生き血をすすり 屍肉を喰らい
第3弾は姉→弟のブラコン回です。
まだまだ、日常しております。
「ちょっと。ほんとにそのバイト、大丈夫なんでしょうね?」
聞きまちがいかしら?自分の耳をうたがった、心配顔の姉に。弟は、けろっとした表情で答える。まさにカエルのつらに、なんとやらか。
「平気だってば。
むしろ、きちんとしたバイトだからだよ」
仕事で留守がちの両親ゆえに、姉弟はマイ・ペースなふたりぐらし。自分も勤めに出る姉。通信制ながら、学業をおさめる弟。
ここは山や林に囲まれた、人里離れた一軒家。交通機関は、バス停がぽつんと。食糧や日用品の買い出しや、姉の通勤に活躍している。
ほほえましいほど、のどかで。
もどかしいほど、不自由なくらし。
そんな日常も、ふたりなら楽しく送ることができた。
だからといって、この現状を享受するだけでは、快活な少年時代の浪費にすぎない。通信制の学校にも、長期の休みはある。家事をこなすだけでなく、外の仕事までもつ姉の姿を、ふだん、目にしているせいか。この期間を利用して、弟もバイトをはじめることにしたらしい。
休みのあいだだけの短期で、送迎のバスが近くを通る。少年の彼にも、無理なくこなせる仕事で。給与はそこそこなものの、労働条件は、むしろ悪くない。
とくに、なにかを買うために。どうしても、お金が欲しいわけではないのだが。これだけの好要素がそろっているなら、やってみようではないか。
申し込んで、採用されると。募集のパンフレットを見せながら、今回の挑戦の報告を、姉へとはじめようとした弟だったのだが。
冊子に目をとおすよりはやく、弟のひとことめに、姉は警戒反応を示すのだった。
やっぱり、わたしの聞きまちがいかもしれない。とはいえ、もしそうでなかったら、そんなバイトに、弟を送り出してよいものだろうか?
たしかに、世は資本主義経済。無形だったり、売買に適さない概念だったり。それらまで、なんだかんだで金銭で評価してしまう。いわば、あらゆる価値を金銭が媒介することによって、同じ土俵で相撲がとれるようするしくみだ。
だが、価値を数字化するというのは残酷なもの。飢えや困窮に苛まれないためには、その数字を稼がなければならない。みずからが愛する者と生きるためには、他人の生き血をすすることすら必要になることもあろう。
わかってはいるけれど。
まだ幼い弟が、そんな業界に足を踏み入れてもよいものか?下手をしたらもう、太陽のもとを、いっしょにならんで歩くことさえ、かなわなくなるかもしれない。両手と、くちもとを血に染めて。月夜を飛び交う闇の眷属。その仲間入りを喜んでやるなど、彼女にはできなかった。
そんな想いをめぐらせる姉をかたわらに、弟は報告のつづきを。申し込むまえに、ひとこと相談して欲しかったとのクレームも、自主性のうらがえしだと、彼女はごくりとのみこんで。姉は要綱の記された冊子を手にとると、弟のことばに耳をむけた。
「やることは肉体労働だけど。重いものや、力仕事は大人の役目で、そのお手伝いをするんだ」
ふむふむ。
「長時間のシフトでも、ちゃんとお昼にはお弁当がついてて、食後のやすみ時間だってあるし。
なんと、3時にはおやつまで出るんだぞ」
へぇ、そいつはすごいわね。姉はちょっとだけ安心して、冊子に視線をおとすと。
はっ、とするとはこのことか。
募集のための、アピール・ポイントなのだろう。太字で描かれたフレーズに、これまでの自分の逡巡が、杞憂にすぎないことを知り、彼女は苦笑いするほかなかった。
「ねぇ、この現場では、どんな工事をしてるの?」
気をとりなおして、はなしをつづけよう。これなら安心して、弟を送り出してやれそうだから。
帰ってきたら、ふたりでピクニックも悪くないわね。おむすびとサンドウィッチ、両方ともつくっちゃおうかな。
太陽のもと、ふたりでならんで歩けることと。
今回の懊悩のはじまりが。みずからが犯したとんちんかんな、聞きまちがいであったことに感謝して。
はじめのはじめ。
どんなバイトかと、姉からの問いに。弟のこたえは、そこにあった。
こう、描かれていたんだ。
休憩つき
「ダムとか、堤防をつくってるんだってさ」
そして、それは治水。
吸血鬼でもなければ、血吸いですらない。
4コマ漫画のネームと、未使用ネタのセルフ・リメイク。
2本ぶんを、ニコイチ。
おつきあい、ありがとうございます。