部屋を確保する
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ではでは、よろしくお願いします。
ダンジョンの二階に降りると、長い廊下がまっすぐに伸びていた。どういう原理でついてるのか分からない明かりが、神殿風の周囲を照らしている。左右には等間隔に石の扉が閉まっているのが見えた。
「満員御礼やな」
ボディーバッグ一つ背負っただけの、身軽な格好で廊下を歩いていく。腰には左右にナイフを下げていたが、二階では多分必要はない。
左右を確認しながら、空いている部屋を探す。扉が開いていれば、そこが空き部屋。今日の宿だ。
遅い時間だからか、人通りはない。二階で見つけるのは無理かと思ったところで、ようやく扉が開いている部屋を見つけた。中を覗くと、ポヨンポヨンと水色のスライムが一体跳ねている。部屋に足を踏み込む。ごごっと音がして、石の扉が閉まった。
「邪魔するでぇ」
寄ってきたスライムを踏みつける。弾力のあるゴムを踏んづけたような感触だ。そのまま力を入れると、ブチンと弾け飛んだ。あとには本当に小さな石が残る。
「あかん。めっちゃ眠い……」
かがんで石を拾い上げ、収納へと放り込む。アクビをしながら、ゴロンと寝っ転がった。マットを出すのも面倒で、まぁえっかぁと、そのまま目を閉じる。
今日は働きすぎた。下層から戻ってきて、ドロップアイテム売るのにひと悶着あって、面倒くさい悪友にも絡まれた。この年で徹夜は辛すぎる。しばらくここに籠もってよう。誰にも邪魔されない、お手軽な部屋で。
◆◇◆◇
日本に、いや、世界に突如としてモンスターが出現した。大きな犠牲を出しつつようやく排除できたあとに待ち受けていたのは、各地に口を開けたダンジョンだった。
ダンジョン。まるでゲームの世界が融合してしまったかのような現実。中にはモンスターがはびこり、倒せばドロップアイテムが手に入る。そして、ダンジョンに入った人間は、スキルや魔法が使えるようになった。
そうして強制的に始まった、ダンジョンとの共生生活は、なんとか三年目を迎えていた。
◆◇◆◇
「う、はぁ~あ……」
目覚めはすこぶる不快。背中は痛いし、腹は鳴っているし、頭も微妙に痛い。アクビをして伸びをして、ゆっくりと起き上がる。腕時計を見ると、五時間ほどは寝ていたようだ。
「飯……。牛丼でええか」
収納から某チェーン店のお持ち帰り牛丼を取り出す。いまだホカホカ出来たての状態だ。フタを開けた途端、ぎゅーっと更に腹が声を上げる。まぁ待てとさすり、ペットボトルのお茶でまずは喉を潤す。紅しょうがを盛って、割り箸を割る。
「いただきます、と」
一口。美味い。食い飽きない味だ。多分、どこかの段階でダンジョン産牛肉に代わっているはずだが、俺は違いが分かる男ではないので味の違いは分からない。美味けりゃいいのだ。味わったあとは、ひたすらかきこむ。体に悪いとかどうでもいい。腹が満ちればいいのだ。あっという間に器を空にし、収納へとゴミを投げる。ダンジョンへのゴミ投棄は、一応禁止されている。
「はぁ~」
腹が落ち着いたところで、改めて身の回りのものを収納から出す。まず、着替え。生活魔法で身体や服はきれいになるのだが、流石に着の身着のままはよろしくない。パンツからなにから一式着替え、汚れ物は収納に放り込んでおく。次に、リクライニングチェアを取り出す。あと、テーブルとお茶セット。食後だからお菓子はなしでいいか。
イスに寝転がり、お茶を一口。暇つぶしにと、ここに入ってくる前に買った雑誌を取り出す。『週刊ダンジョン通』。半分ぐらいは広告の、オールカラーの雑誌だ。適当に取っただけで、別に愛読しているわけではない。
特集は『今ここが熱い! オススメダンジョン!』。最近は階層更新の報告も緩やかになってきた。以前は更新を競い合ってるのが紙面を賑わせていたものだが。
人気があるのは、やっぱりお金になるダンジョンだ。ダンジョンごとにドロップアイテムが異なるせいで、どうしても入る人の偏りが出てくる。鉱石が主なとこ。肉が主なとこ。武器や防具が出るとこもある。もちろんまんべんなく出るところもあるが。
「帯広ダンジョンかぁ。あそこは広いからなぁ、下手に人増やしたら遭難者続出やで……。お。出雲ダンジョンで新種のモンスター。ドロップアイテムは皮。普通やな。なになに、反射系の素材? ほぉん」
誰もいないのをいいことに、独り言が多いおっさん。最近は老眼で雑誌を動かして読書する有様。だが、ダンジョンで住まうぶんには特に支障はない。なんなら大音量でラジオを鳴らしても怒られない。電波がないのでラジオ使えないけど。
「『持ち込んでみた。』特集。いや、ピアノって、それどうなん? 練習に最適。置きっぱで消えたときのダメージがエグそうやけど……。ログハウス。無駄なことに容量使わんでも……」
ダンジョンに入るようになると、七十%くらいの確率でスキルや魔法を使えるようになるらしい。取得出来る人と出来ない人の差は何なのか、まだ解明されていない。
で、高確率で生活魔法は取得できる。水を出したり火をつけたり、身綺麗にしたり。
その中に『収納』がある。いわゆるインベントリ。時間停止付きで物が入る謎空間。個人差があって、リュック一つ分くらいしか入らない人もいれば、体育館くらい容量がある人もいる。これのお陰で、家を売ったなんて人もいるらしい。
まぁ、ダンジョン内では使い勝手はいいが、スキルも魔法もダンジョン外では使えないという特性がある。なので、家財道具を詰め込みたいなら、トラックでダンジョンまで運んで、一層に運び込み、それから収納という流れになる。収納に慣れすぎると、外に出たとき苦労する。
「と、思い出したときにやっとかんとな」
収納からお金を取り出し、ズボンのポケットにねじ込んでいる財布にお札を何枚か足しておく。カード類も電子マネー系も持ってないので、面倒で邪魔でも財布は外に出しておく。
「作れ言われとるけど……」
おっさんは現金が一番信じられるのだ。
一つアクビをこぼす。腕時計を見ると、寝っ転がってから一時間ほどしか経っていない。まぁええか、と、雑誌をテーブルに置いて目を閉じる。
仮眠ぐらいなら問題ないだろう。
世界に現れたダンジョンは、広さの違いこそあれ、三階層まではどこも同じ仕様なのだとか。
一階層。なにもないだだっ広い空間。モンスターは出ない。大体ここには、買い取りや販売の店が並ぶ。
二階層。神殿風の内装で、長い廊下の左右に部屋が並ぶ、通称「ダンジョンホテル」。部屋に入ると扉が閉まり、外からは開けられない。中から開けるまではスライムがリポップしないので、安全快適な個室となる。ただし、十二時間動かさずに物を置いておくと、ダンジョンに吸収されてしまう。人もしかり。なので、それぐらい寝られてしまう人にはオススメできないダンジョン暮らし。定期的に収納に一旦しまう習慣づけが必要だ。
三階層。だだっ広い草原。真っ直ぐ歩くと、四階層に行ける。出るモンスターはウサギ。角もなく、体当りされてもバレーボールをぶつけられたくらい。おそらく、生き物を(外見上は)殺す、最初の関門なのではと言われている。倒されると消えてしまうモンスターでも、ガッツリ肉を切る感触はあるから。
目を覚まし、まず時間を確認する。スマホは持っているが電波が入らないので、電池式の腕時計が便利だ。電話もネットも使えない。スマホが手放せないという人間は、ダンジョンに入らないほうがいいだろう。
午後一時。起き上がり、伸びをしてから一旦出していたものを全部しまう。それからイスだけだし、腰掛ける。
「飯かぁ。どないしよっかな」
頭の中の収納リストとにらめっこ。
「よっしゃ。ここはたまごサンドといこか。飲みもんは、えー、なんやったかな、このコーヒー。長ったらしい名前やったけど。まぁええ。あとは、サプリー」
某チェーン店のコーヒーを大量に入れてあるのだが、リストには長ったらしいカタカナ表記ではなく、ただ『コーヒー(店名)』としかない。多分、本人の意識によるものだろう。
たまごサンドにかじり付きつつ、行儀悪く雑誌を再び開く。広告にも一応目を通す。地方の一商店から、有名メーカーまでいろいろだ。後ろの方にはお手紙コーナーがあり、ほぼ合コンの様相だ。編集後記には、知り合いがダンジョン内で行方知らずだと書いてあった。
「それでも、ダンジョンに潜る人は後を絶たない……か。そうやろうなぁ。命の危険と隣り合わせとはいえ、ロマンとお金が溢れてるもんなぁ」
この雑誌自体、みんな!ダンジョン行こうぜ!のノリで書かれている。実は小さく、危険だから推奨はしないよ、みたいな文は載っているのだが。誰もこんなところ読まねぇよみたいなところに。
俺は、ただダンジョンに住んでいる。モンスターを倒してお金は稼ぐが、それは飯のためでそれ以上のものはない。
妻に捨てられ、会社に捨てられ、家をなくしたおっさんが、外よりかはマシと住み着いたダンジョン。相性がいいのか、おっさんはダンジョンに馴染んでいた。