side8 恐怖の領域
どうも、翔丸です。
お待たせしました。
やり過ぎ。
同行してきた一部の騎士達の手によって都市の中にある治療院に二人のパーティメンバーが青ざめた顔で運ばれていく男に付いていく光景を見ながら、内心で呟いた。
片眼を失い、片腕を失っていた。だが、どちらも魔法によって治療を施されていた。それだけではなく、股の間にあるモノが切り取られ、そちらはモノが無い状態のまま魔法で治療されていた。
流石にこれには少女も同性でないにせよ男に同情と憐憫の情を催した。どちらが治したのかまでは分からないが、理由としては死ねば最愛が本当に罪人となってしまうからだと少女は一つ考える。
それでいい。
これで顕現の領域に至った筈。
男にはまだ生きてもらわなければならない。
しかし、これではもしかすると精神的に使い物にならなくなっている事もある。
その場合は立ち直るようにしないといけない。
でなければ、勇者の中からこの男を選んだ理由が無くなる。
失敗すれば、手離す事を決意した心が今にも崩れそうな程に重苦しくて、痛い。
堪えるしかない。
耐えて、堪えて、絶える事さえなければ、きっと大丈夫だと少女は自分に言い聞かせる。
「予想外の状態だけど、あなた達は手筈通りにお願いします」
残った騎士達に少女はそう言って、都市に散らせる。
信憑性はある。真実もある。嘘なのは理由だけ。それで十分だ。
ただ、気掛かりなのは、最愛がどうやって部屋の地下に侵入したかだ。
騎士達に聞いても、扉と窓のどちらからも侵入した形跡が無いこと。考えられるとしたらスキル。だが、少女にはスキルの詳細な知識はなかった。
一般的に自分以外のスキルを知れる方法は互いに合意の上での場合でのみ許されており、基本は開示は許されない。
ただ、少女の〝最愛のだけ〟は別だった。
それは少女のスキルに起因するものだが、少女がその能力を使うことは二度とない。
唯に最愛がどこまで進行しているか、少女は分からない。
時折、小さくとも接触し、情報収集しなければ現状は分からない。
加えて自身の方も把握しなければならない為に余分に時間が割けない。
「どうやって……」
今の自分には情報が何より必要だ。情報を知ることで先を予測して、次の手を打つことが出来る。
情報を知ってるのと知らないのでは行動の幅は雲泥の差。
使い魔でも買って、最愛達の近くで監視させることが出来れば良いのだが、止めておけ金の無駄になるだけだ、と少女は何となく思った。
今は持っている情報だけで次の行動に移る事にしようと少女は思考を切り替える。
「………っ」
その時、ドクンと心臓が大きく脈打った。
全身を寒気が襲ってきた。
体が動かなくなった。
目は何かに縋りたくて仕方ないようにキョロキョロと細かく動いている。
目を動かして何が起きたのか把握しなければと動かす。
目だけなので視界内でしかないが、パーティメンバーや騎士達が不自然にその場に留まっていた。
分からない。分かりたくない。
恐ろしい。怖い。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。
死んだ。生きてる。死んだ。生きてる。
生きてる。生きてる。本当に?
思考が矛盾する。
思考するな。いや、思考するべき。でなければ、理性が消える。
どうにかしないと、と少女は息を吸おうと試みる。
「……は……ぁ…」
血管が膨張し、血液を流し、より空気を取り込もうとする。
だが、遅かった。
この感覚に覆われた時点で、許されざる行為だったのだ。
ニゲラレナイ。イキタイナラタタカウナ。ヨケイナことハスルナ。
純粋な生存本能が脳裏に巡る。
矛盾の思考をしていたのは恐怖だったと理解する。
次に来たのは矛盾に対する疑問だった。
この恐怖は何から来ているの?
恐怖するなら尚更逃げるべきだ。
生きたいから恐怖に抗うのではないか。
それも余計な事なのか。否。本能は正しい。正しいが今回は間違っている。
何故なら、恐怖の対象がここにはいないからだ。
思考を巡らせていく。思考を状況に追い付かせる。
そのお陰か少女の思考だけが徐々に回復してきた。だが、少女の体はまだ動いてくれない。
恐怖から逃れられない。出来る筈がない。
今は否定してはいけない。思考を続けないと、と少女は思考を走らす。
何のために?
恐怖から逃れたいから?違う。
逃れたい理由は他にある。
本当は気づいている筈だ。
この恐怖が殺気によるものだと。
それが誰によるものか。
「ア……ぁア……」
抗ってはいけない。受け入れろ。
目的を履き違えるな。
今の都市の雰囲気の中、こんな殺気を放つような人間は一人しかいない。
そして、それが最愛のものだと理性は認めなければならない。
「そう……だね」
なら、解る筈。
これは自分でも騎士達やパーティメンバー達に向けられたものでもまして、あの男にでもない。これは別の人間に対してなんだと。
自分達は領域の中に入ってしまっただけ。
場所も対象が一体誰かも理由も分からない。
どのくらいの範囲かも不明だが、ここだけではない筈な事は理解できる。
ただ、一人の殺気だけで大勢の人間の言動を停止させることなんて普通は無理だ。
「ま……さ……か」
あり得ない。自問自答を繰り返す中でその可能性を否定した。
だが、考えていることが正しいなら、失敗した事になる。しかし、それこそあり得ないと少女は再度否定する。
ならば、何故あの時にならなかったのか。あの少女が止めたからだろう。
それなら、尚の事あり得ない。
けれどもし、前提が間違っていたら?
再度、絶望に堕ち、顕現を既に得ていたのならあり得る。
顕現は他のスキルとは違う。鍵を得るための権限であり、手元に呼び起こす顕現なのだ。
唯に、前提が間違っていた場合は今回の行動自体を間違えてしまった事になる。それは不味い。
少女は焦る。
「そ……まえ…に」
こんな場所に留まっていたら駄目だ。
最愛達の目的は恐らく真偽と罪罰を裁定する聖女。情報では彼女を目撃した最後の場所はステラミラ皇国。
西に行かせないようにしないと。
動けない。
呼吸が一層困難になった。
「え?」
だが、突然恐怖から解放された。
「静まった……っ!」
安堵に身を委ねたい。
でも、それでは遅いと少女はその魅惑に抗って体を動かし対応に向かった。




