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チョウヒモパン


 モンスターハウスから出ると、七人のパーティーがキョロキョロしながら歩いているところに出くわした。


「あっ! ああ! あいつらですよ、郡司さん!」


 一人が俺たちに気付き、指を差して喚いた。いきなり何だろう。知らない人だと思うけど。


「……階段のところで、絡んできた人たちですよ」


 こそっと日野くんが教えてくれた。へー。そうやっけ? 人数増えてるけど。


 郡司さん、と呼ばれた人物が俺たちの方を見た。白いオシャレメガネを掛けている、二十代後半くらいの男だ。


「おうおう。こいつらをかわいがってくれたと聞い……」


 ズボンのポケットに手を突っ込み、肩を揺らしながら近づいてこようとして、何故か止まった。リトマス試験紙並みに顔色が変わっている。


「ちょっと聞くが……」


 恐る恐るというように、若い男たちを指差した。


「こいつら知ってるか?」


 日野くんと顔を見合わせる。


「階段とこで通行料寄越せって絡まれたで」


 まぁそのあとウサギを擦り付けたが。


 男は青ざめた顔のまま、絡んできた若者たちをおもむろに殴った。


「な、何するんすか、郡司さん!」


「バカ野郎! 名前を出すな! つーか! ぬいぐるみを連れ歩いてるおっさんには手を出すなっつっただろうがよ!?」


 え。俺?


「何言ってんすか。ぬいぐるみなんていな……ぬいぐるみが武器持って踊ってるぅぅ!??」


 うるせぇな。若者たちが俺の足元にいるロイドとアリスの姿にやたらと大きな反応を示した。自分たちに注目が集まったと見て、二人がくるくる回っている。


「はっ!? ってことは、こいつらが、あ、いや、この人たちが郡司さんの言ってた変たっいってぇ!? 殴んないでくださいよ!」


 今変態っつった?


「武田さんって、有名なんですね?」


 日野くんがコソッと耳打ちしてくる。そんなことはないと思うんやどなぁ。どう聞いても悪評やん、これ。っていうか、俺郡司さんとやらに、何かしたっけ?


「ボコボコにして差し上げましたわ」


「パンイチにして一階層に置いといた〜」


 うん。しとったわ……。


 アリスとロイドの申告におぼろげにだが思い出した。


「最初の頃はなぁ、絡んできたヤツ全部相手してて、お仕置きじゃあ!ゆーて、恥ずかしい格好で晒すーゆーのん、よーやっとってん……こう、『私はなになにしましたアホです』みたいな紙首から下げさせてな?」


「うわぁ」


 引くよなぁ。俺も若かってんよ。といっても数年前の話だが。今はもうきりがないから、こっちから避けるようにしてる。


「……お陰で俺はとんでもないあだ名が付いたんだぞ」


「あ、『チョウヒモパン』ってパンツの……ぶべっ!」


 知らんがな。そこは自業自得やろ。そう、慕ってくれてる若者を殴らんでも。


「と、とにかく! 俺はもう帰る! お前らも馬鹿なことばっかりやってると、裸に剥かれて逆さ吊りにされんぞ!?」


 プンスコしながら郡司さんは帰っていった。若者たちが変態を見る目で俺を見ている。風評被害だ。そこまではしたこと無いって。……多分。


「剥いちゃう?」


 ロイドが可愛く体全体を傾げて聞いてくる。


「ぎゃー!」


 若者たちが我先にと逃げ出した。


「つまらないですわ。ハサミもありますのに」


 アリス。そのハサミは仕舞っときなさい。それ、オヤツの袋開ける用だから。


「なるほど。こうやって伝説が作られていくんですね」


「伝説ってなんやねん」


 日野くんが感心したように何度も頷くが、俺にはさっぱり分からない。あれか。今まで遠巻きに見られてたことあるけど、これのせいか。単純におっさんとぬいぐるみの組み合わせに引いてるのかと思ってたわ。


 とりあえず邪魔者はいなくなったので、デカいウサギを処理しつつ八階層への階段を目指す。ロイドとアリスがいるので、俺は付いていくだけだ。日野くんもライトアローをバンバン撃っている。


 下りの階段は大岩にはまり込むような形であった。水晶に登録し、休憩無しで下へと降りる。


 八階層。ガラッと景色は変わって、洋館風の屋内になった。赤い絨毯が敷かれた廊下が伸び、左側に窓、右側に部屋がある。きらびやかなランプが灯り、部屋のドアには植物が彫られている。


「これ、わざわざ窓付ける意味あると思います?」


 少し進み、日野くんが窓の方を指差す。そこにはクリアな窓ガラスがはまっているのだが、窓の外に景色はない。ちょうど窓の直ぐ外に別の建物の外壁がある……みたいな、残念な仕様だ。グレーの景色には圧迫感しか無い。ちなみに、窓ガラスは割れないらしい。


「雰囲気やろ、雰囲気」


 全部がこうではなく、廊下の両側が部屋の場所もある。目印的な、あるいは惑わすためにあるんだろう。


「入ってもいーい?」


 ロイドが最初の部屋のドアを叩いている。そういえば洋館風の階層は全部のドアが閉まった状態だ。部屋のドアが全部開けっ放しとか、変やもんな。なので、洋館風の階層では宿代わりにできない。外から開けられちゃうので。


 ドアノブを回し、ドアを開けた。左右に本棚、正面に書斎セットがある。足を部屋に踏み入れると、ポルターガイストの如く、家具がガタガタ動き出した。


 バキンっ!


 鈍い音をさせながら、アリスが飛んできた机を巨大ハンマーで粉砕した。ロイドはバタバタ飛んでくる本を切り刻んでいる。日野くんも槍で奮戦していた。ライトアローは混戦だと危ないからな、部屋狭いし。もちろん俺も戦っている。主に蹴りで。家具を粉砕する感触って、いいよね。


「終わり〜」


 襲ってくる家具はなくなったが、部屋に残る家具もなかった。全部モンスター化したようだ。ガランとした部屋でロイドが肩を落としている。


 ドロップアイテムは、魔石三つとリボン。テロテロの安物そうなリボンだったので、売ろう。


「戦力に問題はなさそうやな。どんどん行くでー」


「「「おー!」」」


 ということで、部屋に押し入り襲ってくる家具を粉砕して回る。結構豪華な調度品も向かってくるので、ちょっとドキドキする。知り合いの古物商が洋館層で絶叫したとかしないとか。


「ていっ!」


 可愛らしくアリスが粉々にしたのは、お城にありそうな豪奢なソファーだ。そして俺が叩き割っているのは、ステンドガラスのランプ。現実だったら、見る間に被害額のゼロが増えていくことだろう。


「あ。机が残ったぁ!」


 静かになった部屋の中、左右に二つずつ引き出しがついている机が残った。ワラワラと集まって、ドキドキ宝探しタイムである。


「一番目、行きます!」


 日野くんが一番上の引き出しを開けた。


「入って……たけど、ハズレですかねぇ」


 取り出したのは、半分ぐらい使った鉛筆一本だった。


「じゃあ、次はボク!」


 ロイドが引き出しを開ける。一段目より大きな引き出しだが。


「ん〜、な〜い」


 体ごと潜り込み、隅々までチェックしてから、ロイドが残念そうに肩をすくめた。うーん。物欲センサーかな。


「次、ワタクシ行きますわ!」


 アリスは背が届かないので、日野くんに抱えてもらって開ける。


「ありましたわ!」


 じゃ~ん!と取り出したのは、なんと指輪だ。


「え、すっごい! あ、でもこれ、おもちゃっぽいなぁ」


 アリスを抱えたまま、日野くんが覗き込んで残念そうな声を出す。デカい石がついてるけど、なんというか、ちゃちぃもんな。


 部屋を移動する。え、俺のガチャ? ハズレだった。


「なんというか、統一感のない部屋でしたね」


 日野くんの言う通り、次の部屋は和洋折衷な部屋だった。残ったのは、寄せ木細工の小物入れだ。あー。俺こういうの欲しかったんだよなぁ。でも、残念ながらこれ、部屋から出せないんだよな。収納にも入らないし。


「寄せ木細工って、どこのん?」


「確か箱根ですよ。俺お土産にもらったことあります」


「ほーん。じゃあ、次箱根行こっかな。あのへんのダンジョンどこやろ」


「武田さんって、そういう理由であちこち行ってるんですか?」


 ロイドがぱかっと小物入れの蓋を開けた。コロンと出てきたのは、なんか、石だ。


「ん〜いろいろやなぁ。豊洲行ったんは康介に頼まれたもんがあったからやし、途中まで忘れとったけど。単純に魚喰いたいから北海道行こ、とか」


「フットワーク軽いですね」


「独り身やとこんなもんやろ。ほんでロイド。それなんやねん」


 ロイドとアリスが、地面に転がったままの石を見つめるように、並んでしゃがんでいる。テンションが上がっていないということは、ハズレか。


「……虫が入ってるぅ」


「かわいくありませんわ」


 虫って、なんや。拾い上げる。


「あ、化石……ですかね」


 日野くんが横から覗き込んできた。小さな石の表面に、蚊のような虫の跡があった。ロイド、虫は入ってへんな。まぁ、コレクターからしたらスゴイものなのかも知れないが、俺たちには価値なしの代物だな。


「んなら、次行こか」


 部屋を出る。正規のルートから外れてどんどん迷路を進む。迷って出れなくなるほど難しい迷路ではないが、同じような間取りが続くので、方向感覚は見失う。進んでいるつもりで、戻っていたようだ。


「上りの階段ですね」


 廊下の先に見えるのは、たしかに上へと続く階段だった。時刻は、三時前。


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