも実際、日野くんがいないなら、爆走できるんだなぁ。
「……分かりました。一緒に上に戻ります」
「おん。ほんで先に帰り。ドロップアイテムは後日会ったときに分けようや」
「嫌です。上に帰ったら、電話いれます。これで先に帰るとか、逆に怒られます」
ちょっと睨まれて、俺は肩をすくめた。まぁそう言うと思った。真面目なんだから。
「分かった。ほんなら上でな」
収納からキャリーワゴンを取り出す。広橋くんに手伝ってもらって、足を折り曲げるようにして田沢くんを乗せた。カバーを掛けて、衝撃に耐えられるように縛っておく。八階層の方へと、みんなでいっしょに戻った。俺たちは歩いているだけだ。ぬいぐるみたちが無双している。
「改めて見るとすごいな」
広橋くんが感心している。「魔力大丈夫ですか?」と日野くんが首を傾げた。
「ん〜今で七割くらいやな」
「まだそんなもんなんですか。ずっとぬいぐるみたち動いてるのに。使役系って魔力消費しないんですか?」
「さぁ。他の使役系に会うた事ないしな」
そもそも『ぬいぐるみ遣い』が使役系なのかどうかも知らない。いや、遣いだからそうなんだろうけど、いちいち命令して動かしているわけじゃないからなぁ。起動時に込める魔力以外はあまり消費しない。
「俺、ゴーレム使ってるやつ見たことあるよ。単純な命令しか聞かない感じだった。それに比べれば、自由に動いてるし戦闘力も段違いだ」
広橋くんの言葉に日野くんが目をキラキラさせる。
「まぁ、運が良かったちゅーことで」
どんなスキルを得るかは、運だ。俺はたまたまぬいぐるみを持ったままダンジョンに入った。そのせいかどうか知らないが、自分にあった使い勝手の良いスキルを得ることが出た。だが、剣を持っていたからといって、剣術を得られるわけじゃないらしい。
ちなみに、ぬいぐるみを抱っこして移動していたわけではない。ホームレスだったので、大きなリュックに全財産詰め込んで持ち歩いていただけだ。アリスだけは捨てられずにリュックに押し込んでいた。
八階層への階段に着いた。みんなでキャリーカートを持ち上げて階段を登る。
「武田さん。ほんとに俺残らなくて大丈夫ですか? 結構重いですけど」
日野くんが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫、大丈夫。ほれ、はよ上戻り。あ、動く元気あるんやったら、なんか晩飯買っといて」
「……晩飯。分かりました。なにか買っときます」
広橋くんがまた頭を下げてきた。美和さんもだ。
「お願いします」
「おん。のんびり待っといて」
日野くん、広橋くん、美和さんの順で水晶に触れて転移していった。ふぅっと大きく息をつく。ロイドたちが俺を見上げている。
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