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烈日

 内なる破壊衝動を持てあまし、ユリィはひとつ息を吸う。天幕により日光を遮られた、薄青い陰りの中でも、ユリィの赤い瞳は燃え盛るように煌めいた。


「陛下、お覚悟を決めて下さい」

「何の覚悟だ」


 ユリィは物騒な笑みをこぼす。その気になれば、周囲一帯を火の海と化すことも簡単な彼女が、黙って笑うのは相当な迫力があった。


 しかし、ユリィは暴力は好まない。


 ――でも陛下は私に手なんか出したら絶対ダメなんだから。


 ちょっとした復讐心で、ユリィはラウラリア王妃の秘密を告げてしまおうと思った。そんなに知りたければ知らせても構わないだろう。秘密にしたがっているラウラリア王妃には悪いけれど、既に公然の秘密状態になっている。今でなければ遅いのだという大自然の声すら聞こえた。


「陛下、私にこのようなことしてる場合じゃありません。あなたは父親になるかもしれないのですよ」

「は……?」


 いくつかの事象が、エミリアーノ王の脳内で渦を巻いて現れては消える。難しいことではなかった。ラウラリア王妃の妊娠を告げている。


 まさか王妃の懐胎を告げるのが、獣を内に秘めた少女だとは。予想もしない現実にエミリアーノ王は奥歯を噛み締めた。


 見回せばネイやカストまで、知っていたような顔で俯いている。特にネイは、動揺を隠しきれないでいた。ジェイクに伝え、画策させたのはネイだろうとエミリアーノ王は察した。知らぬは王ばかり、まるで裸の王だなと自嘲の苦い味がした。


 祝福の喇叭は鳴らない。ラウラリア王妃から伝えられない。それはとりもなおさず夫として、父としての不信を表している。


「そ、そんなにショックを受けなくても良いではありませんか、おめでたいことです。まだ確定ではないようですが……」


 ユリィは小さく唇を動かす。やってしまったかと急いでこの後の対処を考える。こんなときにジェイクが居てくれたらと、空白の肩が冷えた。


「不安だ」


 エミリアーノ王は、短く答えた。ラウラリア王妃に愛されていない気がした。ただ親の言いつけに従って結婚して、王と王妃だから身を任せていたのかと、昔からの問いを虚空に投げる。


「陛下、しっかりなさって下さい。ラウラリア王妃陛下も不安に思われています」

「そうだな。そんな男の子供を、ラウラは真に愛するのか?母から愛されない、自分のような子供を私は作ったのか?」

「ああ、陛下」


 いつの間にか足に力が入らず、腿から膝に手をつきかけていたエミリアーノ王の肩を支えるようにユリィが触れた。珍しく素直に感情を露呈するエミリアーノ王に、心底焦っていた。


「ですから、そのような関係は私がたった今、破壊しました。これから新しい関係を作れば良いのです」


 出来る限り優しく微笑み、宥めるようにユリィは語りかける。


「陛下は存じ上げないかもしれませんが、私や、陛下の体を動かす筋肉……これは負荷をかけると簡単に切れてしまいます。もちろん、全ては切れませんが。動かせるように、最低限残っていれば良いのです。切れたものは、より強固に修復される。人間関係も同じです」

「破壊と再生を繰り返すのか」

「ええ、その通りです。陛下とラウラリア王妃陛下の関係も、何度も壊れて、強く太い結び付きにきっとなりますよ。帰ったらラウラリア王妃陛下に優しくしてあげて下さい」


 ユリィは瞳が熱く潤むのを、エミリアーノ王への情動として熱弁をふるう。胸が激しく痛んだ。


「陛下はラウラリア王妃陛下に、あまり御自身のお気持ちを話されないのでは?だからラウラリア王妃陛下もあまり話されないのでしょう。人と人とは、鏡のようなものです。相手への自分の態度や言葉が、そのまま返ってきます」

「はは……その通りだな。私が招いた事態だ。だが、近しい存在こそ何故かうまく気持ちを言えなくなる」

「わかります」


 ユリィはわかりすぎて抱擁したくなった。


 ――本当にその通り。私なんて、陛下に近いタイプなのに、私は偉そうに何をお説教してるの?


 ジェイクと現在うまくいっていないユリィは、自分自身の言葉に先ほどから何度も胸を突き刺されている。


 世界を変えるなんて大それたことをやって、何かが変わったと思った。なのに、些細なことでうまくいかなくなる。筋肉に例えたが、関係が千切れた状態がつらくてしょうがない。関係は本当に強固になるのか、前進しているのか、いつも闇の中に感じた。


「……陛下に不安な気持ちがおありなら、それも私が叩き斬って差し上げます。私は陛下に忠誠を誓った陛下の剣です。如何なるものでも壊しましょう」


 心を持たない剣になりたくユリィは誓った。殺戮と破壊で心を埋めたい。ユリィの精神は瀕死状態であった。


「ふっ、ユリアレス」

「何でしょう」

「お前が私の剣だとして、いつも抜き身では困る。何でも斬るからな。鞘が来ているぞ」


 エミリアーノ王の視線の先をたどって振り返ると、ユリィがこの世で一番、見つめてきた姿があった。猫柳に似たふわふわの髪に、大きな栗色の瞳。ジェイクだった。


「ジェイク!」


 ユリィは一足飛びに駆け、胸に飛び込んだ。一瞬の加速ののち最後の一蹴りで威力を殺し、柔らかくぶつかる。ジェイクの日向に似た匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。精神安定剤のようで、これが無ければ生きていけない気がした。


「ユリィ、どうしたの?陛下に何かされた?」

「ううん……私が勝手に自滅しただけ」


 しがみつくユリィに、たった今到着したジェイクは喜びと驚きに心臓を高鳴らせる。嬉しいが、何かあったのかと思わせる。ユリィから抱きついてくるなんて全く想定外だった。そこにエミリアーノ王の視線が、じっとり絡み付く。


「ジェイク、遅かったではないか。私の完璧な計画が若干狂ったぞ」

「はあ、陛下の御指示された仕事の内容が膨大だったもので。何の嫌がらせかと思いました」

「愚かな。嫌がらせなどではない。お前らが仲違いをしているようだから、わざとジェイクが遅れるようにして、ユリアレスにひと芝居打ったのだ。効果はてきめんだろう」


 本当はユリィをネイに拘束させて、迫っているところにジェイクが来る予定であった。ジェイクに存分に嫉妬させ、燃え上がらせようと考えていた。


「……すごいです、偉大な陛下に尊敬の念を新たにしました」


 ユリィはジェイクの胸に顔を埋めたまま、くぐもった声をあげる。いつもより弱々しい。


 ジェイクは何があったのかと心配で、カストやネイと目が合わせるも、真顔で頷かれるだけだ。


「うむ。そうであろう」


 エミリアーノ王が乾いた笑い声を上げ、姿勢を立て直した。ジェイクが来たことで、男の自尊心が膨れ上がった。いつからか、ジェイクを絶対に負けてはならない存在としていた。侍従に負けるようでは国王として務まらないと常に力が入る。


「とにかくジェイク。これでラウラのときの借りは返したからな」

「陛下、あれを覚えていらしたんですか」


 ジェイクはいつかの、ラウラリア王妃の部屋を訪ね、関係を匂わせた下りを思い出した。エミリアーノ王とラウラリア王妃の溝を埋めるために、かなり損な役回りを演じた。


「返すと言っただろう。私は嘘はつかんのだ」


 天幕の外から兵士たちの大歓声が響いた。全員が本来の仕事を思い出す。エズリ達が到着したようだった。

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