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旧地下水路 Ⅱ

「あるじ様もお姉ちゃんもドーラ置いてくんヒドいんよー!」


 頬を膨らませてぷんぷんと怒るドーラ。今度、何か詫びを入れておこう、とソリトは決める。


「ごめんなさいドーラちゃん。今度何かお詫びします」


 その今度が何時なのかは不確定だが、ルティアが取り持ってくれている間に、ソリトは別の相手をする。


「戦地ぶりだな。【守護の聖女】」

「…誰、ですか?」


 リーチェは首を傾げる。

 今はドーラが持つ松明で顔は判別出来る筈。

 だが、ソリトを分からないのは仮面を着けていないという理由にある。

 それならそれで良い。態々正体を明かして不利益になるような事をする必要はない。


「あの防衛戦に参加していた一人と認識してくれ」

「……わかりました」


 リーチェは少し不信感を抱いた表情でとりあえず納得という様にソリトの解答を了承した。


「それで、何でこんなところに〝迷い込んでる〟んだ」

「………」


 問い掛けた瞬間、頬を赤くし、恥ずかしくて、同時に困った表情で黙り込む。

 特に尋ねる事でもない。だが、この質問でリーチェが逃走者(ソリト達)を追う追跡者かを確かめる為に必要だった。

 結果は白に近い。完全にしないのは当然ソリトが人間を信用していないからだ。


 また 、旧地下水路に入る為の入口は限られている。

 発見されて見つかりでもしても地図を所持しているソリト達なら問題なく撒くことは出来るし、発見の可能性は低い。

 それでも、可能性は少しでも広げ、またその可能性を潰しておく。


 今回は、逃走者として後者しか選べない。となれば、ソリトが取るべき行動は絞られる。

 危険性が高まる行動だが、リーチェを同伴させて、自分達とは別の旧地下水路の出入口から出させない選択を取った。


 その為には同伴させるには、先ず、ある程度の事実を話さなければならず、行動制限がより掛かる。だが、発見され難く、都市を抜け出け易くなる。


 一人ならば、このような選択をソリトは取らない。

 反転してからというもの、集団行動は厄介で面倒極まりない、とソリトは溜息を吐いた。


 それをどう捉えたのか、リーチェがゆっくりと口を開いていく。


「…………その、分かりません」

「……は?」

「少々人の混雑に酔ってしまって宿に戻っていたのですが、いつの間にか……どうして〜」

「……………」


 なんだそれは方向音痴にも程が過ぎる、とソリトは言いたくなった。しかし、その後に見せた頭を悩ませる姿に、こちらが知りたいと返す言葉を失った。


「出口に案内しても良い。ただし、その条件を呑むならだが」

「ソリトさん、事情を説明すれば黙っ…」

「黙れ、聖女」

「むっ」


 ルティアの不満げな声が聞こえた。

 その時、リーチェが眉を八の字に寄せ、首を傾げた。


「…あの私、何も口にしておりませんが?」

「【守護の聖女】じゃなくて、俺が言ってるのはあっちだ」


 背後にいるルティア達の方にソリトが指差すと、リーチェはそちらに顔を向ける。それから暫くリーチェはそのまま動けなくなった。そして、


「綺麗……」


 ルティアの姿を見てぽつりと感想をリーチェは呟いた。


「ありがとうございます」


 偶然の短い会話の成立。その時、背後から視線を感じたソリト。

 またその直後、リーチェがハッと意識を現実に戻してルティアの方に近寄った。


「【癒しの聖女】様!?どうしてこの様な場所に!?……それに服が変わっていらしゃいます……」

「あ、あの、それも含めて話をしてくれると思うので、とりあえず落ち着いてください」

「ぁ…申し訳ありません!」

「それで、どうする?」


 話を切り上げさせる為に話に割って入るソリト。すると、リーチェが気を引き締めた表情でソリトの方に体を正面に向ける。

 倣うようにソリトもリーチェと対面する。


「条件をお教えいただけますか」

「一つは今から話す事でお前には同行して貰う事になる。二つ目に、同行する場合、俺が監視役となる事を了承する。最後に条件を同意した上で反故にするような言動を取った場合、同行者から人質に変更して拘束する」


 まだ十四歳の小さな身体の少女に手足の行動は許すが、自由を放棄させる。それは拘束されなくとも条件によって縛られ人質になったも同じような扱い。


「ソリトさん、それは……」


 そこでリーチェの後ろから辛そうな表情を浮かべていたルティアが口を閉じた。


 〝酷です〟と言おうとしたのだろうが、それを口にしてリーチェの耳に聞かせるのもまた酷だと判断して、ルティアは口を閉じてしまったのだろう。


 その表情は正しく。閉じた判断も同じく、そして、述べようとしたことも最もだ。

 しかし、白に近いと判断しても、第三者のような立場の少女を別の場所から出させて口を開かない保障などないのだ。

 それでも、まだ同行した場合の内容だけを述べるだけ気遣っている方だ。


 ソリトはいつものおふざけではなく、本気でルティアの言葉を無視して対面する【守護の聖女】リーチェの返事を待つ。


「拒否を、選んだ場合、は」


 敢えて踏み込むとは思わず、ソリトは驚きに目を見開く。震えているにも関わらず、口にした勇気を内心で称賛しながら返答する。


「拒否をした場合は何もしない」


 つまり、ここに放置。生きて戻れる保障も、リーチェの命があるという保証もしないという事。

 だが、同意すれば、生きて戻れるという保障も、命がある保証もある。

 ここまでくれば選択は一つだけだ。


「その条件を受けます」

「なら付いて来い。出口に向かいながら話す」


 そして、ソリトは今までの経緯を【守護の聖女】に教えていく。

 私情は挟まず、嘘偽りのない、真実だけの話を。

 その間、ドーラが生まれる前のソリトの話を聞いて、うがー、と唸っていた。


「まさか、貴方が【調和の勇者】様だったとは」

「分かってると思うが」

「はい。こんな話を聞いて裏切るなんて考えるのは可笑しいです……でも、まさか〝お父様〟がそんな理不尽を」


 一つの呼び名が耳に入った瞬間、ソリトは足を止めて、リーチェに顔を向ける。


「お父様?」

「え、はい。私はクレセント王国王女、リーチェ・クレセントと言います。お父様は…ひっ!」


 それを聞いた瞬間、ソリトは漏れ出る程の殺気を放って、リーチェを睨む。

【気配感知】で水路の中にいる魔物が感知範囲から外れていく。


「……っ……ぁ…」


 殺気をまともに受けているリーチェの顔は青ざめ、過呼吸の息遣いが、震えている体が、凍りつくように動かなくなっていく。


 国に裏切られ、その中心が孤児という理由で犯罪者にするあの国王。方向音痴というのは同情を買って注目を集めるための演技で、旧地下水路に来た理由も本当は自分を捕まえるためにここまで来たではないか?

 それ以前にこの都市にやって来てからそういう理由だったんじゃないか?


「っ!」

「駄目っ!ソリトさん!」


 国王の血縁者は信用出来ない。

 ソリトは怒りや憎悪の余りに自分の主義を忘れて私情でリーチェの首目掛けて唐突に手を伸ばしていた。


 しかし、それは直前でルティアとドーラが止めた。

 ルティアも顔を青ざめさせ、ソリトの腕を止めている手を震わせている。ソリトからドーラの顔は見えないが松明を放り腰に抱き着いている体は小刻みに震えている。


「離せ」

「や、やよ。あるじ様、恐いのや、なんよ」

「お願いです、少し、冷静になって、ください!」

「どうなる」

「いみが、ないことが、わかります」


 一理ある、と一度思考した瞬間、ソリトは少し冷静さを取り戻し、殺気は霧散した。伸ばした手から力を抜き、少し後ろに身を退く。


「はぁ……はぁ、はぁ、はぁ」


 直後、ルティア達が膝から地面に崩れ落ちる。

 思い出したように呼吸を始め、ソリトが放っていた殺気の圧力から解放されて肉体があることを実感するように抱きしめている。


「外までは案内してやる。そのあとは好きにしろ」

「待って……」

「悪いが俺はお前を他の人間よりも信用出来ない。人柄を見聞きした所で理性が許容出来ても本能が拒絶しそうだ」


 ソリトがそう言うとリーチェは黙って頷いた。




 あれから暫く沈黙の続く中を西に向かって通路を進んでいく。


「ソリトさん、話を聞いても良いんじゃないですか?」

「無理だ。王族ってだけで気分が悪くなる」

「ソリトさん……」


 ルティアは心配そうな目を向ける。その目はソリトだけでなく、後ろからドーラと一緒に付いてきているリーチェにも向けている。

 ただ、一点。ソリトを見るときだけ辛そうな表情が含まれている。


「何でお前が苦しそうなんだよ」

「だって、ソリトさん後悔してるじゃないですか」

「っ!…また視たのか」

「視えてしまったです。でも、視えて良かったです」


 ルティアの表情が少し緩む。

 その表情は嬉しそうだ。

 だが、何故そんな表情が今出来るのか、とソリトは解らず怪訝な表情を浮かべる。


「ソリトさんの表情も分かります。正直とても恐かったです。でも、そこでソリトさんと距離を離すのはもっと嫌でした。だから、ソリトさんの感情が視えた時に、さっき逃げずに手放さないで良かったって凄く嬉しかったです」


 ルティアは屈託なく満面に笑った。

 まるで、自分の今日起きた出来事を楽しかったんだ、と誰かに言うように。


「それに王族だから、国王の娘だから信用出来ない、とソリトさんは【守護の聖女】様自身を否定していないという事が何より嬉しかったんです」


 ルティアの言った通り、王族を拒絶はすれどリーチェの人格その物を否定するのは別だ。

 全ての人間が悪ではないと知っていても、心が誰も信用出来ない事と同じだ。


 だから、言わなければならない事がある、とソリトはリーチェの方に振り返る。


「【守護の聖女】」

「…っ!」


 まだ受けた殺気が忘れられず、リーチェは呼び掛けられたことで体を震わせる。

 これは余計に言わなければならないと、ソリトは行動に移す。


「すまなかった。関係はあっても関わっていないお前に手を上げた」


 頭を下げ、腰を直角に曲げ、ソリトは誠心誠意の謝罪をした。


 あの行為は愚行だった。

 勝手にこいつもあの国王と同じだと決めつけた。

 信用出来ないことは確かだ。思考するのも、疑うのも自由だ。

 だが、そこで手を上げるのはクレセント王国国王グラディールや他の人間と同じだ。


 リーチェが血縁者である限り関係は断てない。

 唯に、気が変わった、と口約束でも自分の決めたポリシーを破ってそれを反古にしてでも突き放すだけで良かったのだ。


 だが、感情というものがある限り、きっとそれは難しいだろう。


「………」


 リーチェは何か言おうとしているが、口をパク、パクと開いては閉じる。

 待っている暇はない。

 それでもソリトは待つ。誠心誠意とはそういうものだと。


「……あの、一つお願いを聞いていただけますか」

「出来る範囲でなら」

「私も向かう先に同行しても宜しい、でしょうか」

「それは無理だ」


 ソリトは即答する。

 リーチェに非がないとしても、何か仕掛けてくるに違いないと疑惑の思考が浮かぶ。非がないと理解していても、同行している間にまた先程と同じように手を出してしまっても可笑しくない。


「命が惜しいなら、ここから出た後別れろ」

「……わ、私は事実を知りたいのです。お父様が何故そんな判断をしたのか」

「なら、国に戻れば良いじゃないか」

「その通りです。でも、お父様に聞いても無駄だとそう思うんです。だから、【調和の勇者】様と行動を共にし、理解したいのです。どうか、お願いします!」


 リーチェとしてまだ疑っているのだろう。自分の父親が理不尽な決断で犯罪者としてソリトを扱っていることが信じられないのだろう。

 ソリトは親というものを知らない。

 それでも、信じられないという疑問を抱くという事は大切にされてきたのだという事くらいは理解できた。

 それでも、この行為はどう転ぼうとも父親を断罪することになる。


「良いのか?」

「はい。王女として、聖女として……お願いします」


 あの国王よりは話が解るようだ。何故あの男から優秀な娘が生まれたのか、ソリトは不思議で仕方なかった。


「………分かった。ただし、お前を同行させるリスクが大きくなり過ぎた。その分は補って貰うぞ、〝【守護の聖女】〟として」

「宜しくお願いいたします」

「時間が惜しい。付いてこれなかったから言えよ」

「はい」

「リッちゃんよろしくやよ!」

「うん。よろしくね、ドーラちゃん」


 いつの間にかドーラとリーチェは仲良くなっていたらしい事を知りながら、ソリト達は急いで西へ向かったのだった。

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