私は今まで一度も幸せだったことがない
※虐待や支配などの描写があります※
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私は今まで一度も幸せだったことがない。
生まれた瞬間は幸せだったかもしれない。
だが、物心ついたときにはもう、幸せではなかった。
私は田舎の地主の長男の娘として生まれた。
少し離れた町で暮らしていた母親は、年の離れた姉の結んだ縁で嫁入りしたそうだ。
庭で牛と鶏を飼い、当時は珍しかった大きな風呂場のある、二階建ての大きなお屋敷だったらしい。祖父、祖母、おば、父親、祖父の妾、妾の子、妾の産んだ子供など総勢10人で暮らしていたと聞いた。
私は妾の子達にいじめられていた。
大きな子供達に囲まれて恐怖しか感じていなかった。
母親に育てられた記憶はない。
三歳を過ぎた頃、父親が死んだ。
母親は、家を追い出されることになった。
私は長男の子供なので、田舎の家に残ることになった。
口数の少ない祖父と、意地悪な妾の子に囲まれて暮らすことになった。
四歳になったとき、母親が来た。
どんな話し合いがあったのかはわからないが、私は母親の家で暮らすことになった。
後に判明するのは、母親が裁判を起こして親権を奪ったこと、祖父から慰謝料をもらったこと、私の相続放棄を書面に残したということだ。
母親は、私の祖母にあたる人と暮らしていた。
潰れそうな長屋の端、土間と部屋と便所しかない家だった。
母親はいつもいらいらして祖母をこき使っては文句ばかり言っていた。
働いて食わせてやってるんだから肩ぐらいもめ。
なんで私が養わなきゃいけないんだ。
働けないくせに口答えするな。
たまに酒に酔って帰ってきてはどこかでもらってきた白黒テレビの音を最大にしてわめき散らした。
私は耳を塞いで時間が過ぎるのを待った。
母親は私が何か言うことを嫌った。
何か言えば、100倍になって返って来た。
母親は私が何も言わないことを嫌った。
何も言わなければ、延々と罵声を浴びせられた。
私は何もいえない子供になっていた。
母親が言うことは絶対だった。
母親の言うことを聞く道しかなかった。
母親を怒らせないよう細心の注意を払わなければならなかった。
祖母は若くして未亡人になってしまった娘を気の毒に思っていた。
口を開けば、お母さんは気の毒な人だからあなたが支えてあげなさいといった。
私は成績優秀だったが、会話をすることが苦手だった。
地域で一番頭のいい高校に進学したが、友達は一人しかいなかった。
就職したのは食品メーカーの研究室だった。
いわれたことを黙々とやりながら働いた。
私の給料はほとんどが生活費に消えた。
自分の不幸を嘆いた母親は新興宗教に入信し、生活のために働くことをやめてお布施を収めるようになったのだ。
仲間と一緒に熱心に布教活動をする母親は一切家事をしなかった。
年寄りの母親を朝から晩まで顎で使い、掃除洗濯食事の準備とすべてやらせていた。
母親が縁談を持ってきたのは22歳の頃だ。
金持ちの宗教仲間が、近所に結婚相手を探している人がいると押し付けてきたのだ。
十歳も年上の、うどん屋の三男坊だった。
頭が良いので、遠くの町に車で通って勤めているということだった。
母親の二つ返事で縁談は成立した。
私は従う事しかできなかった。
会社を退職し、専業主婦になった。
今まで一度も料理をしてこなかったので苦労した。
掃除も洗濯もわからないなりに毎日やった。
誰も助けてくれない、自分がやるしかなかった。
程なくして私は妊娠した。
祖母に伝えると、ひ孫に会えるのが楽しみだと笑った。
祖母はひ孫に会うことはできなかった。
気持ちが悪いから救急車を呼んでくれと頼んで気を失い、そのまま死んでしまったのだ。
大げさに打ちひしがれる母親に、同情の声が集まった。
長屋を壊して、家を建てることになった。
一人暮らしの母親に親孝行をするべきだと諭されたからだ。
自分の貯金をすべて使って、小さな家を建てた。
娘が生まれてしばらくたったころ、住んでいたアパートでもめごとがあった。
結婚相手に間に入ってくれないか頼んだら、俺は仕事があるから無理だといわれた。
アパートの隣の家で飼っていた犬が娘に噛み付いた。
文句を言うことができず、黙って病院に通った。
アパートで使っていた洗濯機を勝手に使われるようになった。
文句を言うことができず、毎日汚れた洗濯層を洗った。
アパートの住人に嫌気がさした頃、母親の宗教仲間がアパートに来て騒ぐようになった。
お母さんは一人暮らしは寂しいと行っている。
お母さんと一緒に暮らしてあげなさい。
一人では人は生きていけない。
あなたはたった一人の親を見捨てて自分だけ幸せに暮らして行くつもりなのか。
お金がなくて苦しい生活をしているお母さんをかわいそうだと思わないのか。
一人では答えが出せないというと、結婚した人が家にいる日に押しかけた。
結婚した人は大勢の人に囲まれて大人しく話を聞いていた。
その日のうちに私は母親と同居することが決まった。
結婚した人は争いごとを嫌う意気地のない頼れない人間だったのだ。
母親は、働く必要がなくなったので宗教にのめりこんで行った。
生活費は結婚した人が出した。
結婚した人は気弱で、母親には何も言えなかった。
母親は仕事をしなくなった。
息子が生まれて少し経ったころから、母親は娘を連れて布教活動に行くようになった。
娘は母親になつき、私といる事が少なくなった。
息子も母親に連れられて宗教施設に行くようになった。
家で宗教の集まりが開かれるようになった。
小さくて狭い家に30人入れなければならず、重たい鏡台とタンスを2階に一人で運ばなければいけなかった。
腰が痛くてたまらなかったが、誰も助けてくれなかったのでやるしかなかった。
娘に手伝わせたら階段の一番上から鏡を落として掃除が大変だった。
何から何まで、私がやらなければいけなかった。
40になった時、網膜剥離になった。
娘に病院に連れて行ってもらったが気の利いた事を言ってもらえなかった。
役に立たない娘が家を出て行った。
45になった時、坐骨神経痛になった。
娘を呼びつけて家事を全部やらせたが、仕上がりが悪く神経を逆なでした。
50になった時足が上がらなくなった。
手術をすれば治ると言われたが、2か月入院しなければいけないと聞いた母親が許さなかった。
母親は自分の面倒を見る私がいなくなるのが許せなかったのだ。
無表情で何を考えているかわからない息子が家を出て行った。
結婚した男が定年退職した。
結婚した男が退職金を投資してすべて使い果たした。
母親がぼけた。
母親の世話を今まで以上に何から何までしなければいけなくなった。
大嫌いな母親の世話をするのが嫌だった。
大嫌いな母親を見ると過去の出来事が思い出されて腹が立った。
誰も助けてくれなかった。
何度も警察の世話になった。
遠くに住む娘はいつも事件が起きた後に現れて役に立たなかった。
母親が死んだ。
結婚した人に葬式をやらせたら常識しらずで腹が立った。
母親が死んで幸せになれるかと思ったがなれなかった。
何をしていても、母親の不愉快な記憶が思い出されたからだ。
死してなお私を苦しめる母親が憎くてならない。
母親がいつまで経っても私を開放してくれない。
住んでいる家が老朽化した。
台風が来るたびに家が揺れて娘を呼び出したが、いつも到着が遅れて怒りが爆発した。
娘の住む町に引っ越した。
慣れない町で暮らすのは大変だった。
娘に毎日買い物に連れていってもらわないといけないのが面倒だった。
毎日娘が来て掃除をするがへたくそでストレスが溜まっていった。
24時間、いつもずっとイライラするようになった。
たまに役所の人が来て大人しくしていないといけないときは特に苛立ちが爆発した。
下の階の犬が私の声に反応してワンワン吠えるのがむかついた。
こんな暮らしをしなくてはいけない自分が本当にかわいそうだと思うようになった。
誰も助けてくれない。
誰もわかってくれない。
私は不幸だ。
私は幸せだったことが一度もない。
何をしていても不愉快な記憶が浮かんでくる。
あの時こうだった。
あの時もこうなった。
あの時こうなったせいで。
人生の全てが腹立たしい。
腰が痛くてたまらない。
腹が立って仕方がない。
結婚した奴が嫌いでたまらない。
娘が鼻について仕方がない。
息子は男だから使えない。
結婚した奴そっくりで見たくもない。
結婚した奴が嫌いでたまらない。
同じ空間にいるのが不愉快でたまらない。
トイレに行こうとするといつも先に入って神経を逆なでする。
よぼよぼと動くのが目障りだ。
昼間せき込むのが耳障りだ。
ぼんやり座っているのが腹立たしい。
娘がジジイを気遣うのがむかつく。
娘が私を気遣わないのがむかつく。
誰も私に優しくしてくれない。
恵まれて育った娘がうらやましい。
あいつは家で家族に優しくしてもらっているに違いない。
私は恵まれたことなど一度もなかった。
困ったことが起こったら一人で解決するしかなかった。
相談する人などいなかった。
母親の言いなりになるしかなかった。
母親の言いなりになって仲の良かった会社の同僚と縁を切った。
母親の言いなりになって貯金をすべて使い果たした。
母親の言いなりになって世話をし続けるしかなかった。
私は母親の面倒を見続けていたのに、母親の面倒を見続けない娘がむかつく。
私は母親の横でずっと言いなりになっていたのに、母親と距離を置こうとする娘がむかつく。
娘にいちいち帰る家があるのがうっとおしい。
24時間私に仕えるべきなのに、そうしない娘がむかつく。
夜中に呼び出してもすぐに訪ねてこない親不孝者。
老いた人間は10分で急変する。
私の祖母が救急車を呼んだ10分後に死んだように。
自転車で15分の距離に住むなんてありえない。
さっさと離婚して同居しろと言っているのに言う事を聞かない。
母親の言う事に従わない親不孝者。
私は50年間一日も休まず24時間婆さんの面倒を見てきたのに。
娘が息子と仲良く話しているのを見るのが腹立たしい。
私は子供とゆかいな話をした事がないのに。
親の世話をしないで子供と話すなんて馬鹿げている。
娘は恵まれすぎている、だから勘違いをしているのだ。
自分で選んだ人と結婚できた。
何度も旅行に行っていた。
親を見捨てて楽しく過ごしていた。
娘が何もしないで幸せにのほほんと生きているのが許せない。
私が真夜中に呼び出しても全然駆け付けなかったくせに。
私の話を聞いて気の利いた優しい思いやりの言葉を返すこともできないくせに。
ジジイを始末しろと言っても何もしてくれないくせに。
役に立たない、使えない娘。
恵まれた子供より不幸な育ち方をした不幸しか知らない親を優先するべきなのに。
娘のできが悪すぎて怒鳴らずにはいられない。
これほど怒鳴っても娘は私の言う事が理解できない。
この頭の悪さはジジイの遺伝だ。
何を言ってもとぼけた答ばかり返すあのジジイと一緒だ。
腹が立つ。
腹が立つ。
歯医者も連れて行ってやったし、服だって買ってやった。
小遣いも渡したし、飯だって作ってやった。
服だって三枚も用意してやった。
制服も買ってやったし、ランドセルだってお古じゃなかった。
バイト代だって渡してやった。
働いた金だってほとんど自由に使わせてやった。
家から出してやったし、自由に過ごせる時間だって恵んでやった。
腹が減って塩を舐めた事もないくせに。
10円のコロッケがご馳走だった経験もしたことがないくせに。
授業参観も行ってやったのに。
大学も行かせてやったのに。
老いた私を気持ちよく過ごさせることもできないできの悪い娘。
私に似て頭が良ければもっと金を稼いでいたはずなのに。
見た目も不細工で声も汚い、知性の欠片もない役立たず。
こんな娘になるぐらいなら生まれてこなければよかった。
出産のときに産婆が腹の上に乗って押し出した時につぶれればよかった。
娘に金がないせいでジジイと一緒に暮らさないといけないなんて不幸すぎる。
生きているだけで腹が立つ。
嫌な思い出ばかりが浮かんできて気が狂いそうになる。
誰もわかってくれない。
誰もわかってくれない。
誰もわかってくれないのは、頭が悪いからだ。
世の中はバカばかりだ。
頭の悪いテストを受けさせて腹が立つ。
世の中には日付も自分の食べた飯も覚えられないバカしかいない。
新聞の内容を次の日に忘れる脳みその出来が悪い奴らしかいない。
低能すぎて私の言うことが理解できない奴らしかいない。
もっとわかりやすく話してやらないといけないなんて本当に不幸だ。
娘の悪事を他人に言ってもわかってもらえない。
他人は娘以上に頭が悪いから腹が立つ。
人の言う事を全然聞いていない。
娘が私を虐待している、包み隠さず言っているのに理解できない。
娘が私を苦しめている、その事実を訴えているのに無視する。
鏡に写る自分が大嫌いな母親にそっくりで腹が立つ。
シワシワの手が大嫌いな婆さんにそっくりで腹が立つ。
何をしていてもババアが脳裏に浮かんで腹が立つ。
誰も私の不幸を理解してくれない。
私はずっと、幸せを感じる事がないまま、人生を終えるのだ。
私は幸せを感じたことがない。
私だけが不幸であっていいはずがない。
せめて娘だけは私よりも不幸になってもらわなければ困る。
私よりも不幸な人がいなければ、私はすくわれない。
娘を不幸にしなければ。
娘をもっと不幸に陥れなければ。
娘にもっと不幸を味わってもらわねば。
どうやって娘を不幸にしようか。
どうしたらもっと娘は不幸になるのか。
どうやったらもっともらしく娘を悪者にできるのか。
どうしたら、どうやって、どんなことを、どんな、どんな、どんな……