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マリーゴールド  作者: 公
4/4

変郷



ようやっとここまで歩いてきた。

歩くことにはことさら慣れているこの脚で。




そう、全く苦痛ではない。




仕事の関係で夏期休暇を取れなかったのは仕方ないが、それにしてもシャバの空気はこんなに美味かったか?


「にしてもうるさいな」

バラバラと多くのヘリコプターがそこかしこで飛び交っているのがわかる。



嗚呼、しかし束縛から解放されるのは本当にいいものだ。

身体中の痛みだとか古傷でさえ気にならないほどに清々しい。このうるさいヘリの羽ばたきさえなければね。




例えるなら小便を我慢して我慢した挙句ブチかます《アレ》のようだ。





いや、おもらしのことじゃなく・・・





しかし歩きながら金木犀の香りを纏った故郷の風を全身で受けるのも最高だ。


そんな久しぶりの海風はやはり若干湿っていて、

洗濯物や建物に一定の影響を及ぼそうと躍起になっている気がした。







決まって12時になると”恋はみずいろ”のメロディがその街を包み込む。



とても清々しい気持ちで地元へ帰ることが出来るのはある意味特権じゃないかと感じていた。



さて、昔の人がこの辺りで、かの有名な神社の方角を見ながら「森がまるで一ノ字のようだ」と語ったことから一森山と名付けられたらしいその場所に我が実家がある。


目的地まで後3km前後と言ったところか...








ゴォオーーーン・・・!





「何だ?」




1ヶ月越しの休暇に浮かれていると、突然遠くの方で

大きな爆発音というか、建物が倒壊する音のような《何か》が響いてきた。





仕事柄、弾の炸裂音等はよく耳にするから分かるが、今のはそのどれとも違う。





「マジかよ。俺の休暇・・・終わり?」




直ぐに携帯を確認したが、まだ何の連絡もない。

当たり前か...



大抵こういった事故だとか事件が起きた場合、

消防の仕事である事が多い。


とはいえ初動偵察という名目で出動する可能性も

無きにしも非ず。






ズシィィイーーー




また音!

しかも何か大きなモノが落ちるような。






とりあえず、あくまで視認情報を小隊に出す為に

見に行ってみよう。写真も撮れたらいいかもな。

そう!これは決して野次馬根性ではない。






しかし、最近本当に治安が悪い。

景気と犯罪率は比例するって何かのブログで見た。





まぁ俺にはあまり関係ない...と言う訳にもいかない。


というのも、我々国家公務員は国民の守護、つまりは多くの子供達(社会的弱者)の未来を守る事も任務の範疇であるからだ。



実際に行進訓練中に小学校の前を通った時に手を振ってくれる彼らを見ると、自ずと体力が復活する(勿論応援してくれる大人もそうだが、何故か子供となると殊更なのだ)。



国の防衛と国民の保護に尽力して、数多の脅威から国民を護らなければッ!!









(この給料で・・・?)









「はぁ、、」







ズシィィイーーーー






そんなことを考えていると、問題の音が聞こえた方向に近付いた時、一瞬テナントビルの隙間から大きな影が遠くに見えた気がした。




大きい...50mはある。

いやいや、そんな馬鹿な。





ズシィィイーーーーー





その影はゆっくり何処かへ向かっているように見える。しかし、目標地点まであと2km以上ある。



高台故に確認することは出来たが何が歩いているのかよく分からない。





いや待て、、

えっマジで何だあれ。

映画の撮影?





デカすぎんだろ・・・





「とりあえず写真撮ろ」

パシャ!パシャ!



ズームしたとて、やはり遠い。

もう少し近づいて見なければよく分からない。



さっきの音はあいつか?

確かに心做しか振動も伝わってくる。



車が数台路駐しながら遠くの怪獣の写真を撮っていた。

SNSを確認しても・エゴサをしても何も引っかからない。



本当に何なんだアレは。




ズシィィイーーーーー




確かに歩いている。






〜いつなん時でも、冷静に物事を対処しろ〜






こんな状況で思い出すのはかつて班長の言葉。

今でも俺の中に響いている。









少し近付いた。

あれは...壱番館の方か?

あの足音はもう随分と遠い。




周辺からは生物の焼ける匂いと、鉄類が焦げた匂いが混ざりあって漂流してきた。




「マジでなんなんだよ...」

何処か震災の時を思い出す。



すると左前方、ビル影から人がフラフラと出て来た。

見たところ50代前後の男性だが顔に生気がない。



「大丈夫ですか!?」

駆け寄ろうとすると突然、男は手を大きく広げて

奇声と笑い声を発しながら飛び掛ってきた!



ごばっうぁあああははははははははははは



「あっ」やば。





バキッッ





反射的に構えを取って、掌底を食らわせてしまった。



〜何があっても一般人を傷付けるな〜

いや班長...すみません、ヤバい。



正当防衛で・・・いけるか?

「す、すみません!間違えましたぁ!!」


速攻で走ってその場を離れた時、男性はまたフラフラと立ち上がってどこかへ向かっていた。




とりあえず無事なら良かった。

通報されたら一巻の終わりだが、あの様子じゃ”酔っ払っていて”覚えていないだろう....と願う。









この街で1番大きな建造物《壱番館》の前に着いた時、

その光景に愕然とした。







巨大な足跡が大きなクレータを作っていたのだ。







映画の撮影なんかじゃあない。

実際ここには巨大な生物が存在していた。




しかし、どこから歩いてきたのか検討もつかない。

ふと周りを見ると、電車の高架線が何かが横切ったようにプッツリ破壊されていた。



海から?




血まみれのクレータには所々肉片のような骨のようなものが着いていた。


「踏んだのか・踏まれたのか」



遺体を見たのは初めてではないが、ここまで損傷が激しいモノを見たのは初めてだった。


しかし、驚く程冷静でいられた。



まだ中隊からの連絡こそないが、それは確実に災害級の被害だった。


そしてクレータは北の方に続いている。




あの方向は・・・まさか




「あっ父さん達!」




直ぐに電話を掛けたが繋がらなかった。

非常事態の時ほど繋がりにくい。




各種SNSで家族全員に連絡したが、3世代前のスマートフォンは夜の海のように静かなままだった。




警察と消防に通報した後、当直と小隊の初動の長には間髪入れずに電話をした。



どうやらまだ招集は掛かっていないらしい。

時間の問題か・・・



ガスの匂いは無い。

爆発の危険は無さそうだが、壱番館のロビー部分が抉り取られるように綺麗さっぱり無くなっていた。



思っていたよりヤバいことになってる。

SNSを見ても朝と変わらない。




「腕時計も動いてる」




こんな時でも地球は回ってるってか...

建物の損壊具合をまじまじ見ていると、2階部分に女性の姿が見えた。



こちらの方を見つめながら呆然と立ち尽くしている。

「大丈夫ですかーっ!?」



これほどの衝撃だ。

隠れていなかったとしたら無事ではあるまい。



階段を駆け上がってよく見ると、小柄で細身だがクリーム色のパーカーに制服地のギンガムチェックのスカートを膝上でヒラつかせた、肩甲骨辺りまで伸ばした少し茶髪の綺麗な女の子がそこにいた。





「あの、大丈夫ですか?動けます?」




「・・・」





反応がない。

状況からして目立った外傷が見られないことから、目前の爆心地よりは離れた場所にいて、その後ココへ見に来たらこの光景を目の当たりにして動揺していると言ったところか。



驚きで動けなくなっている。

更に、返答がないのはそれ以上の衝撃を受けたからか?

死体や凄惨な場面を見たからなのか?



いずれにせよココは倒壊の恐れがある。

彼女の手を引いて逃げ出そうとすると、壱番館の他の部屋からゾロゾロと人々が逃げ出してきた。



至る所で悲鳴のような声と笑い声が聞こえる。



「ごめん!行くよ」

彼女の手を取って走り出す。




「あっすいません!」




何だ良かった。

声...出るじゃん。




いやしかし、女の子の手に触れたのはいつ以来か。

不可抗力なのでそこは悪しからずだが、天使と天使を掛け合わせたような声をしている。





壱番館を出て、少し離れた交差点で事情を聞くことにした。警察とは違うが、まぁ状況確認と見聞情報の整理みたいなものだ。





〜状況把握を迅速に行うことこそ勝利への道〜


班長ォオッッ!






「あの、、ありがとうございました!」


「いえ、自分はたまたま通りかかったもので...」

「大丈夫ですか?怪我とか、痛いところは?」


「あっ私は大丈夫です」

「トイレから出たらああなってて、友達もいないし..」


「そうだったんですね。とりあえず無事でよかった」

「自分も何が起こってるのか分かりませんが、何らかの災害であることは確かなようです。良かったらその友達探すの手伝いましょうか?」



これは決して下心ではない。

マジな親切心である。


あ、でも実家に帰らないと、、、

うーん、まぁ後でもいいかな。



にしても、見るからに高校生か。

とても可愛い。


何か凄くいい匂いもする。

しかし、自分は正直”子供”に興味はない。






”とはいえ”だ。




親切にしておいて損は無い...とーーー



「ah...いえ大丈夫でsaりがとうgozいました!」








いや別れの速さエミネムじゃん。






ぺこりと頭を下げた彼女はそのままスマホを見ていた。


「じゃあまた何かあれば!」

軽く会釈をして家に向かった。

本当はマジで家族が心配だからね。

いやほんとに。



















かの高名な神社には202段の階段が2つある。

地元じゃあそれぞれ表坂・裏坂と呼ばれてて、俺は今裏坂へ向かっている。


その方が近いし、何より傾斜が緩やかだ。


実家は一森山地域にある。

それ故に神社の階段を登らなければならない。

この方向に歩いているのは正当性があっての事なのだ。


さて、後ろから足音が聞こえる。

歩幅が短くて、底が硬めのスニーカーに衣擦れの感じからしてオーバーサイズ気味のトレーナーか。


自分はのんびり歩いているから背の低い男性なら抜かしてくる傾向がある。そうしないのは小柄な女性...潜在的に知らない男に警戒心を抱いているのかもしれない。


そして、足下の擦れる音が聞こえにくい。

スカートやワンピースの特徴だが、丈はそこまで長くなさそうだ。



つまり、さっきの女子高生が後ろを着いてきている。

その理由は様々考えられるが、きっと目的の方向が同じなのだろう。


裏坂の手前の鳥居に差し掛かった時に横目で確認すると、やはりさっきの子だった。











ギャアアアアアああああああああああぁぁぁ!!!








道路の反対側で悲鳴。

男が女に噛み付いている。

普通じゃない。



そういや、さっき殴ってしまった人も少し変だったな。



「え、ゾンビ?」



あ、ヤバい。

めっちゃこっち見てる。





走ってきた!!

マジにヤバいッッ


振り返るとあの子は固まっていた。




ええい、これは不可抗力なんだ!!

再び彼女のやわらかい手を取り走り出す。



「早く!」

「アっ・・・」

とりあえず鳥居の方へ走った。




後ろはまだ....追いかけてくる。

何なんだあいつは。

ただ事じゃないのはいくら鈍感な俺でも感じ取れる。


部隊に戻るべきか?戻るべきだよな。

いや、実家の様子を見てからでも遅くはない。

既にされているかもしれないが、一応警察と消防に通報しておこう。


そんなことを走りながら考えていると、

「少し引き離したか?」

はるか遠くにさっきの狂人がこちらを見ている。



あれ、なんで止まってるんだ?


「はぁ、はぁ・・・入って来ない....」


呼吸を荒くしながら、少女は唐突に口を開く。


「えっ?」




「たぶんあのおじさん神社入れないんですよ」

指をさしながら語った。




「えぇぇえッ!!?」

確かに鳥居の手前から1つも動かずこちらを見ている。

だとして、一体どういう理屈だ?


いや、確定では無いが確かにその兆候はある。

しかしよく気付いたな、、


「ってかお兄さん、何でここにいるんですか?

しかも同じ方向...」

「あっ先回り系ストーカー?私、屈しませんヨ」


彼女は目を細めて疑っている。


「ちょっ」

待てよ、先回り系ってなんだ。




「ちょっと待って!俺は実家がこの神社の近くなんだ。だから裏坂から行こうとしてたの!そして俺にゃあ自衛官として国民を護るという責務があるから、断じて先回り系ストーカーじゃあないッッ」





「あ、そゆことすか。じゃあ同じ方角ですね」





え、なんか軽いな。

最近の子は皆こうなのか?


「あれ、ってことは君も?」


「君、じゃなくて山吹ヤエです。私は友達と神社ら辺で待ち合わせ...」


彼女はハッと何か閃いた顔をして、

「じゃあ合流するまで私を護ってくださいよ。国民を護るお仕事なんですよね?」


「えっ、、でも今日休みだし」


「あ!街中ヤバいことになってるのに目の前の幼気なLJKを見て見ぬふりするのが自衛官としての責務なんですね!めっっっちゃ参考になります」


世界最強の皮肉を撃った後、彼女は無帽で敬礼をして満面の笑みを浮かべている。


多分だがこの女、結構な性悪だ。

俺の直感がそう言ってる。






〜迷った時は直感を信じろ、ホラな?なら一択だろ〜


班長ォオ...

今回ばかりは流石に・・・




〜目の前の困ってる奴を助けろ。そこで選ぶな!迷うな!道はいつでも1つなんだ!〜


班長ォオ!!







「分かりました...良いでしょう」






「やったァ!」


「俺は《更科アキラ》(さらしなあきら)」

「よろしく!」


「うん!」


気の所為かもしれないが、交わした握手が2人にとって大きな希望になっていくように感じた。

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