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報告と進展

「僕に報告したいこと?」


 ユリィが珍しくもったいぶった言い方をするので、ジェイクは胸騒ぎがした。早く内容を知りたくて仕方ないが、耐えて待つ。


「うん……ジェイクに言っていいって確認は取ってる。悪いことじゃないの、喜ぶべきことなんだけど、私もさっき聞いて、まだ心の整理がつかなくて」


 額に手を当て、深呼吸になりきらない浅い呼吸を繰り返すユリィを見ると、話の内容が気になる気持ち以上に心配になった。


「どうしたの?」


 問い詰める口調にならないように、なるべく優しく声を出す。別に、ユリィが元気なら何でもいいのにと背中を撫でた。隠密行動用の黒い装備の下に、微かにユリィの背骨の連なりを感じた。ユリィがちゃんと生きている証のように思う。


「うん……あの、本当にごめんねジェイク。こんなことになるなんて……私は良かれと思って誘っただけなのに」

「何のこと?」

「妊娠したんだって」


 顔を上げ、そう告げたユリィはまばたきもせずに見つめてくる。


「えっと、誰が?」


 大事なところをジェイクは訊いた。ユリィの周りで妊娠しそうな人物を何人か思い浮かべるが、素直に喜べない事情が当てはまらない。また、ユリィ自身が妊娠する訳はない。まだ二回キスしただけだ。それにどこか他人事のような言い方は、明らかに第三者の妊娠だと表現している。などとジェイクはまばたき1回の間に素早く思考を巡らせた。


 ユリィは赤い唇を震わせてどうにか声を絞り出した。


「……お父さんが」

「いや、どういうこと?」


 ジェイクはユリィの父、アウグスを思い起こした。彼は、お父さんと呼ばれているからには男性だと思っていた。髭も生えているし、10年前に怪我をして以降、足が悪いが体格はがっしりしている。男性が妊娠する訳はない。だがユリィに関わると妊娠するのかもしれないと、ユリィの説明を待つ。


「お、お父さんが妊娠させたというか。ハ、ハンナさんを。でも、ハンナさんは」

「母さんが?!」

「あっ、あの。二人とも幸せそうなんだけど、私は受け入れられなくて……」


 落ち着くために、ジェイクはユリィの背中をしきりに撫でた。母が妊娠したとは予想外だった。ユリィの父親とそんな仲になっていたのも予想外だった。しかも、その妊娠は周囲に知らせていい時期になっているらしい。


「ジェイク、落ち着いて」

「落ち着いてるよ」

「背中が擦りきれちゃう……」

「ふっ。母さん、僕には結婚前にそういうこと絶対にダメだって言ってたクセに」


 ジェイクは次第におかしくなって笑い出すしかなかった。自分の甘さかもしれないが、ひとりの女性として認識していなかったと反省する。


「ごめんね、ジェイク。私のお父さんが……」

「いや、この間の母さんの表情は幸せそうだったから。アウグスさんは悪くないよ。というか本当に悪い話じゃない。おめでたい話だよ」


 ハンナとは手紙のやり取りをしているし、先日ユリィの家に泊まったときも、生き生きとした笑顔をしていた。あれは愛し愛されている表情だったのだなと今になって納得する。


 確かに、アウグスと母の間には穏やかな信頼関係のようなものがあった。ユリィの話では、度々酒なども酌み交わしているらしいし、どちらも配偶者を亡くして10年も経っている。誰にも、責める権利はない。息子として勝手な寂しさがあるとしても、ハンナはまだ33歳だ。これからの人生を応援しなければと思った。


 ユリィは眉を下げ、赤く輝く瞳に涙を溜めていた。


「変な感じだけど……私とジェイクに弟か妹が出来るね」

「どっちでもきっとかわいいよ。僕はユリィに似た妹がいいけど」

「私は弟がいいな。ジェイクに似てたらかわいいと思うけど、私みたいな妹なんて生意気そうだし、やだ……」


 ユリィは顔を上げ、やっと笑顔を見せた。だが、これではまるで互いの子どもの話をしているようだと気付き、途中で恥ずかしそうに俯いた。


「私たちには子供なんて早いと思うけど」

「うん……」


 ジェイクも子供のことまでは現実的に考えたことがない。みだらな想像はしてしまっていても、子供などまだ縁遠いものと捉えていた。


「私たち、婚約はしてるけど、結婚式の日取りもまだ決まってないし。でも結婚したからって、急にそんな、そういうことするの?想像つかないよね?」

「う、うん」


 求められるままに返事をしたが、その答えは不満だったようでユリィの眼差しが変わる。


「でも全然考えてないって訳じゃないよね?だってジェイク、たまに私のこと変な目で見てるの気づいてるからね」


 服の裾を軽く引っ張ってくるユリィの瞳には、いたずらっぽい輝きがあった。試してるなあと覚悟を決める。


「……ユリィが聞きたいって言うなら僕の頭の中全部言うけど」

「ごめん、そこまで聞きたくない」

「じゃあキスしてもいい?」

「じゃあ?!な、どういう流れでそうなるの?わかんない」


 逃げようとするユリィの予備動作を、背中に触れていたことで早く察知できた。もう片方の腕を回して抱き留める。ユリィは流石に振り払いはしない。


「ユリィ、いや?」

「いやじゃないけど……恥ずかしいから」


 腕の中のユリィは一気に体温が上がっている。


「ユリィは寝てるときじゃないとすぐ逃げちゃう」


 数日前、ジェイクが村を出るときも別れぎわにキスくらいしようかとしたら逃げられたのだった。屋外だったので盛大な、高さのあるバックジャンプだった。拒絶されているようで傷つくと文句が出てしまった。それもあってか、今はジェイクの腕の中におとなしく収まっている。


「だって、小さいときから一緒だから、やっぱり恥ずかしいよ。色々思い出しちゃう」

「これもそのうち思い出になるよ」


 ユリィは俯き、髪で火照った頬を隠すようにしている。ジェイクがそっと髪を耳にかけてやると耳まで赤くしていた。


「何でジェイクは恥ずかしくないの?」

「さあ……個人差かな」


 正直に言うと怒られそうだが、ジェイクには何が恥ずかしいのかわからなかった。本気で嫌がっているならやめるが、揺らぐユリィの瞳から、困惑と羞恥と、僅かな期待が読み取れる。小さく赤い唇に口づけた。


 当然ながら、今のユリィは起きているので反応があった。背中が一瞬震え、それからジェイクの服をぎゅっと掴んでくる。ジェイクの背筋に何かが走った。もっとその感覚を知りたいと唇の角度を変えて口づけを繰り返すと、不意に胸の辺りを押され、体が離れてしまう。


「……今日はもう、帰る」


 滅多になく、ユリィの息が上がっていた。ちょっとやそっと走ってもいつも涼しい顔をしていたのに、余裕のない表情をしている。ただジェイクも余裕は完全に失っていた。


「もう帰るの?何なら僕、一緒に村に行こうかな」

「ダメだってば。ちゃんと休んで」

「何か怒ってる?」

「怒ってない。でも今日はもう帰らなきゃ」


 ユリィは慌ただしくバルコニーに向かっていく。どちらかの唾液で濡れた口元が気になるのか、唇を内側に巻き込む仕草がジェイクの目に焼き付いた。袖で拭ったりしないということは、大丈夫ということだ。いや、むしろ――


「じゃあね!お休みジェイク」


 ここは3階だというのにユリィは軽く飛び降りていった。あっ、と声を出す間もなくユリィの姿は闇に溶けて、見えなくなる。もちろん何秒経っても地面に激突する音など聞こえない。どうやって着地したのか今度聞かなければとジェイクは思う。


「というか、全然眠れなくなった……」


 興奮が冷めやらぬまま、ジェイクは朝を迎えた。

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