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パンドラの箱


「え。知らないんですか!? 最近ネットに上がってきてる情報なんですけど」


 パンドラの箱ってなんぞや? って首を傾げたら、日野くんに驚かれた。おっさんはネット苦手なのよ。紙媒体でしか情報得ないのよ。あとは東とか康介からの情報と、実体験な。


「えーとですね、まだ報告例が少ない事象なんですけど、宝箱、または魔法陣から延々とモンスターが溢れてくるそうなんです。どこかのダンジョンがそれが起因でスタンピード起こしたって話です」


 日野くんの言葉に、女性がウンウンと頷いた。


「そら大変やな。止まらんの?」


「宝箱か魔法陣を破壊するか、出尽くすか……。俺が見たのは半日出続けたって書いてありました」


「あたしたちは、もう二時間ぐらい戦ってます。魔力切れであたしはあんまり役に立たなくて……」


 女性が悔しそうに唇を噛む。


「出てきよんはネズミやんな? 普段ここにおるんと同じぐらいの強さ?」


 俺が聞くと、女性はコクリと頷いた。


「ただ、小さいのも出てきてて、それで、対処が追いつかなくて」


「ん〜。せやな、したら俺らだけでいけそうや。日野くん、彼女とここおってくれるか?」


「えっ!? 俺も行きます!」


「日野くん、魔力切れやろう」


 うぐっと日野くんが詰まる。


「もう半分ぐらいは回復してます!」


「せやけど、彼女放っとくわけにもいかんやん」


 実際今も襲撃を受けているのだ。のんびり喋っているが、ロイドとアリスが相手してくれている。そして俺も、喋りながら栄養補給中である。カロリーゼリーをジュルジュル。これ、あんまり好きじゃない……。


「あの、あたしは大丈夫で……」


「分かりました。ただし、無理そうなら絶対戻ってきてくださいね! 撃ち漏らしは俺が対処するんで、外に出たのは気にしないでください」


「おん。命張る気はないから」


 ここのネズミなら魔法は使わないし、数が多いだけなら十分相手できる。日野くんに頷き、準備を整える。といっても、追加要員を出すだけだ。


 収納からジョニーを取り出す。黄色い鳥のぬいぐるみ。額に手を当て、魔力を流した。


「『起きろ』」


 きゅぴーん!


「燃え盛る炎、それは、美!」


 むくっと起き上がったジョニーがばっと羽を広げる。相変わらずの濃い顔だ。


「状況は分かっとんな? 今日はおふざけ禁止やで。どんどん射抜いていきや」


「む。我はいつでも真面目だぞ、主」


 メラメラしつつゴルゴ顔で言われてもなぁ。


「ほんなら、行ってくるで」


「気をつけて!」


「おねがいします!」


 何故か日野くんが敬礼してくれた。女性は座り込んだまま頭を下げる。本当なら二人で撤退してほしいのだが、もう立つ気力も体力もなさそうだ。日野くんに背負わせるには、ちょっと無理がありそうだし。


「ロイド、アリス、ジョニー。行くで」


「カチコミじゃー!」


「ボッコボコですわ~!」


「ふふふ。羽が鳴るぜ!」


 ジョニーのは腕が鳴るぜのつもりか。パサパサしてるから、あまり強そうじゃない。


 小走りに爆音がした部屋に向かいながら、収納から弾丸のぬいぐるみを追加する。全部で七発。ちょっと制御が甘くなるが、数を相手にするぶんには問題なし。


 部屋の入口から中を覗く。ホールのような広い部屋だ。天井が高くキラキラしたシャンデリアが揺らめいている。入口のドア付近で、大きな花瓶らしきものが砕けていた。


「えーと、三人。一人……二人……? 一人おらんな」


 ネズミは部屋奥の宝箱から出てきていた。宝箱以上のデカさのネズミが出てくるさまは、異様だ。こっちに向かってきた奴らを、ロイドたちが迎撃し始める。


 宝箱横に一人、倒れている。もう一人はそこから離れた場所で、剣を持って戦闘中。もう一人いるはずだが姿が見えない。


「くっそ! おい! 田沢! 起きろ!」


 剣を持っていた男が、叫びながら収納からなにか取り出した。大きなネズミの群れに向かって投げる。ドーン! と大きな爆発が起こった。さっきの爆音ってこれか。ってか、いくら広いとはいえ、手榴弾みたいなの投げるとかどうなん!?


「壁際に寄れ!」


 ずっと見ているわけにもいかないので、部屋に走り込む。ロイドが道を開いてくれている。弾丸を一斉に発射させた。全弾命中。自分で自分を褒めておこう。あとは自動発射に切り替える。


「な、なんだ!? え? ぬいぐるみ?」


 煤けた男が困惑したようにアリスを見ている。自分の膝丈ほどのゴスロリ垂れ耳ウサギが、巨大なネズミを一撃で屠るさまは、まぁ驚愕だろうな。


「はいはい、救援やでー。巻き込むとあれやで、壁際寄ってか」


「あ、ああ。助かる……」


 男はポカンとしたまま、言われるがままに後ずさった。


「ふはははは! 我が通るぞ!」


 ズボッとジョニーがネズミを貫いた。羽をすぼめ、くちばしから突っ込んで穴を空けている。その後にネズミが燃え上がった。


「ジョニー! 炎抑えめで!」


「かしこまりー!」


 デカいのはアリスとジョニーが相手をし、小さいのをロイドがちょこまか走り回って切り裂いていっている。


 さて。あの宝箱を壊せば止まるらしいが。普通に破壊できるんだろうか。


「あの宝箱、攻撃してみた?」


 とりあえず、剣の男に聞いてみる。


「……手榴弾は効かなかった、と思う。ネズミが邪魔したかもしれんが」


「ほぉん。あとは俺らがやるで、部屋の出口まで下がっとってくれるか」


「分かった。美和は?」


「みわ? ああ、茶髪の子ぉか? 無事やで」


「っ、ありがとう……。すまんが、頼む!」


 足を引きずりながら、男が後退する。


 まぁ非破壊ってことはないやろ。


 その前に、宝箱横の彼をどうにかしないといけない。あれ、生きてんのかな。なんか血溜まり見えるんだけど。


 弾丸が帰ってきては発射されていく。部屋に散らばっていたネズミたちはほとんど駆除された。

 モンスターハウスと違い、倒されたそばからエフェクトを残して消えていっている。魔石と白い歯が散らばっている中で、ひときわ目立つビール缶。しかも六缶ケース。探索者の落とし物でなければ、ネズミからのドロップアイテムだろう。視界内に三つほど転がっている。


 宝箱から出てくるやつだけになった。ロイドたちに任せ、宝箱横の彼を救出に向かう。壁伝いに近寄ると、うつ伏せになっている男の、左腕がないことに気づいた。手を伸ばし、首筋に手を当てる。こっちを見ている剣を持った男と目が合った。首を横に振ると、くしゃりと顔を歪めた。


「アリス! 宝箱に攻撃!」


「はぁい!」


 倒れていた男を引きずって離しながら、アリスに攻撃を頼む。担いでいけたらカッコいいんだが、正直血まみれの人間を担ぐのは抵抗がある。


 ガツン!!


 アリスの巨大ハンマーが宝箱に叩きつけられた。宝箱はフタの部分が山形のやつで、今そのフタは完全に開いている。大きさはペットボトル飲料が入っていたダンボール箱くらいだ。アリスの巨大ハンマーなら、問題ない。はずだが、硬い音を立ててハンマーが弾かれた。


「硬いですわぁ〜」


「いっぱい出てきたぁ!」


「まだまだ行ける!」


 アリスが反動で後ずさり、代わりにロイドとジョニーが突撃する。どうやら宝箱に攻撃すると、湧く量が増えるらしい。宝箱は……ちょっと歪んだ程度か。まぁ通らないわけじゃなさそうだ。


「田沢!」


 男を引きずって部屋の入口まで移動する。剣を持っていた男が走り寄った。カランと音をさせて剣が落ちる。肩を揺すった。


「なんでだよ! 目ぇ開けろよ!」


 今だ血は腕から滴っている。体も温かい。だが、もう息はしていない。すがるように男が俺を見上げたが、俺は首を横に振るしか出来ない。回復ポーションはあるが、蘇生薬がダンジョンから出たというのは聞いたことがない。


 宝箱の方に目をやる。


「おーい。宝箱の前の方空けてんか」


 声をかけると、ロイドたちが左右に別れた。鍵穴がある。あのへんを狙ってみるか。帰ってきた弾丸を待機させる。ん? 一個ないな。まぁいい。


 改めて魔力を込め直し、最高速度で鍵穴めがけて発射させる。一撃目、貫通。二撃目、貫通。ガタガタと宝箱が震えだす。三撃目、がぁん!と音をさせて宝箱が吹っ飛んだ。四撃目を待機させたまま様子をうかがう。


 アリスが宝箱を覗き込み、それからこっちを向いてぴょんこぴょんこと飛び跳ねた。


「やりましたわ〜!」


「さすが、マスター!」


「お見事です、主ー!」


 うん。照れるからやめてんか。

 

 宝箱はモンスター扱いじゃないらしい。消えずに転がっている。ネズミももういない。スタンピードにはならずに済んだようだ。小さく息をつき、剣持ちの男を振り返る。


 目が点になっていた。


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