王都へそして決闘
前回、削除して書き直したものです。
申し訳ありません。
夜も遅くなってきた頃。
手伝うのなら早めに就寝しようとソリトは宿へ向かうことにした。
その時、街道の方向から騒がしい足音が村に近づいてくるのが聞こえてきた。
【気配感知】で人数を探り、ソリトは十人いることを把握した。
近づいてくる音に気付いた村の住民や冒険者、兵士、プルトの街の者達がそちらに視線を向ける。
隅から目を細めて見てみると、馬車を引いて現れたのはクレセント王国の騎士団だった。ソリトがまだ王都にいたときに城内で見掛けることが飽きるほどあって覚えていた。
魔物群の遅すぎる援軍でも来たのかと考えたいが、それなら山境にある以前依頼を受けた領主の方から来る方が得策だし、何より数が少ない。
【暗殺者】の危機察知は反応していない。だが、ソリトの心が少しざわつく。
「村民の諸君、夜分遅くに失礼する。我々はクレセント王国騎士団の者だ!」
「へぇ〜王国騎士様達が何のようだ?」
騎士の人間に一人の男の冒険者が突っ掛かるように尋ねた。
宴の音頭の時にソリトを担ぎ上げた男だ。
「【調和の勇者】を探してるんだよ」
聞きたくない声が馬車の中から聞こえてきた。騎士達が参列して出来た道から馬車を降りて【嵐の勇者】、クロンズが悠々と先頭まで歩いてくる。
見ているだけで、ドクンッと殺気が溢れ今すぐにでもぶっ殺してやりたい所をソリトは理性で抑えた。
「なんだよお前」
「………ああ、自己紹介がまだだったね、僕は【嵐の勇者】のクロンズだ」
一瞬怪訝な表情を見せたが、直ぐに澄ました笑顔に戻り自己紹介をすると、周囲の人間が驚愕の余り少し騒ぎ立てた。
「で、どうかな知らない?」
話し方は至極丁寧だが、薄ぺらい言葉で、蔑むような視線で見ているのが今なら理解できたソリトは前の愚かな自分に説教でもしてやりたいと思った。
「知らねぇな。悪いが他を当たってくれ」
「あっそ。そこの兵士君達は知らない?街に行っても門番は二人だけでさ」
クロンズから尋ねられるが、兵士達は知らぬ存ぜぬの返事をする。
「つか、【調和の勇者】って言ってるが名前を教えろよ。確か同じパーティだったんだろ」
「ああ、それなんだけど、分からないんだよねぇ。不愉快過ぎてうっかり忘れてしまってね」
(元々覚える気なんて更々無かっただろ、絶対)
隅の方で話をじっと聞き苛立つように胸中でソリトは吐き捨てるように言った。
ちなみにソリトが動かないのは今動けば、気配遮断があっても足音などで逆に気取られて見つかるかもしれないからだ。
それにしても何故教会で調べないのかが不思議に思うソリト。教会ならば、スキル名と一緒に名前が記載されており、すぐ判明するものを。
「調べようと思ってもさ、教会が機密事項だからお見せできませんって言って拒否されて分からないんだよ」
「あんたの所のパーティメンバーの誰か一人くらい知ってるだろ」
「傷心中の彼女達に聞けるわけないじゃないか」
どうやらそういう話で通っているらしい。だから下手に聞けなくなった、そんなところだろう。
ソリトとしては好都合だが、考えが甘いとも思った。
それよりも、音頭を取った冒険者が何の躊躇いもなく言葉を返すことにソリトは感心を覚えていた。が、恐らくは酒で酔った勢いでだろう。呂律は回っているため、泥酔ではないらしい。
「つか、顔知らねぇのにわかるわけねぇよ」
「本当に?」
「しつけぇよ。他の連中も知らねぇよ」
「…………まあいいや」
そういうとクロンズは人混みの中へと入り掻き分けて歩いていく。しかも、ソリトの方へ向かってきている。
どうやら、分かっていて聞いていたらしい。
今更逃げても面倒な事になるだけだし、無い罪を認めるようなものだ。
「やぁ【調和】」
その言葉に周囲がざわついた。
誰だそれは、そんな名前の人は知らないとソリトは無視して食事を続ける。
「……何とか言ったら?」
「名前も覚えられないのかお前の頭は」
「っ!なんだと」
沸点が低い。クロンズが薄ぺらい仮面を剥がして怒りの形相でソリトを睨み付ける。
そもそも、ソリトは既に【調和の勇者】ではない。そんな事を言っても無駄なので、敢えて言わず話を合わせてやっているだけである。
「まあ、良いや。【調和】城まで同行してもらう」
「断る」
「君に拒否権はない。君のとこの国王の温情で罰は無しなんだからさ」
「だからなんだ?」
拒否権だろうと、温情だろうと謂れの無い罪を着せられて呼び出されてもソリトには何の関係もない。
犯罪者にしたのに、罰しないというのは表面上の理由で、要はただの対抗手段として見ているだけで見限ったということだ。
「今更何の用だよ?」
「君の持ってるその聖剣を返上しろ」
ソリトはその言葉に結局そう言うことかと、溜め息を吐く。
対抗手段とは言っているが、要は力を削いで戦死させようという魂胆で、結局国王はソリトが邪魔なだけのようだ。
「良いぜ。ホラよ受け取れ」
それで消えてくれるのならと、ソリトはホルダーベルトから鞘ごと聖剣を抜いてクロンズに放り渡す。
「いって!」
掴もうとした瞬間、クロンズは反射的に聖剣から手を引っ込めて床に落とした。
聖剣やクロンズの持っている聖槍といった〝聖武具〟と呼ばれる武器は人を選定するという。
拒絶されたとなると、所持はしているが本当に聖槍を所持しているか怪しいものだ。
「……この、渡すとか言っておきながら危害を加えるなんてな。反逆罪で捕らえる」
いきなり何を言い出すのだろうか?
まさか、拒絶されたことに気付いていないのだろうか。
だが、それはない。聖武具の拒絶なんて勇者としては常識中の常識だ。それともついに頭でも沸いたのだろうか?
いや、このクソ勇者は元々沸点が低いようだから強行しないと収まらないイノシシなのだろう。等とソリトが考えていると、命令に従って四人の騎士達がソリトを取り囲んだ。
ソリトは新たに獲得した【威圧】を使う。
すると、クロンズは怯えるように一歩後退り強張っている表情をする。
その表情に思わずソリトは微笑してしまう。
「気絶させてでも捕まえろ!」
笑われたことがそんなに嫌だったのか。突然強行命令を出すクロンズを見て、このクソ勇者はただ自分を捕まえたいだけなのかもしれないとソリトは思いながら拳を構える。
その時、
「待ちなさい!」
制止の声が聞こえた直後、人混みからルティアが出てきた。
何故か足取りも顔色も悪く、女性二人に肩を貸してもらっている。
「何お前?」
馬鹿丸出しの発言に思わずソリトは小さく鼻で笑った。
「私もまだまだですね。初めまして、私はステラミラ皇国の聖女、【癒しの聖女】ルティアと申します」
「な!これはあ、挨拶が遅れました。初めまして私は【嵐の勇者】のクロンズと申します」
女性二人から離れてルティアが社交辞令のように丁寧な挨拶をするとクロンズは慌ててようではあったが、鼻に掛けた声でキザったらしく自己紹介する。
「それでルティ…」
「……聖女」
「え?」
「名前ではなく【癒しの聖女】もしくは聖女でお願いします」
「わ、分かりました」
気のせいかソリトはルティアの言葉に何処か棘があるような感じがした。
クロンズは戸惑いながらもルティアの告げたことにおずおずと了承する。
「それで止めた理由は何ですか?」
「あなた方が来た理由は……聖剣の回収。なら、強制して捕まえる必要は……無いと思うのですが」
「そうですね。でも、あの犯罪者が聖剣に何か手を加えて僕に傷を負わせて抵抗したんですよ」
今すぐにでも出て行って否定してやりたい気持ちをソリトは抑えて話しの続きを聞く。
「証拠はあるんですか?」
「今のを見たでしょ?それが証拠です」
戯言のような発言を聞いてルティアは弱々しく溜息を吐く。
「話になりませんね」
「は?」
「証拠の前に、聖武具は選定して、相応しくない者には拒絶することくらい勇者としては常識ではないのですか?まさかお忘れに?それとも知っててですか?」
まさに正論、その通りとしか言いようがない。
しかもどちらをとっても常識知らず、横暴な暴君として見られるだけ、下手なことをすればクロンズが疑われるというのに。
早速、村や街の人間達から疑念の声が出始める。
「これでは強姦の話も疑わしいですね。証拠も目撃者もいないのにソ…【調和の勇者】様を犯罪者扱いなんですし」
「証拠なら被害にあったメンバーが証拠ですよ!」
「本当にそうなんでしょうか?評判を聞いた限り私にはあの方が犯罪に手を染めるような愚行に走ることは無いと思うのですが」
「所詮は風の噂で、本当は低俗な人間だったという訳です」
低俗な人間。勝手に人に冤罪を被せておいて、しかも本人がいる前でよく言えるものだ、とソリトは内心で吐く。
「そうなると、【嵐の勇者】様も信用ならないということですね」
「………つまり聖女様はアイツが犯罪などしていないとそう思っている。だから、教会に口止めをさせてるってこと?」
「私は噂で判断すべきではないと言ってるだけです」
「なるほど、その妙な庇いだて。脅されて共犯者にされているんですね。教会が教えないのも口止めもそういう事ですか」
勝手な憶測ばかりを抜かすクロンズ。やはり頭が沸いているらしい。
しかし、ふざけるのも大概にして欲しいものだ。
別に自分の知ったことではないと思いたいソリトだが、これ以上の面倒事や罪を増やされて追われる御免だし、【孤高の勇者】を極める妨げになる。
「聖女は関係ないだろう。行ってやるよ王都に」
「最初から素直になれば良いんだよ」
(脅しておいてよく言う)
クロンズがパチンと指を鳴らすと、騎士二人がソリトに剣を向ける。しかも奥を見ればルティアが残りの騎士達に保護されるように拘束させられている。
「何の真似だ?」
ソリトはクロンズだけに【威圧】を使いながら睨み付ける。
それとルティアに何をやってると言いたいしが顔色が優れない様子だ。不思議なのはそれがクロンズを見てということだ。
それに今気安く話し掛けたり、擁護するような発言や行動をすれば逆に思う壺だ。
「……念のためだよ」
こういう事には学習して知恵が回るようだ。
「ソリトさん私に構わないでください!私なら……むぅ!」
ルティアの口に布を巻き付けられて強制的に黙らされる。
「じゃあ行こうか」
「……チッ」
すると騎士達がソリトの腕を掴むと縄で強く縛り上げて連行していく。
その途中、村長が待ったをかけてソリトと話す時間を設けてほしいと願い出た。
ニヤニヤ嫌みな笑みを浮かべてクロンズは了承し、ソリトは騎士に背中を一回押されながら向かった。
「ソリト様は本当に犯罪を犯したのですか?私にはそうは思えないのです」
「私も」
「俺も」
村長の言葉に続いて他の村の住民や冒険者等がクロンズ達に聞こえない声量で同意を示していく。
「【嵐の勇者】だっけ?きな臭いんだよ。でもあんたは違うどうだ?」
一人の冒険者が尋ねてくる。
予想外の言葉にソリトは目を見開いた。
「ここにいる私達は皆、ソリト様に助けられました。どうか、教えてくださいませんか?」
だが、そんな言葉信じられないと心が否定する。
裏ではきっと犯罪者を見るような視線を送ってるに違いないと。
助けられた恩に免じて、ただ伺っているだけなのだと。
「自分が聞いて見たもので、勝手に解釈しろ」
そしてソリトは返答を聞かずに馬車の方へ歩いていった。
四日が経過した。
外は夕暮れで空は美しい朱色に染まっている。
そして、パカパカと馬車に揺られ、王都に入ったソリトとルティアは城の前で下ろされた。
そのまま騎士達が縄と槍でソリトを拘束したまま謁見の間へと案内する。ルティアは途中で別のところに連れていかれていない。王都に来るまでずっと馬車の中でクロンズといたようで、もし本当にクロンズが原因であればお気の毒としか言いようがない。
謁見の間には明らかに不機嫌な国王、宰相に大臣と官僚、さらに、ファル、フィーリス、アリアーシャも集まっていた。しかし、王妃だけは不在のようだ。
「てめえ!」
ソリトが睨み付けるとファル達はクロンズの後ろに隠れて態とらしく怯えた態度をしている。
黙らせようと騎士が後ろから引っ張るが微動だにしない事に驚く声を漏らしているのが聞こえるが、ソリトは無視する。
そこに王が横から入ってきた。
「大人しくしろ外道!」
「外道?俺には身に覚えがないな」
「黙れ!嫌がる仲間に性行を強要するようなものが白を切るな!おまけに聖女様まで脅迫とは!」
「俺はやってない!」
「話は聞いているぞ、犯罪者を庇うなど聖女様がするわけなかろうが!」
「そんなものただの状況証拠だろが!」
「はっ!犯罪者が何を言っている」
ファル達を背中に隠して庇う姿勢を見せながら、クロンズは被害者を守っているアピールをしながら言葉を吐く。
一体どの口が言っているのか。
「ふざけやがって」
ソリトは力付くで縄をぶち切り、騎士の拘束も剥がす。
「抵抗するか!」
そこに騎士が一人ソリトに殴りかかってきた。
ソリトは指一本で受け止める。何人かは驚いていたがそんな事はソリトにはどうでも良かった。握り潰せそうな感じがするも、今おいそれと試すと他に相手をして長引き面倒と抑える。
「うるせぇ!さっさと聖剣を受け取れ!」
「その事だが、【嵐の勇者】クロンズ殿が決闘を持ちかけた」
「は?何をほざいてる?」
「……お前」
「仮面」
クロンズの方を見て言った発言に気分を害したようで、ボソッとソリトが助言してやると、ばつの悪そうな顔をしながら仮面を着けた顔に戻した。
「君は犯罪者だけど勇者だ。魔王の対抗手段として聖剣は必須。だから僕に決闘で勝ったら聖剣はそのまま君が持っていていい」
「聖剣ね。どうでもいい」
「どうでもいい…だと?本気なのか」
「ああ」
聖剣がなんだという。確かに聖剣は勇者にとっては強力な武具なのかもしれない。
だが、ソリトのスキルであればどちらでもいい。あれば便利くらいだ。
それに聖武具を持つことが勇者ではないのだから。
「ならば、わしが命ずる決闘せよ」
「知るか。俺は聖剣を返しに来ただけだ。俺の方から出ていくんだから文句はないだろ」
「何を言っている。聖女殿の話は別だ。聖女殿は様々な場所の民達を救う仕事をしている。それを揺るがしたのだ」
「ふざけるな!」
そもそも、振り回しているのはソリトではなくクロンズだ。振り回す所か邪魔しかしていない。
ソリトにとっては嫌々暇潰しに付き合わされるようなものだ。
「ならば、決闘せよ。勝てば不問として皇国にも打診してやる」
これでは了承しなければ仕掛けてくると言っているようなものだ。数にもよるが大多数となるとまだソリト一人の力では難しい部分がある。
一体どちらが脅迫しているのか分かっているのだろうか。
「チッ、なら剣をよこせ。聖剣の代わりのな」
「良いだろ。それくらいはしてやる。用意してやれ」
王の命令を聞いて即座に一人の騎士が武器を取りに何処かに行った。というか、それくらいと言っていたが、決闘なら武器を用意するのは当然の処置だ。
「では、決闘は修練場で開催する」
という訳で次回、決闘。




