お酒はほどほどに
「はぁ。それは、武田さんもどうかと思うなぁ。四十路の女性に興味もないぬいぐるみを贈り続けるとか……嫌がらせと取られても仕方ないって」
「ぬいぐるみに年齢は関係ないと思うねんけどなぁ。ちゅーか、四十路て……。そっちのがキレられるわ」
「あれ、年下の人? 年の差婚?」
「いや、一つ下やったけど」
「いやいや、日野っち。女性の年齢は言ったらだめですよ。奥さんだって嫌がるでしょ」
「もちろん、妻の前では言わないって」
中華屋に入り、仲良くビールで乾杯。ほどよくお腹が満たされ、アルコールが回ってきたところで、何故か別れた女房の話になっている。
ちなみに、日野くん。奥さんと子供がいる。輸入系の商社に勤めていたのだが、例のモンスター事変で輸入業そのものが立ち行かなくなり倒産。奥さんに「危ないことはやめて」と言われつつ、他に仕事が見つからないのでダンジョンに潜っているのだそうだ。
「それにしたって、売っちゃうのはやりすぎだって! ねぇ、タケハルさん」
東がフカヒレを突きつつ、俺に同意を求めてくる。しかし、ダンジョン産のフカヒレ美味いな。煮込まれた状態でレトルトパックで出てくるという謎仕様。ダンジョンのドロップアイテムもいよいよスーパー並みになってきたな。そして、平然とそれを店のメニューに並べる中華屋。美味いからいいけど。
「ん〜。でもほら、彼氏からもらったブランドもんの鞄とか売るんと一緒やろ」
「あるある。俺も大学生のとき、やられた~。複数の男子に同じ物ねだっててさぁ。ダブったの売られてんの」
「いや、二人共どういう子と付き合ってんですか」
麻婆茄子が美味い。白飯が進むわ。
「そーいうお前は、どうやねん。浮いた話聞かんけど」
トロトロの肉を口に運びながら聞くと、東は嫌そうに顔をしかめた。
「もう。すーぐそういう話する」
「いや、そういう流れやろ」
「楽しい独り身ですよ。遊ぶときは遊ぶ。それで十分です」
「それってセフr「あ。そろそろデザート行きますよー!」」
中華のデザートと言えば、杏仁豆腐。ごま団子も捨てがたい。マンゴーは甘すぎる。
「えー、ごほん。」
急に日野くんが咳払いをした。
「どした?」
「どうしたじゃなくて。今後のことを話したいんですけど」
日野くんはもう箸を置いて、ビールからお茶に切り替えている。
「おー。そうやった。てかなぁ、こんなおっさん誘わんでも、引く手あまたやろ」
日野くんは二十九歳。働き盛りの好青年。商社に勤めていただけあって、清潔感があるし、ナントカという俳優にちょっと似てなくもない。
「あの、光の膜……?みたいなんも、使えるし」
行儀悪く肘を付きながらビールをクピクピする俺に、日野くんは苦笑した。
「使えるのは光魔法ってやつだ」
「へぇ。なんか、勇者っぽいスキルだね」
東が身を乗り出す。東は戦闘系のスキルを獲得出来なかったからな。
「ビームとか出せる」
額のところで横向きダブルピースをして見せる日野くん。
「マジで!?」
「……使ったら、ぶっ倒れるけどな」
「え?」
「魔力が、少ないんだ。あの光の結界も、短時間しか保たないし、三つ同時がやっと。収納の容量も少ないから、俺だけ荷物を持ってウロウロしなきゃいけない」
ふぅとため息をつく。
「あと、俺家庭があるからさ。出来ても一泊。そんでもって、毎日は無理。子供のこととかあるから。ってなってくると、どこも入れてくれないんだよね」
うーん。他人ならリア充なんとかってところだが。
「ガチで攻略してるところはまず無理だし、かといって遊びで潜ってるようなところに交じると、全然稼げない。野良パーティーはリスクもあるし……」
「まぁ、難しいゆーのんは分かったけど。それで、なんで俺なん?」
「いや、だから、自由そうというか……」
ん? 急に目が泳ぎだしたぞ?
日野くんが居住まいを正す。
「正直言うと、『ぬいぐるみが相棒とか絶対ソロだろ! 変な人っぽいし、頼めば付き合ってくれんじゃね!?』……とか、思って声掛けました……」
「お、おう……」
そこはもうちょっと、オブラートに包もうや。
「うーん。俺はなぁ、ダンジョンあちこち行っとるからなぁ。ここ専属っちゅーわけやないんよね」
「タケハルさん、日本縦断してますもんね」
東が付け加える。
「そうそう。それでもまだ入ったこと無いダンジョンはあるんやけど。二階層でダラダラして、潜って、途中で部屋見つけたらまたダラダラして、潜って、飽きてきたら上に戻って換金、移動……みたいな生活なんよ。まぁ、日野くんの潜りたい日に合わすーゆぅのんは出来んこともないけど。固定パーティー化は無理やなぁ」
別に同じダンジョンに住み続けても問題はない。ただ俺が同じ敵だと飽きるし、地方に行ってうまいものを食べたりしたいだけだ。
「そ、そうなんだ……。やっぱり、俺みたいなので、探すのは難しいのかなぁ」
日野くんがガックリ肩を落とす。東が「うーん」と小首を傾げた。
「同じように、家庭重視で土日だけーという人はいると思うんですけどね。日野っちみたいに、職を失ってダンジョン来てる人は多いし」
「そういう募集の掲示板とかあらへんの?」
「ありますよ。ありますけど、まぁ、信用できるかって言うと、そうでもなくて。強盗まがいのことするパーティーが平然と募集してたりするんですよねぇ。なので、一階層とかでご飯でもしながら人を見極めつつ探す……というのが主流ですかね」
東の言葉に「へぇ~」となる。俺はそもそもパーティー組む気がなかったから、そのへんの関心は薄いんだよな。『ぬいぐるみ遣い』のスキルでなかったとしても、ソロだったと思う。
ぶっちゃけると、雨が続いてて野宿がつらい、でも金ないし、ってときにダンジョンにはスライムが倒せればただで泊まれる部屋がある……と聞いて潜っただけなんだよね。
「とりあえず、お試しで潜ったらどうです? やっぱり合わなかったってこともあるでしょうし」
「そりゃ正論やな」
「そう、ですね。じゃあ、明日……は無理なので……えーと」
日野くんがスマホをチェックし始める。カレンダーでも見ているんだろうか。なんか、どんどん顔が青ざめてきてるけど。
「やややヤバいですよ、武田さん!」
「えっ、なに急に?」
ぴっとスマホの画面を見せられる。動画だ。あ、これ、暴発騒ぎの時のか。そういや、何人かスマホを向けてるやつがいたな。どうもその時の画像がアップされてて、ぷちバズってるようだ。
「嫁も見たらしくて、『怪我してんじゃないのヨ! さっさと帰ってきなさい!』って通知がいっぱい来てるぅ」
日野くんもバッチリ映っちゃってるらしい。
「あはは。『英雄気取りのおっさん(笑』って。タケハルさんイジられてますよ」
東が青筋立てながら笑っている。器用だな。
「どこをどう取ったら英雄やねんな。アホらしい」
「智春さんは、英雄で間違いないですよ!!」
ふいにズパァン!と、部屋を区切っている障子が開け放たれた。中華屋なのに、障子と畳部屋である。以前は和食の店だったのかもしれない。そんな事を考えつつ、乱入してきたやつの顔を見る。
「ですが! こんな晒され方は納得できません! なのでご安心下さい。ちょちょっと誘導しときましたので、じき落ち着くと思われます」
むふん!と胸を張る、ツインテールのナース姿の青年。
「……康介。いや、なんやねんそれ。今日のは一段とまた……。てゆーか、なんで来たんや」
呆れる俺の横で、東が腹を抱えて震えていた。日野くんは目をまん丸にして固まっている。
「タクシー飛ばしてきました。いやぁ、スッゴイ高いですね、料金。カード持ってなかったらヤバかったですよ。あ、居場所の特定ですか? 愛の力ですよ?」
「……なんか仕込みよったな……。ええ加減にせぇよ」
「愛ですよ、愛。そこの笑い狐も持ってますもん」
「うわ。流れ弾がっ。うんうん、愛の力あるよねー」
東がスマホをこそっと隠す素振りを見せる。流石店やってるだけあって情報通だなぁとか思ってたけど、単純に科学の力のようだ。愛の力でごまかせると思うなよ。
「まぁ、ええわ。何しに来てん」
「もちろん。智春さんの無事を確認するためですよ。既読すらしてくれないんですから」
何事もなかったかのように、康介が隣に座る。ド○キに売ってるような簡易的なものでなく、妙にピッチリとしたナース服だ。わざわざあつらえたんだろうか。
ちなみに。康介に男性の標準以上の胸はない。女装が趣味というわけでも、女性になりたい人でもない。ただただ、俺の度肝を抜きたいがためのアホである。
「……脱がします?」
じっと見ていたら、ちょっと恥じらいながらくねっとされた。とりあえず叩いておく。
「あ。タケハルさん。動画炎上してますよ」
今度は東がスマホの画面を見せてきた。あれ。今ちらっと見えた、スマホカバー、アリスじゃなかったか? ぱっとスマホを取り上げてひっくり返す。
「あっ」
「おまえ、いつの間に……」
そこにはアリスを抱えた東の自撮りプリントが。
「うわ。自分をカバーにしてるとか、どれだけ自己愛が強いんですか」
覗き込んだ康介が引いてみせる。
「いや、違うんですって! 抵抗がすごくて! ようやく撮れたのが、これなんですよ。本当はハンマー持って足蹴にしてるアリスちゃんが良かったんですけど」
「いや、俺に許可を取れ。勝手に撮るなし」
「許可くれないじゃないですか」
東が口を尖らせるが、可愛くはない。えーと。そうそう。動画な。うん。『見てるだけが何言ってんだ』と、逆に撮影者が非難されてんな。まぁどうでもいい。
「ところで。こちらの方、誰です?」
康介が日野くんを見て首を傾げた。そういやさっきから静かだな。
感想、誤字報告ありがとうございます。




