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宵明けに光る

 王城に戻った頃には夜も更けていた。厩番も眠りに就いているので、良く翔けてくれた早馬にジェイク自ら水と飼い葉を与えた。馬の世話は慣れている。


「ありがとう、おやすみ」


 あくびしながら、自身に割り当てられている部屋のベッドに横になった。眠気と興奮がない交ぜになった妙な感覚だった。


 ユリィと交わした結婚の約束と、彼女が抱える大きな力が消失するかもしれないという話。大きな変化の予感があった。これからどうするべきか、本格的に思案し始めると眠れなくなることは明白だ。


 かといって気を抜いて仰向けの体勢でいるとユリィが乗ってきた体の感触を思い出してしまう。柔らかく、甘美な重みを本当は抱き締めたかった。


「ユリィって前世で25歳まで生きたって言ってたけど。結婚とかしてたのかな。聞けば良かった……」


 いつになく独り言を呟き、ジェイクは横向きになった。聞ける雰囲気ではなかったなと体を丸めてきつく目を瞑る。





 翌朝、睡眠時間が少なくともジェイクはいつも通りに起きた。僅かに頭が重い気がしたが、ユリィのお守りの効果かそれも霧のように消えていく。エミリアーノ王の寝処に侍女と共に入室した。


「ジェイク! どうなったんだ昨日は? ユリアレスの具合は?」


 侍女に着替えを手伝わせながらエミリアーノ王は訪ねてきた。ジェイクは別にエミリアーノ王の裸を見たくはないが、がっしりしてきた筋肉が垣間見えた。週に3度、嗜み程度の剣術で随分逞しくなった。それもユリィが通いつめ、魔力を秘めた菓子を捧げてきた結果と言える。


「具合は悪くはないそうです。ただ、ユリィの今までの力は、もうすぐ失われると言っていました」

「何だと?」


 秀麗な眉を顰めてエミリアーノ王は詳細を求める。


「ユリィの力は体の成長と共に年々強大になっていましたが、春からそれは顕著でした。それは、とあるモンスターの働きだったそうです。彼女曰く、限界だから力を明け渡すと言っていました」


 ジェイクは昨夜整理した記憶を思い浮かべる。春の自身の誕生日の夜、洞窟探検の際。とても夜目が効くようになったとユリィは恥じらっていた。ジェイクが城で働き出した初日。ユリィはメイドの姿をして炎や熱を軽々と操っていた。


 見落としていたなと悔やむ気持ちがある。好きな気持ちばかり膨らんで冷静ではなかったかもしれない。だがこれでユリィは普通の少女になり、平和に過ごせるのではないかとも考える。あらゆる重責から解放されたいから、誰にも相談せずに過ごしたと考えるのは都合が良すぎるだろうか。


 ジェイクは、黙っているエミリアーノ王の碧い瞳を捉える。信じられないことに、潤みきって今にも涙が零れそうであった。自身の父、先王が亡くなった際には泣かなかった男が泣くのかとジェイクは衝撃を覚えた。


「陛下……」


 どうにか涙が流れぬよう堪えて、エミリアーノ王は感情を飲み下すように喉仏を上下させた。


「形容出来ぬ。寂莫とも、祝福とも、幻滅とも違う。ただ、それでユリアレス自身の命は助かるのだな?」

「そう言っておりました」

「夏の間、私などに構っている場合ではなかったではないか」


 エミリアーノ王は飲み下せなかった感情の残滓を怒りとしてまとめ、声を荒らげた。今後の黒嵐竜への防衛などには全く触れず、ただユリィを心配するエミリアーノ王の真心にジェイクは打たれた。同時に、もしかすると彼女をやはり愛しているのではないかと恐れてしまう。




 午後のお茶の時間を、ジェイクとエミリアーノ王は落ち着かない気持ちで迎えた。それでも、昨日の監査の後処理など、公務は公務として集中して執り行った。



「ユリアレス様をお連れしました」


 女性近衛騎士のネイが顔を紅潮させて戻ってくる。その後ろにいるユリィの姿を見て、ジェイクは瞠目した。


「えっ……ユリィどうしたの?」


 たった一晩で人間はこんなに変わるものかと、見慣れたはずの幼馴染の姿をまじまじと眺める。


 とてつもなく、綺麗になっている。元々綺麗だとは十分に思っていたが、肌は真珠の照りのように透明感を持って内側から輝き、艶のある唇は赤く色づいている。ユリィに子供の頃あげた真っ赤な花、リリアレスに似ていた。そういえばその花を文字って、ユリィは子爵家の養女になるときに名を改めたんだとジェイクは思い出す。


「何だか気分がいいの。だって、ジェイクが……」


 ユリィが赤い瞳を潤ませ上目遣いに見るので、ジェイクの心臓は暴れ出した。


「それは、良かった」


 深い意味もなくジェイクは言った。結婚の誓いを立てただけでユリィがこんなに変わるなんて、彼女についてはまだまだ知らないことだらけだと思う。


「何がどうしたんだ、お前たちは」


 エミリアーノ王も当てられて、うっすらと頬を染め問いかける。エミリアーノ王は、ユリィに忠誠を誓われて一晩で変わった経験を思い出していた。揺るぎない自信が漲り、生気が溢れ、他者にも伝わる生命力、魅力として体から表現されるもの。ジェイクがユリィにそれを与えたとしたら、何であるのか知りたかった。


「陛下はまだお聞きになってないのですか?ジェイクが私に結婚の申し出をしてくれたのです」


 花が咲き誇るようにユリィは笑む。


「ほう、なるほど」


 思ったより単純な発言内容にエミリアーノ王は可笑しくなり、低く声を漏らした。ユリアレスは非力な己とは違い、国を破壊可能なほど絶対的な力を持っていながらも、今まで自分に自信を持てないでいたのかと。求婚され、自己の全てを認められたと喜んでいるのか。


「聞いていなかったが、良い報せだな。だが、ユリアレスにそんなに可愛らしい一面があったとは。そんなにジェイクの求婚が嬉しいのか?」

「はい」


 幸せそうに微笑むユリィを、慈愛にも似た眼差しでエミリアーノ王は見つめる。嵐が過ぎ、和らいだ晩夏の日差しが輝く光景をジェイクは危ういものとして感じた。


「陛下、私の力がもうすぐ失くなることはお聞きになりましたか?」

「……ああ」

「その前に、陛下に忠誠を誓った者として、陛下の地位を磐石なものとすべく、こちらを贈らせて頂きます」


 ユリィはエミリアーノ王にひざまずいて何かを差し出した。昨日言っていた、ユリィが創り上げたお守りだとジェイクは身を乗り出す。それは夜明けの空のように青から碧へ移り行く色合いで、随所に金色の星が煌めく結晶だった。まさにエミリアーノ王を現していると思われた。


「ジェイクが似たものを身につけていますので、効果はご存知ですよね?あらゆる毒を防ぎ、悪しき者を弾き、体を労るようにと願いを込めて作りました。力を失う私の代わりに、必ず陛下を守るでしょう」


 エミリアーノ王は心を病んだ実母に嫌われ、今も毒殺の可能性を消しきれず、怯えている。力を失う前に予めお守りを創って渡すのは、明晰に英断と言える。


「……感謝する」


 受け取ったエミリアーノ王は、自分にこれ程複雑な感情があったのかと自身に驚いた。二人の兄が亡くなって以降、人間ではなく、王として教育された。ただ、渡された輝く結晶は不思議と温かく、初めて情というものを分け与えられたと感じた。そして、数瞬の間に初めてではないと気付く。いくつも与えられていたのにぞんざいに扱っていた。


「ユリアレス……」

「はい」

「褒美を取らせる。何でも申せ」

「お気持ちだけ頂戴いたします」


 見守っていたジェイクはそろそろいいかと息を吸う。渡されたものは間違いなく宝だ。無欲なユリィに代わって考えていた腹案があった。


「陛下、ユリィにも役職をつけて下さい。ユリィにしか出来ない仕事があります」

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